6.野良ボス【ミルクティー色のテディベア】
~アッシュ side~
めえめえと鳴きながら、地に伏した魔物をがすがすと踏み潰す羊がいっぴき。
いや、羊だから1蹄か……?
樹上から飛び降りてくる魔物を手に持つ武器で捌きながら、誰もが唖然とそれを見ていた。戦闘中に余所見をするとか、気を逸らすとか。そういった行為には等しく叱責と時に拳で咎めていたラムセス師匠ですら、唖然としていた。
「羊、つえぇ」
え、あれ羊だよな?
山羊じゃないよな?
そんなアッシュの言葉には、スタインから「羊より好戦的だとしても、山羊だってあそこまで強くはありませよ」との返事によって否定された。
今も戦闘中は、戦闘中。
ナマケモノの鋭い鉤爪を、クレイグ・バルセットは木に叩きつけて一気に圧し折る。
だけど彼だって、戦闘に専念しているようでさっきから羊の立てる騒音に耳を傾けて困惑している。
無視して戦いに専念できねえくらい、羊がなんか酷かった。
「めぇぇえええええええええっ!!」
「ちょ、おいっ!? あの羊、あっしはぇぇえええええ!! 馬かってくらいはぇぇえええええっ!!」
「アッシュ、集中して。前見て、前、ナマケモノ来てるから」
「いやいやいや、待て!? さっきまで右手後方にいた羊がすっ飛んできて目の前のナマケモノぶち撥ねてったんだけど!? いつの間に前まで行ったんだよ瞬間移動かよ!?」
「だからアッシュ、集中。さっきからお前が取りこぼした分の魔物、あの羊さんが撥ね飛ばしてるから」
「……リューク、お前、いい歳した野郎が『羊さん』って。羊にさん付けかよ」
「そういうの、今は良いから。敵に集中して」
「めっ! めえっ! めええ!!」
「うおっ なんて容赦のないスタンピングなんだ……!」
「アッシュ! 俺だって羊さんが気になるのを我慢してるんだ。目の前の敵から意識を逸らすな」
「って、ああ!? 羊が横手から体当たり喰らって吹っ飛んだ……!?」
「っなに!!?」
「めぇぇぇぇ……っ」
「うそん!? え、あれ羊だよな? 猫じゃないよな!? あの体型で、何をどうやったら空中三回転とかできるっつうの!? しかも木の幹に着地して三角跳びとか何それ俺の目ぶっ壊れた!?」
「安心してください、アッシュ君……私の目にも、そう見えましたから……」
「あんな曲芸じみた動きができるイキモノ、絶対羊じゃねーよぉ!」
なんつうか、もう……
何もかもがおかしいのに、全てにおいておかしすぎて、もう何が何だか。
とりあえず、アレは絶対羊じゃない。
魔物を蹴り倒して折り重なったその上に足を乗せ、勝鬨上げる羊なんていて堪るか!
「なあ、スタインさん。アレ、新種の魔物とかじゃ……ねえよなぁ」
「魔物でしたら、人に襲い掛かるでしょう? あの羊は、多分……確たることは申せませんが、おそらく、獣人ではないかと」
「え、マジ?」
「ですから、絶対に、非常食扱いしてはいけませんよ?」
「出来るかよ! 抑え込もうとしたら逆にこっちが危ないわ!」
スタインさんは、あの『羊のめーちゃん』を獣人じゃないかって言う。
けどそう言われたら、納得だ。
俺は人間だから獣人のことはよく知らんが、『羊のめーちゃん』ってのは多分アメジスト・セージ商会のマスコットとしての立ち位置なんだろうな。
中身が人だっていうんなら、依頼の道案内を任されるのもわかる。
いやむしろ、ただの羊に道案内させるって方が頭おかしいよな。なんで気付かなかった、俺。
予想外に強い羊は、何故だかちょっとご機嫌で。
めえめえ歌うように鳴きながら、先頭をてってこてってこ歩き出す。
どうやら戦闘が終わったことも、その後始末が終わったタイミングもわかっているようだ。
あの理解力、言われてみれば確かに獣の敏さじゃねえわな。
目の前にいるのは、なんかよくわからんイキモノ。
どうやら正体は獣人らしいが、やっぱりさっぱりなんかわからん。
ただ、めえめえ歌うように歩く姿が、なんとなく口笛吹いて誤魔化そうとしながら歩き去る子供の姿を髣髴とさせた。
なんとなく、中身はお調子者のような気がする……。
「あの敏捷性……身のこなしは、やっぱり……もしかして………………」
なまぬる~い目で、羊の背を追う。
そんな俺の斜め後ろで、リュークがなんかボソッと言ってたが……
