2.パワーアップイベントへの誘い=拉致
Q.狙い目は誰ですか?
A.スタインさんです。
ううん、色々と考えたし悩ましいんだけどね?
でもサラス君みたいな年下の男の子を狙うのはいたたまれないし。
いやいやそもそもサラス君は獣人だし、身体能力の素養的に考えたらやっぱり3種族中、最も肉体労働に向いていない魔人のスタインさんが狙い目だと思うんだよ。
……と、そんなわけで。
今からスタインさんを誘拐します。
クリスちゃんが。
主人公の強化イベントで、欠かせない。
なのにメインストーリーに絡まない隠しイベントだから、気づかないでスルーしちゃうとあっさり起こせなくなる。
しかも連動物のイベントで、1回タイミングを逃したらその後の関連イベントが発生しなくなる。
そんな意地悪な強化イベントの1回目発生ポイントが、王都のすぐ近くに隠されていたりする。
一応、NPCの重要そうな噂話とかで情報は得られるけどね?
町とかでNPCから情報収集してなかったら簡単に見落としちゃうんだよね……このイベント。
メイちゃんも最初に『ゲーム』をプレイした時は気づかずスルーしちゃって、後で存在を知って涙を呑んだものだよ……。
ま・さ・か、強化イベントが旅立ってすぐの『ゲーム』序盤に隠されているなんて。
1回目のイベントも、『主人公』がLv.25超えたら発生しなくなるとかいう仕様だったし。
『ゲーム序章』で『主人公』のLvを順調に上げてたら、Lv.25なんてすぐだよ!
『ゲーム』そのものじゃなくって現実と化した今、現実にLv測定なんてメイちゃんには不可能だから実際に今のリューク様がどのくらい強いのか全然わからないけど。
だけどやっぱり、早いうちに取り掛かった方が良いと思うの。
起こせるうちに起こしておかなきゃ!
でもイベントの発生ポイントは、人気の少ない森の奥。山の中。
そんなところ、具体的な目的でもない限りは誰かが足を踏み入れるなんて無い訳で。
つまり、あれだよ。
発生ポイントまで行く具体的な用がないんなら、用を作っちゃえば良いんだよね!っていう。
わかりやすく言うと、イベントの発生ポイントまでリューク様達に来てもらえるように『釣り』ます。
その為の囮に、スタインさんにはなってもらおうという次第。
ごめんね、スタインさん!
事前に了承は取らないけども!
でもでもこれもリューク様達の強化の為、まわりまわってスタインさん達の為! 巡り巡って世界の為だよ!
そう思って諦めてもらおう。
スタインさんが私の思惑を知ることはないだろうけども。
「――という訳で、クリスちゃんGO!!」
『いってくるねー』
人の言葉がわかるようになったし、誕生から数年を経て人間を運搬できるくらいには大きくなった。
でもその外見は、今でも羽毛でふっさふさ。
遠目には鳥さんに見えちゃうこと間違いなし。
つまりこれから、スタインさんは異常に巨大な白い怪鳥に攫われることに。
戦闘がひと段落して、リューク様達は小休止。
ううん、小休止というか装備や道具の確認作業をしているみたい。
倒した魔物から、素材を回収してるようにも見える。
そんな中、魔物の研究が専門のスタインさんも倒した魔物の記録か何か取っている様子。
でも体力的に、ちょっと疲れたのかな?
どっこいしょ、と手頃な大きさの岩に腰かけた瞬間。
背後からそれは来た。
真っ白な、旋風が吹く。
風に煽られて、岩から落ちかけるスタインさん。
だけどその体は、地につくことなく。
きっと彼が自分の状況に気が付いたのは、遥か空の上に連れ去られてから――
「う、うっわあああああ!?」
「と、父さぁーん!!」
「なんだあのバカでかい鳥ぃ!」
「ちょ、スタインさんがー!」
「エステラ、弓!」
「あ、う、うん!」
「待て、高度が高すぎる……! 下は石畳の街道だ、落下したら怪我では済まん! 魔人のスタインには着地も受け身も難しいはずだ!」
「森です! 落下してもクッションになる森の上か、巣まで追跡してから助けるしかありません!」
「けど相手は鳥だぞ!? 飛んでるんだぞ! 追いつけるかよー!!」
「父さん、とうさーん!」
「ってうぉ!? サラスの奴、足めっちゃ速ぇ!!」
スタインさんが離脱して、残されたご一行は大混乱です。
わたわた取り乱しながらも、とにかく見失っちゃダメだってことは確かだもんね。
大慌てで、一行は怪鳥が飛び去った方向へと猛ダッシュ。
アッシュ君も驚いていたけど、そんな中でも飛びぬけて早いのが……一行の先を走るのは、サラス君。
やっぱり攫われたのが実のパパさんだからか、血相変えて全力疾走だよ。
獣人の血は伊達じゃないね。戦闘スタイルは後衛なのに、速い速い。
やったね、メイちゃんの目論見通り☆
どうやら問題なく、リューク様達の誘導には成功しそう。
あとはつかず離れず、引き離しすぎず、クリスちゃんにイベントの発生地点近くまでリューク様達を誘導してもらうだけ!
