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獣人メイちゃん、ストーカーです!  作者: 小林晴幸
2.羊娘からの試練
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15.学び舎の絆



 深夜、部屋に新たに飛び込んできたのはピエロだった。 

 てっきりヴェニ君だと思ったのに。

 なんだ、この状況。

 驚きすぎて、メイちゃんの息の根が止まりそう! 

 でも更に驚きだったのは、いち早く窓から逃亡しようとしたミヒャルト&スペードを窓の外でヴェニ君が待ち構えていたっていうこの展開だよ!

 え、なにこれ。罠?

 あのピエロ、罠だったの?

 っていうかいつの間にそんな仕込みを……

 ヴェニ君の両手にがっちり顔面掴まれて、そのままアイアンクロー喰らって締め上げられるスペード達。

 見てよ、あれが私の10分後の末路だよ……次は絶対、絶対、私の番だもん!

 ああ、でも、2人が捕まってるこの隙に逃げられないかな。逃げたいな。

 2人が絞められてるのを見るのは心が痛むけど、メイちゃんはそれより自分の身が可愛い。

 この窓が粉砕されて破壊の跡も生々しい室内を見ようよ。

 言い逃れの余地はない。

 怒られる運命は既に確定していた。

 

 せめて今は怒りがこっちに来るのをちょっとでも遅らせるべく、息を潜めよう。

 窓から現れて2人を問答無用で顔面鷲掴みにしているヴェニ君に、室内の注目は殺到している。

 わあ、視線を独り占めだね、ヴェニ君……。

 胸を押さえて、項垂れる私。

 だけどそんな私の腕を、背後からちょいちょいと引く誰かの気配。

 ……誰?


 振り向くと、至近距離にピエロがいた。


「ぴっ……」


 思わず短い悲鳴が喉の奥から! 自分でも聞いたことのないような声が、喉の奥から!

 こんな鳥みたいな声、メイちゃんの喉から出るんだね! 自分でも初めて知ったよ!?

 身がすくむ私の腕を、ピエロがしっかりと掴んでいた。

 いや、それどころかぐいぐい引っ張ってくる……!

 え、メイちゃんをどこに連れて行く気!?

 狼狽えて、思わず反撃すべしと手の中の短剣を握りしめる。

 私の反応に、危険なものを感じたのか。

 ピエロがその暗がりでは絶対に見たくない顔をそおっと近づけて、耳元で囁いてきた。


「しっ……メイちゃん、静かに。2人がアイアン喰らってる間にここを離れよう」


 あ、うん。

 なんか無茶苦茶聞き覚えのある声だった。


 っていうかさ、うん。

 っていうか、ね?

 なんでこんな深夜に、こんな場所で。

 そしてこんなタイミングで、そんな恰好で登場するのかな……?

 結構長い付き合いの筈だけど、今になってメイちゃん、君のことがよくわからないよ。

 ねえ、ルイ君。


 普段の気取った美少年ぶりも、見る影がない。

 そんな立っているだけでごちゃごちゃ賑やかな空気をばらまくピエロは、本人が気配を押さえると驚くほど存在感が薄れる。うん、驚く程っていうか素直に驚きだよ。こんな目立ってしょうがない扮装していて、これだけ気配を殺せるんだからさ……。

 ルイ君は私の手を引っ張ると、するりと隙間に潜り込む蛇みたいに廊下へと離脱した。

 足音も立てずに向かったのは、私達が泊まっていた部屋を通り過ぎた向こう側。

 ……どうやら同じ階に部屋を取っていたらしい。

 ぱたんと軽い音とともに、私はルイ君の泊っている部屋に連れ込まれた。


 部屋の中にはこれまた見知った顔、アドルフ君がいた。


「お、おおぅ……お前、マジでその恰好で乱入したのか」

「まあね。この格好なら、どんなに親しい知り合いでも僕とは印象が一致しないこと間違いなしだからね」

「う、うわー……何この状況。なにこの状況。ルイ君、何したかったの。そしてアドルフ君、お友達が奇行に走りそうになってたら止めようよぉ」

「すまん、メイちゃん。俺には無理だった」

「うん、僕が論破したからね」

「論破!? 一体どんな理論を用いれば、このピエロ扮装の正当性を主張できるの!?」

「まず間違いなく、正体はバレない確信がある」

「あ、うん。その一点は間違いないね。曇りないね」

「ついでに思考停止効果も狙ったんだけどね」

「めちゃくちゃ効果抜群だったよ! バツグンすぎて心臓止まるかと思ったよ!」


 でも一体全体、本当にどうして?

