16.友との決別
知らないところでメイちゃんにつけられていたらしい、サポート要員。
ロキシーちゃんが派遣してくれた、心強いのか空恐ろしいのか謎な3人組の正体が明らかに!
っていうか調査員として方々に派遣されていたルイ君や、戦闘要員のアドルフ君はともかく。
ロキシーちゃんの相談役みたいな感じになってるウィリー君まで派遣しちゃって良かったのかな?
そこ気になるんだけど、ロキシーちゃんの思惑がわからない。
「あはは、安心してよ。メイちゃん」
「め?」
「ロキシーの予想が確かなら、行く先々でメイちゃんが場を引っ掻き回して商談のチャンスなり立ち入る隙なりが転がり込むだろうって目論見だから。そこに僕がつけ込むんだよ! 臨機応変に商いのチャンスをつかむには、現場の判断でそれなりの決定が下せる立場じゃないとね」
「ウィリー君、ナチュラルになんかとんでもないこと言ってるよ?」
「メイちゃん、僕も商会の中ではそれなりのポジション貰ってるんだよ! 上から数えて4番目くらい」
「うちの商会じゃそこそこ偉いのは知ってたけど、自分で言っちゃうの!? 自慢みたいだよウィリー君!」
「あはははは! メイちゃんってば! 商会長が何か言ってるよ!」
実際にウィリーはロキシーちゃんが商売を開始した頃から、その相談に乗って協力していた事実があるし。実績だけで考えるなら、私よりよっぽど商会の運営に貢献してるんだよね。
メイちゃんがやったことなんて、商品のアイデア出しぐらいだもん。
それも前世の記憶をベースにしたヤツばっかりだし、本当の意味で私が貢献したって気はしない。
……いや、一番売れ筋の『カード』に関しては売り上げが凄まじいことになってるから、アイデア出しただけでも、私ってすっごい貢献してるのかもしれないけど。
実務面では、名前だけの私よりウィリーの方が商会への影響力強いんじゃないかな?
心の片隅で、実はそう思っている。
時々……いや、割と頻繁になんかとんでもないアイテム作り出して商品化しているけど。
防犯って言葉じゃカバーできないくらいの、危険な撃退アイテム作ってるけど。
でも人相手には規制かかりそうな危険アイテムでも、この世界には魔物がいるからなぁ。
それもこれも発端はミヒャルトが危険物の作成でウィリーに片棒担がせたところからきてるけど。
改めて考えると、ミヒャルトかつてのクラスメイト達に変な爪痕ばっかり残してるよーな……世渡りって点では、いい影響も少なからずあると思うけど。
……ミヒャルトみたいに、メイちゃんの言動がかつてのクラスメイト達に変な影響及ぼしてないと良いなぁ。
「ところでメイちゃん」
「なぁに、ウィリー」
私はなんとなく遠い目でかつての級友たちの未来について思いを馳せてしまう。
そんな私の思いなんて知らない顔で、ウィリーがけろっとこんなことを言ってきた。
「君らんとこのうさ耳お師匠さんについては、足止めを宿の女将さんに頼んでおいたけどさ。それなりの見返りつけて」
「さらっとなんかウィリー君が黒いこと言ってるよー。うん、それで?」
「ちょうど今、廊下に正座でうさ耳お師匠さんが女将さんに苦情という名のお説教を受けているところなんだけど」
「どうしよう、物凄くメイちゃん胸が痛むよ。ごめんねヴェニ君」
「うん、それでさ。
――うさ耳お師匠さんの監視の目が外れた訳だけど、あの2人、どうすると思う?」
ウィリー君の言葉を、耳にするや否や。
即応1秒で私は動き出していた。
ヴェニ君の目が外れた?
だったらあの2人がすることは……逃亡するに決まってる!
だって室内のお仲間さん達が目覚めた現状、リューク様への悪戯なんて続行できないだろうし。
だからと言って室内に留まって、ヴェニ君に捕まるのを悠長に待つとは思えないから!
本当は神妙にして、素直に叱られるのが賢いってわかっていても逃げちゃうよね!? 条件反射でね! わかるよ、メイちゃんも2人と一緒にヴェニ君の弟子やってるもん!
逃げ出したくなる気持ちも、それに抗えず逃げちゃう心理も手に取るようにわかる。
2人がどこから逃げるか。それも明白だ。
室内唯一のドアを出たところでは、ヴェニ君が女将さんに捕まっている。
私は、窓を開け放って窓枠に足をかけた。
躊躇わず、思いっきり跳躍する。
ああ、ほら、やっぱり。
2人とも、窓から逃げてた。
窓の下、昼間は道行く人の絶えなかった通り。
そこに見慣れた2人の姿があった。
足音も静かにしたしたと、駆け去りつつある、その背中。
ヴェニ君の手を逃れたことをこれ幸いと、ほとぼりが冷めるまで行方を眩ませるつもりと見た!
