5.あなたを振り向かせたい(※物理)
助けを借りて、謎の巨鳥は撃墜に成功した。
だけどそれで解決、とはいかない。
一緒に地に落ちただろう、スタインを回収しなければ。
遠く、木々の向こうに消えた巨鳥を探し、俺達は駆け出した。
ヴェニさんの狙いは相当良かったらしい。
鳥は、地面に頭から突き刺さって気絶していた。
遠くからでも目を回している様子がわかる。
胸が上下しているので、まだ生きてはいるようだが……
鳥のふっさりとした羽毛から、スタインの手足が突き出ていた。
ぴくり、ぴくりと震えていたようだが、
「父さん!」
「う……サラスっ」
「父さん、大丈夫っ?」
親子の感動の対面、というにはなんだか微妙だったが。
息子の声に反応してか、がばっとスタインが身を起こす。
羽毛に埋もれているお陰か、俺達が想像するよりも軽傷そうだ。
というか凄いな。かすり傷だなんて。
本人とその息子がかけていたという、防御の術効果もあるんだろうけれど。
頭を振って意識をはっきりさせようとする父親の側で、サラスが甲斐甲斐しく様子を見ている。
仲のいい親子の姿に、胸に温かい気持ちが混じる。
……それと同時に、突き刺すような寂しさと羨ましさも。
隣を見ればアッシュやエステラも、どことなく同じ気持ちがにじむ顔をしていた。
仲良し親子の姿は、親を失った俺達には、少し……眩しい。
何か、気を紛らわせたい。
薄くそんな気持ちが湧いてきたせい、なんだろうか。
何処からともなく、破壊音が。
それはもう、凄まじい破壊音がしたんだが。
「ちょ、え……っ!?」
「な!? 今の音、は!?」
予想もしていないタイミングで、凄い音がしたせいか。
気を抜いていたつもりはなかったが、俺達が注意していたのは目を回す巨大な鳥の方。
木々の向こうから聞こえた音は想定外だ。
音に気付いてしまえば、明らかに何者かが戦っている気配がする。
こんな森の奥で、一体何者が……
ところであの方角は、さっきから妙にざわざわと。
不思議な胸騒ぎがする方向と一緒なんだが。
俺達は音の出所を探ることにした。
仲間からの異論はない。
誰もが音の正体を気にしていた。
一体何者が戦っているというのか。
派手な音がするので、方角を誤ることはない。
足元がまだ怪しいスタインに手を貸しながら、俺達は走り出した。
まさか行く先で、あんな光景を見るとは思いもせずに。
大きな咢をこれでもかと広げ、威嚇するように腕と翼を一杯に広げて。
バケモノは全身から血を流しながら、それでも生命力に溢れていた。
苛立たしそうに、たったひとりの、バケモノと比べればあまりに小さな女の子へと鋭い目を向けて。
女の子は今にも呑み込まれてしまいそうだった。
紺色のケープについたフードを目深にかぶり、顔は分からない。
だけどその華奢さや、見た感じの雰囲気、剥き出しの手足は若い女性だとわかる。
バケモノの前に晒される体は、あまりにも頼りない。
それは、一言でなんて言い表したらいいんだろうか。
端的にいうと、女の子が襲われていた。
見たことも聞いたこともない、威圧感を伴った巨大なバケモノに。
そう、襲われて…………
襲われ………………襲わ……うん?
襲……?
『いくぞ小娘、受けてみよ……我が、贈答品を!!』
「く……っ何度やっても同じこと! その手は喰らわないよ! 贈答品レシーブ! そしてルール違反だけどトス! ……かーらぁの!
あたーーーっくぅ!! 」
『……っまたもや弾いた、だと!? その上、打ち返してきおるとは! いや、それよりルールとはなんだ、ルールとは! いつの間にそのようなものが制定されたのだ!』
「ふふん♪ 火竜将さんは知るまいよ! あと贈答品を弾けた点については私の服ってお宅の御主君の鱗で補強してるので……ほら、ねえ?」
『小娘貴様、我が主の鱗を何枚毟ったというのだ!?』
「ざっと50枚ほど」
『いくら何でも毟りすぎではあるまいか!? 遠慮というものを知らんのか、貴様は――っ』
「遠慮の前に火竜将さんは贈り物のマナーについて学ぶべきだと思うの。相手が喜ばないものを贈るのはマナー違反だよ、めっ!」
『贈答品を打ち返すその所業こそルールというかマナー違反ではないのか!?』
「いらないって言ってるものを無理に押し付けようとする方が悪いのー!」
なんだこれ。
隣で、アッシュがそう呟いた。
俺達の眼前に広がるのは、巨体をくねらせながら女の子に向かって赤く光る何かをぶつけようとする、バケモノ……と、投げつけられる度にそれを手に持った棒で跳ね返す女の子の姿。
その場に駆け付けた誰もが、光景の意味不明さに足を止めて立ち竦んでいて。
そして俺は……フードから零れた、女の子の白い髪に視線を惹きつけられていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
なんだったっけ、えっと。
サンドバックに浮かんで消える、憎いあんちくしょうの……違う。
えっと、えーっと。
……そうだ! ええと確か!
