ティアラの事情3(ティアラ視点)
「お嬢様、殿下から贈り物が届きましたよ」
その日の夜、セバスチャンが大きな箱を抱えて私の部屋へとやって来た。
――殿下からの、贈り物。
その言葉に私は心底ほっとする。時期からいって、贈り物は婚約披露パーティー用のドレスだろう。先日、私は王子に『プレゼントはいらない』なんて無礼なことを言った。だからもしかすると、婚約披露パーティー用のドレスは頂けないんじゃないかって。そんなことを考えて少し落ち込んでいたのだ。
……だけど、王子はちゃんと用意して下さった。
優しい、大好き。どうしよう、涙が出そう。
いや、箱を開けてみないとまだわからないけれど。開けたらヌイグルミだった、ということもまだあり得るもの。ヌイグルミはヌイグルミで、嬉しいけれど。
「セバスチャン、開けて!」
「はい、お嬢様」
皺が刻まれた手で、セバスチャンが円柱形の箱を開けるのを私は見守った。ああ、どんなものが入っているのだろう。
開いた箱から見えたのは美しい赤。
私の大好きな色のドレスが、箱には入っていた。
うっとりとしながらドレスを手に取る。シオン王子が、私の好きな色のドレスを下さるなんて。背が小さな私でも広い会場で映えそうな、フレアが大きめのスカート。胸元や袖口に刺された、赤を引き立てる豪奢な黒の刺繍。好みだ。驚くほどに私の好みのドレスだ。
胸の開きがちょっと大きい気もするけれど。私は、その。つるんでぺたんなので、似合わなかったらどうしよう。
「素敵……」
ドレスをにこにことしながら眺めていた私は、箱の底にお手紙が入っていることに気づく。それを手に取ると……ふわりと薔薇の香りがした。シオン王子のお手紙から、いつも漂う香りだ。今まで頂いたお手紙はいつまでも瑞々しい香りが残っているから、これは魔法で香りを付けているのかもしれない。
「お手紙、嬉しい」
思わず、へらりとだらしのない笑みが浮かんでしまう。嬉しい、大好き。そんな想いを込めて手紙にそっと口づけをすると、唇に淡い薔薇の香りが残った。
「よかったですね、お嬢様」
「ええ! じいや、お手紙を開けて!」
自分で開けてもいいのだけれど、不器用な私では封筒をくしゃくしゃにしてしまう時がある。セバスチャンは優しく微笑むと、ペーパーナイフで綺麗に封を切ってくれた。
中にある便箋を丁寧に、丁寧に取り出してそっと開く。そして私は綺麗な文字で書いてある手紙の内容に目を走らせた。
『愛らしい僕の婚約者に似合うものを選んだよ。気に入ってくれるといいのだけど……』
「はぅ。シオン王子が、愛らしいって! 私、無礼を働いてばかりなのに」
優しい言葉で綴られているお手紙を読んでいると、目頭が熱くなる。私はゴシゴシと零れそうになる涙を拭った。
「じいや。どうしよう、これ以上嫌われたくないわ」
「お嬢様はお可愛らしいお方です。天の邪鬼な行動さえ取らなければ、すぐに殿下も夢中になりますよ」
「そこが問題なのよ、じいや」
はーっと深くて重いため息をつく私に、じいやが小さな箱を手渡した。
「……これは?」
「殿下からの、もう一つの贈り物です」
「まぁ!」
この大きさは、アクセサリーだろうか。そわそわとしながら開くと、そこには髪飾りが入っていた。薄桃色の薔薇の飾りが、真珠を通した天蚕糸で繋がれたヘッドドレス。これも、私の好きな色。こういう可愛い色は似合わないと諦めきっていた私だけれど。王子がくれたのだから……似合うと思ってもいいのかしら。
「すごいわ。王子は、私の好きなものをなんでも知っているみたい」
「殿下も、お嬢様のことがお好きだからかもしれませんよ」
「じいや、もう! そんな希望を持たせないで。好かれることをしていない自覚くらいは、ちゃんとあるのよ」
私が頬を膨らませるのを、じいやは微笑ましげに見つめている。
……私、本気で悩んでいるのに。
これを身に着けた私を見て、王子は……綺麗と思ってくれるかしら。
少しだけでも、褒めて頂けたら嬉しいな。
お礼状を書こうとして、私は筆を取った。だけど胸がいっぱいすぎて。
いつものように『ありがとうございます』の一言しか、書けなかったのだ。
浮かれるティアたんなのです。