2.行列のできる店
王都は、凄く賑わっていたよ!
王国最強を決めるという触れ込みの、武術大会が開催される為かな。
それとも新しい年がきてしまう――予言の年が迫っている不安からなのかな。
人々の賑わいは頂点知らずの勢いで、なのにどこか空々しい。
不思議な雰囲気が、都全体に蔓延していた。
そんな中で、メイちゃんは。
……何故か踊ってました。
いや、別に本当に踊ってるわけじゃない……はず、なんだけどね?
たぶん傍目には踊ってるように見えるんだろうなぁっていう。
本当に、なんで踊ってるんだろう……。
事の発端は、王都の宿泊事情にはじまりまして。
無事に王都に辿り着いた私達は、ひとまず拠点を定めることになったんだけど。
本来なら宿屋で部屋を取るとかだろうけど、今回はそうはいかないんだよね。
いま、王都は沢山の人で賑わっている。
……平常時以上に、賑わっているんだもん。
さっきも言ったけど、武術大会とかあるから……その観戦目的で、例年より多くの人が王都に入り込んでいるんだそーな。
つまり、宿屋は満杯。
うん、予測はできてた。
いつもよりずっとずっとたくさんの人が入ってきているから、宿からあぶれて公園や広場で寝泊まりする人がいるくらい。ホームレス的な人たちはスラムの方にいるらしいので、公園のベンチで寝ている即席ホームレスのおじさん達は単純に野宿しちゃった余所者さん達らしい。
この即席ホームレスの数からも察せられる通り、空き部屋は早々簡単に見つからない、と。
だったら、どうするのか?
こんな時に活用しよう、コネと伝手!
幸いなことに、私達にはちゃんと当てがありました。あったんだよ!
『アメジスト・セージ商会』には、王都支店があるんだよね。
というか5年足らずで王都に支店を出せるまで稼いだとか。
私、正直、ロキシーちゃんの経営手腕が怖いな……。
まあ王都に支店があるのは、アメジスト・セージ商会に出資してくれている最大の後援者からの指示でもあるんだけど。お買い物しやすいように王都に店を構えてほしいって、目ん玉が飛び出そうな大金付きで嘆願書が届いたんだよね……あの時はロキシーちゃんと2人、困惑しまくって混乱しちゃったけど。
これ出所もしや税金か……?と戦々恐々したあの日。
後からあれはポケットマネー+αだったって聞いたけど、王子様なにやってるんだろ。
なんかカードゲームの普及委員会を私達の知らないところで発足させて、地道な広報活動やら出資者を募ったりだとか、後は公務以外の私的な資産運用で大金を稼いだんだって。
そしてそのお金を、アメジスト・セージ商会の躍進の為に送り付けてきたっていう。
普及委員会名義のお金よりも、王子様の個人資産からの出資金が占める割合大きかったらしいけど。
そんなにカードゲームがお気に召したのかな……。
真相は謎だけど、何かが気に入って援助してくれていることは間違いない。
大口スポンサーのお陰もあってロキシーちゃんの王都進出は大成功を収めたみたいだよ。
だって王都支店、一号店から四号店まであるんだもん。
支店はそれぞれ顧客のニーズに合わせてメインの品揃えが違うみたいで、一号店は生活雑貨や文房具、二号店は栄養ドリンクや食料品、三号店は野営や魔物狩りに必須のアウトドア用品や便利アイテムを豊富に取り揃えているよ! アメジスト・セージ発案のモノ以外にも、他の商会と提携してヒット商品置いたりとか、色々幅広くやってるみたい。
……あ、そうそう! そういえば二年前に完成したんだよね。栄養ドリンク『獅子奮迅G』を基に薬師や魔法使いな協力者の研究開発によって……現実に回復用魔法薬の類が。
数年前までは『ゲーム』にはあっても現実にはなかった筈の、ポーションが。
これが『ゲーム』の展開通りなのか、それともメイちゃんが干渉して変わっちゃった事態なのかはよくわからない。だけどこういう便利アイテムが存在する分にはリューク様達の冒険にも役立つし、まぁ良いかな、と思っているよ。
勿論、従来の薬よりも瞬間的な効果を発揮する魔法薬は爆発的に売れました。
ロキシーちゃんに運営を任せている資金の桁が、また知らない間に増えてたくらいには。
メイちゃんの分よって金貨の山見せられた時にはビビッてぴるぴる震えたよ……。
ちなみに魔法薬は『アメジスト・セージ商会』王都支店の三号店で取扱ってるよ☆
…………ついでにミヒャルトとウィリーが共同開発した物騒なアイテムも置いてあるよ。