私は2人の背中を発見するなり、室内に向かって叫んでいた。
力強く、ぐっと腕を伸ばして。
「――投網いっちょぉ!!」
「あいよぉー!」
打てば響くって、こういうことだよね!
即座にウィリーの楽し気な声が返ってきたよ!
そして快い返事を違えることなく、僅かな間を置いてずっしり重くなるメイちゃんの右腕!
思いついて言ってみただけだったんだけど、ウィリー君の準備が良すぎる……
備えあれば憂いなし、だね☆
ばちこーん☆と片目をつむって見せるウィリー君に、いったい何に備えるつもりで投網を持ち込んでいたんだろうかと軽く疑問に思いつつ。
でもそんな疑問、大事の前の小事ってやつだよね! 軽い疑問はその軽さに任せて流しちゃおう!
私は両手でしっかりと投網を掴み、せいやっとばかりに投網を投擲した。
そーれ、大漁祈願だー!!
大漁って誰に祈ればいいのかなー? あ、選択肢は1つしかなかった。
セムレイヤ様、セムレイヤ様ー! どうか漁が上手くいきますよーに☆
だけど、やっぱりあの2人は油断がならない。
何の気配を察知したものか、網が綺麗にぶわぁって広がって、まさに2人に覆いかぶさろうかっていう直前に……気づいちゃったんだよ、あの2人。
そして気付いたからには、反応も行動も早かった。
反射的に横っ飛びになって網の効果範囲から逃れようと試みるミヒャルト。
逆に立ち向かう姿勢を見せて、短剣で切り払おうとするスペード。
……スペード、刃物の扱い下手なのにね。しかもリーチの短い短剣しか持ってないのにね。
なのになんでそれで、切り払おうなんて思っちゃったのか。
ミヒャルトは間一髪で足を網に引っかけそうになりながら脱した。
そしてスペードはものの見事に網の中、だよ。
やったねメイちゃん! 今日の獲物はスペードだ!
投網は、あくまで彼らの足を緩める為……時間稼ぎのためだった。
2人が対応を迫られている間に………………ほーら、ね?
私が、メイちゃんが、2人の目の前だ。
投網を追いかける形で跳躍した私が、ふわりと2人の前に着地した。
手にはしっかり、竹槍を握った状態で。
さて、2人とも?
この状況で、私から逃げきれるとは思わないでね?
それじゃ仕切り直しの――第2ラウンドと参りましょうか。
荒ぶる感情を、必死に押さえつけながら……押さえつけようと、しながら。
激情を抑えきれるか不安になりつつ、私は2人を睨みつける。
……うん、睨んでる時点で、ちょっと自制できてないよね。
でも、仕方ないでしょ。
他のことならともかく……っリューク様に手を出そうとしたことは、見過ごせない!
それも二度目となればなおさらに!
一回目の時(※夜会での襲撃)はメイちゃんにとっても都合が良かったので言及しなかったけれども!
ああああああぁぁぁっ!!
やっぱり、もう、我慢できないよ!
「ミヒャルト、スペード……どうして!?」
なんかもう、感極まって語彙が死んだ。
なんで2人ともこんなことをしたの? って、ちゃんと聞きたいのに。
2人のことが信じられなくて、だけど信じたくて。疑いたくなくて。
胸の中で感情はぐるぐると回り、声が震えてしまう。
どうしてこんなに気持ちが昂るんだろう?
リューク様に関わることだから?
……わからない。
だけどやっぱり見過ごせないって気持ちが強すぎた。
だってゲーム主人公の顔面に落書きはやっぱり酷いと思うのー!
数ある名場面が超台無しだよー!!
どんなにシリアスな場面でも、どんなに涙を誘う場面でも。
主人公の顔面に滑稽な悪戯書きがあったら笑いしか取れないよ!
いや、場面によっては笑うに笑えなくて微妙な空気が発生しそうだよ!
特に仇敵と思って倒した敵が、実の父だったと知った時の慟哭シーンとか……
うん、やっぱり顔面に落書きは酷い! 酷いよ!
そんな酷い真似、メイちゃんは断固阻止して抗議します!
「2人とも、どうして……リューク様が世界の希望だってこと、大切な使命を持った欠かせない人だってこと、知ってるでしょう!? なのにどうして、あんな非道な真似ができるの……?」
声を詰まらせながら、2人を詰る。
胸の中で思いが昂って、上手く言葉に変換できない。
だけど2人の真意がどうしても知りたかった。
何を思えば、リューク様の顔に洒落にならない落書きをしようなんてことになるの?