羊のめえめえ声に耳を傾けていた俺には、何呟いてたんだかさっぱり聞こえちゃいなかった。
とりあえず、羊のあの強さはタダモノじゃない。
そんな羊に畏敬を込めて、俺も『羊さん』と呼ぶとしようか。
~エステラ side~
「……っ」
脳裏に、かつての悪夢がよみがえる。
アレは……何年前だったかな。
あの時に目にした、あの子の戦う姿。
自分以外で、同じような年頃の女の子が魔物を相手にする姿なんて他に見たこと無かったから。
だから、本当はとっても気になっていて、あの時も気付かれないようにちらちら見ていた。
だから、覚えている。目に、焼き付いている。
あの子の戦い方は、なんていうか、その、とっても……個性的だったから。
人ってあんなにぽんぽん跳ねられるんだね、って。
そういえばあの子も、羊の獣人だった。
その姿が、目の前の羊と重なった。
ぽんぽん跳ねて、どんな無理のある体勢からでもすぐに姿勢を取り戻すところ、とか。
両手を振り上げて襲い掛かってくる相手を前に、素早く動いて翻弄するところ、とか。
数え上げれば、色々あるんだけど。
あるんだけど……もう説明する必要もないくらい、どうしようもなく重なる。
あの羊は、あの子そっくりだから。
ううん、そっくりなんてものじゃない。
人の姿をしていなくったって、はっきりとこの目に焼き付いているんだもの。
間違いない。あの羊は、あの子だ。
数年ぶりに、あの子に感じた……今まで忘れることが出来ていた、得体のしれない怖さを思い出す。
背筋が、どうしようもなく震えた。
なんで、あの子ひとりなのっ?
他の子……ミヒャルトさんや、スペードさんは!?
周囲を見回しても、あの時、あの子の側にいた人たちはいない。
あの子、ひとり!? 野放し!?
背中の震えが、酷くなる。
……。
…………。
……………………。
なんていうか、なんか……覚悟、きまらないんだけど。
でも、あの子の変な怖さを知っているのは、私だけだから。
私が、リュークを守らなくっちゃ……!
じり、じりり、と。
一歩、二歩、羊との距離を更に広げて歩調を遅くする。
羊が好きだからか、リュークはあの子の近くにいる。
私は涙目になりながら、その背中の服を掴んで引っ張った。
だめ、だめ、リューク……もうちょっと距離を取って!
あの子なんだかコワイんだもの!
~メイちゃん side~
「めえ♪ めーえ♪」
なんだか、とっても、色々とやらかしたような気がする……!
どうしよう、後ろの方から疑惑の目が殺到している気がするよ!
この気まずい空気、気のせいだと思いたい。
私はもう、全てを誤魔化すように鼻歌でも歌いながらまっすぐ後ろを振り返らずに進むくらいしかやることがない。何の変哲もない羊さんが鼻歌を歌いだしたら、変哲しかなくなってしまうので鼻歌歌えないけれども!
代わりに、弾むように歩く度に漏れる鳴き声が……なんか勝手に歌っぽくなっちゃうよ?
気が付いたら、前世で何度も繰り返し聞いたんだろうなぁとしか思えない……なんかものすっごく魂に刻みこまれましたか?ってくらいに耳馴染んだ節回しを繰り返している。
あれー? コレ、なんの曲だったかな……?
思わず口をついて出てくるこの歌は何だろう?
考えて、すぐに思い出す。
これ……前世で、数量限定でイベント販売されたCDの曲だ。
リューク様の、キャラソンの。
さっきから延々エンドレスで無意識に口ずさんでいた。(おそらくサビの部分)
こんな時に口から出てくる歌まで、『ゲーム』関係なんてメイちゃんったら筋金入りだね☆
筋金入りの、ストーカーだね。
誇ろう私のストーカー魂。
自分に対する誤魔化しが、加速した。
そして更に火に油を注ぐような事態が。
「――♪」
「ん? リューク、お前が鼻歌なんか珍しいな」
「……なんなんだろうな? あの羊さんの鳴き声……節回しが、妙に耳に残るんだ」
「ああ、言われてみればあの羊さんの鳴き声とほぼほぼ同じ調子だな?」
めぅ……っ『ゲーム主人公』のキャラソンを、リューク様(※本人)が口に!
今、なんだか物凄く、とんでもないことが起きているような気がする。
これ、『たけにい』が目の前にしたら凄く興h……
…………。
………………うん? たけに?って誰だっけ……?
そんな名前の知り合いは、いないんだけどな?
