0.その日、とある島国で3
皆様、お久しぶりです。
またまた前回から間があいておりますが、皆様に忘れ去られていないことを願うばかりです。
着々と、この『世界』に来た目的は果たされつつある。
まだ成果は見えない。
だけど計画を遂行する為に立てたひとつひとつの小さな目標は達成を積み重ね、もうすぐ収穫の時を迎える。
収穫――予定している、『イベント』を控える今。
女は主と呼ぶべき青年に、強い意志を持って進言する。
それは『イベント』を成功させる為、絶対に必要なことだと確信していた。
今から話す内容が、主にとって受け入れがたいことだとわかった上で。
「若様、お話があります」
そうして女は、ぱさりと紙の束を青年に渡した。
「……これは?」
「楽譜です」
「楽譜……楽譜? 何の」
「若様に歌っていただく、『リューク』のキャラソンの楽譜です」
「………………」
「いや、そんな視線で拒絶を訴えかけてこないでください。駄目ですよ、決定事項ですから」
「何故」
「若様が、音楽活動に欠片も興味がないことは重々承知の上です。ええ、『ゲーム』の『リューク』に声を当てて下さったことも渋々でしたものね。ご自身の声を売り物にすることに抵抗があることも存じ上げております。ですけれど……若様、これも『イベント』を成功させる為です」
「どういうことだ」
「若様、人をより多く集める為には期待できる何か……そう、集客率を高める為の『目玉』が必要なのです。もちろんわたくし共も人を集める為、余念なく準備をさせていただいておりますわ。ですけれど、わたくし共の用意したグッズや冊子では印象が薄いのです」
「いや、そんなことはない、はず。とても良く出来ていると、報告が……」
「ええ、自信をもって送り出せる品を用意していることは当然ですが、でもファンをより多く熱狂させるには、敢えてわざわざ足を運ぼうと思わせるには、まだ不十分なのです! そこで、若様の歌ですわ!」
「いや、いや……そんなことは、絶対に」
「若様の歌ですわ! 他のキャラクターのキャラソンは世に送り出されておりますのに、肝心の『主人公』の、若様の歌だけありませんのよ!? あれだけお客様から数えきれないくらいご要望がありましたのに! 若様の声に関心を持っている方は大勢いらっしゃいます! そこでイベント限定のCDを販売するとなれば、それほどの集客が見込めるか……」
「落ち着いて。落ち着いてください。目が怖いことになってるから」
「とにかく、歌っていただきますから。これも我らが目的を果たす為、ご理解いただけますわね?」
「別に目的の為には必要な……いや、わかった。わかったから、その目を止めてくれ。わかった、応じよう」
「うふ! ご納得いただけて良かったですわ。若様が歌うとあって、作曲家の方も作詞担当の方も大喜びで張り切ってくださいましたのよ。特に作曲家の方、若様が『ゲーム』のBGMを気に入って、特に戦闘シーンの曲はよく口ずさんでいたことをお伝えしたら、感極まってしまって」
「待て、一体何を伝えたんだ。余計なことまで伝えていないか?」
「それで通常戦闘とイベント戦闘用BGMのメロディをベースに作ってくださいましたの。2曲」
「2!? 待て、1曲じゃないのか!?」
「どちらの曲も『リューク』らしさが伝わってくる良い曲ですので、ファンに喜んでいただけるようにしっかり歌い上げて下さいましね」
「………………」
「ちなみに歌っていただくのは3曲ですわ」
「3っ!?」
「1曲は楽譜なんてなくても若様なら歌える筈の曲ですのでご安心を。『あちらの世界』の伝統的な歌をひとつ歌っていただこうと思っていますの。『ゲーム』の雰囲気、出ますでしょう?」
「好きにしすぎだろう、お前は……本当に、それで集客率が上がるんだろうな」
「そこは自信をもって断言できますわ」
堂々と胸を張って言う、女に。
青年は自身の額を押さえ、深々と溜息を吐いた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
あ、と。
小さく声が落ちる。
情報収集を進めていた指が、画面に表示されたソレを思わずとなぞった。
思いがけないソレに、驚くほど心が浮き立った。
「タケ兄ー、聞いて聞いて」
「ん、どうした?」
「あのね、あのねー、『リューク様』のキャラソン発表だって」
「なにっ!?」
ガタッと音を立てて、タケ兄が立ち上がる。
驚きを隠すこともなく、大股にこっちへやって来た。
でもその反応、わかる。
タケ兄は声フェチだ。『リューク様』の声は殊更お気に入りのひとつで、前々からずっとCD欲しいって言っていたもの。
「え、マジか……って通常販売しないってなんだソレ!?」
「なんか、『イベント』で限定販売だって」
「えー……それ採算取れるのかよ。こりゃ絶対行かなきゃ、じゃん」
「『イベント』の情報が発表されてから、すっごく気合入ってるなぁって思ってたけど……想像以上だよね」
これは絶対買わないと、と。
2人で頷き合いながら、何が何でも『イベント』に足を運べるよう余念なく予定の調整に動いていた。
その歌声がどれだけ貴重だったのか。
まだ、本当の意味では分かっていなかった。
歌声に込められた――自然と籠ってしまったらしい『力』は、『彼ら』が本来いるべき世界でなければ真価を発揮しなかったのだから。
『歌』にどんな力が宿るのか。
『私』がそれを知ったのは、CDの発表に一喜一憂していた頃からは随分と遠くなってから。