だって涙が出ちゃう。女の子だもん!
そんな感じのフレーズが聞こえてきそうな状況に、私達は陥りつつありました。
私と火竜将さんの間で行われる苛烈なパス回し……ううん、円陣パスはもうどれくらい続いているだろう。メンツが1人と1柱な時点で、円陣になってないけど。
ああ、懐かしいなぁ……前世の体育で、バレーの授業をやった時。
ウォーミングアップに毎回円陣パスをやったなぁ。私、最初あれを脳内で『猿人パス?』って誤変換してたんだよー……
また、火竜将さんが贈答品目録を投げつけてくる。
まるで決闘の手袋みたいに。
私は両手を手首でそろえて、真っ直ぐ前に突き出した。
受けるのは手首、じゃあなくって腕の内側で……!
前世での記憶が、火竜将さんとの応酬を経てふと思い出される。
自分自身の、前世の名前もわからないけど。
だけどそれでも、記憶のそこから泡みたいに浮き上がってくるものがあった。
中学生時代の、体育の先生さくらちゃん。
そして体育の授業中、熱心な指導を受けていた――クラスでいちばん運動の苦手な相模原さん。
『違うぞ、相模原! 手首を使ったらダメなんだ。腕も曲げず、こう……肩から親指の先まで、一直線になるように意識して』
『でも桜樹院先生、私……親指がないんです』
『えっ!?』
『ほーら、親指が消えちゃったー』
『って、あるじゃないか! 今更そんな使い古したネタで先生を騙そうとするんじゃない!』
『でも桜樹院先生、一瞬騙された』
『相模原、授業中は先生の話に集中しなさい! ちゃんと聞かないといつまで経ってもレシーブできないままだろう!?』
……元気かなぁ、相模原さん。
見た目は古典的な文系少女なのに、パントマイムと手品がべらぼうに上手な子だったなぁ。
メイちゃん、前世の自分の名前も思い出せないのに何故か相模原さんの顔は思い出せるや。
とても懐かしい記憶が、胸をあたためる。
だけどそれはきっと、油断ってやつだった。
だって、思い出に気を取られて、私は気付かなかったんだから。
彼らの接近に。
「な……っ今、助けます!」
「助k……助け? おいちょっと待て、あれ助けが必要な状況なのか!? 助けに入った方が良いのか!? どうなんだ!」
「落ち着けアッシュ君。そして冷静な目でよく見てみよう。女性がいるね、うん、健康状態は良好そうだ! そしてその眼前には見たこともない巨大な異形が……ああ、あれはどんな魔物なのかなぁ? トカゲの王様、みたいな印象があるけど………………HAHAHAHAHA! まさか、まっさかね、ねえ? うん、ないな。ないないあーうん、まっさかドで始まってンで終わるイキモノじゃないでしょう! 神様だなんてそんなまっさかぁ!」
「お父さん落ち着いて! 目が死んでる!」
「どきな、チビ助。こういう時は殴って正気に戻すってのが通例だ」
「斜め四十五度だぜ、ヴェニ君!」
め……
…………。
………………めぇえええええええっ!?
いつの間にか、そこに。
私と火竜将さんの両方がばっちり目に入る位置に。
目を丸くして立ち尽くす、どこかでとっても見覚えのある人達が……っ
っていうかここに誘導するつもりだったリューク様達はまだわかるの!
うっかりメイちゃんが逃げ遅れたっていうドジも、甘んじて受け止める。
でもね、だけどね?
なんで君達までそこにいるのかな、ミーヤちゃんにぺーちゃん、それからついでにヴェニくーん!!
君達、さっきまでは影も形もいなかったよねー!!?
リューク様達の姿が見えた時点で、咄嗟にケープのフードをちゃんと深く被れているのか、指で確認しちゃったけれど。
次いで姿が見えた見慣れ過ぎた幼馴染達の姿に、指が震える。
どうしようどうしようどうしよう……っ
どうやってこの場を切り抜ける!?
空転する頭で、私は必死に考えた。
だけど考えるまでもなく、ハッとする。
そうだよ、リューク様がいるよ!