投げつけて使う系の戦闘補助アイテムとか。流石にヤバすぎるヤツは差し止めたけど。
そして、王都支店の四号店。
ここはカードゲームを筆頭に、娯楽関係のアレコレが売られています。
正直に言うと、魔法薬の開発に成功するまでは一番人気の支店だったよ。
……今でも魔法薬と二分する人気で凄まじい売り上げを計上しているけど。
まあ、そんな感じで王都の支店は大繁盛。ロキシーちゃんもほくほくだね。
でも支店が四つもあるので拠点は別に作ったみたい。
没落した下級貴族の邸宅を買い取って、事務所兼倉庫兼、離れを社員寮として使っているそうな。
でも事務所兼社員寮の存在は知っているけど、私は具体的な場所を知らない。
王都には貴族のお屋敷が沢山だから、場所を聞いてもどれがどれやら。
支店の場所は王都の人に聞けば一発でわかるんだけどね。特に三号店と四号店。
昼は各支店も忙しいってことで、押しかけて社員寮の場所を聞くのも気が引ける。
それ以前に王都支店にお勤めしている一般店員の皆さんはメイのことを知らない可能性が高いから、いきなり足を向けて社員寮どこですかーなんて聞いても混乱が生じる可能性がある。
と、いう訳で。
ロキシーちゃんがお迎えを寄越してくれるというので、メイちゃん達は王都の公園広場で待ち合わせの相手を待つことになった。
正直、暇で暇で仕方がない。
結果、暇潰しでミヒャルトやスペードと遊び始めたのが悪かった、のかな……。
うん、そうだよ。
ただただ暇だった。
それが全部悪かったの。
「……また竹かよ。何がそんなにお前を駆り立てんだ」
「安価で頑丈! よくしなる!」
「何のキャッチフレーズだ、おい」
呆れた口調でヴェニ君が言いました。
たまたまだよ! 偶然、たまたま!
ただちょっと、来るべき日に備えて新しい武装を開発しようと思ってただけ。
ちょーっといつもの竹槍より短めスリムに竹を削って、投槍でも拵えようかと……思っていたら、私と同じように暇を持て余した幼馴染ふたりがなんか言い出したよ!
「まだ待ち合わせ相手も来ねーし……メイちゃん、竹跳びでもしね?」
竹跳び。
それは、前にも同じように暇を持て余した時に、この面子で開発した遊び。
基本はアレだよ、うん。ゴム跳び。
この世界じゃ近辺にゴムに代用する素材がなかったんで、代わりに細い竹を使ったっていう。
後から考えれば紐で良かったじゃんとか思ったけど、最初に竹で代用しちゃったから竹が定番化しちゃったんだよね……。
やり方は簡単! 2本の竹の左右をふたりで持って、地面すれすれ低く構える。
跳ぶ人が竹のまんなか当たりの地点でスタンバイ!
竹を持つふたりが竹を動かしたり弾ませたりするのを、足に引っ掛けることなく竹の内側・外側とステップ踏み続けられるかっていう。
ちなみに足引っ掛けるとめちゃめちゃ痛いよ! 転ぶよ!
「そんじゃ、跳ぶのはメイちゃんが最初な」
「勝負は、跳んでいる間に『ミミズクの子守歌(※アカペラの街お馴染みのエンドレス系童歌)』何回歌えるかで」
「いちばん長く跳び続けられた奴に、敗者ふたりが王都の名物料理奢るってことで!」
「やった、名物料理!」
そうして、まずは竹跳びが一番上手な私から跳び始めた訳、なんだけど。
待ち合わせの場所は広場で、人がたくさんいて。
……そんな人たち相手の商売目当てに、旅芸人とかもたくさん、いて。
物珍しい遊びをしている私達は、なんか芸人と勘違いされたっぽい。
竹に足を取られないように跳んでるだけなんだけど、なんか傍目にはステップ踏んで踊っているように見えるって、そういえば前になんか言われたことあるよ。
歌いながらやってたのもマズかったとは思う。
獣人は躍動感あふれるリズム重視の音楽が好きなせいか、竹が地面や竹同士でぶつかる音も、なんか打楽器めいた規則性生み出しちゃってたし。
気が付いたら周囲は人だかりで、ヴェニ君は他人のふりをしていた。
ってちょっとヴェニくぅぅん!? 見捨てるのは酷いと思うの!
更にさらに! なんか途中からこっちの様子を面白がったのか商機を見出したのか、便乗して居合わせた吟遊詩人だか楽師だかが私達の竹跳びに合わせて音楽付け始めたし!
……完全即興のはずなのに、動きにぴったりついてくるんだよ。バイオリンの音が。
それで食ってる音楽家凄い……って感心している場合じゃないんだけどね!?
音楽もついたせいで場は盛り上がり、メイたちは止め時を見失った。
め、めぅぅう! ちょ、いつ切り上げれば良いのかなぁ!?
