1.王国最強の漢
自分が『ゲーム』の世界に生まれ変わったのだと気付いたのは、5歳の時だった。
私――羊獣人のメイファリナ・バロメッツにはうっすらぼんやりと『前世の記憶』があった。
とはいっても、前世の名前も家族も友達も覚えてはいない。
どんなことを生業にしていたのか、どこに所属していたのか。
前世の自分の本質を表すような情報は、一切なくって。
ただ、この世界とは明らかに違う文明や文化を基礎とした、幾つかの知識や思い出の断片みたいなものがある。
だけど、それらの記憶とは別枠だとでも言わんばかりに。
他の記憶のぼんやり具合は何なのかと聞きたくなるくらい鮮やかにはっきりと覚えていることもあった。
全く違う扱いで、鮮明すぎるくらいに頭に焼き付いている記憶。
前世でドはまりした、『RPGゲーム』の記憶が。
わお。前世の家族やお友達も形無しだね。
メイちゃん、前世の自分の薄情具合にびっくりだよ……。
他の部分に割く記憶容量が惜しいとばかりに、私の前世の記憶のほとんどは『ゲーム』の記憶を残すことに費やされていた。他に大事なものはなかったのかなー?
まあ、それが結果として『前世でドはまりしたRPGゲームに酷似した異世界』に生まれ変わっちゃった現状、最も役立つ記憶だったと言えばそうなんだけど。
それに前世でドはまりして積み上げた『ゲーム』への熱意と愛も継承して生まれ変わっちゃってる時点で、記憶容量の大部分を『ゲーム』に費やしていたことに不満はないんだけど。
……不満はないけど、前世の親しい人に知られたら首を絞められそうな気はする。
前世の親しい人になんて、出会いようがないけどね!
フラグじゃないよ? フラグじゃないからね!?
…………兎に角、私は前世で愛を捧げた『ゲーム』の世界、あるいはそれに酷似した世界に生まれ変わった。
それ気にづいた時、私に戸惑いはなかった。
ただ、歓喜とともに期待した。
もしかしたら。
もしかしたら、前世で愛したあの『ゲーム』の!
あのイベントとか! あの名シーンとか、あの名台詞とか!
あとあとそれから登場人物たちの私生活とか! ←犯罪臭
そういったアレコレを、この目で直接見られるかもしれないって!
そうと気付いて、どうしてじっとしていられるかな?
私は速攻で行動を起こして、『ゲーム』の主人公ご一行様を完璧に尾行する為、取りあえずは強くなる努力を積み重ねることにした。
だって弱かったら、ダンジョンの中までストーキング出来ないし。
何より主人公ご一行様に私の存在がバレたら、イベントの展開変わっちゃうかもしれないし。
ラスダンの奥深くまで気付かれることなく尾行が出来るだけの強さを手に入れるべく……目指せ! Lv.90超!! この世界にLvの概念ないけどね!!
そんなわけでストーカーになれるだけの強さを追求した結果、今のメイちゃんが存在します。
まだまだ楽観視は出来ないけど、多分ダンジョンに潜るだけならストーキングできると思うんだよね。
ボス戦みたいな激しい戦いの最中、気付かれずに潜んでいられるかはまだ自信ないけど。
でも諦めずに精進を続ければ……きっとイケると思うよ!
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
予言の年、つまりは『ゲーム』の本編が展開される年。
RPGゲームの舞台になるだけあって、世界は荒れることが予想される。
というか世界が滅ぶだのなんだの物騒な予言がされている年なので、それだけで民衆の混乱は避けられそうにない。
予言の年、1,111年が近づくにつれて世界には様々な異変が現れた。
主に、魔物の異常行動や暴走の多発という形で。
そしてそれは、1,111年が迫るごとに頻度を増していく。
誰もが世界はおかしくなってきているとわかっていた。
わかっていて、目を逸らしたくて口を噤むひと。
逆に不安を紛らわせたくて、声高に不吉な話をしてまわるひと。
……そんな不安を払拭しようと、予言された救世主の存在に期待をかけるひと。
人々の反応は様々だけど、世界の危機が迫っていることに疑問を持つ人はいなかった。
為政者とか、人の混乱を宥める立場の人たちも対策には余念がない。
私達の本拠地、アカペラの街でもあるとき大きなお祭りがあった。
ご領主様、アルジェント伯爵の名の下に開催されたのは、武術大会だった。
精強な兵の存在を民衆に披露することで、その不安を慰めようという趣旨の大会らしい。
腕に自身のある人の一般参加は大歓迎。
だけどアルジェント伯爵領の騎士や軍人、警備隊の人は一人残らず強制参加だった。
うん、察した。
予言の年が、近づいている。
『ゲーム』本編の第1章で、王様がお触れを出すんだよね。
王国最強の戦士を、主人公の一行に同行させようって。
結局その『最強の戦士』は主人公一行には加わらないんだけどさ。
……これ、その選考会兼ねてない?