 なんでここでルイ君がピエロで乱入してくるのかわからなくて、説明を求める。

 返ってきた回答は、とても明瞭だった。


「ロキシーに頼まれた。メイちゃん1人で放り出すのは不安で仕方ねえから、サポートしてやれってよ。俺もそれは同感。なんか早速やべぇことになっちまうとは思ってなかったけど」

「特別報酬が出るんだよね。まさか初っ端から、あんな混沌とした修羅場から救出させられるとは思ってなかったけど。あ、ちなみにメイちゃんの所在がわかったのもロキシーの指示だから。『再生の使徒』殿の近辺に現れるのは間違いないっていうから、距離を置いて尾行してたんだよね。『再生の使徒』ご一行様を」

「ろ、ロキシーちゃん……っ」


 あれ、これって私、心配してくれてありがとうって感謝すべき!?

 それともそんなに信用されてなかったのかって我が身を振り返って嘆くべき!? どっち!?


「末端の商会員ならともかく、流石に商会のトップがお縄になるのは商会全体にとっても不利益だからね。メイちゃんがうっかり前科者にならないよう、全力でアシストするよ!」

「後者だった! え、メイ、そこまで信用されてなかったの!? ちゃんと良識あるつもりだよ!?」

「メイちゃんの人格そのものは疑ってないよ、誰もね。ただ……君、突っ走り癖があるから。物理的に」

「うっ……やらかした直後(※宿の窓クラッシュ)なだけに反論できない」


 うまくルイ君が連れ出してくれたけど、今頃はそのことも含めてヴェニ君のお怒りが2人に降りかかってるんだろうなぁ……そこは申し訳ないと思ってる。

 いや、そもそもヴェニ君が私のことを放置するわけがないよね。 

 姿が見えないとなれば、その内、探し始めるはず……


「安心しろ、メイちゃん。抜かりはねえ」

「僕が『再生の使徒』様ご一行の部屋に突入している間に、アドルフに工作してもらったから。ほら、そろそろ仕込みが発動する頃合いだよ」

「え?」


 にこっと、爽やかな笑みを浮かべるルイ君。

 裏を感じさせない爽やかさだけど……あれ? なんか黒くない?

 ミヒャルトほどじゃないけど、なんとなく笑顔の裏に似た何かを感じる。

 そりゃ……3年間同じ教室で机を並べた中だもん。

 互いに大なり小なり感化された部分があるのは否定しない。

 特にミヒャルトは生き様が強烈だったせいか、その計算高さに周囲を戦慄させまくったせいか、見習っちゃいけないその策略家っぷりに影響をけるクラスメイトが何人もいたけど。

 まあミヒャルトには及ばなかったけどね、みんな。

 今まで何も考えずに素直に生きていた子たちが、ちょっと計算して生きるようになった程度だし。

 ルイ君はミヒャルトに何故か対抗意識があるみたいだったけど、そこまでミヒャルトに感化されてるようには思えなかったのになぁ……。

 それともこの黒さはミヒャルトとは微塵も関係なく、年齢とともに培われたものなのかな。

 これが大人になるってことなのかな?

 裏表のなかった子が、計算高い大人に成長する。

 時間って残酷だねぇ。

 しみじみ成長の悲哀と世間の世知辛さを噛みしめていると、廊下に通じるドアの向こうから声が聞こえた。どうやら、あの声がルイ君とアドルフ君の言う『仕込み』っぽいんだけど……聞き覚えのる声だね?

 夕方に聞いた落ち着いた声音とは違って、お怒り籠った金切り声だったけど。

 耳を澄ませて状況を探ると、どうやら部屋を離脱した私を追おうと廊下に出たところで、ヴェニ君は遭遇してしまったらしい。


 この宿の、女将さんと。


 いや、そりゃ様子も見に来るよね。

 あんだけ大音声で深夜に騒ぎまくったんだから。

 しかも明らかな破壊音付き。

 宿の設備が破壊されたのは間違いなし。

 他のお客様へも迷惑だろうし、そりゃ注意に来るよね。

 そして遭遇してしまったのであれば、私の責任者を自任するヴェニ君が足止めされて責められる身に甘んじることは間違いなくて。

 さて、これは本格的に申し訳なくなってきたよー?