そしてどうやって終わり! って区切りを付けたら良いのかなぁ。
ちょっと途方に暮れた。
でもどう考えても、こういう出し物(違)を止める時って、まあまあ定番はアレだよね。
最後に大技を披露して、これでお終いって切り上げる。うん、それでいこう。
私は幼馴染たちに目くばせを送る。
届いて! 言葉に出来ないこのきもち!
メイちゃん、超絶にこの場から逃げ出したい……!
うん、ふたりも同じ気持ちだったっぽいよ? 奇遇だね!
「1、2の、3!」
小さく発した私の声を合図にして、ミヒャルトとスペードが動く。
ふたりの持っていた竹の棒は、同時に地面に打ち付けられて。
その反動で、高く高く跳ね上がる。
一緒に、私の足も地を蹴って。
私の身長くらいの高さまで跳ね上がった竹を足場に、竹を蹴るようにして更に高く跳び上がる。
この広場に居合わせた、誰よりも高い位置に。
皆を見下ろせるくらい、高いところへと私は跳ね上がった。
束の間の滞空。それから重力に従って、私の体はまた低い位置へと落ちていく。
落下しながら、私は体に捻りを加えて宙返りを2回ほど。
一瞬。
遠くに流れた視界の端に、なんか。
うん、なんか……見つけちゃった。
視界に見つけた途端、私の目はついつい引き寄せられて釘付けになる。
あの、なんでリューク様ご一行がいらっしゃるんですか?
広場の前に差し掛かり、通りがかった彼らの姿。
見止めた瞬間、驚き過ぎて息詰まるかと思ったよ!?
そりゃ近い内に王都に来るだろうとは思ってたけどね!?
でも思ってたよりずっと早いお越しなんだけれどもリューク様達も武闘大会目当てですか!? 観戦しようとか思って早めに王都入りしちゃった口でしょーか!
ヤバい。
まさか、こんなところで行き会いそうになるとか思ってなかったよ。だって『ゲームのシナリオ』より王都に来るタイミングがちょっと早すぎるし。
ここで見覚えられると今後に差し支える! 見覚えるっていうか彼らの記憶に残りそうなインパクト与えちゃ駄目だよ! 面が割れちゃったら、今後のメイちゃんのストーカー行動計画が! 計画が最悪頓挫しちゃう!!
広場の前を通りかかっただけで、リューク様達は別にこっちに注目してはなかったけど。
だけど今のメイちゃんは、ちょっぴり調子に乗って凄く目立つ。
だって野次馬さん達の頭上に跳び抜けちゃってる感じだし。
この上はさっさとこの場を切り上げてトンずらすべし!
リューク様達に見られる前に!!
私は大慌てで足を滑らしそうになりながら、なんとか着地を決めました。
未だ、私の頭の位置くらいの高さで静止している竹棒の上に、音もなく静かに。
そのまま流れるような動作を心掛けて、大仰に一礼を御披露して。
これで終わりですよ~って、言葉より雄弁に態度で示したつもり。
野次馬さん達にもそれが伝わったのか、ひときわ大きな拍手が浴びせられた。
この機をメイちゃんは逃さない!
うっかりお客さん達にアンコール貰っちゃう前に、私達は……私とスペードとミヒャルトは、ダッシュでこの場を離脱した。
おひねり? 拾う間もなかったよ! 全額、勝手に音をつけてくれてた楽師さんにあげちゃうよ!
取敢えず、一刻も早くこの場を離れたい。
私達3人の気持ちは、ひとつだった。
すったかたーと地の利もない王都の街角をダッシュで駆け抜ける。
いくつかの辻を抜けて人通りの落ち着いた場所を見つけ、私達はぜひぜひと息を吐いていた。ちゃっかり悠々と歩いて合流するヴェニ君に、恨めし気な目を向けながら……って、あれ?
「あれ? ヴェニ君、その子たちは?」
だれ?
ヴェニ君の後ろに2名ばかり、ちょっと草臥れた外套を身に纏う、旅人っぽい人がいた。
目深に被っていたフードを取り去ったその顔は……
「ルイ君! アドルフ君も?」
「やあメイちゃん」
「よ! 元気してたか」
そこにいたのは、私達がとてもよく知る顔。
3年間の学び舎を共にした、元同級生たち。
魔人のルイ君と、熊獣人のアドルフ君でした。
っていうか、なんでここにいるの? いや、そういえばルイ君は『アメジストセージ商会』に就職した筈なんで、王都にいてもおかしくはないけど……なんで、ヴェニ君と、一緒に歩いてくるのかなぁ?
理由は簡単。
待ち合わせの相手である、『アメジストセージ商会』社員寮への案内人が彼らだったようです。
そして、メイちゃん達の遊びだった筈の竹跳びに音を付けたのも。
その手に握ったヴァイオリンが犯人だな?
