アフロディーテの旅
ここは人とロボットと獣の国が存在する世界。
人はロボットと獣から知識の親と呼ばれる存在であり、またそのもの自体は最弱の存在である。数百の国を持ち、歴史の中ではそれぞれがくっついたり離れたり、争いもあったが今ではお互い尊重しあい、助け合って存在している。
ロボットは人の生活に溶け込み、AIの学習機能や演算、自国の製品により人と獣の国を滅ぼすことが可能と判断したが、そもそものロボットの概念、何かの役に立つという自身の存在意義により平和的にロボット開発を行い、主に人の国の役に立つものを産出している。
獣は人の側で生活を望むものはそのままに、知能と身体能力の高いものが独立した国家を築き、ロボットの助けにより人と意思疏通が可能になり人とロボットの国とは別の国で弱肉強食の世界で暮らしている。
そんなお互い助け合いながらもそれぞれで都合のいいような、そんな世界の小さな村にアフロディーテという名の少女とアダムという名のロボットとイブという名の獣の3体がやってきた。
「あ!こ、これは!明けの明星隊の皆様!」
村の入り口に立っていた若い兵士が一行を見つけて慌てている。
村の入り口にいる兵士は、国から派遣される一般兵に成り立てで一通りの村や町の入り口警備に当たるのが通例だ。
「おはようございます。入れていただけて?」
「あ、あー、はい。あ!いや、今は、その、村人が狩りから戻ってきたばかりで、ちょっと村の中が獣の匂いと血の臭いがきついので、その…。」
しどろもどろになりながら、兵士が説明をしているが、要領を得ない。アフロディーテが不思議に思っていると、耳に付けているイヤフォンから、イブの言葉が聞こえた。
『狩った獣はどうやら野犬のようね。私に遠慮しているみたい。』
実際は少し喉を鳴らしただけだが、イヤフォンからはしっかりと言語として流される。
このイヤフォンはロボットの国が開発した、獣の言葉を人間へ伝えるためのイヤフォンだ。中にAI搭載の翻訳機が入っており、意志の強い言葉はハッキリと言語にしてくれる。主にペットとして飼われている知能や意志の弱い動物については、直感で感じるのと同程度しか翻訳されない。
兵士がチラチラとイブを見ていたのはそのせいかと、イブの言葉に納得した。イブは大型の犬だからだ。しかし、獣は基本的に弱肉強食。イブも気にしなければアフロディーテも気にしない。
「兵士さん、お気遣いありがとうございます。わたくしたちは慣れておりますので通してもらえないかしら?」
「…はい。あの、気分が悪くなったりしても、村人を責めないであげてください。俺…あ!いや、私、先月ようやく兵士になれて、今月からここの村に配属されたんです。村の人たちはそんな俺に優しくしてくれて…。」
「そうですのね、いい村に最初に配属されて、喜ばしいことです。」
兵士は下を向いてモゾモゾ話していたが、アフロディーテの言葉にバッと顔を上げて紅潮させている。
「そうなんです!俺、バカだけど兄貴のお下がりの教本で勉強して、やっと念願の兵士になれて!調査隊の方々もいい人ばかりで良かったです!一昨日出発された調査隊の方々も、俺の話すっごい聞いてくれたんですけど、5年前の教本だから、その調査隊の名前が載ってなくて、失礼しちゃったんですけど、許してくれたんです!」
「あら、一昨日出発した隊があったのですね。久々にどなたかお会いしたかったわ。」
言い直しても結局“俺”に戻ってしまっていることに苦笑したが、その後の別の調査隊の話には少し興味が湧き、誰だったかと、すれ違いになってしまったことにアフロディーテは残念に思った。
「紳士隊って言ってました!」
「…紳士隊?」
「そうです!って、すみません!俺ベラベラしゃべっちゃって!えっと、そう!だから、村の人たちのこと、宜しくお願いします!」
「ええ、分かっておりますわ。それでは、失礼しますね。」
兵士はよほど、この村の人間を気に入っているらしい。念を押されてしまった。
それにしても、別の隊がこの村のきていたとは、会えなくて残念だと改めて思った。基本的に各隊は、年に一度集まる以外は、どの村や町へどこをどう行こうと自由に任されている。なので、訪れた町でバッタリ会うこともある。そんな時は、仲が良い隊であれば同じ宿に泊まったり、一緒に食事をとったりして親交を深めたりもする。