王国最強の戦士っていう触書だから、王都で一番強いと目される戦士さんなのかなって思ってた。
だけど、もしこれがそれなりに根拠のある肩書だとしたら?
王都っていう一部地域だけで選んだ最強じゃなくって……王国全土から選りすぐった戦士、とか。
アカペラの街は交易で栄えているから、他の領地の噂も自然と流れ込む。
商人さんに聞いた話だけど、アルジェント伯爵領のお隣の領地とか、そのお隣とか……各地でも、似たような武芸の大会が開かれているんだとか。
各地で賑わっていて、商売繁盛、結構なことだって商人さんは笑っていたけどね。
強さを鼓舞するイベントだから、自然と盛り上がるって。
特にこのアルジェント伯爵領には、約20年前の内乱で大活躍した英雄さんがいる。
英雄さんは若いけど一種のカリスマを有した人で、たいそう人気があるそうな。
その武勇をこの目で見られるとあって、方々から見物人が集まってきているらしい。
うん、それ、メイちゃんの実父なんだけどね。
おうちの中だと、お外の厳しい軍人さんの顔も形無しな重度の親馬鹿なんだけどね。
ちなみにその親馬鹿は、アルジェント伯爵に仕える軍人さんなので当然ながら強制参加です。
優勝したら特別ボーナスが出るのでちょっとやる気があるみたいだけど。
パパはすっごく強いし、簡単には負けないと思うけど。
……ここは保険をかけとこっと!
私には、一つの目算がありました。
いや、予言の年になったら『ゲーム主人公』……リューク様のストーカーを本格始動させるから、旅立ちたいんだけどさ。
パパが、親馬鹿だから……簡単に旅立たせてくれそうな気がしないんだよ。
だけどパパが王都に強制出張になったら、どうだろう?
メイちゃんの旅立ち、反対する人いなくない?
一応、最初の目的地は第1章の舞台になる王都の予定だし。
目論見通りにまんまとパパが王都に出張になってくれれば……
多分、王都では各地の選考会を勝ち上がった猛者を集めての、最強決定戦が行われると思う。
パパがまんまとそこに参加する運びになれば……応援に行くっていう名目も出来るし、王都までなら旅立ちやすくなるよね?
その後はアカペラの街に帰らずに、リューク様の後を追跡しながら各地を転々とすれば良いんだし。
……うん、決定だ。これでいこう!
「パパ、がんばってー!」
だから私は、アルジェント伯爵主催の武術大会で戦うパパに思いっきり声援を送りました。
恥も外聞も捨てられるだけ捨てて、周囲の目も気にせず応援に熱を入れました。
パパカッコイイ! ダイスキ!
パパが一勝する度に、大はしゃぎで飛び跳ねて喜んで見せたよ!
滅茶苦茶パパの雄姿を応援したよ!
そんな私の声援と喜びように、パパのやる気も鰻登りです。
うちのパパの親馬鹿は重症だから、子供の声援がそのまんま戦闘能力のブーストに繋がるっていう稀有な人です。だって、どう見てもマジで普段の身体能力上回ってるもん。あれ気力の問題ってレベル超えてるよね??? 絶対に普段より強いよね。
子供の応援だけであんなにお手軽に強くなれるんなら、ここは更に効果倍増を狙ってみよう。
私は応援を面倒がる弟のユウ君と、内気で人混みが苦手な妹のエリちゃんも引っ張り込んでみた。観戦席の最前列に陣取って、3人並んでパパを応援するよ!