「犯人はルイ君かー!」
「あはは、ごめんごめん。面白かったからつい」
「つい、で酷い目に遭ったよ……」
「それよりルイ、お前その恰好は? 気取ったお前にしちゃ随分薄汚れてんじゃん」
「ああ、旅装だしね。どこか遠方にでも行ってたの?」
「そう、アドルフと2人でね。ちょっと隣国まで市場調査に。アドルフはその道中の護衛として雇われてもらってたんだ」
「市場調査……え? ロキシーちゃんとうとう他の国まで手を伸ばしちゃうつもりなの?」
「ま、そこらへんはロキシーに聞いてよ。僕らはさっき王都に戻ってきたばっかりなんだけどね? ついでだから途中で君たちのこと拾って来いって指示を受けてさ」
「そして悪ノリついでに俺達を引くに引けない方向に後押しした、と」
「あははははははは。市場調査中は旅芸人装ってたからさぁ、つい。ごめんね?」
「俺は止めた。すまん」
全く悪びれないルイ君。
その繊細な外見に似合わず意外に頑丈な頭を、スペードとミヒャルトの2人が同時にはたき倒して鬱憤をぶつけることとなりました。
そうして、王都に到着早々ちょっと草臥れちゃったりもしながら。
私達はようよう『アメジストセージ商会王都宿舎』へとたどり着いたのです。
「えっ!? ミヒャルトもスペードもここに泊まらないの?」
「僕は王都に親戚がいるからね。王都まで来といて顔を出さないのもマズいし、母さん達によろしく伝えておいてくれって言われちゃったから。王都にいる間は、そっちに泊まるつもり」
「スペードはその道連れだってよ……いきなり他人の家に初対面で連泊とか超気まずいだろうにな。あいつ、まだそのこと知らねーんだよ。いつ話すんだ、ミヒャルト」
「僕だってほぼ顔を合わせたことのない親戚なんか他人同然だよ。そんなとこに僕ひとりだけとか御免だね。僕だけ息苦しい親戚の家で、この上スペードやヴェニ君は気安い場所で安穏としてるとか業腹で仕方ない。だからスペードには付き合ってもらう。……ということをスペードには宿泊先まで向かう道すがら説明するさ」
「ものすっげぇ自分勝手な理由だよな。清々しいまでの自己都合」
「ミヒャルト、王都に親戚なんていたの?」
「うん、母さんの実家が」
「……そりゃ顔出さないとだめだよ」
孫が近くまで来ておいて家に顔を出さないとか、お爺さん的には大ショックだよね!
お爺さんの精神的安定のためにも行ってあげて。すっぽかさずに行ってあげて。
ミヒャルトのママさんに釘を刺されていなかったら顔出さないつもりだったのかな、とか。
うっすらそんなことを思ったけど、流石に幼馴染がそこまで薄情だとは思いたくない。
うん、きっとちゃんと顔を出すつもりはあったんだよね?
信じてるか信じてないかと言われたらちょっと微妙だけど、メイちゃんの精神衛生上、きっとそうだと思っておくことにしました。
まあ、そんな細かい精神衛生上の議案なんて、ね。
軽く吹っ飛ぶ衝撃的案件を、夜にはロキシーちゃんに聞かされることになっちゃうんですけど。
「は!? 王宮の夜会にご招待!? 私が!?」
「メイファリナさんが、というよりも『アメジスト・セージ』が、なのですけれど……今度ばかりは観念して、『アメジスト・セージ』として出席していただきますわよ? メイファリナさん」
「でもでもそういう社交場の案件って、全部いままではロキシーちゃんが代理で行ってくれてたよね!?」
「今までのは格式的に数段劣るものだったから問題ありませんでしたけれど、今度ばかりはそうはいきませんわ! 王宮の夜会ですわよ? それも、王子殿下直々のご招待を代理で濁せるはずがないでしょう」
「め、めうぅ! でもでもでもでも!」
「……ですが『アメジスト・セージ』が正体不明のミステリアスさを売りにしていることも確か。殿下に手紙を送って確認してみましたが、そのあたりを考慮して下さるということでしたし。メイファリナさんが『アメジスト・セージ』として変装して出席するくらいの自由は認めていただきました」
「め?」
「殿下の御名で確約してくださいましたわ。夜会当日は、『アメジスト・セージ』本人に限り仮面の着用をお認め下さると」
「なんと! 王子様公認の不審者爆誕!? 一人だけ仮面とかすっごい目立つよね!?」
「夜会はまだ少し先の話ですが……夜会で恥をかかない為のマナーと、『アメジスト・セージ』の名と神秘性を落とさないだけの衣装の準備! やることは山積みですわよ、メイファリナさん!」
「め、めう――――!!」
そして私には、鬼のコーチ兼コーディネーターと化したロキシーちゃんによる、付け焼刃の猛特訓が待ち受けておりました……とさ。