転生王子と令嬢の気持ち2
「シ、シオン王子。どうして、口づけを」
何度かの口づけが終わった後、ティアたんが腕の中でじたばたと暴れ出した。だけどか弱い彼女の力では腕から抜け出ることができず、途方に暮れたようにこちらを見上げた。
「……ティアラ嬢が、好きだから。だから奪ってしまった」
「え」
大きな瞳がさらに大きく瞠られる。涙が溜まっていた目尻からは、ころりと透明な雫が転がった。頬を伝うその雫を優しく指先で拭う。するとティアラ嬢は白い頬を淡く染めた。
「シオン王子が、私のことを、好き?」
「ああ。君にとっては迷惑だろうが」
ティアラ嬢が俺にすがったのは、きっと家のためだ。公爵家の令嬢が婚約破棄をされるという、そんな不名誉を防ぐため。……なのに俺は。ティアラ嬢の様子に、浮かれて口づけなんてしてしまった。
「め、迷惑なんかじゃないです!」
ぎゅっと俺のジャケットを掴みながら、ティアラ嬢が詰め寄ってくる。その迫力に、俺は少したじろいだ。
「……しかし。ティアラ嬢は、俺のことを嫌っているのだろう?」
「え?」
ティアラ嬢は呆気に取られた顔で俺を見つめる。そしてぷるぷると、何度も首を横に振った。その仕草可愛いなぁ。ティアたんは、いつでも小動物系可愛いだ。
「はじめてお会いした日から。私はシオン王子をお慕いしておりました」
「……えーっと。そんな嘘、つかなくても」
「う、嘘ではありません!」
「だけど、叩かれたり、怒られたりばかりだったし」
「そ、それは」
じわりとティアラ嬢の瞳に涙が浮かぶ。そして彼女は俺の胸にぐりぐりと額を押し当てた。
「王子のことが愛おしすぎて、恥ずかしかったのです。だからあんな無礼な態度に……ごめんなさい」
――ティアたんはツンじゃなくて、ツンデレだった。
なんということだ。こんな国宝級のツンデレが存在したなんて。
俺はティアたんの体を抱き上げた。軽い、羽根のように軽い。
「王子! どうして抱き上げるのです!」
「いや、可愛すぎて、つい」
「つい? え、可愛い!?」
俺の言葉を聞いたティアたんは目を白黒とさせた後に、顔を真っ赤に茹で上げた。
「とても可愛い。俺の天使だ」
「ひゃう!」
耳元で囁くと、可愛らしい声が漏れる。愛おしさがこみ上げ、俺は白くて柔らかな頬に何度も口づけをした。
「シオン王子ッ」
「シオンと」
「シオン、様」
いい。すごくいい。ティアたんに『シオン様』と呼ばれることを夢見ていたけれど、想像の百倍はいい。
「ティア、可愛い」
囁いて微笑みかけると、ティアラ嬢は『ぁあう』と小さく声を上げてさらに真っ赤になってしまった。
「ティ、ティアって呼んでくれた……」
「何度でも呼ぶよ、ティア」
「ひゃう!」
ティアラ嬢は恥ずかしがって顔を小さな手で隠してしまう。だけど手の隙間から見える口元は、ニコニコと嬉しそうに綻んでいた。俺の婚約者が、可愛すぎる。
よかった、婚約破棄なんてことにならなくて。
これがブリッツのお陰というのが、なんとなく腹立たしいが……!
☆
「お二方、お茶のお替りはいがかですか?」
椅子に座り、ティアたんをお膝に乗せて愛でていると。ブリッツが庭園へやって来て、ニヤニヤとしながらそんなことを言った。
「そそそ、そうね。頂こうかしら」
ティアラ嬢……いや、ティアは声を上ずらせながら、ブリッツに返事をする。そして『膝から下ろして欲しい』と言わんばかりの視線が向けられたが、俺はそれを無視した。
「そうだな、もらおうか」
ティアは不満そうにしているが俺を叩くこともなく、大人しく抱えられていてくれる。嬉しいな、ティアたんをこんなに愛で放題だなんて。
そんな俺たちを、ブリッツはなんだか生温かい目で見つめていた。
……コイツのおかげで両想いだとわかったとはいえ、やっぱりなにか腹が立つ。
「父上に、ティアとの仲は良好だとお伝えしないとな」
せっかく両想いが発覚したのに、別の婚約者に割り込まれてはたまらない。これは、早急に報告すべきことだ。
「……シオン様。その、ごめんなさい……」
ティアが眉尻を下げながら、小さな声で謝罪をする。俺は安心させるように、できるだけ優しい笑みを浮かべてみせた。
「謝らないで。俺ももっと、はっきりと気持ちを伝えていれば良かったんだ。これからはちゃんと愛してると言うから」
こんな恥ずかしいセリフも、前世で中二病患者だった俺にはお手の物だ。
「シオン様……嬉しいです」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうにうなずく彼女が愛おしくてたまらない。
「えーと。私もいるんですけどねぇ」
ブリッツは温かな紅茶を淹れ終えると、一つため息をついてからまた庭園から出て行った。
「……この世界に生まれて良かったなぁ。ティアに会えたし」
「シオン様は大げさですよ」
「大げさじゃないよ」
ティアと出会えない世界に転生していた可能性もあるのだし。
頬ずりをすると、ティアはくすくすと笑う。
可愛い、好きだ。一生大事にしよう。
「そろそろ帰してあげないとね。本当は、もっと一緒にいたいけれど」
「シオン様……そうですね。残念ですけれど」
「明日は公務を休もうかな。ティア、俺とデートして?」
……たくさんの護衛付きだろうけど。両想いになったのだから、デートくらいはしたいよな。前世でできなかったことだし。
「し、します。デート、したいです」
ティアはそう言うと、ふわりと嬉しそうに笑った。
ティアの手を引いて庭園を出ると。めずらしく困り果てた顔のブリッツと、俺たちに土下座をしているピナがいた。
「……えーっと、ピナ嬢?」
「先日のパーティーではティアラ様のご不興の原因となってしまい、申し訳ありませんでした! お願いですので、殺さないでくださいませ!」
「殺さないよ!? というか君、土下座スタイルでの謝罪とか絶対に転生者だろ!」
「ふぇ! シオン王子もですかぁ!?」
鼻水を垂らしながらピナが顔を上げる。あああ、美少女顔が台無しだなぁ。
俺はピナに近づくと、仕方なくハンカチで鼻水を拭いてやった。
「まぁ、転生云々の話は機会があればね」
「ふぇい。そうれふね」
ピナと話していると、後ろから服が引っ張られる。
「シオン様……」
甘えるような、拗ねたような可愛い声。振り返ると、そこには頬を膨らませたティアがいた。可愛い、天使か。天使の焼きもちか。
「……ティア、君以外見えないよ」
囁いて抱きしめると、ティアが嬉しそうに胸に頬を擦り寄せる。
その温かな体温に、俺は心からの幸せを感じた。
次回はエピローグになります。




