2.這い寄るバタフライの影
るんたった、るんたった!
足取り軽く、メイちゃんが行くよ!
右を見てはほうと息を吐き、左を見ては目を和ませる。
『ゲーム』で見た背景とは、やっぱり現実になってると色々と違うけど。縮尺とか。
それでも十分に原型っていうか共通するものを感じさせる村の風景に、私のご機嫌は否応なく右肩上がり。
ぱたぱたぴるぴる忙しなく、お耳とか勝手に色々動いちゃうくらいに私は嬉しくなっていて。
今の私は目がキラキラしてるんだろうなあって、自分でもわかるくらいだもん。
うわぁうわぁ、すっごいなぁって。
視線を動かすのに忙しくって、なんか、もう、目が回りそう。
目を回すなんてもったいなくて、意地でも耐えるけどね!
ちょっと落ち着け、って自分に言いたくなる。
だけど同時に、落ち着いてなんていられるはずないって胸の奥から反論が。
いわばこれは、聖地巡礼!
胸を満たす新鮮な感動!
私のテンション爆上がりなのも仕方のないことなのよ!
行こうと思えば行けたけど、今まで巡礼我慢していてよかった!
感動を味わうんなら、リューク様達のストーカー行脚とセットで、って思ってたんだよね。
お陰で今の私は、周囲の人から怪訝な目で見られるほどに浮かれていた。
……スキップで駆け回るのは、ちょっとやりすぎだったかな。
いけない、いけない。自重自重。
うきうきするのは仕方ないけど、目立っちゃ駄目だね。
だって今の私はストーカー。目立つのはご法度だもん。
……なんか度々、予想外のひっどい目立ち方してたような気がしたけど、そんな過去は忘れたよ!
懐かしくも愛おしい『ゲーム』のグラフィックを懐古しながら、私は村の中をマッピングする勢いで歩いた。やっぱり現実になっているだけあって、原型は同じだとしても細部が違うし、単純に実際の村の方が敷地も広ければ建物も多いし、道だって細分化していた。
本当の本当に、『本物』のあの村に来れちゃったんだ。
しみじみ思いながら、脇道側の空き地で遊ぶ子供達に目を向ける。
『ゲーム』の時にはなかった空き地だ。奥に木材が積まれてる。
遊んでる子達は、うちの弟妹……ユウ君やエリちゃんと同じくらいの年齢かなぁ。
全てがキラキラ輝いて見えた。
遊んでいる子供達の中に、なんか滅茶苦茶記憶に引っかかるビジュアルの子供を見つけるまでは。
そう、見つけちゃったんだよ。
ライトな黄緑色の髪の毛に、真っ赤なリボンをつけて。
わふわふ駆け回る、白いセーラーカラーの赤いワンピースを着た、犬獣人の女の子を……!
「え、いや……まさかね! うんうん、いやまさか、そんなはz」
「おーい、ロリータ! 鞠そっち行くぞー!」
「あ、う、うーん!」
狐顔の男の子の足元から、水玉模様の鞠が大きな放物線を描いて飛んでいく。
ロリータって呼ばれた、犬獣人の女の子の方まで。
あはははは、平和な午後の風景だね! 遊びのチョイスが蹴鞠とか渋いけどね! っていうかこの世界蹴鞠あるんだね!
そして私は平和な子供達の遊ぶ空き地前で、頽れた。
ロリータって! ロリータって……!
確かに、普通にある女の子の人名だけど!
だけど、だけど……っ犬獣人で緑の髪で、赤いセーラーワンピに名前がロリータって!!
ここまで条件揃ったら、もう間違えようがないよねぇぇぇええ!!
私はもう、目を逸らしようのない現実を見つけちゃって、思い余って目の前の地面に拳を打ち付けた。
アフガンハウンド系の犬獣人。
緑の髪で、赤いセーラーワンピ。
ロリータという名前の女児。
『さいしょのむら』で、これらの条件全てに合致する女の子のことを、私は知っている。
現実に、じゃなくって。
もちろん、『ゲーム』で。
あの時は「製作スタッフ、何を思って幼女にこんな名前を……?」ってなったけど。
だけど教えて神様!
『最初の村』で発生する、王都を出て一発目のメインシナリオ。
そこで重要なキーキャラになる、『行方の分からない女の子』がしっかりばっちり村の中に留まっていて、あまつさえ仲たがいして彼女が村を飛び出しちゃう原因になるはずの、お友達の狐君達と仲良く蹴鞠してるとか、してるとか……!!
初っ端からメインシナリオの『前提条件』崩壊してるんだけど、これメイちゃんどうすれば良いのー!!?
