転生王子と婚約者のエピローグ(ティアラ視点)
今日は、シオン様に会うために王城へと上がる日。
婚約してしばらくの間、私とシオン様の間には気持ちの行き違いからの大きな溝があった。だから婚約者がいるのにも関わらず、シオン様に寄ってくる令嬢は後を立たなかったのだけれど。
……だけど今は、その。私たちは、な、な、な、仲が睦まじいので! シオン様に纏わりつくご令嬢たちは、明らかにその数を減らしたのだ。
……減らした、のだけれど。
王宮の回廊をブリッツ様に案内されて歩いていると、シオン様のお姿が目に入った。そして、あのピナというメイドの姿も。ピナがなにかを言うと、シオン様は大きく口を開けて楽しそうに笑う。そして笑いすぎて出たのだろう、目の端に溜まった涙を指先で拭った。そんなシオン様のお姿は私には見せない年相応という雰囲気で……すごく、楽しそう。
あんなシオン様を見られるなんて羨ましい。羨ましいどころか、すごく妬ける。
だってシオン様が、私よりもあのピナというメイドに心を開いているように見えるから。
「むぅ」
はしたないとわかっていつつも、私は頬を膨らませてしまう。すると横から、吹き出す音が聞こえた。ギロリとそちらを睨むと、ブリッツ様がなんだか楽しそうにニヤニヤしている。人の不幸を喜ぶなんて、嫌な人ね。
「いや、失敬」
ブリッツ様は面白がる表情を隠しもしない。ブリッツ様は令嬢たちに人気のある殿方だけれど、この人をからかうような雰囲気が私は少し苦手だ。彼は侯爵家の次男で、私の婚約者として名前が上がっていた時期も実はあった。……隣にいても、そんな実感は湧かないけれど。
「姫君があまりに、愛らしい顔をされていたので」
「……からかいは結構よ」
ブリッツ様からつんと顔を逸らすと『おやおや、嫌われてしまいましたね』という笑い含みの声がする。……だからそういうところが、苦手なのよ!
「ティア、来ていたの?」
声をかけられ、私は顔を上げた。それが誰の声かなんてすぐにわかる。愛おしいシオン様の、凛々しいお声だ。
「ご、ごきげんよう、シオン様。その、お邪魔になるかと思ったのですけれど。ひと目だけでもお顔が見たくて来てしまいました」
「それは嬉しいな」
シオン様は優しい微笑みを浮かべる。だけどなんだか、目の奥が笑っていない気が……
きょとりと首を傾げていると、肩を抱くようにして引き寄せられ。そのまま強く抱きしめられてしまった。……ふぁ、シオン様あったかい。
「シ、シオン様?」
「……ティア、ブリッツと仲が良さそうだね」
シオン様のお口から漏れる声が、ふだんより低くてとても怖い。恐怖心が湧き上がり、私は身をぶるりと震わせた。
……ん? ブリッツ様と仲良く? どうやったらそう見えるの!
それにこれって、もしかしなくても。シオン様が嫉妬を!? と、とても嬉しい。嬉しいけれど、誤解は解かないと。
「ブリッツ様と仲がいいだなんて、そんな事実はありません! そ、それにシオン様こそ。ピナ嬢と今日も仲良くされていたじゃないですか」
「ピナ嬢はペットみたいなものだから。女性としては見ていないよ」
「ペットとか、ひどくないですか!?」
シオン様の言葉を受けて、ピナ嬢が悲痛な声を上げる。
女性扱いじゃないとしても、妬けるものは妬けてしまうわ。どうやったら、シオン様のあんなお顔が引き出せるのかしら。
「大切な女の子は、ティアだけだから」
耳元で、うっとりとするようなお声で囁かれる。それが嬉しくてたまらない。
「私も大切な男性は、シオン様だけです」
私も囁いて、シオン様の体を優しく抱きしめた。
「ブリッツ様。私たち、ダシにされてません?」
「そうですね、遺憾でございますね」
誰かさんたちの大きなため息が聞こえた気がしたけれど。
……きっと、気のせいね。
次回はヒロイン側のエピローグを。




