9.夢の中へ行ってみ……た、ら?
一体なにがあったのか。
不安と心配で、どうしたら良いのか一瞬わからなくなる。
いや、どうしたらも何もどうもしようがないんだけどね?
だって私は、物陰に潜む身なんだもん。
何もできず、見送ることしかできなかったよ。
リューク様がラムセス師匠に背負われて、運ばれていくお姿を。
あ、ちなみにご一行がまっすぐ足を踏み入れたお宿は、やっぱり『薔薇姫のゆりかご亭』だったよ!
「スペード、お宿は空いてたよね?」
「空いてなかったら部屋取れないぜ、メイちゃん」
「ううん、そうじゃなくって……両隣は空き室だった?」
「え、そうだけど」
「よし!」
メイちゃん、ちゃんと下見はしてあるの。
私が王都を脱出後、リューク様達が王都を旅立つまでの間に。
リューク様達の人数的に、隣室になるのは確実だけど。
一応、宿屋の窓を観察してみる。もちろん、死角になっている場所から。
程なくして、採光の為に開きっぱなしになっていた窓越しに動き回る姿が……
リューク様ご一行はやっぱり隣室、201号室にお通しされたみたい。
これで一晩中、お隣さん♪
思わずメイちゃんのお顔もにぱーって笑顔になっちゃうよ!
確認が済んだので、私はいそいそお宿に向かうことにしたよ!
そして、案内された202号室にて。
「――よし!」
「いや、『よし!』じゃねーだろ。お前なんだよ、その恰好」
隣室の様子を早速探ってみよう!
絶好の盗聴ポイントも事前調査で把握済みだよ!
屋上から外壁伝って3階のベランダに潜むと良い具合に換気用の通風孔から2階の音が拾えるんだよね。
メイちゃんは張り切って準備していた服に着替えたんだけど、その恰好を見たヴェニ君から何故か苦言を呈された。
え、この格好に何か問題が?
「なにって……何の変哲もない『黒子』だよ?」
「くろこってなんだよ。クロコダイルの略か? それともまっくろくろすけな恰好だからくろこか?」
現在のメイちゃんの恰好についてー!
ポイントその1!
全身黒い。
余計な衣擦れの音を立てないよう、きっちり体にフィットするよう布を巻いて固定した上下(黒)を着用してるよ! 動きやすさにも気を使った一点物のオートクチュール(ストーカー仕様)。
ポイントその2!
顔まで黒い。
纏めた髪の毛を黒い布で覆い、顔面にも黒い布を垂らした姿はまさにthe黒子だね!
ポイントその3!
手足の先まで黒い。
黒い手袋と、黒いレギンス。それからこの日の為に開発してもらった黒い地下足袋だよ!
私が獣性の操作技術磨いて羊さんの足から人間の足に化けられるようになったのはこの日の為といっても過言じゃない。
という訳で、本職の黒子さんとは若干の差異はあるものの、全体的に見てかなりの割合で私の恰好は『黒子』といって良いんじゃないかな?って仕上がりになっている。
このストーキング専用衣装はメイちゃんのかなりのこだわりが詰まった逸品です。
これなら天井裏だろうと外壁だろうと余裕で忍べるね!
盗聴、覗き見し放題だよ!
だけどそんな私のこだわりの格好は、どうにもヴェニ君には不評の様子。
頭痛を堪えるような顔で、私に真摯な声で問いただしてくる。
「その如何にも不審者丸出しな怪しい格好で何するつもりだ。俺の目を見て言ってみろ」
「盗聴」
「くそっ即答しやがった。しかも澄み切った透明な眼差ししやがって!」
「めうっ!?」
正直に答えたのに、何故か手首を掴まれた。
流れるような動作でくるくると縛られ、拘束される。
賞金首相手に磨かれた熟練の手つきだった。
手足をぐるぐる巻きにされた私は、そのままベッドの一つに沈められる。
俵担ぎかーらーの、投げこみで!
そしてきっちりぴしっと毛布を掛けられ、包まれた。
あれ、これ簀巻きじゃない?
縄をかけられるのと毛布で包まれるの、順番は違うけど簀巻きじゃない?
