3.『アメジスト・セージ商会出張販売所Withウィリー店』
イベント崩壊の気配、濃厚な訳なんだけど。
この状況で、流石にもうロリータちゃん達を動員するのは不可能だと思う。
うん、そこはもうどうにもならないからね。
何とか割り切るしかない。
だけど、割り切ったとして。
それでこの村で起きるはずだったイベントをスルーできるかって言われたら……
……いや、いやいやいやいやスルーできるはずないよね!?
だってこの村で、リューク様達、ラヴェントゥーラさんの遺留品拾うはずだからね!?
そこ、割と重要。ううん、結構重要なんだよ!
ラヴェントゥーラさんが落としていったもの。
それは、赤々と光の脈動する怪しげな石。
光って、点滅して、しかも温かいっていう超絶怪しげな石。
だけどそれが重要なアイテムだったりするんだよね。
だってそれ、イベントが進むとわかるけど……実は石じゃなくって『卵』なんだもん。
神気……より正確に言うと、『古代神ノア』の気配に反応を示す、鳥。
その正体は『古代神ノア』がリューク様達の行動をある程度操作する為に、リューク様達の懐近くに潜り込ませる目的で放った『使徒』。
正体を知っていると良い気持ちはしないキャラだけど、『ゲーム』の進行上は絶対欠かせない重要なキャラクター……だって次のイベントが発生するポイントまで案内してくれたりするもん。
一部のダンジョンでは、先に進む為に解除必要なギミックに関わってきたりするし。
そんな重要なキャラの存在を、ここで取りこぼされる訳には……うん、駄目だよ!
この村で起こる『ロリータちゃんイベント』が破綻したとしても、最低限、この鳥卵の回収だけは成立させなきゃいけない。
流れ星さんの流れてった方向に関しては、探せば目撃者も集まるだろうけど。
マスコットキャラの卵だけは、何かしらリカバリー試みないと……!
……でも、どうやってリューク様達の手に鳥の卵が渡るようにすれば良いのかな?
…………メインシナリオのイベントがぶっ壊れた。
楽しみにしていたのに、見られなくなった。
………………地味にショックで、頭が回らないよぅ。
だけど刻々と、リューク様達の村に辿り着く時間は迫る。
もう、猶予はないわけで。
切羽詰まっていたのもあったんだと思う。
本当に頭が回らなかったから、私は音を上げた。
音を上げて、色々ぼかしながら相談できる範囲で相談してみることにしたよ。
誰にって?
今の私に、相談できるような相手は限られる。
当然、ウィリーやルイ君達にご相談です。
「ねえねえ、どうにかしてリューク様達が森に転がっている『隕石の欠片』的な重要アイテム拾えるように仕向けたいんだけど、どうしたら良いかな? 求む、妙案」
そんなざっくりした私の相談に、ウィリーはあっさりこう言った。
「お金の力を使おうか」
「え、買収!?」
一瞬、脳裏をよぎったのは。
ロリータちゃんやその家族にお金を握らせて、イベント通りに進行するようシナリオの前提条件を捏造するっていうものだったんだけど。
でもウィリーの意図は、私の想像とはちょっと違ったみたい。
「買収? 違う違う。お金っていうのは、使う時には最大限効果的な成果を上げる為に使ってこそ、なんだよ」
そうしてにっこり、胡散臭い微笑みでウィリーが声をかけた相手は、私には思いもよらぬ相手で。
結果。
「へいへいそこな『再生の使徒』ご一行ぉ! ちょいと僕のお店を見ていかねーですかい?」
イベント(捏造)の碌な下準備も出来ていないっていうのに、何を思ったかウィリーは『主人公』ご本人様にいきなり直球で声をかけちゃったよぉー!?
め、めぇぇええええええ!?
行商用馬車の、壁の片側を下ろして作られた急増の屋台……ううん、お店で。
本日開店したばっかりの『アメジスト・セージ商会出張販売所Withウィリー店』……いや、看板の文字なっがいよ! 誰、この店名チョイスしたの!?
