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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

選ばれずとも育ちゆく

 平穏な田舎町。

 私は、生まれたこの田舎町で生きて、ここで死ぬつもりだった。

 私と結婚することになるであろう、一番年の近いおにいちゃんも、かつてはそのつもりだったとおもう。

 大きくなったら一緒になるつもりだったから私はいつもお兄ちゃんと一緒にいたし、お兄ちゃんもそんな私と家族に近いつきあいをしてくれていた。

 お兄ちゃんから見たら、私は本当に妹みたいなものだったかもしれない。実際、兄としてみると私と、ついででさらに小さい弟の事も、まとめて面倒見てくれる本当に良いお兄ちゃんだった。

 心の奥底からドキドキしているのも、ドキドキさせたいのも私だけで、お兄ちゃんからすれば別にそういう気持ちは無かったのかもしれない。

 それでも、一緒にいてもいいと思われ続けているなら、そのまま夫婦になって新しい家族を作るんだろうって、そう思っていた。


 だけどそんなふんわりとした平和な未来予想図は、邪悪なものの出現と、それに対応するために神さまが勇者を選んだ日に大きく変わってしまった。

 太陽が昇らなかった朝、大きな町の人も、小さな村の人も、私もお兄ちゃんも、異様さに怯えながら神さまに向けて祈った。

 祈りが通じたのか、真っ白になってしまうほどの光が空を眩しく包んで、世界中の人たちに神様の声が伝わった。


 この世界を食べるため、生命のいなかった氷の大地に魔物とともに邪悪なものやってきた事。

 神さまが直接戦おうとすると世界の維持ができずに、全部が夜に沈んで溶けてしまう事。

 なので、かわりに神さまのちからをいくつかにわけて、最もそれが馴染む存在に貸し与える事。

 力を貸し与えた者達に、邪悪なものを倒してほしい事。


 神に祈った人々も、神に祈らなかった人々も、全てがその声を聞いて、神さまの提案に同意した。

 いつもの朝の明るさに空が戻って、余った光が弾けて世界を巡り……私の隣にいたお兄ちゃんにその一つが入り込んだのを、村の皆が目撃した。

 村の皆が同じ出来事を見ていたのに、おにいちゃんの目が優しいこげ茶色から青空の色になってしまったのを悲しく思ったのは私だけだった。



 お兄ちゃんが旅立つ日、私はお兄ちゃんに「絶対帰ってきてね」と言って見送った。

 本当に言いたかったのは「嫌だ!行かないで!」だったけど……私も、神さまの力を分けられた人が戦う事に同意したから。

 お兄ちゃんも私も、お父さんやお母さん弟も、みんな夜に溶けて終ってしまうぐらいなら、私が選ばれたって戦ってみせるから、だから神さまお願いしますと祈ったのは本当だったから。

 だから見送って、その日から私は、毎日の祈りをしっかりやるようになった。



 お兄ちゃんが旅立ってから1年。田舎村にも神さまの力を与えられたすべての存在が集ったことが伝わった。



 お兄ちゃんが旅立ってから3年。氷の大地から世界中の辺境に拠点を作った魔物たちを、お兄ちゃんたち……勇者と呼ばれるようになった人たちが、倒して浄化しているという活躍をいくつか聞いた。



 お兄ちゃんが旅立ってから5年。世界中の技術と魔術の知識を総動員して、氷の大地に乗り込む算段が立った。

 この頃にはもう私の住む村も田舎村ではなく、勇者の出身地の一つとして人が集まってきて町として大きくなっていた。

 お兄ちゃんよりも私と歳の近い男の子も、私よりもお兄ちゃんに歳の近いお姉さんも、たくさん住むようになった。

 村にあった形しかないような小さな教会のほかに、立派な大きな礼拝堂も出来た。けど、沢山の人が勇者の活躍を祈るのが妙に居心地が悪くて、私は古い方の教会で一人でお兄ちゃんの無事を祈っていた。


