17.そして再びの鬼ごっこ
なんかよくわからない意地の張り合いと、成り行きで。
これまたなんかよくわからないけど、2人がリューク様の顔面に酷い落書きをしてやる! 絶対に諦めないって力強く宣言するから。
私は私の信念に則って、2人を絶対阻止することにした。
例え力づくになっても。
よーし、2人ともぼっこぼこにしてやるぞー!
まずはこの第1……ううん、第2だったかな?
第2ラウンド、私が勝ち星を挙げて見せるよ。
スペードとミヒャルトには、絶対に負けない!
だってリューク様の顔面がかかってるんだもの!
まずは何事も、最初が肝心。
ここで出鼻を挫いて、今後の動きを牽制する!
敵となったからには、容赦はしない。
特にリューク様に敵対しようっていうなら、尚更容赦はしない。
まずは、明らかな弱点から潰す……!
私は竹槍を構えた。
狙うは、ただひとつ。
未だ投網から脱出できずにもだもだと網に絡まっている、スペード、お前だ!
「何してるんだ、馬鹿犬。足手纏いになる気がないならさっさと脱出しろ」
「ミヒャルト、お前、そうは言うがな!? っつうかどうなってんだ、この網!? 刃物で切れねぇってどういうこと!?」
「は? ナイフが通らないって……っこの品質、ウィリーがらみか!」
「ミヒャルト、ご名答ー!」
「っていうか磯臭い! 磯臭ぇよ、この投網ー!!」
「もしかして実用済み……? この強度で、実用……口裂けカジキ用の網か」
「……口裂けカジキって、魔物じゃん!?」
刃物が通らない投網ってなに!? 何製!?
そんな疑問も、一瞬浮かびかけるけどすぐに追い払う。
魔物を捕まえるための網なら、多分そんなこともあるよね。
竹槍に結んだ紐を、しっかりと手に巻き付けて。
私は竹槍を投じた。
武士の情けで急所は外す。メイちゃん武士じゃないけどね!
身動き取れないっていうなら、狙い撃ちは当然だよ。そこを見逃すメイちゃんじゃありません。
打撲くらいは覚悟してよね、スペード!
私の投じた竹槍は、ひゅんって飛んで。
投網の縫い目を通って、スペードの蹲っている場所に突き刺さる。
槍の穂先は、スペードが地面に着いた右手の、真横5㎝くらいの場所に生えていて。
地面に突き刺さった反動で、みょんみょんと揺れている。
「――っあ、あっぶな! 危なー!!」
「あ、馬鹿、前を見ろスペード!」
「え……? あ、やべっ……」
「メイちゃんふらいんぐきーっく!」
「……はべきゅ!?」
ふ……敵対してるってのに相手から目を離すなんて、スペードったら迂闊だよ。
槍が地面にしっかりと突き刺さったことを、確認して即座に。
私は槍と自分の手をしっかりと繋いでいた紐を引っ張り、手繰るようにして、地面を蹴っていた。
そして両足揃えた私の飛び蹴りが、見事にスペードの顔面に命中した訳で。
私の蹄の威力はスペードやミヒャルトの折り紙付きだよ☆
自分達が威力を保証した攻撃を、我が身で受けた感想はどうかな、スペード?
蹴り込んだ足が地に着くなり、飛び退って距離を取る。
自信満々に、改めてスペードの状態を確認するよう目を向けた。
だけど私は、スペードのことを見誤って……ううん、見縊っていたみたい。
「え……っ」
な、防がれた!?
確かに命中したものと、そう思ったのに。
私の足がめり込んだはずのそこには、咄嗟に正しい判断をしたんだろう。
自分の鞄を両手に掲げて、顔を守ったスペードの姿。
……私がどこを狙うか、読んでいたのか直感か。
どちらにしても、防がれたら意味がない。
本当、私の幼馴染ってば一筋縄じゃいかない!
さっきの一撃で、確実に無力化したかったのに。
私に警戒の目を向けて、すっとミヒャルトが一歩前に出る。
自然とスペードへの進路を阻むような形だ。
庇われる格好になったスペードに、ミヒャルトは冷たい声で「さっさと出ろ」と告げる。
その声を受けて、スペードは網を切るのは諦めたらしい。
素直にもそもそと、網の下をくぐって出ようと藻掻き始める。
そして、ミヒャルトが。
相棒が解放されて、自分達に有利な2体1の図式になるまでの時間稼ぎをしようというのか。
本気を感じさせる真剣な目で、武器を構えて更に一歩、二歩と前に出る。
私とミヒャルトじゃ、私の方が間合いが広い。
自分の勝機を固める為に、彼がどんな戦い方を選択するか。
これが賞金首や魔物なら、隠し武器や卑怯な手段のオンパレードなんだけど……
私相手に、ミヒャルトはそうしない気がした。
何となく、どんな戦法を取るのか。
本当に何となくだけど、わかる気がしたの。
たぶん、ミヒャルトは。
まず真っ先に、私の無力化を図る――!
