転生王子と婚約披露パーティー2
王宮に着くと、可愛らしいティアたんの手を取って俺は馬車を降りた。
彼女は馴れ馴れしくされるのが嫌いなようなので、もう手をぎゅっと握ったりするようなミスはしない。手のひらに乗せられた彼女の手の指先に、親指を添えるようにして触れるだけ。実に節度のある接触だ。これならティアラ嬢を怒らせることもないだろう。
そのままそっと会場までエスコートしていると、ティアラ嬢からちらちらと窺うような視線が向けられた。
「……どうかした?」
「いえ、その。なんでも……」
ティアラ嬢は少しもじもじとしたあとに、黙りこくってしまった。
彼女と長い時間しゃべると『ティアたん可愛い』とかそんなボロを出してしまいそうだったので、俺は少し首をかしげるだけで彼女が濁した言葉の追求をしなかった。
今夜は当たり障りなく、ティアラ嬢の機嫌をこれ以上損ねないことだけを考えよう。
……なんか後ろからついてきてるブリッツが『青春ですなぁ』とかつぶやいてるが。
お前、年齢三つしか変わらんだろう! そしてティアラたんからまったく好かれていないこの現状のどこが青春なんだ。あっ、片想いも青春ですよねとかそういうことか!?
控室で果実水を飲みながら一息ついたあとに、定時になったので俺とティアラ嬢は会場へと向かった。……ちなみに控室では二人とも終始無言だった。空気の重さで死ぬかと思ったぞ。俺はともかくティアラたんまで、どうしてこんなに空気が重いんだ。
……そんなに俺といるのが嫌なのかな。
「婚約者同士仲睦まじいことを、来客たちに示さないといけないな」
廊下を歩きながら、俺は彼女に言った。
そうしないと自分の娘を側室にでもとねじ込んでこようとする貴族が増えるだろう。
ティアラ嬢は俺のことが嫌いかもしれないが、俺はこれから仲を深めていきたいのだ。
そのためにも邪魔者はできるだけいない方がいい。
具体的にどうやって仲を深めていけばいいのかは、非常に悩ましいところだが……
「そう、ですね」
俺の言葉を聞いてティアラ嬢は硬い表情になる。その表情がどんな感情から生じるものなのか……それを読もうと彼女を見つめるとあからさまに目をそらされてしまった。
うう、心に細かいダメージが降り積もっていくな。
会場に足を踏み入れると、たくさんの来賓の目が俺たちに注がれた。
ティアラ嬢が緊張したように背筋を震わせる。今日、主に値踏みをされているのは彼女だ。緊張して当たり前だろう。
「俺がいるから、安心して」
前を見たままこっそり囁くとティアラ嬢は返事の代わりにか、俺の手をきゅっと握った。
拍手に包まれながら上座へと向かう。すると来賓たちよりも一段高い場所に、俺たちのためのテーブルセットが設置されていた。……結婚式の高砂みたいだな。俺はつい、そんなことを考えてしまう。その高砂(仮)の前に立ち、俺がティアラ嬢との婚約を宣言すると、会場は大きな拍手に包まれた。
彼らの内心はどうであれ、パーティーは恙なくはじまったのだ。
ティアたんは俺の隣であきらかに安心したような息を漏らす。握った手に優しく力を込めると、彼女はこちらを向いて小さく笑みを漏らした。
――可愛い。ティアたんは本当に可愛い。
どれだけ嫌われていようと、婚約者が最高に可愛いことには変わりがない。また褒め言葉を尽くしそうになって、俺はぐっと我慢する。ティアたんは俺に褒められたりするのが、嫌なようだから。これ以上ティアたんに嫌われたくはない。
俺はティアラ嬢の微笑みに少しだけうなずいてみせる。……だけど笑みを返す心の余裕は俺にはなかった。
「……王子?」
ティアラ嬢が俺を呼ぶ。その声と表情が少し不安そうに思えたので、その理由を訊ねようとした時。筆頭公爵夫妻がこちらへ向かって来るのが見えた。しばらくは来賓たちの応対で忙しくなるだろう。
繋いでいた手を放すと、名残惜しい温もりが手から零れていく。
ティアラ嬢も、俺の温もりが名残惜しいと思ってくれればいいのに。そんなあり得ないことを考えてしまい、俺は小さく首を振った。
「ライスター公爵、公爵夫人。よくいらしてくれました」
公爵夫妻によそ行き顔で挨拶をし、会話を交わしながらちらりと隣を見ると。
ティアラ嬢の顔色はなんだか冴えないものとなっていた。気分でも悪いのだろうか……とても心配だ。
「ティアラ嬢。疲れたのなら少し休もうか」
周囲にいた貴族にある程度挨拶をした後にそっと耳打ちすると、ティアラ嬢はこくりとうなずく。手を差し出すと素直に小さな手を乗せてくれたので、俺は内心ほっとした。椅子に座らせ、隣に自分も腰を下ろす。そして給仕から果実水を二つ受け取った。ティアラ嬢にそれを渡すと、彼女は小さな声で礼を言ってからグラスに口を付けた。
「人が多いから、疲れるね」
そう言って俺も果実水を口にする。魔法で冷やされているそれは、前世で飲んだ缶ジュースのようにひんやりとしている。しゃべることに少し疲れてしまったので、この冷たさが喉に心地いい。
「……お気遣いをさせてしまって申し訳ありません」
「俺はティアラ嬢の、婚約者だからね」
本当は『君のことが好きだからね』と言いたい。
しかしそれを言うと、たぶんティアたんはまた嫌がる。そして俺の頬でも叩きかねない。晴れの場でそれをやったら、本格的に破談だなんだという話に発展するだろう。彼女に恋をしている俺はそれだけは困るのだ。
「あ」
人波の中にピンク色の頭を見つけて、俺は小さく声を上げた。
パーティーは王宮で催されている。あのピンク頭のメイド……ピナも、給仕として駆り出されているのだろう。
――さすがに会場だと逃げられまい。
俺とブリッツの妙な噂が広がる前に、ピナに口止めをしないと。ティアたんの好みを教えてくれた礼も改めて言いたいし。
「知り合いを見つけたので、少し挨拶をしてくる」
「あ、では私も……」
「ティアラ嬢は休んでいて。ブリッツ、彼女の護衛を」
一緒に立ち上がろうとしていた彼女をそっと座らせる。そしてブリッツに護衛を任せてから、俺はピンクの頭の方へと向かった。
ピンク頭との遭遇なのです。
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