村を道なりに進んでいく。小さな村は直ぐに中央広場まで着いた。そこには沢山の村人が、既にバラバラに解体が進みただの肉の塊になった野犬を細かく捌いていた。
皆夢中で作業をしており、誰一人アフロディーテたちに気が付かない。
「もし、宜しいかしら。」
一番手前にいて、一段落したところであろう、足元に肉と骨、内臓など仕分けたタライを置き、腰を伸ばしていた女性に声を掛けた。
「ん?おや!あんたたちは、ナンタラ調査隊だね!あちゃー、お供は犬かぁ、悪いね!お友達捌いちゃったわ!」
イブを確認した女性はカラカラ笑って悪いとは口では言いつつも全く悪いとは思っていない口調で謝罪する。
「お気になさらず。今夜こちらの村に泊めていただこうと思っているのですが、宿はどちらにございまして?」
「宿ね!うちでよければ空いてるよ!そっちの道進んで右側に赤いドアが目印の宿さ!風呂とトイレは男女別共同、夜と朝の飯付きだよ!」
「そうですか、それでは宜しくお願いします。」
ペコリと頭を下げた。
「いいよお!先に宿に行ってて!旦那がいると思うからさ!」
「はい。では、お先に行って参ります。」
少し行くと直ぐにその宿が見えた。
「まぁ、大きなお宿。」
山を背に付近の家が3件分あるんじゃないかというくらいの大きな2階建ての赤い扉の宿があった。
入り口前の3段の階段に登ろうと前へ進み出ると、すっとずっと黙って着いてきていたアダムが前へ出てきた。
「アフロディーテお嬢様、お手を。」
「ええ。」
アダムは執事型ロボットだ。こうして何かあれば直ぐ様動くが、基本的には後を付いてくるだけだ。しかし、AIの学習機能により、それぞれ個性が出てきている。
「お嬢様、お仕事とはいえ、あのような場に自ら進んで行くものではあはりません。宿探しでしたら私が参ります。」
「いいのよ。わたくしが自分でやりたいの。」
アダムに手を借りながら宿のドアを開けた。
「らっしゃーい!ちょっと待ってねー!」
ドアベルが鳴り響き、奥から男性の声がした。ひとまず中に入り待っていると、カウンターからひょっこりと男の子が顔を出した。
「いらっしゃい!3名だね!うち犬なら一緒に泊まれるから!お金は先払いだよ!」
元気よく話しかけてきて、思わず笑みがこぼれる。
「?俺何か変?」
「いいえ、可愛らしかったので、失礼しましたわ。お代はこちらで宜しくて?」
「ふーん?よくわかんないけど、お金は大丈夫だよ!じゃーこれ鍵ね!」
男の子はずいぶんと慣れた手付きで渡してきた鍵を受け取り、男の子の案内で部屋へ行く。
小さな村の少し古い建物にしては、随分と重厚感のある部屋だ。使われている床板も軋むことなく、むしろ使い込み良く磨いているのだろう光っており、家具も全て良く磨かれている。
「良い木材が使われていますわね。」
「ええ、こちらの木材は全てクルミの木で作られています。」
「あらまぁ、こんな良いお部屋に泊まれるなんて僥行ね。」
木材もさることながら、リネンのさわり心地も最高だった。まさかこんな小さな村で、ハイクラスの部屋に出会えるとは思わなかった。
荷を下ろし、早速町の中を歩き回る。村人たちが盛んに言う、調査隊の仕事だ。
明けの明星隊、これがアフロディーテの隊の名前だ。各隊に名前がつけられ、各地を回り歩き、人々の生活、ロボットの普及、獣のあり方を調査している。それにより、人々が貧困していれば国へ報告し物資などが援助され、ロボットが一台もない村があれば最初は貸与という形で貸し出し、その後生活の改善が見られ豊かになったらレンタル代が課せられる。獣は主に不当に扱われていないか、または、遊びで狩猟が行われていないか、逆に獣による被害を見て回り、何か問題があれば、その場で是正を申し伝え、定期的に国から兵士を派遣され調査が入る。
この村のように、害獣を狩って食料にしたりする分には問題はない。人々ものんびりと暮らしており、路上で生活する人もおらず、畑で農耕機がせっせと耕し、収穫まで行っている。
「この村は大丈夫かしらね。」