最初は恥ずかしそうにしていたユウ君も、心細げに私の後ろに隠れていたエリちゃんも、パパが勝ち進んでいく内に熱が入ってきたみたい。最後は周囲を気にする様子もなく、声を張り上げてパパを本気で応援していた。うん、なんだかんだでユウ君もエリちゃんも良い子だよね!
どんどん調子に乗って勝ち進むパパを応援しながら、私は心の中でグッと拳を握ってガッツポーズしてましたとも。
決勝戦では警備隊を取り仕切る狼獣人のクレシアさん……私の幼馴染スペードのママさんで、パパとは往年の友っていう女傑との一騎打ち!
六児のママさんとは思えないクレシアさん! 流石はアカペラの街を代表する女傑の1人……両手に大降りの斧と鉈を握り、狼の機動力でパパの周囲を回り込んでは死角から攻撃を打ち込んでいく。
だけどパパだって負けてない。『ひとり機動兵』の異名は伊達じゃなかった。
得意の槍を自在にふるい、間合いの有利を活かして戦う。
パパの戦いは、見ているだけで参考にしたくなる程、洗練されていた。
生粋の戦闘職ってこういうことかと、伯爵領の軍人さんの質の高さを見せつけられた。
苛烈を極めた狼女の攻撃は、武器を弾き飛ばされたからって「はい、降参」とはいかない。むしろそこからが本番とばかりに、自前の爪牙を解禁しての肉弾戦。最後には大きな狼の姿になってパパに襲い掛かる。
喉笛を狙っての飛び掛かり。
あわや流血の大惨事かと、観客席から悲鳴が上がる。
エリちゃんも顔を真っ青にして、私に抱き着いて怯えていた。
あれは、避けられない。多くの人がそう思った。
だけど、それを鮮やかに制して。
それまで温存されていたパパの蹴り足が狼の鼻面を蹴り上げた。
パパは馬の獣人。
蹴りの一撃は、大の男も吹っ飛ばす。
踊りかかって空中に位置していたクレシアママは、足を地につけていなかったから踏ん張ることも出来ず。パパのカウンターキックに、良い様に吹っ飛ばされてしまった。
それが決め手になった。
パパが優勝した時には、もう……!
私は思いっきり空に拳を突き上げて、快哉を叫んでいたよ、もう。
そうして、今。
死にそうな苦渋に満ちた顔で、荷物を纏める父がいます。
「マリ、メイちゃん、ユウ君、エリちゃん……パパ、王都に出張になった」
うん、やっぱりメイちゃんの予想は的中だね!
『ゲーム』の知識を踏まえて考えれば、この結果は読めてたよ!
そうして、パパは王都に旅立ち――
こっそり応援に行くという名目で、メイちゃんも出立します。
行先は王都……これから始まる物語の、最初の舞台です。
だけどねー、でもねー?
君達がついてくるってところは予想外だったよー。
「メイちゃんだけじゃ、危ないでしょ。僕らがいた方が心強いよ」
「俺ら、メイちゃんのママに頼まれたからな! メイちゃんをよろしくって」
「ま、妥当なとこだろ。この面子で方々に出かけて無事帰ってきた実績もあるし。流石に王都ほど遠出したことはねーが……そもそも年頃の娘の1人旅を許す訳ねーだろ。近頃物騒だって知ってるか、馬鹿が」
そういって、私の肩や頭をぽんぽんと順番に叩く、三人の男の子達。
幼馴染のミヒャルトと、スペードと、私達の師匠のヴェニ君。
だけどね、あのね、ママ。
私の旅立ちに同行するよう、3人に頼んだって話だけど……年頃の娘が、同じく年頃の男の子達と長旅するってことも懸案事項じゃないのかなー!?
どうやら、自由気ままな私のストーカー道は前途多難なようでした。
っていうか、この3人がいたら思い描いた目標がパアになりかねないし。
……王都まではおとなしく一緒に行くとしても、この手強い3人をどうやって振り切ったモノか。
頭がいたいよ……。
更に予想外な話、なんですけど。
そりゃね、強い強いとは思っていたよ?
うん、パパが強いって知っていたけどさ……。
まさか王都の最強決定戦で勝ち残り、名実ともに王国最強の男の称号を手に入れちゃうとか。
流石に、そこまでは想像していなかったかな。
お久しぶりで、前作からは五年後設定、ですが……
相変わらずのメイちゃん節が炸裂しているもようです。
こいつら変わってねー……。