ティアラの事情2(ティアラ視点)
「うわぁぁあああん! じいや、じいや!」
「落ち着いてくださいませ、ティアラお嬢様」
王子との二度目の対面の後。
帰宅した私は――じいや……屋敷の執事のセバスチャンに取りすがって全力で泣いた。
嫌われた、絶対に嫌われた。
私が失礼な態度を取ってしまった後。王子は、氷のような無表情になってしまわれたのだもの。対面が終わるまで、ずっとだった。
セバスチャンの大きな手が優しく何度も背中を撫でてくれる。私は執事服に涙や鼻水を付けてしまったことを申し訳なく思いながらも、泣かずにはいられなかった。
「……じいや、私、先日ひっぱたいてしまったのに。王子は今日も優しくしてくださったの」
そう。初対面の時も、今日の対面の時も。
王子はとても優しかった。『氷の王子』なんて噂は、まるで嘘だったかのように。
最初は私を試しているのだと思ったけれど、ひっぱたくなんてことをしても優しい王子を見て違うのだと気づいた。
「そうなのですね、お嬢様。それは素敵な婚約者様で」
「こんな可愛げのないティアのことを、可愛いって言ってくださったの」
「それは嬉しいことですね、お嬢様」
「ご公務でお忙しいのにご負担をかけたくなかったから。だから嬉しかったけど、プレゼントもお断りしようって思ったの。あんな言い方、するつもりじゃ……」
毎週王子から届くプレゼントは、嬉しかった。
時々男の人の趣味だなぁというものも混じっていたけれど、それも王子が手ずから選んでくれた証拠だと思うとたまらなくときめいた。
お礼状にはもっと言葉を尽くした方がいいのだろうと思ったけれど、胸がいっぱいになりすぎていつも『ありがとうございます』の一行しか書けなかった。
ご公務がとても忙しいと噂で聞いて、寂しいけれどプレゼントは控えて欲しいと思った。
血税からのものだと思うと、畏れ多くもなっていたし。
「おうじが、てぃあって呼んでくれたのもっ。うれしかったのに……」
……どうしてあんなきつい言い方を、してしまったの。
ぜんぶ嬉しかったのに、恥ずかしくなって全力で拒絶してしまった。
昔から私は恥ずかしいと天の邪鬼な言葉を吐いてしまう悪い癖がある。
きっと王子は二度と『ティア』と呼んでくれないだろう。
それが悲しくてどうしようもなかった。
実は初対面の後、王子に会いに王宮に行ったことがある。
あの日の私の非礼を改めて謝りたかったからだ。
侍従に連れられこっそりと部屋を覗くと……王子は綺麗な女の人たちに囲まれていた。
だけどその表情は冷たい氷のようなもので『ああ、私へ向ける顔は違うものなんだ』と。それがわかって嬉しくなった。
その日はお忙しそうだったので、結局会うのは止めたのだけれど。
……二度目の対面を本当に楽しみにしていたのに。自分ですべてぶち壊してしまった。
王宮や社交界では私は王子にふさわしくないという噂が立っている。
本当に噂の通りだ。私はダメで意地っ張りで。王子の優しさに素直に『嬉しいです』と言うこともできない。こんな私はたしかに王子にふさわしくないのだ。
「お嬢様、一ヶ月後には婚約披露のパーティーがございますよね。そこできちんと挽回しましょう」
じいやの言葉に私は涙で濡れた睫毛をパチパチとさせた。
「婚約披露、パーティー……」
「そうです、お嬢様。パーティーでお嬢様と王子が仲睦まじくお似合いであることを、皆様に知らしめるのです」
じいやはそう言って私の両肩に、励ますようにぽんと手を置いた。
そうね。綺麗に着飾って、堂々と王子のお隣に立とう。
そして王子には先日の非礼を謝って……愛称で呼んで欲しいっていうお願いもするの。
「じいや、私頑張る!」
「その意気でございます、お嬢様!」
私は婚約パーティーへの希望を、胸の奥で大きく膨らませた。
パーティーに向けて気合じゅうぶんのティアたんです。