一通りの歩き見て回り、特段問題は今のところなさそうだ。
『あら。あの子は』
イヤフォンからイブの声がした。イブの視線を追ってみると、宿の男の子が真っ青な顔をして歩いていた。
『様子を見てくるわ。』
イブがすっと離れていく。
「私も少し見て参ります。」
アダムも一礼をして離れた。
「二人とも、行ってらっしゃい。うふふ。」
二人を見送り、さりげなく目を付けていた甘味を購入しに向かった。
日が傾きはじめ、アダムと合流し宿へと戻る。
「おかえり!夕飯、もうできてるからこっちの食堂においで!」
宿へ入った左手に食堂があり、配膳中のおかみさんが顔を出した。
「ええ、いただきます。」
一度部屋へ戻り着替えて手を洗ってから、食堂へ向かった。
空いてる席に自由に座ってと声をかけられ、空いてるテーブルへ向かう。
アダムがすっと椅子を引き、そこへ座り、ナプキンをかけられる。そのままアダムは後ろへ下がった。
「あんた、お嬢様なんだねー!執事のあんたは、食事どうするんだい?」
「私はロボットなので、食事は不要です。お気遣い感謝します。」
「へー!これが執事ロボットか!こんな村じゃ昔、村長の屋敷にいた家事メイドしか見たこと無いからね!」
おかみさんは常に元気一杯のようだ。
「そうですか。今は家事メイドロボットはいらっしゃらないのですか?」
「そうねー、てんで見ないから、返却したのかもね!だいぶ古い型だったし、壊れちまったかもね!」
「そうでしたか。」
「で、お嬢様は、なんにする?取れ立ての犬肉もあるけど、鶏にしとくかい?」
「…ええ、鶏肉でお願いします。」
厨房に戻っていき、置かれた水に口をつける。
「調査は済んでおります。」
「そう、重畳ね。」
のんびりと過ごしていると、料理が運ばれてきた。
「はい!お待ちどうさま!うちの自慢の料理だよ!」
「頂戴します。」
早速ナイフとフォークを手にし、一口大にして食べる。
「美味しいです。久しぶりにこんな美味しい食事を頂きました。」
「だろう!あたしがあの人と結婚したのも、この料理の腕前があったからさ!先代からこの宿は食事が自慢でさ!料理を気に入ってくれた調査隊の金持ちの人がさ、自分も泊まるからって、宿を新しく豪華に建ててくれたんだよ!」
だから、この村には似つかわしくない宿の作りだったのかと、理解した。
「わたくしもその恩恵に与れて光栄ですわ。」
「いいんだよ!年に数回あるかないかの調査隊からは恩返しのつもりでお金は受け取らないって、決めてるんだ!ゆっくりしてっておくれ!」
「…ええ、ありがとうございます。」
あらあらと、アフロディーテが思っていると、厨房の奥から罵声とガシャーンという音が聞こえてきた。
「なんだいなんだい、まだお客さんがいるってのに。あぁ、気にしないで食べてておくれよ。」
そうは言われても、気になってしまうのでおかみさんの後をそっと付けていく。
「バカ野郎!おめー!調査隊からは貰わねーって、今言ってたじゃねーか!受け取ることにしたなんて、言ってねーじゃねーか!!」
ここのご主人であろう、シャツにズボン、その上にエプロンをしている体格の良い男性が、男の子を殴ったようだ。男の子は鼻血を出して尻餅をついていた。
「なんだい、あんた。食堂まで声が聞こえてるよ!」
「こいつがよ!調査隊から今後は受け取ることにしたっておめーが言ってたっていって、数年前から宿代貰ってたんだよ!」
「はぁ?あたしは、調査隊から貰わないって…ちょっと!どういうことだい!?」
男の子は母親からも詰められ、泣きながらキッと顔を上げた。
「だって!こんな田舎の村にはめったに客なんかこないじゃないか!!それなのに、年に数回かもしれないけれど、その数回がないから、かーちゃんの腰を治せないんじゃないか!!」
「このバカ!!腰なんて、薬草蒸してつけときゃ勝手に良くなる!そんな事より恩返しだよ!」
「そんなこと言って!全然良くなってないじゃないか!!」
男の子は母親の様子をよく見ているようだ。
「…何でもいい、金は今来てくださっている調査隊に全部返すよ。もっといで。」
「…ない。」
「はぁ?お前、かーちゃんの為って言っておいて使ってんのか!!」
