転生王子と生じる誤解
「なるほど、赤と薄桃色……」
先ほどピンク色の髪のメイドから聞いた情報を僕は何度も反芻した。しかしピンク色ってすごい髪だな。日曜朝のアニメの主人公かって配色だ。
緑の髪や青の髪のヤツも王宮でちょこちょこ見かけるし、この世界では派手な配色は珍しいことではないらしい。……金髪碧眼というオーソドックスな色で良かった。
「ティアたんにドレスを贈った後に、あのメイドにも改めて礼を言いたいな」
そうは思ったものの、メイドの名前も聞いていないということにふと気づく。
王宮に勤めるメイドたちは行儀見習いで来ている上流階級の娘が多い。調べればすぐにわかるだろうが。
ちょっと目立つ美少女だったし彼女のことを調べるのは楽だろうな。ティアたんの方が当然可愛いけれど!
俺はティアラ嬢の顔を思い浮かべて、ため息をついた。
きちんと挽回しないと……ティアたんの好感度が下がる一方だ。
先日プレゼントを贈りすぎだと怒られてしまったが、次のパーティーは婚約者と最初に出るものである。贈り物をしないことは相当な失礼に当たる。
……贈り物をせずに、婚約者とは不仲だと思われてしまうのは嫌だ。
俺とティアラ嬢は対外的には相当隙がある状態だろうから……ちゃんと仲睦まじいことをアピールしないと。いや、実際に隙だらけの関係だし、俺の片想いなんだが。
……婚約者なのに、片想いか。
思わずぐすりと鼻を鳴らしてしまったが、泣いてなんかいないんだからな!
俺は執務室に戻ると侍従のブリッツに頼んで王室御用達の商人を呼んでもらった。
ティアラ嬢に何が似合うか考えながら服を選ぶのはとても楽しくて、それを喜んでもらえたらと考えるともっと楽しくなる。
いつも怒らせてしまっているあの子の笑った顔を想像すると胸がぎゅっと締め付けられて、乙女か俺は! と心の中で何度も突っ込みながら俺は恥ずかしさで悶えた。
……そんな俺を見ているブリッツは終始ニヤニヤとしていた……本当に腹が立つな。
「いやぁ、王子がそんなに婚約者殿に夢中とは……」
商人が帰った後、ブリッツがニヤニヤとした表情のまま話しかけてきた。
「夢中だ、悪いか。大好きだ。ティアラ嬢はすごく可愛いんだ」
そう言ってじっとりと睨むとブリッツはぶっと大きく吹き出す。子供の頃から俺に仕えている彼はとても無礼な男だ。……まぁ、こっちも素を見せられて楽でいいんだけど。
ブリッツは青の髪をした美形で女たらしである。しかし遊ぶのが上手いのか、悪い噂にはならないんだよな。
俺なんて女の子に触れてもいないのに『王子に酷いことをされた』なんて噂を流す女たちもいるのに。それは当然、ぜんぶ逆恨みだ。執務が忙しい時に急に訪ねられても追い返して当然だろうが。
「どうしたら、ティアラ嬢が喜んでくれると思う?」
恥を忍んで経験値を積んでいるこの男に訊ねると、ブリッツは目を丸くする。
「その綺麗なご尊顔で愛を囁き、口づけでもしたら誰でも喜んで落ちてくるでしょうに」
「それができたら苦労はしないんだよ。こっちは童貞だぞ、舐めるなよ」
「やってみないとわからないでしょう、王子」
「口づけなんて、したことないんだよ! お前と違ってスマートにできるか!」
拗ねながら、ふんと鼻を鳴らすとブリッツはおやという顔をした。
「では……やり方をお教えしましょうか」
そう言ってブリッツは俺のおとがいをそっと指で持ち上げる。そしてその茶色の眦が垂れた瞳でじっと見つめられた。……男に見つめられてもなぁ。
「……こうして彼女の瞳をじっと見つめてください」
「そんなことができたら苦労せんわ」
「そして愛を囁きながら、ゆっくりと顔を近づけるんですよ」
「だからそんなことできたら苦労せんと言ってるだろう!」
「――ヒッ!」
小さく悲鳴のような声が上がったのでそちらを見ると、先ほどのピンク髪のメイドが引きつった声を上げていた。手には書類を持っているので誰かに使いを頼まれたのだろう。
「王子とブリッツ様がそんな関係……? 乱れる王宮の性!?」
「乱れてないからね!?」
「失礼しましたぁ!」
そう言ってさっと書類を床に置くと走り去るメイドの後ろ姿を見て俺は呆然とし、ブリッツは大爆笑をはじめた。
――お前のせいだからなぁ!?