 え、どうしよう。

 リューク様が害される! って思ったからって、理由はあるけど。 

 でも私が冷静さを欠いて、お宿に重大な被害をもたらす破壊行為に走ったことは間違いない。

 だったら女将に叱られるのも、責任取るのも私じゃないと。

 女将の前に出頭すべきだよね。

 ドアノブに手を伸ばした私に、アドルフ君からのんびりとしたお声がかかった。


「ちなみに女将には弁償金も支払い済みだ」

「アドルフ君?」

「その上で、あの兎のにいさん(ヴェニさん)を足止めしてくれるよう、買収済みだ」

「アドルフくぅん!?」

 

 買収。買収って。

 そんな……そんな、まさか。

 アドルフ君、君は。君もか。

 君はミヒャルトみたいな計算高さとは無縁だと信じてたのに……!

 まさかアドルフ君まで侵食されていたなんて!?

 驚愕する私は、何故か裏切られたような気持ちでいっぱい。

 そんな私の心情には気付くこともなく、アドルフ君は重々しく頷いている。


「買収つっても内容は宿にうちの商会と提携して売店作るとか、それに合わせて宿の改修が必要だろうから費用を援助するとか、そういうやつな。どうせ壊れた部屋の改修とか必要だろうし、ついでだからもっと全体的に宿をリニューアルしませんかーってな。一方的に金払って言うこと聞かせるって感じじゃないからな? 長い目で見てこっちにも利点ありのご提案ってやつだからな」

「なんと……アドルフ君がそんな商人っぽい交渉するなんて!?」

「俺のガラじゃねえのはわかってるっての。交渉したのは俺じゃねーよ。あとこれはロキシーのパターン別指示書その4に従った結果だ」

「パターン別って……何パターンあるの。どんだけ用意周到に状況を先読みしてたの、ロキシーちゃん!」

「メイちゃんの暴走は抜きにしても、商会的にも王都に程近いこの辺りに支店が欲しかったところなんだよね。これから王都に足を運ぶ旅人や行商人への宣伝効果があるでしょ? 王都は広いし店も多いから、王都に入る手前の地点で宣伝した方が印象に残ると踏んだんだ。でも宿場町って大体が古くから続く宿屋に敷地を占められてるし、後から入り込むのは大変なんだよ。大体の客は夕方に宿に入って早朝に出立するから宿以外に目を向けないしね。それよりも老舗のお宿に間借りして商品を並べさせてもらう方が、お宿への信頼も込みで宿泊客の目に留まるだろう?」

「え、なに? 元々経営戦略的に決まってた感じ? メイちゃんの破壊行為が逆にダシにされた……?」

「交渉のとっかかりを作ってくれてありがとう」

「うわー、裏のない笑顔が嘘くさーい……でも疑問なんだけど、いきなり宿との提携だの改修だの、そんなの決める権限、2人持ってたっけ?」

「いや? そんな権限、俺らにはないぜ?」

「め!? 権限ないのに契約決めちゃったの!?」

「いやいや、まさか。俺らにはないってだけだ、俺らには」

「めぇ?」

「うん、僕らにはないけど」


 妙に意味深に、ルイ君が言葉を区切る。

 疑問に思って首を傾げていると、私達のいる部屋のドアが軋んだ音を立てて開かれた。

 この部屋はルイ君とアドルフ君が取っているはず。

 そこにノックもなしに入ってくるってことは……他にも、誰かが?

 振り返ると、そこにはやっぱり見慣れた顔がいた。


「やっほー、メイちゃん。ひさしぶりー。無事に両者笑顔で交渉終わらせてきたよ」

「ウィリー君……うん、お久しぶりだね……」


 ああ、うん、そうだね。

 商会の経営の、深いところに食い込んでるもんね、君。

 勝手に契約を決めてくる権限は、ルイ君達にはないとしても。

 君にはあるんだろうね、ウィリー。




 

 

ロキシーちゃんの差し向けた、メイちゃんサポート要員。

その全貌が明らかに……!?

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