転生王子は婚約者と出会う
2~3万文字で完結の作品です。
最終話まで執筆済みなので完結まで安心してお楽しみ頂けます。
1日2~3話程度更新予定です。
一対の人形のように美しい少年と少女は、庭園に設置されたテーブルに向かい合わせに座っていた。一陣の風が庭園を吹き抜ける。それは少年の豪奢な金色の髪をさらりと揺らした。
少年が顔を上げると、少女と視線が交わる。
彼は少しためらう様子を見せた後に――おもむろに口を開いた。
「ティアラ・セイヤーズ。貴女との婚約を……破棄しようと思う」
凛とした声が空気を震わせる。その声の主はシオン・チェスタトン。御年十六歳になるマシア王国の王太子である。少年の青の眼差しは、憂いに満ちて目の前の少女に向けられていた。
婚約破棄を告げられた令嬢は屈辱でなのか、ぶるぶると肩を震わせながらシオンを睨みつけた。彼女はティアラ・セイヤーズ公爵令嬢。美しき黒薔薇姫と呼ばれる、麗しきシオンの婚約者である。
黒い髪に緑の瞳の凛とした面差しの少女は、その瞳を大きく見開き……
高らかな罵声がその口からは飛び出すのかと思いきや。
「シオン王子、どうして……」
薄桃色の唇からは、小さく可憐なつぶやきだけが零れた。
(――どうしてかって? 俺にもわからん)
呆然としているティアラを見つめながら、婚約破棄を告げた主であるシオンも内心頭を抱えていた。
(俺は婚約破棄なんて言いたくなかったけど! だけど君が。ティアたんが……あまりにツンすぎるから!)
☆
俺のことを、少し話そう。
俺、シオン・チェスタトンには前世の記憶がある。
前世の俺は日本という国に住むごく一般的な男子高校生で、まさしく思春期の真っ只中であった。
反抗期かつ少し遅い中二病患者。右目や右手がすぐに疼く俺を両親はかなり持て余していたと思う。身の内に宿る悪魔(当然いない)と戦いながら震えていたら、けいれん発作と勘違いされ二度ほど病院に連れて行かれそうにもなった。今考えると黒歴史にもほどがある。
そんな頃に交通事故に遭い、薄れゆく意識の中でこれは死んだなと思っていたら――すべての中二病患者憧れのファンタジーな世界に赤ん坊として転生していたのだ。
魔法がある、剣がある、ドラゴンがいる。
そんな世界に俺は大興奮した。
しかし残念ながら俺が転生したのはさる王国の王子様。竜を倒しに行ったり、騎士として戦ったりというのは下々のやることで、結局この世界でも冒険の旅は絵空事だったのだ。
俺は唯一許されていた前世には存在しなかった魔法の修練を積み、十五歳になる頃には国一番と言われる使い手になった。
――しかし王宮で王太子教育に明け暮れる日々に、魔法なんてものは無用の長物。
魔法を使って王宮を抜け出し大冒険……なんて根性も俺には無かった。
自分で考えているよりもずっと、俺は気が小さかったのだ。
ところで、この今世の俺は前世と違い絶世の美形である。
前世では中二病を患っていた俺は、女子たちに遠巻きにされていた。
いつも一人でブツブツ言っている並以下の容姿の男なんて、今考えるとモテようがない。『俺の力が怖いのか……』などと言って強がってはいたが、正直モテたくて仕方がなかった。
そして現在の俺は、念願のハイスペック顔面なのである。
結論から言うと、俺はとてもモテた。
顔につられて寄ってくる女たち。将来の王太子妃にと娘を近づけてくる貴族たち。様々な美しい蝶が俺の周囲を舞っていた。
しかし俺はそのモテ期をまったく活用できなかったのだ。
……女慣れなんてしていかった俺は、ひきつる顔をしながら適当に彼女たちを躱すことしかできなかった。
みんな、なんだかギラギラしていて正直怖かったし。俺はもっとピュアな恋愛がしたい。
それで付いたあだ名が『氷の王子』。
俺のひきつった顔は、どうやらかなりの無表情に見えるらしい。
……前世なら喜んだあだ名なんだろうが。前世の十七年、そして今の人生で十五年と人生経験を重ねた俺はもうそのあだ名に喜べるような精神年齢ではなく。
