7.火竜将号泣
岩山のような大きな体で、比較すれば小さな存在に見えるだろうに。
それ以外目に入らないという様子で、火竜将さんはリューク様の姿を凝視していた。
目線が、釘付け。
しっかりと固定されて、決して離れることはない。
でも、さもありなんって感じですよね。
だってリューク様は……火竜将さんにとって、決して無視できない存在の筈だから。
先程まで血迷って視野狭窄に陥り、目に入ってなかったじゃんっていう事実はさておき。
さっきまでのアレはアレとして、本来なら絶対に無視できないはずなんだよ。
そう、いろんな意味で。
目が離せなくなるのも当然です。
リューク様は火竜将さんにとって、待ち望んだ同族であり。そして。
火竜将さんが唯一の主と定める、セムレイヤ様の。
『お、おお……』
言い表せないほどの、大きすぎる感情が滲んだ声。
心の中にさぞかし色々吹き荒れてるんだろうなぁ。
火竜将さんは胸を押さえるようにして、何かを堪えながらつっかえ気味に言葉を紡いだ。
『なんと、なんと……ああ、このようなことが! 最期の時を前にして、まさか、このような……これは奇跡か、それとも慈悲か』
胸の内をうまく言葉にできないと、火竜将さんは両手……両前足? で胸をぐっと押さえ、打ち震える。
気持ちに反応して、頭が右に左にと忙しなく動きながらも、やっぱり目はリューク様に釘付けで。
そう、地面に伏して両目を押させるリューク様に。
でも頭上で火竜将さんが頭をぶんぶん振る度に発生する風を感じたのか、開かない目を押さえながらも、「ん?」とリューク様が顔を上げた。
それで、リューク様の顔がよく見えるようになったから、かな。
より一層の感動を受けたのか、火竜将さんが天を仰いだ。
まるで遥かかなたの、天上にある……地上からは見えない天界の、セムレイヤ様を探すみたいに。
『まさかこの目で、御子に……若君様にお会いすることが叶おうとは。ああ、何故にここは下界なのか………………我が主に、直接お祝い申し上げることすら出来ぬとは。悔いなど残すつもりはなかったというのに。折角まみえることの叶った若君様の、お力にすらなれないとは』
がっくりと項垂れ、リューク様を見つめながら無念と呟く。
でもでもだけど、火竜将さん!
死に際に出会っちゃったセムレイヤ様の息子さんに、死に逝く身だから今後手助けできないって嘆いているけれども!
たった今、リューク様に贈答品目録がぶち当たった上、謎の発光現象起こしてリューク様が「目が見えない……!」って狼狽えているところなんだけども。
何もできないっていうけど、そんな状態のリューク様をなんとかしてあげられるのは火竜将さんだけなんじゃなかろうか……。
嘆くより先に、まずリューク様の状態を診てあげてほしいの。
おっきな目玉からはらはらと……いや、ぼたぼたと涙を流す竜を見て、敵意やら毒気やらその他もろもろを削がれたのか。
さっきまでリューク様の側近くで右往左往していたアッシュ君が、ぽかんとした顔でぽつりと言った。
「なんか意味わっかんねぇけど……感動してるっぽい?ところ悪いけどさ、それより巻き添え喰らってやべぇことになってるリュークのこと診てやってくれよ」
その意見、メイちゃんも同意見だよアッシュ君!
火竜将さんもツッコミもらって改めて状況を認識したっぽい。
顔面押さえて「目が、めが……」ってなってるリューク様を見て、わたわたと尻尾やら翼やらが暴れだした。慌ててる、のかな?
リューク様の顔面が大変なことになっている原因は贈答品目録なので、出所である火竜将さんには一刻も早く害の有無を見立ててほしい。
えっとリューク様、大変なことになっては……ない、よねぇ?
結果を言えば、大変なことにはなってなかった。
……そこまで、は。
大変かそうでないかの度合いって、人によって判断基準違うと思うけどね?
