【短編】人材集めの神様も、結構大変。
佐藤美咲24歳は、温泉旅館のベットに寝転がり、ため息をついていた。
美咲は、観光業会いわゆるツアーコンダクターをやっている。学生時代から旅行と温泉が大好きで、アルバイトで貯めたお金で、ネットで調べた関東近郊の日帰り温泉に行くのを趣味としていた。
趣味を兼ねて仕事が出来たら理想的だな、と思って入社した大手の会社だったが、入る前と入った後ではイメージに大きな差があって、日々の疲れが抜けきらないような気だるさを何時も感じている。
「はーっ、心休まる温泉旅館で、心が荒んでるってどーなの」
確かに温泉には入れる、桜の名所も良い時期に行ける、紅葉だって見放題、正直お城はあまり興味が無い。不満があるのはそこでは無くて、何処の業界も同じかもしれないが、仕事を回して行く為に必要な人数が、常時足りていないような気がするのだ。
「まあ、それでも運転手さんたちより楽だから、文句言うのもアレだけど」
最近は、旅行の醍醐味は、知らない場所に行く事なのではないか? と思うようになってきた。
雑誌やパンフレットに頻繁に掲載されている、有名観光地でも何度も行くと、感動がどんどん薄くなる。
「仕事で紐が付いててもいいから、一度も行った事ない所へ行きたーい」
「ああ、これはなんて丁度良いタイミング、さっそく一名様御招待ですよ」
「はい?」
一瞬、自分のツアーの客が、何か用事で訪ねてきたのかと思って、ベッドから飛び起きたのだが、立ちくらみを起こしたのか、目の前がぐらぐらになってベッドに手を付きへたり込む。
あ、やばい、やばい、貧血かな。
美咲は、ベッドにぽてんと頭突きした状態で意識を手放した。
目がさめた。
なんだかほかほか暖かくて気持ちよいが、真っ暗だ。あれ、いつの間にか電気消えてる? 私どうしたんだっけ?
急に記憶が戻ってきた、やばい気失ってた、今何時だろう。
起き上がろうとしたのだが身体が動かない。正確には、布団で簀巻きにされてる様な感じで、動けるのだが動きが制限されていて自由にならない。
私、誘拐されちゃったのー?
やばいやばい、逃げなきゃ、手は動かない、足も駄目、あ、頭動くよ。
頭でえいっ、えいっ、あ、なんか動けそう。えいっ。
努力のかいあって、頭が布団を突き破り、外の景色が見えるようになった。何故か周囲はワイルドな大自然の中に居る。
(上高地じゃないし室堂でもない、何処ここ)
「ぴよっ、ぴぴぴ、ぴよっ」
はえ? わたしいま何ていった?
頭を動かして下を見ると、でっかいゴルフボールのような着ぐるみから、頭だけ出してる自分の姿がみえる。両手に力を入れて頑張ると、ゴルフボールは、ぱこんと2つに割れて、中からちょっと湿った黄色い身体が出てきた。
思わず口を手で塞ごうとしたら、ちっちゃい羽根がパタパタいってる。
(きゃああああ)
「ぴぴぴぴぴぴっ」
駄目だ、パニックだ、夢からさめろーさめろー。
なんで温泉旅館にいたのに、こんな事になってるのー。
落ち着けーわたし、ふー、すー、卵から出てきたばかりのせいかな凄く寒い。寒さで震えていた時。頭の上からフカフカの固まりが降りてきて、私の身体を包み込む。あー暖かい、これお母さんだ。お母さん暖かいよ。目を閉じると眠くなってきた、お母さん、おやすみなさい。
寝てるんだけど起きてる、そんなまどろみの中で声が聞こえてきた。
「おはよう、美咲君、一度も来た事が無い場所ですよ、如何ですか?」
なんですとー、声は聞こえども姿は全然見えません。
「簡単に説明するよ、これは夢ではない、君は仮の命に宿ってこの地にいる、君はこの地を思うがままに歩いて構わない。君の足跡は、きっとこの世界に新しい風を吹き込むだろう。もし途中で力尽きる様な事になっても心配ない、もとの時間、元の場所に戻って目がさめる」
あ、戻れるんだ、ちょっと安心した。でも死なないと戻れないって嫌だよ、帰りたい。
「お客さん、当日キャンセルですか?」
はっ! 当日キャンセル、出来れば聞きたくない言葉だ。
そう居るのだ、もちろん全体から見れば小数なのだが、まともに話が通じない客が時々居る。
キャンセルはお客様の権利だ。もちろん当日だって構わない。急用が出来たり、病気になる事くらい誰にでもある。だけど、なんでお金返して、になるの、もう意味不明。
申し込んだんでしょ?こっちは人数まとめて手配したり、色々事前に動いてるのよ、だからキャンセル料って言うのがあるの。
はーっ、はーっ、わっ、私めっちゃ毛が逆立って膨らんでる。
「うーん、こまりましたねぇ」
あ、あのーキャンセル料はおいくらほどに?