「メイちゃん、君の相棒……奪わせてもらうよ!」
飛んだり跳ねたり、走ったり。
私は戦いの場で、姿勢や跳躍力を制御するのに頻繁に竹槍を利用する。
そんな私の戦い方を、ずっと隣で一緒に修行して、一緒に戦ってきたミヒャルトはもちろん熟知していた。
だから、いちばんに狙ったんだと思う。
私の戦力を激減させる効果を狙って。
私の『竹槍』を……この外見詐欺な竹槍を!
でもこの竹槍、見た目詐欺この上ないけど『神器』なんだよね。
ミヒャルトの手に握られていた剣が、閃く。
月光を弾いて、私の反応速度を超えようと今までにない鋭さで。
ぬらりと光る剣身が、私愛用の竹槍へと放たれる。
金属と金属がぶつかり、高速で擦れあう。
耳障りな激しい音が、至近距離で私の鼓膜を響かせた。
「……っ!? 折れた、って……嘘だろう!? 」
……この竹槍が『何』で出来ているのか、2人は知らない。
そしてこの竹槍が、岩盤に突き刺さってもびくともしないくらい頑丈だってこと、2人は知らなかったっけねー!?
私の戦力を削ろうとして、逆に自分のエモノを失ったミヒャルト。
僅かな動揺が見えたけど、すぐにそれを分厚い面の皮の下に隠す。
だけどチャンスを逃すメイちゃんじゃありません!
即座にミヒャルトの懐へと距離を詰め、至近距離から回し蹴りを放つ。
さーあ、喰らえー! 馬獣人譲り、メイちゃん自慢の脚力(攻)を!
狼狽えた一瞬を、確かに狙った。
だけどすぐさま持ち直して、防御姿勢を取ったミヒャルトは凄いと思う。
でもミヒャルトって細身だし、体重軽いし。
獣人だから筋力はそれなりにあるんだけど、私の方が馬力は上なんだよね。
踏ん張りが利かず、足で地を擦りながらミヒャルトは蹴りの勢いに負けて吹っ飛んだ。
うん、まだまだメイちゃんの方が強いの!
そして、ミヒャルトの援護がなくなった今。
スペードは俎上の鯉みたいなもんだった。
「ごめんね、ぺーちゃん……だけど君達が悪いんだよ」
「ま、待てメイちゃん! 目がマジだ!?」
「マジにもなるのー! リューク様にあんな悪戯しようとしてー!」
地面に引き倒されて、蹲ったまま。
投網に動きを阻害されて満足に動くことのできないスペード。
リューク様の(顔面の)安全に関わることだもの!
目を瞑れることじゃないんだよ!
私は、無言で足を上げる。
あの距離からじゃ、ミヒャルトは間に合わない。
喰らえ必殺、踵落とし(蹄)……!
実力は違っても、咄嗟の判断力はミヒャルトの方が上だった。
間に合わないと見て取って、ミヒャルトは足元に広がっていた網を……
スペードの自由を奪う投網の、端っこを思いっきり引っ張った。
「う、うおぉぉぉおおお!?」
網と一緒に引っ張られる、スペード。
まるで本当の地引き漁さながらに。
目測とずれた位置に、スペードが倒れ込む。
メイちゃん本気の踵落としはスペードを外して、空振りに終わった。
代わりに、スペードの握っていたナイフを粉砕して。
命中したのは偶然だった。
だけどこれで、2人のメイン武器を私が破壊したことになる。
1対2、だけど状況は私にとって決して私に不利なものじゃない。
まずはスペードが投網の戒めから脱しないことには、実質1対1だしね!
隙を見せるからこうなるんだよ。油断してた訳じゃなくっても、予期せぬ流れで不利な方向に事態が転ぶこともある。2人の姿から、そんな理不尽さを学ぶ気持ちで私は更なる追い打ちをかける!
とりあえず反省を促す意味も込めてー!
2人には、たんこぶ3個づつくらいこさえてもらおうかなー!
私が決意を込めて、2人に躍りかかったその時。
ガラッと勢いよく、窓の開く音がした。
「人が説教喰らってる間に、深夜の往来で何やってんだお前らぁぁああ!! 自由にも程があんだろうがー!」
室内の明かりを背中に背負って、憤怒のヴェニ君が怒声を上げた。
深夜であることに配慮してか、声量の小さく絞られた怒声だったけど、五感の鋭い獣人のお耳にはしっかりと突き刺さった。はっきり聞こえたことに、今だけは自分の聴覚の鋭さがちょっと恨めしい。
ご近所迷惑だよ、ヴェニ君。
私達に聞こえるってことは、他の獣人さんにもきっと聞こえるよ。
自分でも言ってたけど、深夜だよ?
