王子とヒロイン(ピナ視点)
私はピナ・ノワルーナ伯爵令嬢。この世界のヒロインです。
自分がヒロインだなんて頭がおかしいと思われそうですが、本当の話。大学一年生の夏。トラック事故に巻き込まれて、私は死んでしまったんですよね。そして気がついたら、この世界に転生していました。
――夢中でプレイしていた、乙女ゲームの世界に。
ヒロインは王宮にメイドとして勤める伯爵家の三女で(行儀見習いってヤツですね)、王宮にいる方々と恋をしていくわけですけど……
職場恋愛なんてめんどくさいこと、私やりたくないんですよ。
前世のバイト先でも浮気しただの、あの子を見ないでだなんだって、みんな揉めてたし。身分の高い方々と、となるとそれのさらにめんどくさいバージョンじゃないですか。
陰謀とか策略とかに巻き込まれて攫われて、貞操の危機があって……のゲーム中イベントを思い返すと、ほんとにろくなことがないです。
このゲーム、誰ともくっつかずにクリアすると、毎日挨拶をしてくれる衛兵のボブ(つまりはモブです)と結婚できるんですよね。
ゲームで見た時には特になんとも思わなかったんですけど、実際に見たボブは気さくで素敵な男性で。……好きになっちゃったんですよね。モブと言っても乙女ゲームのモブなので、前世基準だとものすごいイケメンですし!
私、ボブと結婚するために攻略対象とは関わらないって心に決めたんです!
現在私は十六歳。ゲームの期間は十八歳からなのでゲーム開始までにはまだ二年あります。
だからって油断せずに、忍びのように生きるのですよ。
「わ!」
そんなことを考えていたら、ぼふん! と誰かにぶつかって私は尻もちをつきました。恐る恐る相手を見ると……
「シ、シオン王子!」
攻略対象人気ナンバーワン。『氷の王子』という異名を持つシオン王子がそこにいました。こ、これは……。いわゆる出会いイベントじゃないですか。
どうしてですか? まだ出会いまで二年ありますよねぇ!?
シオン王子は苦手なキャラなんですよ。デレれば溺愛キャラなんですけど、それまでの過程が怖すぎます。氷のように冷たく気難しい彼の心が溶けるまで、どんなに冷たい態度を取られても近づいていくなんて……ヒロインはドMなんじゃないでしょうか。
それにイベントも色々濃いんですよね、この人。ヤンデレ気質というか、ねちっこい性格というか。私全部知ってるんですからね!
シオン王子の氷のような青の瞳が私を見つめます。
「ひっ」
その視線を受けた私は思わず、ひきつった声を上げてしまいました。
「大丈夫か?」
そう言ってシオン王子は私に手を差し出してくれました。あ、あれ……?
ここは『貴様、なにをしている』とかそんなセリフじゃなかったでしょうか。
「大丈夫です! 申し訳ありません!」
ぺこぺこと頭を下げながら私は王子の綺麗な手を取って立ち上がります。
そんな私の様子をシオン王子は上から下までジロジロと眺めて……
「君は、他の女性のようにギラギラとしていないな」
と、ぼそりとつぶやきました。
ギラギラ……たしかに王子に群がる女性たちはギラギラしていますよねぇ。主に、欲望で。
シオン王子は少し思案する顔をした後に。
「その、悩みを聞いてくれないか? ……パーティー用のドレスを婚約者に贈るつもりなのだが、俺はいつも彼女を怒らせてばかりでね。女性の意見を聞きたいんだ」
そうはにかんだ顔で言われて、私はまた混乱しました。
……? 婚約者って『悪役令嬢』のティアラ様ですよね。
二人の仲ってゲーム内では、かなり険悪だったような。婚約者のティアラ嬢は王子のことが大好きだけれど素直になれなくて、心にもないことばかりを言っちゃうんですよね。そんなティアラ嬢の言葉を額面通りに取って、王子は彼女を嫌うのです。
そしてお約束通りに、悪役令嬢は王子に近づくヒロインを嫉妬から殺そうとしちゃう、と。
……嫌ですよ、殺されようとするなんて。ゲーム内では殺されませんでしたけど、まかり間違ってこの人生では死んだらどうするんです。
「難しいことを聞いたかな」
混乱で返事ができない私に王子はそう言うと、困ったように首を傾げました。
そっか……ゲームの期間まではまだ間があるから。
現状では、王子と悪役令嬢の仲はまだそれほど険悪ではないのかもしれません。
「噂で聞いたのですけれど。ティアラ様は赤がお好きなようです。薄桃色がもっとお好きだったと思いますけど、ご本人は自分に似合わない色だと悩んでいらしたはずです」
キャラクタープロフィールには、そう書いてあったと思います。
私の言葉を聞いてシオン王子は少し驚いた顔をした後に……
「そうなのか。助かった」
と、言って優しい笑顔で去って行きました。
わーメインヒーローの笑顔は素敵ですねぇ!
ふふふ、いいことをしました。二人が上手くいくといいですねぇ。
私はそんなことを思いながらスキップでボブのところへ向かいました。
ピナちゃんは無害系ヒロインさんです。