「ヴェニ君、なにするの?」
「お前、もう寝ろ。余計なことはせずに寝ろ」
「めぅーっ!?」
そのまま寝付くまで見張られた。
こんなにがっちり監視されていると、ヴェニ君相手に逃げ出す隙なんてあるはずもなく。
私は大人しく就寝するしかなかった。
……無念。
「すやー」
「……メイちゃんは寝ちゃったみたいだね」
「俺らも同室なのに全然警戒されてねえな」
「おい、不埒者ども。俺の監督下で馬鹿な真似考えるなよ? ……考えても、俺が許すわけねえけどな?」
「お、俺だってヴェニ君のいる場所でなんかしようなんて考えるわけねえし! な、ミヒャルト!?」
「声がひっくり返ってるよ、馬鹿犬」
「語るに落ちたな」
「そ、そんなことねーし! 大体ミヒャルトだって、って……お前、何してんの?」
そこはお宿の部屋の中。
ドアに鍵をかけた後は、就寝するだけの筈。
だというのに。
相方がきっちり動きやすく、かつ個人の特定がされにくい無個性な服を纏い、袖口や裾の下に暗器を仕込みなおしている姿を見て、スペードは戸惑いの声を上げた。
気づいたヴェニ君も、胡乱な目を向けている。
2人から不審な目で見られても、動じることなく。
何でもないことのように、ミヒャルトは宣った。
「ちょっと夜襲してくる」
「お前も寝ろ」
そして問答無用で、ヴェニ君の鉄拳が脳天に落とされた。
「ヴェニ君、何するのさ」
「さも不思議そうに「何するのさ」じゃねーよ!! 夜襲ってどこのどなたに襲い掛かるつもりだ、てめぇ! メイよりよっぽど不穏で物騒……っつーかもろに犯罪だ!」
「僕の獣人としての勘が言っているんだよね……このままじゃ都合の悪い事態になりそうだって。だから今のうちに牽制と、接近禁止の誓約書へのサインが必要かなって。ほら、再起不能にするには今って世界の命運がかかってる時だから」
「朝までお前は寝てろ、ぐっすりと、大人しく、朝まで」
ちょっと隣室で狩ってくる。
気軽にあっさりそう告げた猫耳の弟子へと、ヴェニ君の回し蹴りが見事に命中した。
ヴェニ君は思った。
ミヒャルトはいつかやらかすと。
だけどそれは、何も今でなくても良いはずだ。
ヴェニ君が監督責任を負う、今でなくても。
叶うなら人格矯正、もとい行動基準の修正を行い処だが……人格形成の過程を見てきた身として、もはや手遅れだろうと諦めにも似た気持ちがヴェニ君の胸中を吹き荒れる。
そんな空しい気持ちに蓋をして、ヴェニ君はミヒャルトを(強制的に)寝かしつけたのだった。
「スペード」
「っ……ひ、ひゃい」
「お前も寝ろ」
「はい……おやすみ~……」
三人の弟子達はこうして、誰も動かなくなり。
問題ばっかりな弟子の監督責任を負う羽目になったうさ耳師匠は頭を抱えて深い溜息を吐いた。
「ええと、メイが15でミヒャルトとスペードが16歳だったか? ……年頃って面倒臭ぇ。いや年頃って問題でもねぇな。こいつら絶対ずれてるし。何はともかく面倒臭ぇ……」
そうして王都を旅立った『白獣』師弟の、いちにちめの夜は更けていくのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「めぅ~……ヴェニ君に捕まっちゃうなんて、メイちゃん不覚! お陰でリューク様達の様子がなんっにも探れなかった! うぅ、リューク様、大丈夫だったのかなぁ」
ただっぴろい空には羊型の雲がふわりと漂い、そよぐ風にのって星が瞬く。
緑色の木々は季節を気にせず爽やかな色合いを見せ、大地には風に草が揺れる。
明晰夢。
人は夢を夢と自覚することで、自分の思うままに操ることを可能にするそうな。
人には言わないけど、メイちゃんの密かな特技です。
『とても残念でしたね、メイファリナ。でもそう気を落とさず、今後について考えましょう』
訂正。
人には言わないけど、『神様』には得意だよって胸を張ったことがある。
私の夢の中、今宵もふわっと舞い降りるように『竜神セムレイヤ様』が降臨した。
これももういつものことだけどね!
