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まるで治癒魔法

「寒いのか」


 ランプをじーっと見るだけで完全に手が止まってしまっていたサクラはその声にハッとして笑顔を張り付けながらロキの方を向く。


「夜だとさすがに少し肌寒いですね」


「お前、親に言ってあるというのは嘘だろう」

「……どうしてわかったんですか?」


 誤魔化さなかった。確信があるように見えたのが断言したからかただそう思わせる雰囲気を持っている人物なだけかはサクラにはわからなかったが。


「常識的に考えてこんなところに娘を泊まらせる親はいないだろう。お前の話を聞いていて家族仲は良好そうだ。今世の親が酷い人間ならああいう考え方にはなっていないはずだ」

「両親は近くの街に買い物です。村では手に入らないものも多いのでたまに、近くと言っても数日かかるのでしばらく私は一人です」

「開放的な村のようだな」

「そうですね、閉鎖的なところは、なんだか独特の雰囲気で少し、恐ろしく感じるところもありますが、私の村は平凡で平和なところです」

「雰囲気が恐ろしく感じるだけでなく本当に恐ろしい風習が残っているような村も少なくはないだろうしな、田舎であれば余計に」

「……そういう恐ろしい話は聞きたくなかったです」


 眠気もなければ先ほど傷が治っているのも目で見たのでもう怪我人という感覚でもないロキは体を起こすとサクラの隣に移動して洞窟の壁にもたれ、並べられた植物を見る。そこでサクラが山にいた理由を理解した。


「秘密基地と言う割に何もない」

「……すみませんね、言ったように家には一人なので歩けるようでしたら家で看病しましょうか」

「歩けるようなやつに看病なんて要らないだろう。朝になったら出ていく。薪でもあれば火を点けたんだが、という話だ」


 そういえば小さい火くらいはサクラも出せるんだったかと思いながら左手を出して、二人の間に沈黙が落ちた。


「……この手は夜食か何かをご所望ですか?」

「……違う、俺は火を点けられるから、ということを示そうとしたんだ」


 サクラは手のひらを上にして出されたロキの左手を見て、顔を見て、もう一度手を見る。


「だ、誰だって上手くできないときはありますよ! 王子様は水魔法を得意とされている方のようですし!」

「……村娘に励まされるなんて、それしか取り柄のない三男にもはや価値など」

「そ、それは失礼な励ましを……」


 冗談めいた自嘲に、最初はすごく堅苦しそうな王族かと思ったが案外そうでもないのかもしれないと思っていたら、ロキが水桶に手をかざして数秒、今度はもっと重い沈黙が落ちた。


「あ、の……私、魔法には詳しくなくて、こういうことは、あるんですか?」

「ただ魔力が空になってるだけだ」

「……え」


 すごく深刻な空気で言葉を出したのにあっけらかんと軽い雰囲気で言葉が返ってきた。


「魔導士なら誰でも数度はなったことがある。俺も子どもの頃に何度か」

「それならそうと早く言ってくださいよ! てっきり私は理由もわからず急に魔法が使えなくなってしまったのかと……私が何かしてしまったせいかもしれないと」

「すまない、まったく気にする必要はない。傷は浅かったのだろう? 倒れたのも怪我が原因というよりそちらだろう」

「……放っておけば戻るものですか?」

「むしろそれしか方法はない。申し訳ないのだがしばらくここにいさせてもらっていいだろうか。持ち合わせは少ないが必要経費くらいなら支払える」

「どうぞここは私の土地ではありませんし。食事くらいなら持ってきますよ。言ったように家に泊めても構いませんが」

「ヘルシリアで表立って襲われるとは思っていないが、何かあっては悪いから俺を家に匿うのはやめておいた方がいい」

「匿って罪に問われるはずがありませんが」

「そういう何かはないが、もっと物理的な何かだ。この状態では守るとも言えない」


「どのくらいで戻るんですか?」

「……相変わらず首は突っ込んで来ないんだな。最後に空になったのは子どもの頃だから完全に戻るまでの期間はわからないが、三日もすればそれなりの量は溜まるだろう」

「そんなにかかるものなんですか。案外魔法使うのも不便ですね」

「だから魔導士はいつもじゃらじゃら装飾を身に付けている。特定の石は身に付けていれば魔力が溜まる。体の中の魔力が減れば自然と石から体に移る。修行期間は敢えてそういう補充をしないようにしたりもするが一人前になってから空になるというのはよほどのことだ」

「王子様はまったく身に付けていませんが」

「俺は魔導士じゃないからな。護身術のような感覚で習っただけだ。俺だけのめり込んだわけではなく強いに越したことはないという考え方だから兄二人も剣術も魔法も使うが、魔導士でも剣士でもないからそういう装いだ。一応鞘に多少石は飾ってある」