「違う!!内緒で貯めてたのに、無くなってたんだ!」
それ以降お互いに怒鳴り合っていて、アフロディーテは少しこの場から離れたいと思っていた頃、イヤフォンからイブの声と、後ろから大きなひと鳴きが聞こえた。
『もう、耳が痛いわ。少し黙ってくれないかしら。』
イブの声に静寂が訪れる。イブの足元に大きな巾着が落ちており、後ろには朝に門のところで出会った兵士がいた。
「あら、イブ、お帰りなさい。」
『ただいま。手加減するのに骨が折れたわ。』
イブの報告を聞いていると、兵士が遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、あの、えっと、俺は何で呼ばれたんですか?」
「そうね、急にイブが呼んでごめんなさいね。」
「いや!それは全然大丈夫です!丁度交代の時間だったし!」
慌てる兵士に宿の男の子が近寄る。
「俺を捕まえるんだろ?いいよ、騙してたんだから。」
「え?」
まだ話がつかめない兵士は男の子の前に膝を付き真っ直ぐ見る。
「君は、人を騙したのかい?」
「うん、そう。騙してお金を受け取った。」
「そうか、それじゃあ話を聞かないといけないね。」
兵士が男の子を連れていこうとするのを、アフロディーテが遮る。
「お待ちになって。兵士さん、あなたが捕まえるのは、この村を出て東にある森の奥に小屋があるから、そこに手足の折れた紳士隊のほうですわ。それと、調査隊にはそういった名前の隊はいらっしゃらないの。」
「え!!」
「紳士隊という名の、詐欺師ですわ。さあ、兵士さんお願いしますね。」
「え、あ!はい!」
兵士は慌てて駆け出した。
「そうしたら次はこちらね。」
イブの足元にある巾着を取り上げ、男の子に渡す。
「あなたが集めていたお金はこちらですね。」
「…うん。」
「どうやら、紳士隊があなたの後をつけて、盗ったそうです。でも、イブが取り返してくれましたから、これはあなたのものです。」
差し出した巾着を見つめるが、受け取ろうとはしない。
「でも、これは、俺が騙して受け取ったお金だから…」
「あら、隊の人たちは金額を聞いて納得して支払っているはずです。どんな金額だろうと、この宿の人に納得して渡しているのだから、正規の支払いなのですよ。」
「…いいの?」
「ええ、ただ、売り上げですので申告はしてくださいね。」
「はい!これで!かーちゃんの腰を見てもらえる!そうだよね?」
「…あぁ、そうだな。アフロディーテさん、ありがとうございます…!!!」
「あんたたち…」
やれやれこれで冷めてしまっただろうが食事が出来ると、席に戻るが今度は大きな音を立てて宿のドアが開いた。
「ここに!執事ロボットがいるんでしょ!エマを返して!!」
綺麗なワンピースを着た少女が大声でやってきた。
「あんたは、村長のとこのお嬢じゃないか。いったいどうしたんだい?」
「そこの執事ロボットに!エマを持っていかれたのよ!エマを返して!!」
ツカツカとアダムの前まで来て胸ぐらをつかんだ。しかし、すかさずアダムが手を捻り上げる。
「痛い!!ロボットが人を攻撃していいの!?廃棄されるのよ!!」
「先ほど攻撃を受けましたので問題ございません。現在も報告し問題なしと判断されました。」
「何よ!じゃあ、人の所有物を勝手に持っていっていいの!泥棒じゃない!!」
「そちらも問題ございません。そもそも、当国で販売またはレンタルされたロボットは、故障や破損など、活動に支障をきした場合は速やかに報告し、修理、または新しいものに交換しなければなりません。完全に活動停止し、修理不可となり廃棄となったロボットもリサイクルにまわされます。当国のリサイクル率は「うるさいわね!わざと寝かせているだけよ!なんの問題もないわ!!」」
腕を捻られながらも、叫び続けている。
「エマと名付けられた家事メイドロボットは初期製造のもので既にサービス終了となっております。またスキャンした結果、修復不可能と判定いたしましたので、今回回収対象となります。代わりに新しい家事メイドロボットを手配してございます。2~3日で届きますのでご安心くださいませ。」
「…新しいロボットはエマじゃないわ!エマじゃないと意味がないのよ!」