リューク様が顔面に喰らったのは、あくまでも『贈答品目録』……火竜将さんの、力を継承するための媒介みたいなもの。
それを食らったことでリューク様の目が封じられたみたいになってるけど、それは一時的なこと。
さほど待たず、時間経過でリューク様の体の中に火竜将さんの力は馴染み、それと共に『贈答品目録』も消滅するだろうというのが火竜将さんの見立てだ。
なんだか大騒ぎしちゃったけど、なんでこんなことにって感じだよね。
責任の半分はメイちゃんにもあるような気がしないでもないけど!
何はともあれ、顔に張り付いて発光しているのが今だけっていうなら良かった。
あのままずっと張り付いて取れなかったらどうしようかと思った!
そして私は火竜将さんがリューク様やアッシュ君たちに「体に害はナイよー大丈夫だよー」とご説明している間にトンズラさせていただきました。
息を潜めてひっそりこっそり忍び足。
足音も愛用の蹄カバーによってしっかり隠蔽。
火竜将さんがリューク様ご一行の注意を集めてくれたお陰で目立たずしっかり退散できたよ!
注意を引き付けてくれてありがとう、火竜将さん!
私がリューク様ご一行の前にフードを被っていたとはいえ姿をさらす羽目になった責任の半分くらいはあなたにあるけれども!
そんな感じで、メイちゃんはちゃっかりリューク様ご一行の追求から逃れることに成功した訳なんだけど。
「――んで? お前はどこに行く気だ猪娘が。俺らに何の説明もなしによ」
「あ、あはははは……ヴェニ君、私は猪さんじゃなくって羊さん」
「んなこたぁわかってるわ。性質の話だっての。その一直線斜めに突っ走る癖何とかしろや。何やりてぇのか知らねーけどよ」
メイちゃんは現在。
ヴェニ君に捕獲され、肩に担がれていた……。←逃亡防止
やっぱり、ヴェニ君の目は誤魔化せなかったか。
しかもスペードとミヒャルトも、メイちゃんの前後に位置して囲まれている。
だけど観念するにしきれなくって、というか観念するわけにはいかないから。
肩に担がれた姿勢を利用してヴェニ君の頭を抱え、顔面に膝を叩き込んで逃亡しようとチャレンジしてみたんだけど。
「てめぇ……良い度胸じゃねえか。この状況で抵抗しようとか諦め悪いな、おい」
「めぅー……」
「メイちゃん、往生際悪いぜ」
「そろそろ観念しよう、メイちゃん」
あっさりとヴェニ君に防がれた。
くっ……この師匠、強すぎる!
そこを見込んでお師匠さんになってもらった訳なんだけど!
でもでもだけどやっぱり強すぎる気がする……隠しキャラのスペックは伊達じゃない。
しかも『ゲーム』とは違って真面目にコツコツ修行してきたようなもんだしね! 結果的に!
結局膝蹴りかまそうとしたのが追い打ちになって、ヴェニ君が本気で怒ったから。
メイちゃんはあえなく自白させられることに。
でも、本当のことを馬鹿正直に話しても正気を疑われるだけだと思うし。
メイちゃんの野望的にも話せるわけがないから。
当たり障りのない、話しても問題のない範囲でお話しすることにした。
うん、嘘さえ吐かなきゃ良いんだよ。
そもそも10年来の師弟関係結んでるヴェニ君相手に、嘘ついて騙せる気がしない。
頑張ればスペードなら騙せる気がしないでもないけど、ミヒャルトはもっと騙せそうな気がしない。
ミヒャルトってば、大体の知り合いは嘘を吐いた時の癖について把握してるんだもん。メイちゃんの癖を把握していない訳がない。わざと無害な嘘を吐かせて癖を把握しようとする習慣はどうかと思うよ。
絶対に見破られるし、嘘は余計に怒らせるだけだよね。
話せないことは話さない。その方針で行こう。
前々から、いつかヴェニ君達には吐かされる気もしていた。
方針についても、ずっとなんとなく決めて覚悟はしていた。
だから、いざ。
「無駄な足掻きは止めて、そろそろどういう魂胆で、いったい何やってんのか吐け」
「めえー!? は、はう……言う、言うよ言う言う! 言うから肩の上に乗っけたままメイちゃんを揺さぶるのは止めてぇー!」
「マジか? マジだな? ちゃんと、真面目に何のつもりか言うんだな?」
「ちゃんと言うからー!」
「よし。じゃあ言え。お前、いったい何やらかしてんだよ」
口にしよう、当たり障りのない事情!