 そう言って見せられるがサクラは微妙な表情になる。


「……小粒ですね。絵で見たことがある魔導士が持っていた杖の大きな宝石はそれだったのか……と思っていたんですが」

「それだ。だから俺も二つほど大きな石を鞘にぶら下げたいと要求していた。王子には必要ないと言われ却下されたが、帰ったら要求が通りそうで嬉しい」

「それ嬉しいって言ってしまったら怒られるやつでは?」

「やつだな」

「じゃらじゃらつけるのは魔導士じゃないんだからと言われても、ピアスやペンダントの一つや二つくらいも駄目ですか?」

「今後は少しずつ増やしていってやろうと思う。魔導士かどうかというより魔導士レベルで魔法が使えると周りに示すのが駄目なんだろうけど、俺には今更だ」

「アクセサリーを付けている人なんていくらでもいると思いますが。身分が高い人ほどそうじゃないですか?」

「魔力が入った石はその者の瞳の色に染まる。俺が黒い石ばかり身に付けていれば疑われる」

「……え、瞳の色に染まるんですか? ということはつまりじゃらじゃら付けているそれらすべてが一色……」

「……職務中だ。日常でも身に付けている者がほとんどだがそれこそ一つや二つだろう」

「あ、なるほど。思ったんですが瞳の色に染まるなら人によっては売れそうですよね」

「遠くにあると少しずつ魔力が抜けていく。一月もすれば色も魔力もなくなっている」

「残念です」

「……村娘がそんな商売を思いついてもどうしようもないだろ」


「ところで、今王子様の魔力が空ということは先ほどの仮説は」

「器にたいしてかもしれない。それなら俺の現時点の魔力量は関係ない」

「……そうですか」


 サクラからその話を再び出したので、ロキは先ほど思っていたことを再び考える。


「特殊な力があるかどうかは一先ず置いておいて、元々評判がよかったのなら趣味ではなく仕事にすればどうだ」

「趣味くらい気楽な方がいいんですよ」

「だがお前はさっき自分のせいで俺が魔法を使えなくなったかもしれないと焦ったのだろう? 薬なんて扱う者が気楽を望むのはどうなんだ」

「……それはそうですが、私はそんなたいそうな怪我は診ませんし、大半が」


 サクラは薬剤師資格を持つ者だからこそ、言葉が詰まった。種類や用途によって規制が緩くなることはあっても、好き勝手してもいいという段階などない。医薬品ではなく栄養食品ですら様々な決め事があるのに、今まで自分がしてきたことはもはや一種の詐欺ではと、そっちの心配が出てきた。しかし効果はちゃんとあったようだし、この世界ではと自分を正当化する言葉は出てくるが、だからといってという気持ちも出てくる。


「相当医療が発展している、資格を取るのが大変だった、ということからそうだろうとは思ったが、色々厳しそうだな。この世界の医者は最悪名乗ればなったようなものだ。ヤブもたくさんいる。お前が“薬剤師”の肩書は使えないという理由はわかる。たとえ資格は取っていても真実それに足る能力を発揮できるかはまた別だ。何より異なる世界では自分の能力以前にというのも言い訳ではなくただの事実だろう。しかしだからこそ、この世界で十分な能力を持っているなら、それでそう名乗ってもいいんじゃないのか。“薬剤師”は無理でも、薬師なら可能じゃないか? 医術はというが、お前のしていることはすでに薬師のようなものだろう。薬師も手術などはせず薬の専門家という医者だ。と少なくとも俺は認識している。俺はその立場にある者ではないから正確に仕事を理解しているわけではないが」


「医者にヤブがたくさんいるというのは確かにそうかもしれません。ですが薬師は国に認められて神殿で働く人たちじゃないですか」


「確かに薬師はアマルテアでもヘルシリアでも国から許可されたものしか名乗ることを許されないが、ただそれだけのことだ。別に試験なんてものもなければ神殿以外にもいる。ヤブはいないかもしれないが、優秀ではない者も普通にいる。身分が高い者が多いというのが現実だ。それにお前の前世の基準で医療を見れば、すべてアウトなんじゃないか? だが魔法の有無のように、まったく異なる世界で、同じ基準で見ようとするのは土台無理な話だ。参考にするのも有効活用するのも切り取った一部分だけで十分だろう。同じようには無理だ」


「そう、ですね。それにこの世界の方が優れているものもたくさんあるのに、大枠での医療というものを比較したときあの世界の方が優れていたからといって、すべてその通りにすることがこの世界での発展に必ずしも繋がるとは限らないかもしれません。一部分だけを参考にするのは私もいいように思いますが。私にこの世界での医者に足る能力があるというのはそうかもしれないと思えましたが、普通に町医者になりますよ。薬師にはなれませんしなりたいと思ったこともないので」


「アマルテアでなら許可は出る。従者が俺の怪我を知っている。それが数時間で治ったと言えばお前の能力の証明には十分だ」

「……そんな自分でもよくわかっていないことを自分の能力でしたことにはできません。他の患者に同じことをできなければ意味がないんですから」

「右手の火傷と肩の傷で明日試してみればいい」

「王子様にだけ効果があるのかもしれません。それほどの魔力の方にだけという可能性や、妖精の血は真実でそれに反応したとか」

「俺に効果があるならそれはもう十分一つの価値だ」

「その特別はあなたにとってだけじゃないですか。私はそういう特別には興味ありません」

「……王子と話せただけでと言っていたのは誰だ」


「そもそもアマルテアで薬師になったところで私は平民であなたは王子ですよ。怪我をする度に私のところまで通う気ですか。専属の医者くらいいるでしょう。そういう人に治してもらえばいいだけじゃないですか。王子様にだけ効果があったとして、それは価値じゃありません」

「この世界に治癒魔法は存在しない。しかし俺にとってお前はもはやそれに値する。これが特別で価値ではないというならいったい何がそうだ。アマルテアのどこかの町で働けばいいと言っているんじゃない、王宮に決まっているだろう」

「……正気ですか」

「それに十六歳のただの村娘が医者を名乗ったところで誰がその腕を信用する。お前が不快な思いをするようなことになるだけだ。しかし国に認められた薬師で、その力を実際に王宮内で示してみせたなら、お前は特別になる」

「…………」


「……そういう状況ではなかったな。王宮に無事戻れたら礼も兼ねてまたここに来る。そのときまでに考えておいてくれ」


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