とにかく、開いたばっかりのお店前を通りかかった……というか道の向こうからリューク様達の姿が見えるや否や、速攻でウィリーは大声をあげていた。
『再生の使徒』と最早名指しに近い呼ばれ方をいきなりされて、リューク様達がぎょっとするのが遠目にも良く見えたよ……。
あ、ちなみにメイちゃん、今は羊さんです。
いやほら、万が一にもリューク様達に正体バレしたら嫌だし。
ウィリーに「とりあえずメイちゃんは此処にいてね!」って言われたから馬車の中にいたのに、ウィリーってばいきなりこっちが逃げ隠れする時間もくれずにリューク様達を呼び止めるんだもん!
ウィリーがいきなり声をかけるから、身を隠す場所がね……! 急には思いつかなくってね……!
馬車の中、商品が山と積まれてはいるけど、整然と整理されているお陰で身を隠す場所がない。おまけに馬車の壁の片側が大胆に外されているお陰で、店の外からも馬車の中が結構見えるんだよ!
うん、だからね……焦ったんだよ。
という訳で今のメイちゃんはひつじさんです。めぇ!
……馬車の外から見える面積、なんとか減らそうと思ったんだよ。
馬車の壁、片側外したって言ってもカウンターが造りつけてあるから、馬車の中丸見えって訳でもないし。
お店の客引きを兼ねて、馬車の外でバイオリンを弾くルイ君。
君、なんで今、メイちゃん見て噴出したのかな……?
私、必死になっているだけなのに、慌てて羊さんになるメイちゃんはそんなに面白いですかー?
今も近づいてくるリューク様達の気配を感じて、私は必死になるべく見えなくなろうと馬車の中で身を伏せる。そんな私の努力が功を奏しているかどうかも判断できない。
ああ、こうしている間にも。
りゅ、りりりリューク様ご一行が馬車の前に……!
う、うあぁぁああああああ! めっちゃ長身なラムセス師匠と目が合っちゃったよぅ!
他の面子はギリギリ視界が届いてない気がするけどー!
「おや、このお店は……アメジスト・セージのお店ですか? 王都にもありましたが……馬車を改造した店舗とは珍しいですね」
「毎度有難うございます! 王都のお店も、こちらの出張販売店もどうぞ御贔屓に! まあ、つまりはこの店は行商用の店舗なんですよ。あ、僕はこの行商チームのリーダーでウィリーって言います。やあ、行商初日に『再生の使徒』様ご一行に巡り合えるなんて運が良いなぁ」
「あ、それだよそれ。おい兄ちゃん、なんで俺達が『再生の使徒』一行だって?」
「アッシュ、それだと認めてる……よ?」
「まあ別に隠してはないが……顔も名前も大して知られてないだろうに、よくわかったな」
王都でも大きなお店を出してる、今を時めく新進気鋭の商会っていう後ろ盾。
それを前面に押し出したことで、初対面なのに大声で呼び止めてきたウィリーは不審者のレッテルを一歩免れた様子。だけど怪訝な気持ちはなくならないようで、主人公御一行様は警戒心の僅かに混じった視線を向ける。
それに対して、ウィリーはあっけらかんとしたものだった。
「それでしたら話は簡単! ほら、『再生の使徒』様がた、当商会の誇る最大の売れ筋商品……その新しい図案のモデルを引き受けて下さったでしょ」
そう言ってウィリーが掲げたのは、ここ数年で王国全土に蔓延しつつある、例の『カード』で。
それを見たアッシュ君達が、「あっ」て大きな声をそろえる。
うん、心当たりがあるようで。
「そのお礼って程じゃないんですが、うちの商会のトップがですね、世界の終末を救おうって方々に出来る限りの支援をしたいってことでして。バックアップって程じゃないんですけど、旅をされるなら皆さん物資の乏しい辺境やら人気のない荒れ地やらも通りますよね。そんな時、なるべく潤沢に物資を手に入れることができるよう、皆さんの旅を後追いする形で僕達がこの馬車使って行商しようかーってことになりまして。行く先々でお会いするでしょうが、あまり気になさらず、便利にお買い物して行ってください。お代は『再生の使徒』様特価でお安くしときますよ?」
「って、金取るのかよ!」
「そこはそれ、我々も商売ですから! その代わり、どこより豊富な旅のお役立ち商品を自負してますよ! 皆さんの役に立つこと間違いなし!」
「なにその自信」