『王都』を旅立ったリューク様達が、次に訪れる『始まりの村』。
世界中に現れている終末を思わせる様々な『異変』。その調査の端緒として、リューク様達は『王都』を襲撃した魔物の群れを、裏で操っていたのではと目される謎の人物……はい、つまりは例の愉快なドジっ子中ボス、ラヴェントゥーラさんの行方を追う訳なんだけど。
当然ながら、『王都』から逃げてった時の情報だけで、追っかけ続けられる訳がない。
どこに行ったのかもわからないんだもん。
リューク様達は、行く先々でラヴェントゥーラさんの情報を集めていく。
『ゲーム』の序盤は、ラヴェントゥーラさん探しって目的で話が進むんだよね。
今、メイちゃんがいるこの村でもそれは変わらない。
つまりリューク様達は、ここでラヴェントゥーラさんの手がかりを求めて聞き込み調査をやるんだよ! 魔物に乗って空かっ飛んでいった不審者なんて、どう考えても目撃証言多そうだもんね!
けど予想に反して、ラヴェントゥーラさんの情報は中々集まらない。
なんでだろうね、何故かどこの村でも街でも、目撃者が1人しか出てこないのは。
多分、お話の進行上重要な目撃証言が優先されているだけで、毒にも薬にもならない他の証言は証言者ごと『ゲーム』の進行都合上なかったことにされてるだけなんだろうけど。『ゲーム』から削られてるだけで、きっと目撃者自体は結構いたと思うんだよ。有益な手がかりだけピックアップされていただけだって、メイちゃん信じてる。
まさか、そんな……あんな目立つ不審人物をうっかり見落とす目の悪い人ばっかりじゃないよね! きっと! たぶん! おそらく!
ラヴェントゥーラさんがなんか変な術でも使って姿を消していたなら話は別だけど。
さて、この村で目撃者として名を挙げられるのが、『ロリータ』ちゃん10歳。
新年に現れるという伝説の妖精さんを見に山へ行った彼女は、そこで王都の方角からまっすぐに空を突っ切っていく巨大な『流れ星』を見た。
それだけじゃなく、『流れ星』の落とし物を拾ったというのだ。
遺留品である。
つまりは立派な、遺留品である。
後日お友達の狐君達に『お星さまの落とし物』を拾ったと告げた彼女は、ロリータちゃんよりも現実的な思考回路を持っていた狐君達に真っ向から否定されてしまう。
曰く、お星さまは物なんか落とさないと。
そこから口喧嘩に発展し、言い負かされてしまったロリータちゃんは走って逃走。
そのままこっそり村を抜け出して、そのまま帰ってこないと騒ぎになっていたところに村へと到着したのが『再生の使徒』様ご一行。
手がかりを求めるリューク様達と捜索人数を少しでも多く確保したい村側の利害が一致し、イベントへと発展する。
何か言いたげに、でも言いにくそうにもじもじする狐君達の存在に気付いたリューク様達が、狐君達からロリータちゃんの逃げ場所に関する心当たりを聞いて、現場に向かうと小ボスとの戦闘。
戦闘に勝利した後、ボスが塞いでいた道の奥—―やたら大きな木のウロに入ると、ちょっとした部屋くらいの空間(半地下)があって、そこに膝を抱えたロリータちゃんがいる。
彼女から詳しい話を聞いて、遺留品を譲り受け、村に連れ帰って子供達の仲直りを見届ける。
この村で起きるイベントの正しい流れとしては、そんな感じなんだけれど……
リューク様達が村に到着するまで、ざっと2時間と15分。
喧嘩する気配を微塵も感じさせず、何のわだかまりもなく元気に蹴鞠に興じる子供達。
補足として、村からイベントのロリータちゃんお隠れポイントまで、子供の足で概算したとして片道—―多分、4時間くらい。
イベント破綻の気配がする。
え、どうして!?
どうしてこうなったの……!?
元気に遊ぶロリータちゃんの姿を目にして頭を抱えるという、傍目にとっても怪しい行動を建物の陰で繰り広げる私。うん、いま本当にめっちゃ怪しい。
どうしてこうなったのかと周囲の目も気にせずうんうん悩んでいると、不意にハッと思い至った。
ロリータちゃんが流れ星を目撃して遺留品を拾ったのは、山に行ったから。
ロリータちゃんが山に行ったのは、『新年に現れる伝説の妖精さん』を探しに行ったから――!!
げ、原因はこれかーーー!
今回、ラヴェントゥーラさんの王都襲撃は『年明け前』に行われた。
年明け後である『ゲーム』のシナリオとは、私の思う以上に大きな差だったみたい。
時期がずれたせいで、イベントが崩壊し……し、て、…………しそうなんだけどー!
これはどうしたものかと、私はより一層深く頭を抱えた。
とりあえず次に会えたら、ラヴェントゥーラさん絶対に〆る。
現実逃避もかねて、私は固く決意した。
じわじわ波及する、バタフライ効果。