「では、プラン変更はどうですか、まだ外を全然歩いてないですから、出歩いてみて、どうしても嫌だったら帰るという事で」
そ、それくらいなら、大丈夫です。それでお願いします。
「わかりました、ちょっと時間が押してるので、他を回ってからまた来ますよ」
この人もツアコンみたいな感じなのかしら。
私にぴったりくっついて暖めてくれていた、お母さんがひょこっと立ち上がる。
「コケッ、ココココ」
付いておいでと言ってる気がする。本能のなせる奇跡だね、意味がわかるよ。
(わかった)
「ぴよっ」
それにしても、お母さんなんか素敵。地鶏よね、天草大王に似てるかしら。でも森の中って危なくないのかな、ここで力尽きると帰れるの?そ、それも嫌。
颯爽と私の前をお母さんが歩いていく。
(まって、まって、お母さん置いてかないで)
「ぴよっ、ぴよっ、ぴぴぴ」
その時、森の中から大きな犬が二頭、ゆらりと現れた。
(お母さん、食べられちゃうよ、逃げよー)
「ぴぴぴ、ぴよーぴよおー」
お母さんは、二本の脚をでんでんと左右に踏ん張り、羽根をバサッと拡げたかと思うと。
「コケー」
オペラ歌手顔負け、その直後、目から光線がピカー。眩しいっと顔をしかめた犬達が、次の瞬間、ぴきぴきぴきっ。
光が消えた後には、ブロンズ像の様になって動かない二頭が……。
(お母さん、怪獣だったのー)
「ぴぴぴ、ぴっぴー」
「コケッ」
お母さんは、肩越しに振り返り、私を見てうふっと微笑んだ。お母さん、出来る女って感じ、素敵。
周囲の光景を見渡す余裕が出来ると、写真や動画で見た外国の山岳地域の観光名所といった感じで、かなり凄い。流れる川、白い砂浜のような川べり、背後の凄い山脈。いいコースだわ、全然開発されてないっていうのが凄いよね。
「コケッ」
え、御飯? あ、そうだお腹減ったー 凄い減った。そうそう景色もいいけど、御飯大事だよねー。って、お、お母さん、それ虫、むし、
(むりー、絶対むりー、虫嫌い、いーやー)
「ぴぴぴぴー ぴぴー、 くーぴっぴー」
む、無理です、私無理です、もう駄目。
「あらー、駄目だったんだねー、ごめんねー、じゃあ帰ろうかー」
ミミズのような虫を咥えたまま、首をかしげているお母さんの顔が、明るくなって見えなくなって、トンネルに入ったように光が消えた。
目がさめると、旅館のベットに服を着たまま、突っ伏して寝ていた。
あー駄目、なんか酷い夢見た。旅行先で、御昼御飯が昆虫食とかあれ何処の国?
はっきり覚えていないのだが、虫が出てきたのはわかる。無いわー、そんなツアー、クレーム殺到よ。
遅くならないうちにお風呂入ってこよう。
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