蠱毒
『蟲蔵の渓谷』。そう呼ばれている渓谷がある。
その渓谷から悪魔族の領地までは1本道でつながれている。
最短距離だろう。
この世界では悪魔族を嫌う者がいる一方で気にしない者も一部いる。
鍛冶と芸術の街『サブカルチャー』はそんなものが多い稀有な街の一つだ。
それには理由がある。
鍛冶と芸術の街『サブカルチャー』では、そこでしか手に入らない貴重な逸品があるため、悪魔族の往来も別に珍しいことではない。
悪魔は芸術を好むのだ。
そのため悪魔族と取引する美術商が多数いる。
芸術の為に大枚をはたいてくれる悪魔は彼らにとっては天使だろう。
しかし、『サブカルチャー』で美術商を営む者達には一つの常識がある。
”『蟲蔵の渓谷』は通るな”
これは美術商を始めたばかりのものでも知っている一般常識だ。
蟲蔵の渓谷……その切り立った崖には大小無数の洞穴が開いている。
それは奴らの巣だ。うかつに近寄ってはいけない。
好奇心は猫をも殺す……。
大小多数の虫族が生活するその渓谷では巣穴争いが後を絶えない。
そうしてついた別称は『蟲毒』。
『蟲毒』を堂々と進む一行があった。
ーー
僕は今お茶を飲んでいる。
ティータイムだ。午後の一服。休憩時間だ。
小さなかわいらしい茶色の長方形テーブル。それを挟んだ向かい側には小さな悪魔がいる。
金髪紅眼の悪魔。サキュバスのリリアだ。
テーブルの上にはお洒落なティーセット。センスがいい。きっとこれを選んだものは目が肥えているのだろう。
そう、リリアだ。僕の彼女だ。性格もセンスもいいとは恐れ入ったぜ……。
君の女子力は53万だ……。
そしてもう一人の彼女はここにはいない。
「燃え散れ!!火の槍!!ファーハッハ木っ端みじんだぜぇ!!」
散歩中だ。
「オラアア!!弱ぇ!!弱すぎんな。つまんねえよ!!もっと私を楽しませろ!!」
趣味の時間……と言ってもいいだろう。
「ミーナドノ。コナゴナニシテシマッテワ、マセキがテニハイリマセン……モウスコシテイネイニコロシテホシイノデスガ……」
ゴブリン王のスズキだ。彼にもミーナと一緒に馬車の護衛をしてもらっている。
彼の場合は趣味ではない……仕事だ。
「悪い悪い!ちょーとばかし楽しくて力が入っちまってよ。」
僕とリリアが戦闘に参加していないのには理由がある。
そうミーナだ。
蟲蔵の渓谷……通称『蟲毒』。
このエリアの適正レベルは2次職の10レベルだ。
僕はLv18。リリアはLv17。スズキは4次職のLv12。ミーナに到ってはLv42だ。
4人で戦った結果何の苦戦もなかった。作業ゲーだ。
何ならスズキの召喚できる『王族ゴブリン』数匹に護衛させても大丈夫なくらいだ。
いってもあいつら3次職だし……。
そんなことを考えていると、ミーナが文句を言い出した。
「つまんねえなー」
そうだろうな。僕も生前”死を告げるもの”という称号を取得するため、ひたすらネバネバスライムを10時間狩り続けた時は、頭がスライムになった。あれは辛かった。
そんなこともあって、ミーナとスズキ、僕とリリアで別れて交代で馬車の護衛をしている。
今はミーナ達の番ってわけだ。
でもそろそろ日が暮れるな……よし
「そろそろ野営場所を確保しましょうか」
ーー
「ここにもありませんね」
またはずれか……。そろそろ引けて欲しい。
「ホントにあんのかよ!!」
ミーナさんもご立腹だ。
僕らの野営場所は洞穴の1個だ。洞穴に入り、散策、虫が出たら殺す、移動を繰り返している。
何故こんなことを繰り返しているかというと『万病に効く香草』探しだ。
万病に効く香草……通称『ナオール草』。
この香草は、日のあたらない湿気の多い場所を好んで自生する。
そのため崖と崖の間の道には絶対に生えていない。
ということで何度も洞穴あさりと殺虫を繰り返しているのだが当たりが出ませんな。
「仕方ないですね。今夜はここで野営しましょう」
ーー
僕らは洞穴の奥の方で焚火をしている。洞穴の深さは大きいモノでも約50メートル程で、奥で明かりをつける分には特に目立たない。
念には念をということでスズキに『王族ゴブリン』を召喚してもらい、入り口を警備してもらっている。
僕は戦闘でお疲れのミーナ様の肩を揉み労を労う仕事に準じている。
ミーナ様の右耳には青い魔石が付いた銀色の十字架がキラリと光る。
僕の右耳にも同じものがついている。ムフフ……。こんな美人さんが僕の彼女なんだぜ。
因みに今日の料理当番は僕だ。ミーナが戦い。僕が家事をする。
主夫だ。主夫ゾンビタナカだ。
今日のメニューは……
「メイン料理は大コオロギの兜焼き。サイド料理は3種類の芋虫のオードブル。飲み物は『精神崩壊茶』。腐ったパンを添えてです」
顔面に蹴りが飛んできた。空中で3回転しながら顔面スライディングした。なんて蹴りだ……。
「てめえ殺す気か!!なんだ『精神崩壊茶』って!?馬鹿か!?私の男の癖に家事もできねえとは……。結婚する気あんのか?」
実は後で知ったんだが、人間族も交際する際ピアスを渡す風習があるみたいだ。
ただ一つだけ違うのは”結婚を前提に”という相手にしか贈らないみたい。
そういうことは先に行って欲しい……。
まあ、僕は責任を取るつもりだしミーナを誰にも渡す気はないから別にいいんだが……
「腕によりをかけたのですが……」
顔面を踏みつけられる。痛い!踏まないで!!ぼくはそっちの業界のゾンビじゃないから!!
結局料理は僕が食べた。ミーナとリリアは自分で用意していた携帯食料を食べていた。
スズキと王族ゴブリンにもリリアが食事を分けていた。
何この悪者感……
僕は体育座りをし、入り口で警備の役を仰せつかって朝を迎えた。
スズキが肩をポンポンして慰めてくれた。
ありがとうよ……