縋るように疑いの目を向ける私が、見てられなかったのかな。
普段とあまりに違う様子だって、自分でもわかる。
こんなに切羽詰まった気持ちで、2人と向き合ったことはなかった。
ふいっと目を逸らして、でも2人とも、やっぱり私に優しかったから。
固い声音だったけど、私の疑問に言葉を返してくれた。
「……将来の障害になりそうなら、今のうちに封じておかないと、ってね」
「え……?」
「メイちゃん、君にはわからないよ……僕らの気持ちなんて。僕らは、こうせずにはいられなかった。アイツの顔をぐちゃぐちゃにしてやらないではいられなかったんだ!」
「何がどうしてどんな事情を抱えれば、そんな決意を固めることに……!?」
「これは、僕たちの気持ちの問題だ。メイちゃん、君には………………止められたとしても、もう止まる気はない」
「私達、わかりあえないの? どうしても、リューク様を害せずにはいられない、の……?」
「そうだね。僕達は僕達である限り、何度でもアイツ(の、顔面)を狙うよ」
「メイちゃん、これは男の意地と、矜持の問題だ。俺達にも譲れないものがある」
「そんな……っ」
……男の意地と矜持が、顔面への落書きにどう繋がるっていうのかなー?
私にはわからない。
わからないよ、ミヒャルト。
あんたたちの気持ちも、事情も。
それが男の子の心がどうのなんて言われたら、余計にわからないよ。
だってメイちゃん、女の子なんだもん。
うん、だからね。
わからないから、諦めることにした。
だってどうしたって、2人の気持ちが理解できそうになかったから。
というかリューク様の顔面に落書きしようって心理を理解する気はない!
「……2人とも、私が止めても無駄なんだね」
「ああ、悪いな」
「機会がある限り、僕達は狙い続けるよ。例えどちらかが倒れることになっても」
「ミヒャルト、スペード……っ」
そこまで意志を固くして、意地になっている状態じゃ。
これと決めたら頑固なところがある2人の気持ちを、私が変えられるとは思えない。
ああ、なんてこと。
まさか今、この時、こんなところで。
こんな寂しい思いを味わうことになるなんて。
「2人がリューク様(の、顔)を狙い続けるのなら、私がその度に止めてみせる」
「……メイちゃんはそれでも良いさ。僕らは止まらない、君は僕達を止めたい。それだけのシンプルな図式だ」
「メイちゃんと対立するっつうのはこう、嫌だし、堪らないものがあるけどな。……けど、仕方ない。俺達はアイツが目障りで仕方ねぇんだから」
「……っ」
人の気持ちは、どうしようもない。
だけどずっと仲良くしてきたお友達の2人に、大好きな憧れの人を否定されて。
……ズキッて、胸が痛む。
「ああ、残念。とても残念でならないよ」
「そうだね、残念だ」
「残念なのは確かだな。……けど、なんでだろうな。不思議と胸が弾む」
「それはお前だけだ、馬鹿犬。Mの気質に目覚めたか。少し離れてくれないか?」
「な……っち、違ぇし! そうじゃねえし! なんつうか、こう、なんて言うのかな……」
蔑むような、ミヒャルトの目。
いつものことだけど、蔑んでいるようでその目は本気じゃない。
彼らなりのじゃれあいで、彼らなりの……意識を切り替える、儀式みたいなもの。
私はいつも、その仲間に入れてもらえないことに寂しい気持ちがあった。
やっぱり、やっぱりね。
私達は小さな頃から3人でいたけど、内訳は『彼ら2人』と『私1人』だった。
私と2人の間には、超えられない壁みたいなものを感じていた。
時々、疎外感すらあるほどに。
「なんつうかさ、攻守に分かれる遊びみたいじゃね?」
朗らかに、爽やかに。
どこか吹っ切れた空気で、スペードが笑う。
言い得て妙だな、って思った。
攻守に分かれるゲーム、それはその通りだ。
ただし勝敗を分ける鍵は、リューク様の顔面。
これはリューク様の顔をメイちゃんが守り切れるか、2人が落書きに成功するかというゲーム。
……遊びで済ませて良いものじゃない。特に勝敗の判定は。
スペードはゲームに例えた。
だけどこれは。
「……真剣勝負だ」
いつも仲良しで、いつも一緒で。
いつだって、味方だった。
そんな2人と私の、真剣勝負。
今まで修行の中で、組手や試合は数えきれないほど重ねてきた。
だけど不思議だね。
ずっと一緒にいたのに、何かを本気で争ったことがなかったなんて。
15年生きてきて、これが彼らとの初めての真剣勝負。
本気の、戦いだ。
勝敗の判定基準が、リューク様の顔だけど。
だから、うん。
だから……完全な勝敗が付くまで。
私と君達は、『敵同士』。
これがはじめての、決別だ。
いま3人の、リューク様の顔面を賭けた戦いが始まる!




