転生王子と令嬢の気持ち1
数日後。俺はティアラ嬢を王宮へと呼び出した。
緊張しながら待っていると、同じく緊張した面持ちのティアラ嬢がブリッツに連れられてやって来る。
「シオン王子。先日は大変な失礼を致しました」
ティアラ嬢は謝罪をすると指の先まで綺麗に整っている礼をした。その美しい佇まいを見ていると、胸がぎゅっと締めつけられる。
――俺が望めば。無理やりにでも彼女を繋ぎ止めることもできる。
そんな考えが一瞬脳裏を過る。俺は頭を軽く振ってそれを振り払った。
好きな子には、笑っていて欲しい。俺と一緒にいても……ティアラ嬢は笑えないんだ。
ブリッツは彼女に『隠した本音』があるかもしれないと言っていたが。ティアラ嬢が俺のことが好きなら、頬をパンパン叩いたり、突き飛ばしたりはしないだろう。贈り物だって、愛称呼びだって喜んでくれたはずだ。
「庭園にお茶の準備をしておりますので、どうぞ」
ブリッツが庭園へと俺たちを案内する。そして俺の耳に口を寄せて、
「今日は私以外の護衛はおりません。その私も数時間程度、どこかでうっかり昼寝をするかもしれませんね。今日は天気がとてもいいので」
と、笑顔で囁いた。
人払いをした、ということか。なぜだ? 婚約破棄が成立したら思い切り泣けとでも? 本当に嫌なヤツだな。
ギロリと睨むとなぜかやれやれという様子で肩を竦められ『これだから童貞は』と小さくつぶやかれた。人払いをしたから、押し倒せと言ってるのか!? そんなことできるか! お前じゃないんだから!
俺たちはブリッツが用意してくれたテーブルに迎え合って座る。ブリッツは紅茶と菓子を用意すると、庭園の入り口へと消えて行った。
「今日は、いい天気だな」
「……ええ」
「空が、青いな」
「……ええ」
とても、気まずい。少しなにかを話しては、すぐに沈黙が落ちる。
俺は重い空気に耐えられなくなり、ついため息を吐く。するとティアラ嬢の肩が怯えたようにびくりと揺れた。
……本題に入るか。これ以上ティアラ嬢を、俺の存在で苛みたくない。
「今日は、話があってね」
「お話?」
ティアラ嬢は可愛く首を傾げた。あー可愛い。その仕草すごく可愛い。
俺はこんなにティアラ嬢が大好きなのに、ティアラ嬢は俺じゃダメなんだよなぁ、どうしてだろう。
美しい新緑の色の瞳をひたと見据える。すると彼女の体が、震えたような気がした。
「ティアラ・セイヤーズ。貴女との婚約を……破棄しようと思う」
絞り出すように、俺はその言葉を口にした。
ティアラ嬢は、屈辱からかブルブルと肩を震わせる。そして俺を睨みつけた。
……罵声くらいは、甘んじて受けないとな。
俺はそんなことを考えながら、ティアラ嬢から視線を外さなかった。けれどその薄桃色の唇から、罵声が飛び出すことはなかったのだ。
「シオン王子、どうして……」
弱々しい、ティアラ嬢の声。それを聞いて俺は内心頭を抱えた。
どうして? それを君が言うのか。
どうしてかなんて、わからない。俺はティアラ嬢が大好きだ。
だけど君が……あまりにツンすぎるから! いや、オブラートに包まずに言うと、俺を嫌っているから。
――だったら解放してあげないと、可哀想じゃないか。
「いえ。どうしてというのは、おかしいですね」
俺はいつのまにか下に落ちていた視線をティアラ嬢へと向ける。すると彼女は……大きな瞳から涙を零して、泣いていた。子供のように、くしゃりと顔を歪めて。その光景を見て、俺は呆気に取られてしまう。
「いつも醜態ばかり晒してしまうから。いつも、可愛くないことばかりするから。ティアのことが、厭わしくなったのですよね。それは、当然だと思っております。だから今日は婚約破棄のお話だろうと、覚悟の上で……」
零れ落ちる雫がテーブルクロスを濡らす。これはどういうことだと、俺は激しく混乱した。というかティアたんは素だと自分のことを『ティア』と呼んでるのか!?
「ごめんなさい……きらいに、ならないで」
小さな手で顔を覆ってティアラ嬢は小さく嗚咽上げた。その様子は凛とした公爵家のご令嬢ではなく、ただの十四歳の女の子だ。俺は慌てて彼女のところに行くと、驚かせないようにできるだけ優しく抱きしめる。すると小さな体がびくりと震えた。折れそうに華奢だ。そして柔らかい、いい匂いがする。
「……シオン王子」
ティアラ嬢が俺を見上げ、また嗚咽を上げた。なにかを言おうと開かれた唇は、つやつやとしていて愛らしい。その薄桃色の唇を……俺は自分の唇で塞いでしまった。
「しおん、おうじ、あの」
ティアラ嬢はなにかを言おうとしたけれど、すぐに目を瞑って俺のすることに身を委ねる。
それをいいことに、俺は何度もティアラ嬢の唇を塞いだ。
ようやく両想いなのです。