彼の存在にさえ気付いてもらえれば、火竜将さんだって……
『隙を見せたな、小娘が……!』
「っめぇえええええっ!?」
私が動揺したことに、気付いたのかな。
調子よく勢いづいた様子で、火竜将さんが今までになく高々と右腕を振り上げた。
手に、例の贈答品目録を握っている。
っていうか火竜将さん、目の前に念願の同族がいるのに気付いてない……! 頭に血が上っていたせいか、それとも瀕死の体だったから感覚が鈍っていたのかは知らないけど。
視野狭窄にも程があるよ!
火竜将さんは私しか目に入らない様子で、躊躇いなく贈答品目録を投げつけてきた。
必死に考え事をしていた私は、僅かに反応が遅れて。
しまった、避けられな……
……い、から、また打ち返すしかないよね。
でも、動きに無理が生じた。
反応が遅れて、追いつかないはずだった体を強引に速く動かして。
無茶な動かし方に、無理が伴う。
握った竹槍を、片手で無理やり振りぬいた。
腕を振りぬくことに精いっぱいで、狙いも何もつけられたものじゃなくって。
無駄な抵抗を、と。
火竜将さんが口元を歪ませる。
私の必死の一撃は、無様にも空振りに終わった。
だけど竹槍が空振ったからって、私自身がそれで終わる訳にはいかない。
体勢を崩した体が、空を掻く。
それにつられて足が上がる。
自分の体勢が更に崩れることになるのも構わず、私は地面を離れた足を、思いっきり、贈答品目録狙いで蹴り上げた。
普通だったら間に合わない。
火事場の馬鹿力って、こういうのも入るのかな。
ギリギリの瀬戸際で、贈答品目録の端に私の足が引っかかった。
高々と、蹴り上げる動きによって空に舞い上がる。
だけど垂直に上へと飛んだだけ。
アレはそう間を置かず、まっすぐ下に落ちてくる。
なのにメイちゃんの体は、足掻く為に体勢を崩しまくって、地面に背中から倒れ……
なかった。
「――大丈夫か?」
背中に、誰かの気配。
ううん、気配どころか体温を感じた。
私の両脇に、誰かの腕。
力強く、誰かが私の体を倒れこまないように支えていた。
背後から、抱き留めるような形で。
め、う、う……
「……おい?」
うっひゃああああああああああああっ!!
何故にどうして、なんでなんで!
なんで私の後ろに、リューク様が密着してるのぉぉおおおおおおおおおっ!?
転ばないように体を支えた結果だよね、うん知ってる!
だけど、だけど……うひゃぁぁあああああああああっ
完全に、後ろから抱っこされるような体勢で。
しかも私はそれはそれは見事に体のバランスを崩したような状況で。
全体重かけて、寄りかかるような形で。
更にさらには足が宙に浮いていた。
私は体は、両脇の下に腕を回される形でしっかりリューク様に抱き留められている。
逃げ場が、なかった。
そんな状況だったから。
つい、うん、ついだよ?
ついつい、目の前に降ってきた……藁にもすがる、気持ちで。
私は贈答品目録に、うっかり手を伸ばした。
本当に、本当に。
突然の過度な接触に、私は混乱して錯乱していた。
そうとしか言いようがなかった。
――10秒後、そこには地に沈むリューク様のお姿があった。
セムレイヤ様の鱗
1枚の大きさ30㎝~50㎝。
メイちゃんはこれを砕いて粉にしたものを、染色剤に混ぜて服を染める時に使用。
なんと、服の防御力が爆上がりの結果に! ←
桜樹院 鳳凰
メイちゃんの名前も思い出せない前世時代、中学校での体育の先生。41歳。
名前があまりにも仰々しくて、本名で呼びかける生徒は少ない。
学生時代は小中高大学と一貫してバスケに青春を捧げた体育会系。
しかしいざ教師として学校に赴任するなり、バスケは既に他に顧問がいるからとバレー部の顧問を任じられる。以来、ずっとバレー部の顧問をさせられている先生。
真面目で指導熱心な、いつまでも爽やかさを失わない良い先生。
相模原 愛生
メイちゃんの名前も思い出せない前世時代、中学校のクラスメイト。
見た目はメガネ、黒髪のおさげ、小柄でうつむきがちと絵にかいたような陰キャだが、パントマイムと手品が得意。シリアスな空気や誰かが良いことを言ったりすると特技を駆使して場の空気をかっさらうことを趣味にしている。そして良いことを言った誰かを滑らせる。
いつ何をやりだすかわからないびっくり箱のような少女として周囲に認知されており、担当の先生方には戦々恐々とされていた。
余程インパクトのあるキャラだったらしく、前世時代が朧なメイちゃんの記憶にしっかりと存在が刻み込まれている。