――中二病だった頃の俺のことは、棺桶にでも入れて燃やしてくれ。
今は本気で、そう思っている。
そんなこんなでなかなかうまく行かない人生に黄昏れていた十六歳の年。
婚約者との顔合わせがあると、父上に言われた。
そして俺は……人生ではじめての恋をしたのだ。
「ティアラ・セイヤーズと申します」
その令嬢は鈴のなるような透明感のある声でそう言うと、美しいカーテシーを披露した。
腰まで伸びた艶めく黒髪、新緑のように澄んだ色の緑の瞳。気の強い印象を与えるけれど、極めて整ったその顔立ち。年は俺よりも二つ下だと聞いているが彼女からは年齢以上の理知の輝きを感じられた。
そして彼女が俺を見る目は、他の女性のようにギラギラとはしていない。
それだけで、好感度が高い。
いや、正直に言おう。……もう、かなり好きだ。いや、完全に好きだ。
ちょろいと言われるかもしれないが、俺は前世も今世も童貞なのだ。
こんなに可愛い女の子を婚約者だと言われて紹介されたら、即座に惚れても仕方ないだろう! ああ、俺の嫁……なんていい響きなんだ。
「シオン・チェスタトンだ。君のような愛らしい令嬢が婚約者だなんて嬉しいな」
俺は長い王子生活で学んだ猫を被り、ティアラ嬢に挨拶をした。彼女には『氷の王子』だなんて思われたくないので、精一杯の笑顔を浮かべる。
するとティアラ嬢は少し視線を泳がせた後に……苦虫を噛み潰したような表情になった。
……なぜだ。
出だしの挨拶は完璧だったと思うんだが。なにが原因で君はそんな顔をするんだ。
まさか顔が好みじゃないとか? それは変えられるものではないので困るな。
「お優しい言葉ありがとうございます」
ティアラ嬢は渋い表情を引っ込めると、にこりと笑って礼を返した。
他人行儀のものに見えるけれど、彼女が笑ってくれてホッとする。
先ほどの反応は緊張をしていたのかもしれないな。
「王族しか入れない庭を案内しよう。女性が気に入るような花もたくさん咲いているから、楽しんでくれるといいのだけれど」
そう言いながら手を差し出すとティアラ嬢は少し戸惑った様子を見せた後に、俺の手に小さな手を乗せた。
すごい。前世、今世両方合わせて、はじめて女の子と手を繋いだ。女の子の手はこんなにも柔らかいんだな。そして、とても小さい。
そう思いながら浮かれた気分で彼女の手を引くと――
「……ずいぶんと、慣れてらっしゃるのですね」
ティアラ嬢の唇から氷のような声が漏れた。
「え……」
びくりと肩を震わせながら彼女を見ると、じっとりとした上目遣いで……なぜか睨まれている。
ティアラ嬢は睨んでいても可愛いな。上目遣いというのはまた素晴らしい。俺と彼女はかなりの身長差があるから可愛い彼女のつむじも見える。
――いや、そうじゃない。どうしてそんな不機嫌に!?
女の子の機嫌なんてどうやって取っていいのかわからないんだが!
「慣れてなどいないよ。君のような愛らしいご令嬢を連れて行くのは、人生ではじめてだ」
中二病時代に培った演技がかった仕草で言って軽くウインクもしてしまう。
恥ずかしいが、俺もどうしていいのかわからないんだよ!
「――ッ」
ティアラ嬢の白い頬が赤に染まった。そして慌てて、可愛い顔を伏せてしまう。
どうしたのだろう、また機嫌を損ねてしまったのか!?
これは誠意を持って謝罪をするしかないな。
「ティアラ嬢。俺はなにか、気に障ることをしただろうか?」
彼女の前に跪き、小さな手を両手でそっと握る。
そしてしっかりと見つめると――ティアラ嬢の顔はさらに真っ赤になった。
「な……」
ティアラ嬢の唇がわなわなと動く。
「な?」
彼女がなにを言おうとしているのか一言一句聞き漏らすまいと、俺はさらにしっかりと彼女の手を握り新緑の瞳を見つめた。
「なんなんですのよぉおお!」
――次の瞬間。彼女の口から漏れ出たのは、淑女らしからぬ絶叫だった。
そんなこんなのじれじれ両片思いラブコメです。
なにとぞ宜しくお願い致します。