 わかっていた。祈っても、もう、かつて想像していた未来には手が届かないって。

 大きな町になったここには、情報が本当に早く届くようになった。

 勇者同士で戦いが終わったら結婚すると明言する人も出て来ていたし、お兄ちゃんと仲良くしている勇者の仲間がいるのも、聞こえて来ていた。

 私がお兄ちゃんと夫婦になるだろうというのは、小さな村で、隔絶されていて、それで他の選択が難しいからそれしかなかっただけだって。



 お兄ちゃんが旅立って、7年目。私が18歳、お兄ちゃんが25歳になる年に、邪悪なものはついに倒された。

 だけど、世界には邪悪なものの爪痕として、魔物の気配が残ってしまった。神さまの光が届きづらい場所に、魔物が産まれてしまうようになったのだ。

 神様は分け与えた力が人や動物の中に残るように作り替えて、勇者達がどうするかは彼らに任せることにした。


 わかっていた。

 お兄ちゃんは、魔物を出来るだけ倒す為に旅を続けるだろうって。

 わかっていた。

 何度も命を預けあった大事な人と、世界を巡り続けることを選ぶだろうって。

 そういう人だから、泣き言も言わず、すぐに村を出る準備をはじめた。

 そういう人だから、離れると悲しそうにする私をずっとそばに置いてくれていた。


 それでもあきらめきれなかった私の気持ちに止めを刺そうとするかのように、旅をやめることにした勇者の人達の一部が、お兄ちゃんの選択を故郷に知らせに来てくれた。

 かつて小さな田舎村を構成していた人々も、新しく町を構成することになった人々も、お兄ちゃんの勇気と選択をほめたたえていた。

 帰ってきてくれない事を悲しく思ったのは、私だけだった。

 神さまに恨みを抱いてしまったのも、私だけだった。


 わかっている。私が悪い。


 私が、お兄ちゃんを本当に認めて愛していれば、おじさんとおばさんのように愛する息子と会えない事も許容できたと思う。

 お兄ちゃんの事を本当に愛していれば、待つだけじゃなくて追いかけて行くことだってできた。


 私のは、理解と歩み寄りの愛じゃなくて、そばにいてくれるよね?という願望を固めただけの自己完結したものだ。

 本当のお兄ちゃんを見ていない、私の視界の中のキラキラしたものを纏わせた……ああ、そうだ。本当はもっときれいなものに言うべきものだけど、恋だから。

 愛ならあきらめきれた。愛なら遠くで願えた。

 だけど、相手が自分の思うとおりに動いてくれると思ってしまった恋だから。

 もう叶わない現実の前に砕け散ったそれが、ドロドロの何かになって私の中に神さまの光が届かない夜を作った。

 心の中にできた、真昼間でも暗い夜の中で、私は一人で泣いていた。



 お兄ちゃんが旅立ってから、10年目。

 各地に散った勇者の活躍が、日常のように語られる毎日。

 「そろそろいい人見つけなよ」と両親や年ごろになった弟に小突かれながらも、私は私の中の夜にお兄ちゃんへの恋心を残してそれを煮詰めつづけていた。


 だけど、この年はそれに関して無視できない変化が起こった。

 みじめったらしいのはわかっていたけど、私はずっと古い方の教会でお兄ちゃんの無事を祈り続けていた。

 その教会が、取り壊されることになった。

 使用者も少なく、老朽化も激しい。放置してはならず者の拠点にされるだけだからと、解体されることになった。

 それに伴って、私は祈りの場を失った。


 わかっていたから。

 私の祈りは、純粋に勇者の無事を祈る物じゃない。

 純粋な祈りが沢山ささげられる、もう新しいとは言えない大きな教会で、今までどおりに祈り続けることは私にはできなかった。



 お兄ちゃんが旅立って……本当にいろんなことがあった。

 私の恋も、最初の頃からずいぶんと形が変わってしまった。

 心の中の夜は、願いの形に変えることができなくなった想いでどんどん広く、深くなっていく。

 別の形にできなくなったそれにベッドの中で向かい合うたび、私の胸の奥が氷の茨で締め付けられるのを自覚する。


 そんな風に痛みに耐える日々のなかで、日常のように流れてくる勇者の情報の中に、お兄ちゃんのものをみつけた。

 長らく恋人だった勇者仲間と、遠くの大聖堂で結婚の儀式をしたそうだ。

 ……そういえば、おじさんとおばさんが旅行に行くと言っていたなと思い至ったのも、それを妙に言いづらそうにしていたのも、お兄ちゃんが本当に身を固めると知っていたからなのだろう。

 そうだ、そういえば、私の中のものに気を取られていたけれど、お父さんもお母さんも弟も、最近妙に優しかった。


 知っていたんだ……私以外、知っていたんだ。



 わかっている。

 私が悪いって。

 わかっている。

 だけど、止まらなかった。


 私の中の夜が不意に爆ぜて、氷の茨が私の中を締め潰す。内臓がつぶれ、血が茨へと吸われていく。

 叫ぶこともできない痛みの中、私は自分の身体を突き破って出てきた氷の薔薇の魔物の姿をしっかりと視界におさめた。

 ずっと育てていたからわかってしまう。これは、私の恋心だ。

 ああ、本当に変わってしまった。こんなに痛いはずじゃなかったのに。こんなに苦しいはずじゃなかったのに。誰かを傷つける気だってなかったのに。


 魔物になった恋心は、家の壁を破壊し外へと飛び出すとそのままここから離れていく。

 神さまの祝福が一番強い場所へと、神さまとお兄ちゃんを不条理に恨んだ私の恋だけが駆けていく。


 その一方で、私は理性と身体を抱えて死に落ちていった。

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