幕間:徒労
険しい地形、起伏にとんだ地面。
地下から張り出した硬い木の根に何度も足を取られる。
せっせせっせと足を前に出しながら、3人の少年少女は肩で息をついていた。
目的地はしっかりとわかっている。
だけど正確な位置情報を知る訳ではないので、結局は手探り同然で。
地図と、コンパスと、太陽の位置。
何度も何度も確認を重ねながら、道なき道をひた歩く。
ここは森の深い場所。
立ち入る者も滅多におらず、舗装された道なんてない。
あるのは精々が獣道。正確な現在位置と地図を照らし合わせるのは難しい。
ある程度の目星をつけて、歩くしかない。
何しろ彼らが記憶していた『目的地』は、『TV画面』の向こうに見ていたもの。
それも『フィールド』ではなく『ダンジョン』にあった場所なので、余計に『マップ上』での正確な場所などわからない。精々、推測から当たりをつけるのが精々で。
竜の気配に敏い協力者でもいないことには……あるいは上空から地形の確認でも出来ない限り、地道に足で探すしかない。
人気のない森の中、遭難という危険に気を付けながら。
「ああん、もう! また外れ!? 今度こそ間違いないって思ったのに!」
「お、おい、落ち着け。イライラする気持ちはわかるけど!」
「そうだよ。余計に体力を消耗するだけだって。予測が外れたのは残念だけど、候補がひとつ減ったと思えば、まだなんとか」
「そうは言っても……っ」
「まあなぁ、王都から近いし、今の内にっては思ったけどよ……事前準備が足りなかったな、こりゃ」
「そうだね。Lv上げに精を出すのも間違いじゃなかったけど、できれば去年の内にやっておくべきだったか……王都から近い分、簡単に見つかるだろうって舐めてたかも」
「こんなことしてる内に『リューク』は先行っちまうだろうし、あまり時間はかけられねーんだけどなぁ」
「でも、必要なことでしょ。『主人公』達がこっちに来ちゃう前にこの案件は片付けとかないと!」
「来るにしても、まだ先じゃない? 『ゲーム』でも、この場所の情報が手に入ったのってもう少し先の村で、だったし。『主人公』達が予想外の行動に出ないとも限らないけど、まだ猶予はあるんじゃないかな」
「『主人公』達も、基本は『ゲーム』通りの道筋歩むはずだって言ってたもんな。誰かが……俺達か、『1人目』か、『5人目』が干渉しない限りはっても聞いたけど」
「とにかく、歩こう。こういう仕事はさっさと済ますに限る。まだ事前予測で立てた候補地は幾つか残ってるし」
「うー……そうね。歩きましょ。歩いて、見つけないことには話にならないもの」
3人の、少年少女は歩く。
目的の物は必ずあると確信して。
探せば見つかると、安易に信じて。
それが希望的観測に過ぎなかったのだと、彼らは翌日の夕刻、ようやっと辿り着いた『目的地』で知ることになる。
「おい……おいおいおいおい、おい! なんだ、これ……やばいだろ、洒落にならないだろ、これ!」
1人が、頭を抱えて叫んだ。
その視線の先には、崩落した岩山……崩れ落ちた瓦礫に混じり、飛び散った赤い光の名残。
岩と砕けた鱗の残骸だけを残し、そこには既にほとんど痕跡は残っていない。
だが、目の前の光景だけで彼らは確信していた。
ここが『目的地』だと。
そして自分達は、来るのが遅すぎたのだと。
だって目の前の光景は、既に以前、見たことがあった。
モニター越しに、『TV画面』の向こうで。
火竜将が『主人公』に敗れ、力を託して消滅した後の。
……イベント発生後の光景と、まるきり同じだったから。
「嘘でしょ……まさか、もうイベントが終わってたっていうの!?」
十分間に合うと思っていた。
なのに、実際には間に合わなかった。
予定が現実と大幅にずれてしまい、少女は顔を青褪めさせる。
組み立てていた計画が、最初からうまくいかないことはままあるけれど。
それでも『ゲーム』の知識があるのだ。
『ゲーム知識』を下敷きに、3人で組み立てた計画だった。
予定通りに進むと、計画は順調に進むと。
そう、信じていたのに。
「これじゃ、計画が初っ端から台無しだ……こんな短い時間で、どうして」
「どうして、じゃないわよ! どうしようもないわよ……最初に火竜将さえ押さえておければ、以降の強化イベントも自動で潰せたのに!」
「っつーか……俺らの森をさ迷いまくった数日間、完っ璧に……無駄じゃん?」
全身から、力が抜けてしまったのか。
呆然と呟いて、少年は全身の疲労に逆らうことすら出来なくなる。
膝から地面に座り込み、緩んだ手から持参した鎚が転がり落ちた。
疲れた力に鞭打って、わざわざここまで運んだというのに。
破壊するための目標が既に失われていたことを知り、鎚を拾いなおす気力も湧かない。
自分達の手で破壊するのと、既に崩れ去っていたのと。
跡地に残された光景は似たようなものであっても、そこに込められる意味は大きく異なる。
彼らが目的としていたモノ……古の竜将は、既に『主人公』へと力を託して消失した後だ。
彼らは間に合わず、『主人公』の強化は成されてしまった。
それが、どれだけ彼らの誤算となるか。
「他の竜将は、事前に破壊しようとしたってできるものじゃないのに」
火竜将は岩へと身を変じて千年の時を耐えた。
だが同じように自然へと同化して延命している他の竜将は、また別のものへと姿を変えている。
それらは一個人の力で破壊できる範囲を超えてしまっているものばかりだ。
人の力で、大きな湖を消滅させられるか?
たった3人の少年少女が、火山を跡形もなく吹き飛ばせるか?
手段と労と財を惜しまず、ありとあらゆる工夫を凝らせば可能なこともあるだろう。
だけど短い時間で、今から、彼らの個人的な力だけを頼みに出来るかといえば不可能で。
計画の大幅な修正を求められて、途方に暮れたくなる。
3人はそれぞれに大きな動揺を押さえつけながら、ただただ火竜将の消えた岩塊散らばる広場で所在なさげに視線をさ迷わせていた。
せめてこの残された竜鱗を、素材に回そう。
そう思い至って地面に這いつくばり、鱗集めを始めるのは30分後のこと。
メイちゃんが火竜将を相手に贈答品目録の押し付け合いを行った、1週間後の出来事だった。