4.撃墜王
思いのほか、イイ一撃が入っちゃったらしい火竜将さん。
竹槍とはいえ、セムレイヤ様(の、鬣)って凄い……。
やっぱり格上の神様の一部を素材にした武器はまずかったな、と反省するメイちゃんです。
でもそれ以外で有効打になりそうな攻撃手段もないしなー……
仕方がないので、適度に弱い力でぺしぺしするしかないよね。竹槍で。
大丈夫、きっと大丈夫。穂先でズドンッて突き刺さなければ!
今回は、死なない程度に弱らせるって方針を既に立てているんだもの。
いま、火竜将さんは竹槍を腹に喰らって悶絶中。
こんなに大きさが違うのに、火竜将さんからしたら竹槍なんて爪楊枝みたいなサイズなのに。
それでもこれで悶絶するっていうんだから竹槍の威力が凄いんだろうなぁ。
でも悶絶してるんなら、好機だよね。
そもそも大きさが違いすぎるんだもん。火竜将さんと私では。
動けないし隙だらけで蹲っている今が、攻撃のチャンス……!
私はこの機を逃すなって気持ちで火竜将さんに向けて駆け出した。
向かっていく私に、だけど歴戦の将でもある火竜将さんは即座に意識を切り替えた。
やっぱり戦場帰りは反応が早い。
まだ咳込んでいて、若干涙目だけど。
それでも必死に首を持ち上げて、私に涙目で出来る最上級の鋭い眼差しを向けてくる。
『そなたを迎え撃とう、そしてどうあってもこれは受け取ってもらおうぞ――!』
私が竹槍ホームランで突き返した熨斗(※贈答品目録)を片手に掲げて。
迫力たっぷりに猛々しく、竜の咆哮が轟いた。
その声が微妙に掠れ気味だったのには、情けで目を瞑るメイちゃんだよ!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
~ 一方その頃、リューク様ご一行は ~
森の中を疾駆する。
あの怪鳥がスタインを抱えたまま森林区域へと入って、もう15分くらいか……
街道は、とっくに外れていた。
細身とはいえ成人男性を1人抱えてどれだけ飛び続けるつもりなんだ。
あの大きさから普通の鳥じゃなさそうだとは思っていたが……スタミナが異常じゃないか?
ずっと連れまわされているスタインの安否が気遣われる。心の面でも、肉体面でも。
「エステラ! もう一度、弓を試すぞ!」
「う、うん……!」
空を飛んではいるが、下には木々が生い茂っている。
あの高さでも、落下して死ぬことはないだろう。
そう踏んで、さっきから何度も鳥を射落とそうとしているんだが……
「……また!」
「どうなってんだ、あの鳥! 矢が刺さらねえ!」
そうなんだ。
石を投げても、矢を放っても。
ラムセス師匠が鑓を投げつけても、だ。
あの鳥は全部弾いてしまう。
何をやっても傷つける方法が見つからない。
やっぱり魔物なのか。
「………………~」
「……ん? 何か聞こえる?」
「スタインが何か言ってる、みたいだが……」
「……~漕げ船を。天に栄光。向こう岸には光の大地♪」
「う、歌ってやがる……!?」
「アッシュ、ただの歌じゃないよ! あれ、鎮魂歌じゃ……」
「す、スタイーン!?」
鎮魂歌って……駄目だ、まだ諦めるなスタイン!
確かに言われてみれば、あの歌は葬式なんかでよく聞く歌に似ている。すごく、似ている。
スタインが人生諦めに入ったのかと、俺達の顔は青くなる。
それに呼応するように、スタインの息子が……サラスが、息を呑む。
父親を見失うまいと戦闘を走っていたのに、いきなりくるりと方向を変えて。
……走るラムセス師匠に駆け寄り、栗鼠のような身のこなしで師匠の肩までよじ登った。
「サラス?」
まだ少年とはいっても、人ひとり。
それを肩に乗せても速度を緩めることなく師匠は走る。
だけどやっぱり疑問は疑問らしく、サラスに問いかけるような目を向けるが。
サラスは、集中を高めるように目を伏せて。
背負っていた錫杖を手に取り、シャン……と高い音を立てる。
錫杖についていた鈴が、まるで楽器のように音を奏でた。
「――天にまします我らが神よ。我らに安らぎと平和を与えたまえ。慈悲を我らが頭上に注ぎたまえ」
きっ……祈祷ー!!?