――そんな風に、『リューク様が鼻歌(しかもキャラソン)』っていう事それ自体に気を取られていて、すぐには気付けなかった。だって『ゲーム』の『主人公』は、鼻歌とか歌うような性格じゃなかったから、尚更にびっくりして。
そっちにばっかり気が逸れていて、本当に、すぐには気付けなかったんだ。
なんかメイちゃんの体が異様に軽くなってるな、ってことに。
心なしか弾む蹄の足取りも、いつもの1.3倍くらい力強い。
そんな気がする、んだけど……
……気のせい、だよね。
うん、気のせい。気のせい、だよ………………気のせいってことにしときたい、なぁー……。
「なあ、なんかさっきから、みんな調子良さそうじゃね?」
「そういうアッシュさん、貴方も、何時間も野歩きをしているというのに元気ですね?」
………………き、きの、せ……
「なんか……リュークがご機嫌に鼻歌うたいだしてから、目に見えて気力がわいてきた……ような」
「気力、だけ?」
「ああ、いや……みんな体力回復してる、よな?」
…………う、うわぁぁあん! 気のせい、気のせいだよって自分に言い聞かせてる、のにぃー!!
でもでもだけど、どう考えても!
や、やっぱり、気のせい、じゃないぃぃぃぃっ!!
え、なにこれ。どういうこと。
影響受けてるの、メイちゃんひとりだけじゃない!?
もしかしてこれ、リューク様の鼻歌の力!? つまりつまりは『=神(未熟)の力』!?
めぇ? リューク様にまさか、そんな秘められた力が……
マジで鼻歌どころか普通の歌すら歌うようなキャラじゃなかったからか、『ゲーム』でもそんな描写なかったのに?
どうしよう。
行動を共にしているってだけでも色々と、本当に色々といっぱいいっぱいなのに。
一緒にいる時間が長引くごとに、見過ごして良いのか割と悩むアレコレが目に付く……!
本気で、予想外の連続だったから。
私はすっかりリューク様に気を取られていて。
周囲への注意力とか、柵的能力とかが散漫になっていたと思う。うん、そこは否定しない。
だけどまさか、あんな大きな気配を見落とすとかね?
ちょっとメイちゃん、油断っていうかリューク様に気を取られ過ぎだと思うの。
そのせいで、覚悟も身構えもできないまま。
あんなもんに遭遇しちゃうんだから。
「な、なんだアレ……熊!? よ、鎧を着た熊ぁ!?」
「見た目に動揺するな、魔物だ!」
私は、その魔物を知っていた。
実際に目にするのは初めてだけど……そう、私は『ゲーム』で見知っていた。
その体はうっすらとピンクベージュがかったふさ毛に覆われた巨躯。
身体のフォルムは、前世で見た『北極熊』にも似ている。
つまりは、熊の中でも最大級に体格の良い屈強な種類をベースにしたような体型で。
ただ前脚……というよりも、前腕と呼ぶべきかな。二足歩行しているし。
前腕と、肩が異常発達して巨体の中でも巨大というべきで。
肉を突き破って露出した骨、なのかな。
メタリックな光沢を持ったソレは、アメフト選手のプロテクターを連想させる形状で。
前腕の付け根、つまりは肩から胸にかけてを守るように広がっている。
顔立ちは熊っぽさを残しつつも、広い額に長い鼻。どこか野犬っぽさが加味されている。
『ゲーム』における、この魔物の名称は【ミルクティー色のテディベア】。
真剣に名付け親のネーミングセンスを疑いたくなる名称だった。
そしてこの魔物は、特定範囲のフィールドでのみ完全ランダムで遭遇する。
いわゆる、フィールドボス。
私は野良ボスって呼んでたけどね!
特にシナリオに絡むことも無く、物語の進行上別に倒しても倒さなくっても支障はない。
一度倒したら出現しなくなる、低確率で遭遇する特殊個体。
その討伐推奨レベルは、公式でLv.35以上。
序盤で倒せる魔物じゃないよ!
だけど私は知っている。
前世では、あの熊に遭遇する為だけに3時間ひたすら無心でフィールドをうろつきまくった。
あの熊、リューク様の最強装備『最後の神剣』を手に入れる為に絶対必要なアイテム落とすんだよね。
これはもう、倒すしかない……ん、だけど。
リューク様達には、まだ倒せる相手でもない。
ラムセス師匠なら対処できるかもしれないけど、まだレベルが低いだろうリューク様達を連れていたら難しいと思う。クレイグさんだけだったら、戦闘が本職の騎士だし足手まといにはならないかもしれないけど……でも、あの熊、物理防御力高いんだよ。魔法で弱らせるのがセオリーなんだよ。
だけどこの面子で、まともに攻撃魔法が使えるのはリューク様だけという……
本当は、倒してもらいたい。
そして最強装備を入手する為のフラグアイテムを回収してほしい。
でも、無理な時は無理って、メイちゃんだって知ってる。
うっかり『ゲーム』の序盤で遭遇して、全滅したことがあるから。
「め、めぇぇぇえええええええ!!」
「うぁ!? ど、どうしたんだ羊さん!?」
「わ……っリュークのマントの裾噛んで引っ張ってる!」
逃げて。
リューク様もアッシュ君もエステラちゃんも。
サラス君もスタインさんも、まだまだあの熊にはかなわないから。
だから、全力で逃げて。