「いえ、でも確かに……王都の店舗と同等の品揃えだとしたら、これは凄いことですよ。アメジスト・セージ商会と言えば『カード』に話題が集中してあまり目立ちませんが、最近出回り始めた『回復薬』など……見過ごすには惜しい品を取り扱っています。商会長がどのような思惑で支援を、と考えて下さっているのかはわかりませんが、ここは素直に見かける都度、物資の補給をしておいた方が得策です」
商売っ気を隠さないウィリーの対応に、若いアッシュ君なんかはドン引きの姿勢を見せていたけど。
だけど大人でフィールドワーク慣れしているスタインさんは、どうやら前にもアメジスト・セージのお店をご利用してくれていたみたいで。
なんとなく慣れた感じに、ウィリーにあれこれと淀みなく購入希望を伝えていく。
それがまた、賞金稼ぎの皆さんご愛用の、実用的なアイテムばかりで。
こ、こんなところにリピーターが……
これが戦闘職のクレイグさんとかだったらまだ納得なんだけど、学者が本職のスタインさんが戦闘御用達のアイテムを次から次と注文してくのは、うん、ちょっと意外。
っていうかウィリーとミヒャルトが悪ノリして開発した魔物用の妨害アイテムとかまで……
そしてにこにこ笑顔で商品を紙袋に包んでいくウィリー。
「毎度ー」
「これは良いですね。本当に役に立つアイテムが一通りそろっているようです。ところで何か旅にお勧めの新作はありますか?」
「それでしたらこちらからお勧めさせてもらおうと思っていた品が丁度! ご愛顧いただいている皆様の声から改良した、新しいタイプの回復薬を1セットいかがですか? まだ改良段階なので、お試し価格で大変お得ですよ。ご利用いただいて、使用感なんか教えていただければ更なる改良品と協力に関するちょっとしたお礼もお付けできます」
「新しいタイプの回復薬、ですか。ああ、なるほど。液状ではなく固形の飲み薬になったんですね」
「ええ。戦闘中に多用すると水っ腹になるって声が前々からありまして……」
「なるべく戦闘中に多用するような事態には遭遇したくありませんけどねぇ」
「ああ、それから、旅や戦闘のお役立ちアイテムとは違いますが、商会の方から皆さんに会えたら渡すよう申し付かっている物がありまして」
「俺達に渡すよう?」
「なんだ?」
「じゃじゃーん!! 皆さんをモデルにデザインした、新レア『カード』一式です! これはモデルをしてくださった皆さんに渡すよう特別生産されたものでして。一か月後に劣化版が一般販売用としてアメジスト・セージ商会の各店舗に並ぶ予定ですが、皆さんにお渡しするこの『本人用特別カード』もちゃんとご使用いただけますよ! ちなみに譲渡不可なので、そこだけ気を付けていただいても良いですか」
「お、俺達のカード……!」
「うわ、本当に作ったんだ」
ぎょっと目を丸くする面々に、笑顔で一枚一枚カードを手渡ししていくウィリー。
もはや完全に、リューク様達はウィリーのペースに呑まれていた。
「いやぁ、今回皆さんの図案の原画を担当した者が、物凄い気合の入れようで。中々豪華で見事な仕上がりでしょう」
「う、うわ……っこれ王都の夜会に招かれた時の盛装か!?」
「こ、こっちは普段の旅装だけど……なんでこんな細部まで詳しく描かれてるのっ?」
「顔が1.5割くらい割り増しで美化されているような……」
渡された『カード』は、それぞれ1人につき3パターンくらい図案があって。
それぞれがそれはもう気合が入っていたからか、手渡しされた面々は盛大に顔を恥ずかしそうに歪めて、俯いたり意味もなく揺れたり、顔を隠して誰かの背後に隠れたり。
うん、恥ずかしいよね。
ごめんね! メイちゃん、気合入りすぎた! 頑張りすぎたよ! ←デザインした張本人
前世からの溢れる信奉者魂で、我ながらすっごくすっごく格好よく綺麗にデザインできたと思う!
うん、そこは揺ぎ無く格好良く出来たと思うんだけど!
でも関係者っていうか本人が見たら、それこそすっごく居たたまれないんだろうなぁ、と。
本人が見た際の心理的な打撃力を、全く考えなかったメイちゃん15歳。
……リューク様達の精神衛生的には、もうちょっと抑え目に描いた方がよかったかな?
ほんのちょっぴり、反省。めえ。