神官の肩書は伊達じゃない。
堂に入った祈祷の言葉は滔々と流れるように、静謐な空気を纏って響き渡る。
シャン、シャンと鈴の音がする。
神の慈悲を願う言葉が、あたりを祈りの場に塗り替える。
だけどサラス……この流れで、どうして祈祷なんか始めるんだ。
まるでスタインの冥福を祈っているかのように見えるのは気のせいじゃないはずだ。
どうした。どうしたんだ、サラス。
突然の行動に、みんな揃って困惑の眼差しを注いでしまう。
俺達の視線に気付いているのか、いないのか……
それどころか祈りの言葉を結んだ途端、何故か俺に顔を向けてきた。
……目が据わっている。
「リュークさん、魔法であの鳥を撃ち落としてください」
「えっ」
「ちょ、おいサラス!? お前の親父さんまでそれヤバいだろ!?」
焦りと、狼狽えと。
アッシュがサラスに詰め寄るが、師匠の肩の上に陣取ったサラスはアッシュに目もくれない。
正気を疑うような、爛々とした目で俺だけを真っ直ぐに見ている。
「構いません。いいから、あの鳥を魔法で落としてください」
サラスの目は、危険なまでに真剣だ。
……真剣な目で、自分の父親ごと魔法で撃墜しろと言う。
常軌を逸した提案に思えるが……スタインは、魔人だ。魔法に対する抵抗力は人類3種族で最も高い。本人は学者を名乗っているが魔法に関してなら種族的にそれなりの知識や技術を持っている、はず。
もしかしたらサラスも勝算なしに言っている訳じゃないのかも、しれない。
「……本当に、良いんだな」
「おいリューク!?」
「構いません」
「ちょ、サラス! いったん落ち着け、思い留まれ!」
あの鳥はどうしたことか、矢が効かない。
遠距離で攻撃する手段はそう幾つもないし、矢が駄目なら魔法しか俺達にはなかった。
怪我は、するだろう。
許せ、スタイン……
恨まれる覚悟で、俺は魔法の準備を……
「やあ君達、お困りで?」
……しようとしたところで、横合いから声をかけられた。
ぎょっと、そちらに顔を向ける。
こんな街道を外れた森の中で、偶然誰かと……しかも知り合いと遭遇する確率はどのくらいだろうか。
そう、その声は。
俺達の知っているものだった。
それほど親しい相手じゃないが、まだ彼らの声は記憶に残っている。
つい先日、王都でも聞いたばかりだ。
「な、なんでお前らがここに!?」
アッシュも驚きの声を上げている。
そこには俺達の知り合いである彼らが――
――……何をしているんだ?
一瞬、ここが森の中だってことすらわからなくなる。
それくらいに、彼らの様子は何というか……必死になっている俺達とは、違いすぎた。
なんというか……優雅だな?
森の中でも存在感のある大樹に、体を預ける3人の姿。
1人は……太い枝に、ゆったりと寝そべり。
1人は、別の枝に座った状態で。
そして最後の1人は幹に背を預け、頭を抱えていた。
「え、なんでおにーさん達が」
「あれ、君はスコグカッテル家の……」
彼らの1人と親戚関係に当たるサラスはわかる。
だがどうやら、クレイグも彼らを知っていたらしい。
猫耳の青年を見た直後、互いに顔を見合わせて首を傾げていた。
「なんだか楽し気なことになっているようだね、サラス」
「いや全然楽し気じゃねえだろ……っつうか何やってんのお前ら!?」
偶然も3度続けば必然、って誰かが言っていた気がする。
俺達が彼らに会うのは、これで3度目。
……誰かの言葉通りなら、偶然とは違う、ということか?
親戚が空の上に連れ去らわれていながら、平然と木の上に寝そべる猫獣人の彼を見るに、偶然とは違うんだろうと確かに思うのだけど。
「まあまあまあまあ、焦るなって。細かいこと気にするなよ」
「いや、細かくねえって……」
「それよりお前ら困ってんだろ? そんであの鳥、撃墜してーんだろ?」
困惑する俺達を代表するような態度のアッシュに、木の上から狼獣人の……確か名前はスペード、彼が畳みかける。
にんまりと笑い含みに、彼は胸を張る。
俺達に任せろよ、と。
「あの鳥なー、なんかめっちゃ羽も表皮も防御力たっけーんだよ。一般的な刃物じゃ文字通り刃もたたないし。矢で射かけたって刺さりゃしないって」
「有効な攻撃手段は打撃一択だよ。それも、余程の威力じゃなければ意味がないけどね」
「という訳で……ヴェニ君、出番だ!」
「出番だ! じゃねーよ馬鹿どもが……はあ」
俺達に任せろって、お前がやるんじゃないんだな。スペード。
深々と、思い溜息を吐いて。
木の幹に背を預けていた青年が前に進み出る。
彼は……なんだか見覚えがあるな?
