転生王子と婚約披露パーティー1
あれからピンク髪のメイドの誤解を解こうとしたのだけれど。俺自身が忙しく、彼女も俺を避けているためかなかなか会うことができないままだった。
しかし彼女は妙な噂を振りまくタイプではないらしく、俺とブリッツが男色の仲だとかそんな噂は幸いにして立っていない。本当に……良かった……
しかし誤解は解いておきたいので、いずれ捕まえないとな。
彼女の名前がピナ・ノワルーナという名で伯爵家の三女であることは、ブリッツを介した聞き込みで判明している。そのうち個人的に呼び出すかと思っているのだが妙な噂が立ってもな……と思うと二の足を踏むところである。
そうこうしているうちに今日は婚約披露パーティーの当日になった。
ティアラ嬢には赤のドレスと、薄桃色の髪飾りを送った。どれもなかなか可愛らしいものだと、思うのだが。ブリッツにも太鼓判を押してもらったし。
しかし彼女からは相変わらず『ありがとうございます』と便箋一枚にも満たない返事がきただけだった。
……泣いてない、俺は、泣いてなんかない。
ティアラたんを迎えに行くために俺は王家の馬車で公爵家へと向かった。彼女と会うのはまた久しぶりだ。これ以上彼女の印象を下げないためには……どんな言葉を紡げばいいんだろうな。
「だから。ぶちゅっとやってドーンと押し倒せばいいんですよ。これだから童貞は」
馬車でうんうん唸っているとブリッツがまたろくでもないことを言い出した。
「だからできれば苦労しないと言ってるだろう!」
「さすがにそっちは実践でお教えするのはどうかと思いますしねぇ。私のテクに溺れられても困りますし」
「俺だってごめんだ、ボケ!」
これ以上妙な誤解をされたらどうしてくれるんだ。
俺とブリッツの見た目は遺憾ながら飛び抜けていいのだ。一度妙な噂になればそれは真実味を伴って拡散されていくだろう。
「ちゃんと、可愛い似合ってるよって言うんですよ」
ブリッツは微笑ましいと言わんばかりに目元をゆるませた。なんか腹が立つな!
「……またひっぱたかれないかな」
「男性慣れしていない女性は素直になれないことも多いのですよ」
そう言ってブリッツは軽くウインクした。
……くそ、むかつくくらい様になってる。いいなぁ。モテる男は。
☆
セイヤーズ公爵家の正門に着くと侍従が流麗な動作でこちらに礼をして門を開いた。
ブリッツを伴って馬車を降り、屋敷の扉を抜けると。
そこには――天使のように美しいティアラ嬢の姿があった。
私が贈った赤のドレスを身に纏い、髪飾りもちゃんと着けてくれている。
想像の何百倍も、綺麗だ……
ティアたんは俺に、頬を染めてはにかんだ笑みを見せた。
「ティアラ嬢……」
たまらず駆け寄り、騎士のように膝をつくとティアラ嬢の瞳が大きく見開かれる。使用人たちやセイヤーズ公爵夫妻も驚いた表情で俺を見つめた。
けれどこんなにも愛おしい存在を目にしたら、こうせずにはいられなかったのだ。
白く小さな手をそっと取り恭しく口づけ、
「天使のようだ……本当に驚くほど愛らしい。俺の選んだものを身に着けてくれて、とても嬉しいよ」
そう、微笑みながら言うと……
「ひゃ、ひゃああああ!」
なぜかティアラ嬢に叫ばれ、思い切り突き倒され。俺は床にゴロリと転がった。
使用人たちは騒然とし、公爵夫妻は真っ青になって今にも倒れそうだ。
まぁそうだよなぁ。これ、ふつうに不敬罪だよな……
「ぶちゅっとやってドーンですねぇ」
ブリッツがしみじみとした口調で言うが……起こせよ、お前は!
王宮へ向かう馬車の中は当然というか、気まずい沈黙で満ちることとなった。
……いや、時々ブリッツの吹き出す音が聞こえるな。あの野郎、覚えておけよ。
隣に座るティアラ嬢の様子を横目で窺うと、彼女は青ざめた顔でうつむいている。
慰めの言葉をかけてやりたいが……
出会ってからずっと彼女に拒絶されてばかりの俺には、そんな勇気が出せなかった。
女心がわからないなりに頑張ったつもりだったのだが。彼女には伝わらない……どころか拒絶ばかりされている。これは世に言う『生理的に無理』というヤツだろうか。
そうだったらと思うと死にたくなる。この顔か? このスカしたイケメン顔がダメなのか?
馬車の窓に映る自分の顔がふと目に入る。するとそこには氷のように冷たい表情の俺がいた。……女たちに囲まれている時はこんな顔をしてるんだろうな。そりゃあ『氷の王子』なんて呼ばれるわけだ。
……贈り物の感想も、聞けていないな。
やりたくてやったことに見返りを求めるのは手前勝手だとわかってはいるが、やっぱり喜ぶ顔が見たかった。
せっかくのティアたんとのパーティーなんだから、会場に着く頃には笑えるようにならないと。
小さく息を吐き、心を落ち着けようと目を瞑る。
すると手に温かなものが重ねられる感触がした。驚いてそちらを見ると――
ティアたんが俺の手に手を重ね、必死な表情でこちらを見つめていた。
あまりのことに驚いて表情を変えることもできず。俺は硬い表情のまま彼女を見つめ返した。
「……婚約者としてふさわしくない行いをしてしまい、本当に申し訳ありません」
もう少し甘い言葉を聞けるかと内心期待していたのだが。ティアラ嬢の口から零れたのはそんな言葉だった。
その言葉を聞いて俺は落胆してしまう。
……好感度が低いのに、甘い言葉なんて聞けるわけないよな。
「気にしていない」
俺はやっと言葉を絞り出した。
気にしている。本当はめいっぱい気にしている。好意を示しても、それは君には伝わらない。それが辛くてしかたない。
……ティアたんに好きになってもらう術が、俺にはわからないんだ。
「だから、ティアラ嬢も気にするな」
そう言って手を引こうとすると……慌てたように小指をきゅっと握られた。
ティアたんは顔を真っ赤にしながらぷるぷると震えてこちらを見つめている。
可愛い。なんでそんな可愛いことをするのかなー。
そんなことをされると、君のことがもっと好きになるでしょう。
――好きになればなるほど、拒絶されると傷つくのはわかってるのに。
「怒って、らっしゃるでしょう?」
ティアラ嬢の唇から弱々しい声が漏れた。怒ってる、というのとは少し違うなぁ……
どうしていいのかわからない、ただそれだけで。
「怒っては、いないかな」
「……本当に?」
「うん」
「……よかった……」
ほっとした笑みとともに紡がれたその安堵の言葉は、
王太子の俺を怒らせなくてよかった、とか。
公爵家の立場が守れてよかった、とか。
そういうよかっただよね。
嫌われなくてよかったという俺に都合のいい解釈は、舞い上がらないためにしないのだ。
そんな王子、マイナス思考に入るの回でした。