「 実は私、再生の使徒様ご一行のストーカーなんだよ☆ 」
さあ、言った。言っちゃったよ!
一度口にした言葉は、もうお口の中には戻らないんだよ!
私の清々しくも潔い宣言に、ヴェニ君は一体何を思ったのか。
肩に担いでいた私をそっと地面に下ろすと、右手を眉間にやって、まるで皺を伸ばすような仕草。
それから深々と、それはもうふか~ぶかと、溜息を吐いて。
私の目にも留まらない速度で、ヴェニ君の右手が閃いた。
「予想はしてたがマジでひっどい理由だなぁおいぃ! 俺の弟子はこんなんばっかか!!」
「めっ!?」
ちゃんと真面目に正直に答えたのに、何故かヴェニ君に殴られた。
くるくると筒状に丸めた紙(地図)で殴られた! ぱかーんって良い音したよ!?
正々堂々嘘はなしで本気の答えを返したのに!
そのお返しが暴力(軽め)って酷いと思うの。
「なに? なんなの? お前、あのリュークってのが好きなのかよ?」
「め?」
私を殴ったその後で、更に深く溜息を吐いて。
なんだか投げやりに、ヴェニ君は私に尋ねてくる。
けどそのお尋ね、私の答えは「はい」か「イエス」しかないよね。
だから私は、勿論と頷いてこう言った。
「うん、大好きだよ!」
それは間違いなく、偽りない私の言葉。
嘘なんて一欠片もない本音。
けどなんでだろ。
私の返事を聞いて、何故かヴェニ君……だけじゃなくてスペードとミヒャルトまで、微妙な表情で沈黙した。怪訝そうな目が、私に注がれる。
え、なにその反応。
「何のてらいもねぇな……」
「躊躇いなく『大好き』なんて言った割に、なんというか」
「ああ。なんだろうな、込められた気持ちは好意なんだろうけど」
なんだか微妙そうな顔を崩すことなく、なんとな~く思案するように視線をさ迷わせて。
やがて、ヴェニ君が呆れたような顔で言った。
「微塵も色気がねぇな、おい」
「色気!? ヴェニ君、私は健全な15歳だよ。だからちょっと、そういうアダルト系の魅力はちょっと早いかなって私、思うの」
「そういう意味じゃねーよ。お前の言うその『好き』って、男女の……恋愛的な意味での『好き』か?」
「ううん、崇拝。もはや信仰?」
「またもや即答か……ってか崇拝ってなんだよ、崇拝って。年頃の、15の娘が色恋抜きで『好き』ってどうなんだよ。お前、ちゃんと情緒育ってんの?」
「余計なお世話だよ!? なんで心底心配そうな顔されないといけないの!? ちょ、そっちのふたりもその不安そうな目は止めよう!」
何考えてるのかわからない、と。
我が師匠から理解不能宣言をいただいてしまった。
でも前世から大好きだったんだよ。
ちょっと崇拝しちゃっても良いじゃん。
だって私はストーカー。
陰に日向に草むらに潜み、決して存在を掴ませない一流が私の目指す到達点。
存在を気取られている今の私は、まだまだ三流だよ……いつか、一流になってみせるの!
だから。
だからね?
恋愛とか……エステラちゃんや他のヒロイン候補みたいに、さ。
リューク様のお側に堂々と姿を見せて、近付いて。
面と向かって接触するわけにはいかない。
それって、気持ちが恋愛に発展しちゃったら、凄く辛いことじゃない?
他の女の子達みたいに、側近くに接近遭遇するのは言語道断なんだもん。地獄じゃん。
「………………良いなぁ」
ぽつり。
なんかいま、口にしちゃいけない言葉が口から漏れちゃった気がする。
自分で、何を言ったのかわかんなくなっちゃったけど。
でも、言っちゃいけないことだった気がする。
私は、ぱふっと両手で口を塞いで、頭を振った。
次回、とうとう合流しちゃった師弟四人組。
彼らがメイちゃんのストーキングに同行しながらお宿で一泊するよ☆
しかしながらメイちゃんのお宿を選ぶ基準がもろにストーカーで……