「でもセムレイヤ様、私、心配だよ……リューク様、なんだかとってもぐったりしてた」
『そのことについては……理由については推測可能です。おそらく、イアルゲートの力を取り込んだ為ではないでしょうか。何の準備もなく、急に大きな力を取り込むことになったのです。体が驚いてしまったのでしょう……新たに得た力を体に適応させる為に、一時的に動けなくなっているのかもしれません』
「えっと、じゃあ、えっと……体に害はないの? リューク様は大丈夫ってこと?」
『ええ、きっと。多分。大丈夫ではないかと』
「なんでそこで歯切れ悪くなるのー!?」
セムレイヤ様は、とっても優しい。
だから言葉を濁されると、直接は言い辛い含みがあるような気がして不安になる。
え、リューク様だいじょうぶ? だいじょうぶ、だよね……?
胸の中の不安が、ぐぐっと存在感を増した。
ちょっと胸が重くなった気がしつつ、私は何もできずにせっせと紙を折る。
『……ところで、メイファリナ? 貴女は先程から何を折っているんですか?』
「手裏剣だよー」
こんなことばっかり、残ってるんだから。私の前世の記憶って不思議だよね!
時々役に立つのか微妙なこと思い出すし!
でも今回は、折り紙の知識が役に立ちそう。
『病状の安定、健康を祈るのであれば鶴では?』
「ううん、手裏剣で良いの。リューク様の健康祈願じゃないから」
夢の中でまで、どうして折り紙で手裏剣を作っているのか?
セムレイヤ様がとっても不思議そうな顔をするので、私も答えを教えてあげることにした。
言葉じゃなくって、行動で。
「てりゃ!」
丁度、完成した手裏剣が5つ。
それを連続で、さっきからずーっと気になっていた木の幹へと投げつける!
紙製とは思えない速度と勢い、そして鋭さで手裏剣は木の幹に突き刺さった。
……あれ、外した?
『ぴぎゃっ』
ううん、ひとつ命中したみたい!
私はぎゅっと拳を握って満足感から「よし!」と呟き、小走りで聞こえてきた悲鳴の発生源へと向かった。
驚いた様子で、セムレイヤ様も私に続く。
そうして辿り着いた、木の根元。
そこには後ろ足に手裏剣(※紙製)が刺さった状態で蹲る……クリスちゃんよりもずっと小さな、というか生まれたばかりの頃のクリスちゃんと同じくらい……いわゆる抱き人形サイズの。
真っ赤な鱗が目に痛い、チビドラゴンがそこにいた。
信じられないものを見る目で、私を見上げている。
『な、なにゆえに……我に気付いたっ』
「だってずっと凝視してたでしょ? 見られてたらなんか気になるよね! 視線って!」
『何故かは知らぬが、何故かは知らぬが……その理屈、納得がいかぬっ!』
涙目で私を見上げて、きゅいきゅいと鳴き声を喉から漏らして。
まるで本当に赤ちゃんドラゴンなのかなって信じそうになる幼気な仕草で。
何やら私に抗議の声を上げる、赤いドラゴン……
……何してるの。
というかなんで此処にいるんですか、アナタ。
私の知る姿とは大違いだし、『ゲーム』で見た性格とも大違い。
本当に、キャラ崩壊も良い所なんだけど。
というか昼に見たアレと同じものとは、心の底から信じ難いんだけど。
でも何故か、私にはわかったよ。
誰かに教えられたでもなく、そうとわかる。
そして私以外にも、そうだってわかる方が此処にいた。
私が答えを口にする前に、唖然とした顔でセムレイヤ様が呟いたから。
『何故ここに……いえ、それ以前に何をしているんですか、火竜将イアルゲート』
アナタ消えたんじゃなかったっけ?
首を傾げるメイちゃんと、呆然とするセムレイヤ様。
私達の目の前にいるチビ竜は……セムレイヤ様のお言葉通り。
昼間、リューク様に力を託して昇天した火竜将さんに他ならなかった。
そのお姿も言動も、変わり果て過ぎだったけど。
どこかで見た展開