ご近所の皆々様方(獣人限定)の安眠を妨害する行為です。
自分達が今までまさに騒ぎまくっていたことなんて、棚に上げて。
そう思っちゃうのは、きっと現実逃避ってヤツで。
私の背中を、背筋に沿って冷や汗が滑り落ちていった。
どうやら決着に時間をかけすぎて、タイムオーバーしちゃったらしい。
女将に足止め喰らっていたはずのヴェニ君が、解放されてしまった。
その後は、もうなんていうか、あれだね。
だって怒り心頭に達しちゃった怒髪天師匠が降臨しちゃったんだよ?
文字通り、2階の窓から降ってのご登場だよ。修羅だったよ。
未だ勝てない師匠相手に、弟子の私達3人に成す術があるのかって言うね。
出来ることなんて、ただただヴェニ君に捕まらないように創意工夫しながら走ることくらい。
投網を脱出できないスペードを囮に、私とミヒャルトはそれぞれ別の方向へとダッシュで解散した。
解散っていうか、うん。
うん、逃げの一手だったよ。
ごめんね、スペード。
さよなら、スペード。
君の尊い犠牲は忘れない!
ヴェニ君の中でのお説教対象の、優先順位がメイちゃんに利した。
お宿に対して一番迷惑かけたの(※窓粉砕)はメイちゃんだったけど、その原因を作ったのはスペードとミヒャルトの2人だった。
当然、器物損壊した私も怒られてしかるべき、だけど。
その理由を作った、それも赤の他人に迷惑をかける形で洒落にならない悪戯をしようとしていた2人の方が、ヴェニ君の中ではお説教順位が高かったらしい。
スペードは既に自由を奪われていた。
この上わざわざ捕獲する必要はないと見てか、ヴェニ君はスペードを後回しにした。
そうして、ミヒャルトを追いかけ始めたんだ。
猫と兎の追いかけっこだね、わあメルヘン☆
実際はそんな可愛いもんじゃなかったけど。
ありとあらゆる手段を使って縦横無尽に逃げ惑う俊敏な猫耳男と、絶対にそれを捕まえようと固い意志を滾らせて怒るうさ耳男の鬼気迫るアクロバティック鬼ごっこだよ。
ミヒャルトの何が何でも捕まりたくないという足掻きが、メイちゃん逃走の時間を作ってくれました。
今は、ヴェニ君に任せようっと。
こんな騒動を起こした後だもん。
きっと、当分の間はヴェニ君の監督がきっついものになると思う。
ヴェニ君が目を光らせている間は、リューク様の(顔面の)安全も保障されるはず。
そこは責任感の強いしっかり者、我らがお師匠を信頼している。
次にリューク様(の、顔面)に手を出そうとした時は……ううん、次に会った時は、その時こそ2人を容赦無用で凹るけど。
凹った上で、「リューク様のお顔には手出ししません」って血判状にサインしてもらうけど。
とりあえず、今は。
ヴェニ君の拳骨付きお説教を免れたい一心で、現場を離脱した。
だって、本気で怒ったヴェニ君怖かったんだもん。
原因つくった私達が悪いってわかってたんだけどね!
他人に迷惑かけちゃ駄目だなぁって、深く思いました。
ヴェニ君怖さにリューク様の(顔面の)安全と我が身を天秤にかけて、自分を取ったみたいな形になっちゃったことは心外だけど。
今ここでヴェニ君に捕まったら、今度は私がミヒャルトとスペードを凹れなくなる。
何しろ我らがお師匠様の監視下になっちゃうので。
そんなことになったらきっと、「喧嘩すんな」の一言で3人とも拳骨もらって終わりになっちゃう。
確実に2人の暴挙への制裁を下す為。
その為にも、私はヴェニ君に捕まる訳にはいかなかった。
あとリューク様へのストーキング活動への、理解もちょっと得られそうになかったしね。
『ゲーム本編』の期間がスタートして、早数日。
でもまだ数日。まだまだまだまだ序盤もいいとこで。
リューク様達が旅立って、1日目だっていうのに。
1日目からとんでもなく濃いし、想定外の連続で。
何より、何故か意地と誇りをかけてリューク様の(顔面を)害しようとする幼馴染2人との対立っていう、思いもよらなかった事態が発生した。
今までろくに喧嘩もしたことなかったのに。
なんでこんなことになったんだろう。
私には、それがとんとわからなかった。
確実なのは、2人が私の『敵』になったこと。
今後、リューク様(の顔)を巡って、対立するということだけだった。
原因も理解できないまま、私達は争い合う。
そのことがこれからの旅に、どんな影響をもたらすのか……
というか、それがリューク様達に影響を及ぼすかも、なんて。
この時の私は、そんなこと全く思いもしていなかった。