彼とは、5年前にも会ったことがある。それは覚えているんだけど。
それとは別に、最近どこかで……?
記憶のどこかに引っかかる。
だけど思い出せそうで思い出せない。
そんな俺の耳に、アッシュがぼそりと「えくすとりーむあたっく」と呟く声が聞こえた。
うん? なんだそれ、アッシュ?
「はい、ヴェニ君どうぞ?」
「……おう」
前に出てきた彼に、木の上のミヒャルトから渡されたのは……あれは、『獅子奮迅スーパーG』?
何故ここで、栄養ドリンクが。
どことなくげんなりした顔で、ヴェニさんがドリンクをじっと見下ろす。
かと思えば、一気に飲み干した。
え? この行動にどんな意味が……?
一体何をするのか、本当にあの鳥を墜とせるのか。
さっきまでこちらに全く気を払わず飛んでいた、あの怪鳥。
だけど俺達が足を止めたあたりから、何処かを目指していた筈なのに今は一つ所に留まっている。
まるで獲物の死を待つハゲワシのように、空の高いところをゆったりと旋回していた。
獲物の筈のスタインは、その足にしっかりと掴んでいるのにな。
鳥が一体なんのつもりなのか、全くわからない。
ヴェニさんはじとっとした半眼で鳥を睨みつけると……
「――て・め・え、は………………何してやがんだ、この馬鹿鳥がーっ!!」
さっきまでの落ち着いた姿が、見間違いだったかと思う激しさで。
3歩、助走をつけて、鳥めがけて栄養ドリンクの空き瓶を投げつけた。
「え、すごい」
目を丸くして、呆然とエステラが呟く。
俺も同感だ。
完全人力で投擲された空き瓶は、放物線を描く……ことなく。
真っ直ぐ一直線に鳥めがけて、かっとんだ。
「ごみのポイ捨てはいけないんだよ、ヴェニ君」
「これ見よがしに渡しておいて何を言う」
空き瓶を投擲した本人達が何か言っていたが、俺達はそれを耳に入れることなく瓶の行方を見守った。
剛速球だった。
そして、凄い音がした。
『きゅぃ~っ!?』
一拍遅れて、鳥の悲鳴? らしき鳴き声。
そのまま鳥は錐揉み回転しながら墜落していく……
「お、おい、スタインが……!」
「大丈夫です!」
「え、サラス? お前の親父さんだろ、何を根拠に……」
「父さんだったら、さっき防御魔法の呪文唱えてましたから! 僕も、衝撃緩和と小規模結界の加護を神様にお願いしましたし……」
「お前らのさっきの葬式しか連想しねえアレってそうだったのか!?」
「ややこしい! 紛らわしい!」
鳥が墜落して、俺達の間にも少し余裕が出てきた。
まだスタインも回収出来てないのにな。
俺達は鳥の墜落予想地点まで走る。
さっきよりは上向きになった心持で。
お礼を言った後も、ヴェニさん達はついてきた。
彼らがどういうつもりかはわからないが、どうやら少しの間同行するつもりらしい。
とりあえず今は、スタインの無事が優先だ。
ヴェニ君
→20歳まで遊び人気取って怠惰にふらふらしていた状態でなお、即日救世主ご一行様の仲間入りして戦力としてまともに戦えるポテンシャルの持ち主。
……が、10年前からメイちゃんに付き合わされて指導している内に自然と自己の戦闘力にも研鑽を積んでしまった結果 → 今のヴェニ君。
もしかしたら全力で殴れば一発でラスボスのHPもがりっと1割くらい削れるんじゃないかとメイちゃんは疑っている。
リューク様と王都の襲撃犯(笑)
一応、顔を隠していたし。
そしてリューク様は襲撃の瞬間にメイちゃんに昏倒させられているしで、どうやら夜会で襲撃してきた不審者(笑)についてはほぼほぼ記憶がない様子。