「エマと名付けられた家事メイドロボットの内部データを送ってございます。」
「…エマじゃないわ!」
「外見データも送ってございます。」
「そんなの!求めてないわ!」
なおもギャンギャンと反抗的であるが、次のアダムの質問には黙った。
「では、全てを引き継いだソレは何でしょう?何をもって、エマと呼びますか?人も、心臓を含めて様々な部位を移植しますよね。エマはロボットですから、全てが交換可能なだけですよ。」
その質問に答えられる人はいないだろう。とはいえ、この場では口を挟める人が居ないだけだろうが。
「さぁ、アダム。その辺にして、彼女を解放してあげてちょうだい。」
ただ一人を除いて。
「はい、アフロディーテ様。」
村長の娘を解放し、アダムは定位置であるアフロディーテの後ろへ下がる。
「宜しいかしら?」
「…何よ。」
「全く同じではありませんが、わたくしも、そのような気持ちは分かるつもりです。かくいうアダム、あの執事ロボットも、今では3体目です。わたくしが幼少の頃から一緒におり、世話を任せ、一緒に旅をしてきて過酷な時も多く、何度も整備を繰り返してきました。わたくしも、寂しく思う一方で、また次に会ったアダムは、平然と変わらずそこに居るのです。」
「…それでも、それは最初の執事ではないでしょ。」
「うふふ。そうなんですが、アダムったら、今までの学習によって、他のロボットにはないクセがあるのですよ。そのクセを見たとき、あぁ、アダムなんだなと、感じました。」
「…」
下を見つめる村長の娘の目にうっすらと膜が張っている。瞬きをすれば、こぼれ落ちてしまいそうだ。
「わたくしたち人間は記憶ですが、ロボットは記録です。そこは種族の違いとしか言いようがありません。また、新しい体になったエマさんを迎え入れてあげてください。」
遂に瞬きによってこぼれ落ち、スカートに小さなシミを作った。
「…言われなくても、そうする他ないじゃない。そう思うしかないじゃない。」
村長の娘は静かに帰っていった。
今度こそ一段落し、冷めてもなお美味しい料理に舌鼓をうった。
「おはようございます、お嬢様。」
まだ朝日が昇る前に起こされる。起床時間はいつも早い。
「…んん、まだ、よ、る。」
「朝です。私に布団を剥がされて、パジャマを剥ぎ取られるのと、ご自分で起きられ身支度をするのと、どちらが宜しいですか?」
「…おきるわ」
のそのそと起きて顔を洗う。
窓の外はまだ薄暗い。
支度を整え、重そうなキャリーケースをチラリと見る。
「エマさんがいるのかしら?」
「えぇ。お嬢様、こちらをお持ちください。」
「…どうして?ロボットを運ぶのは貴方の役目でしょう?」
「お嬢様、昨日甘味を食しましたね?また昨日の夕食にて体重が「わかったわ!運びますから!!」そうしてください。」
『朝から元気ね。良いことだわ。』
イブのしっぽがワサワサと揺れた。
門につくと、昨日の兵士がいた。
「昨日は詐欺の捕獲にご協力くださいまして、ありがとうございます!!」
ぴっと敬礼をする。
「どういたしまして。また通していただけて?」
「もう行かれるのですね。ここは良い町です、また来て下さい。」
「機会があれば。それでは、ごきげんよう。」
アフロディーテ、イブ、アダムは、ようやく日が昇ってきた所で村を後にした。
朝日に輝くアフロディーテの髪、濃紺に身を包むアダムと足元にくっついて歩いているオレンジ色に輝く毛色のイブ。
「あぁ、これが明けの明星」
兵士の呟きは誰一人耳に届かなかった。
「ねぇ、アダム。」
「はい、お嬢様。」
「あなたの為に毎回朝早くから出発をしているの。」
「左様でございますね。なるべく多く活動できるように、なるべく多く日に当たり充電してございます。」
「それに付き合っているわたくしに対して、何かあってもよろしいのでは?」
アダムを横目で見ると、目が合い、にっこりと微笑み返された。たまに意地悪なことを主であるアフロディーテに言えるのは、数いる執事ロボットでもアダムだけであろう。
「いえ、何でもないわ。朝の空気は澄んでいて気持ちが良いわね。」
「左様でございますね。」
こうして一行は、次の町に向けて歩き続ける。