ありがた迷惑な天恵
ありがた迷惑な天恵
「もう! やってられん!」
そう、誰に語りかけるわけでもなくベッドにうつ ぶせになった。
片手に持っているスマートフォンは午後の5時を示していた。
朝早く学校へ行き、ようやくこの時間になって愛しの我が家に帰ってこられた。
いや、実際には帰ってきてしまったというのが正しい。本当ならこの時間には最後の筋トレメニューをこなしているはずだからだ。
何を隠そう僕は、顧問の先生に怒られた事に反発し、へそを曲げて帰ってきてしまったのである。
そりゃ 「お前なんてチームには要らん!! 帰れ!」なんて言われた日には売り言葉に買い言葉で「そうですかい、それじゃ失礼しますよ」
となってしまうだろう?
え? そもそもお前は誰なのかって?
そんなこと聞いても意味ないと思うけど答えよう
僕の名前は 東雲 雄大
周りからはユウってよく呼ばれてるけど安直すぎてあまり好きじゃないあだ名だ。
所属していた部活はサッカー部、実力は上の下くらいだった。
僕の事を語るのはこれくらいにして、僕は下の階から聞こえる大声に耳を傾ける。
「雄大ー! 家にいるなら家の用事手伝ってーな」
「わかったよ! 何すればいいの?」
「とりあえず岸本さんとこに回覧板回してきて」
今は一瞬たりとも動きたくない気分なのに回覧板を回せときた。しかし、母の言うことを無視すると後で面倒なことになるのは16年間生きてきた人生のページに深く刻み込まれている。
「わかったよ 母さん」
ここで僕はヌルりと起き上がり、軽快なステップで階段を下り、玄関に置いてあった回覧板を手に取った。
「行くのは別にいいんだけど、あそこあんまり近寄りたくないんだよなー」
「そんな事言わへんの! 岸本さんいい人なんやから」
「分かってるけどさー 気味悪いものは気味悪いんだよ」
僕の家の二つ隣にある岸本さんの家は近所ではその不気味さが有名で、子供たちからはお化け屋敷感覚で肝試しによく使われている。
しかしその反面、家主の岸本さんはとても優しい初老の男性でそのギャップも噂の種の一つである。
家を出て数秒で家の前までたどり着いた。
相変わらず不気味な家だ。さっさっと投函して帰ろうとした矢先、僕は激しい頭痛に襲われた!
痛い! 痛い! 頭が割れる!!
「うっ...」
気がつくと、僕は薄暗い部屋の中に居た。
起き上がろうと手をつくと、何やら生暖かい物に触れた。
「なんか濡れてるな。 なんだよこれ」
近くに置いてあったランタンで照らすと、目を疑う光景が広がっていた。
「な、なんなんだよ... これ」
そこにはズタズタに引き裂かれた猫の死体とそれに使用したであろうナイフ。そしてそれらを中心に描かれた魔法陣のような模様が床一面に描かれていた。
(逃げないとヤバい ... これはヤバすぎる)
「まさか君を巻き込んでしまうとは...誠に申し訳ない」
声の主の方へ目を向けると初老の男が佇んでいた。間違いない
「岸本さん...!」
岸本さんは手を頭にやりながら力なく答えた。
「こちら側の人々には決して害が及ばないように配慮に配慮を重ねたというのに、結果こんなことになってしまうとは……本当に済まない」
部屋に漂うむせ返るような匂いと、理解できない現象の相乗効果で僕はしばらくの間話す事が出来なかった。しばらくして少し落ち着いた後、僕は切り出した。
「岸本さん、これは何がどうなってるんですか」
岸本さんは俯いたまま答えた。
「君の体には今、暴虐の精霊が憑依している。」