そしてクリスちゃんには、ちょっとだけ遠回りしてもらう予定。
今回のイベントは、『竜』が近づいたことで発生する。
この地上を元気に徘徊している『竜』は今、リューク様とクリスちゃんだけ。
うっかり近づいて、クリスちゃんに反応されるわけにはいかない。
だから、クリスちゃんにはあくまで『イベント発生地点の近く』に来るようお願いしてある。リューク様達がイベント発生地点を通らざるを得ないよう、位置を調整して。
クリスちゃんがイベントの発生地点そのものに来ることはない。
リューク様達を翻弄して、ちょっと遠回りしながらもくるっとイベントの場所は迂回していく。
その間に、私は一直線にイベント発生地点へと先回りだよ!
勿論、イベントを見守るのに絶好の場所を見つけて隠れ潜む為に……!
リューク様達が、クリスちゃんに翻弄されている間に。
目的地へと急ぎながら私は頭の中を整理する。
今回、発生させちゃえ☆って決めたイベントに関する、概要を思い出していた。
この強化イベントは、全部で7回の連動イベントになっているんだよね。
シナリオとしては、『竜神』にまつわるもの。
パターンとしてはクリスちゃんのママさんの例と同じかな?
セムレイヤ様は今はぼっちだけど、元々は奥さんもいたし、配下の竜神様も沢山いた。
でもその全員、千年前の神々の戦で失っている。
失われた配下の中で、特に強くて忠誠心の高い竜神『六竜将』。
火竜将 イアルゲート
風竜将 フィアージェイド
水竜将 クーアマルツ
地竜将 ジャスタルト
光竜将 オランヒート
闇竜将 ベルバドール
まさに『腹心』とでもいうべき、竜神の中でも別格の存在だったとかなんとか。
うん、強いって言ってもセムレイヤ様には負けるけど。
そんな竜の将軍さん達も、激化する戦争の中で撃墜されていったみたい。
気が付いたらいなかった的な感じで、出陣して戻ってこなかったってセムレイヤ様は言っていた。
そんな神様方が、揃って地上に墜落していたっていう話。
瀕死の状態で、死の間際に自然と同化することでギリギリ延命していた。
死んでないけど、生きてもいない。そんな状態。
限りなく自然に近い状態だから、意識もないけど。
同族が、つまりは他の竜が接触すれば、彼らは目覚める。
身の内に蓄えた、強大な力を同胞に託す為に。
つまりはリューク様です。
うん、リューク様が、竜の将軍さん達の力を継承しちゃうよ☆
っていうイベントなんだけどね……ただでは力を譲ってくれないんだよね。
力量を見るとかなんとか資格の有無を確認するとか難しいこと言って、瀕死のはずなのにバトル挑んでくるんだよ。死にかけてるのに、何その根性。
でもやっぱり瀕死のせいか、相応に弱体化してるんだろうねー……。
発生条件で指定されているLvで、なんとかギリギリ倒せる強さになってたから。
ゲーム序盤でも頑張って殴れば倒せるよ☆
ってな訳でガンバって、リューク様!
メイちゃんは遠いような近いような、そんな絶妙な後方から目を皿にして見守るつもり!
………………うん、ほんと。
イベントに関与しない、後方から見守っているだけのつもり、だったのにな。
なんでこう、うまくいかないんだろう……?
どうしてこうなったのか、よくわからないんだけど。
メイちゃんは、いま。
何故か。
『そなた……まさか、地上の民が、我を目覚めさせる、とは……』
「め、めぅ……?」
……何故か、とっても大きなお顔の前に立っています。
うん、ほんと。ほんと、大きな………………赤い、竜のお顔の前に。
ぴるぴる、メイちゃんの真っ白いお耳が震えちゃうよぅ……。
いや、あのね?
ちょっとした出来心だったんだよ。
リューク様との戦闘が始まる前に、石像と化しているイベントボスを一度近くでじっくり眺めてみよっかな~、なんて。
そんなちょっとした思い付きで、私は迂闊にも火竜将さんに近づいた。
現場は山の中、生い茂る植物に半ば埋もれる大きな岩場。
切り立った崖の正体は、空を見上げる姿勢で石化した竜そのもの。
せっかくだから全体像か顔を見たいと、私はすぐ側に生えていた大木をてっぺんまで駆け上って。
そして、飛び降りた。
木の枝をしならせて、反動を使って竜の顔面に向かって。
今にして思うと、我ながらメイちゃんちょっと無謀すぎたよ。
でも、近くでよく見たかったの……。
そんな出来心のツケが、今のこの状況なわけで。
私が飛び降りて、顔面に着地して。
つきすぎた勢いを殺す為、石像の顔に手をついた瞬間だった。
ふわり、と。
私の胸の奥から、青い光が零れ落ちた。
それに反応して、だと思う。
ふるり。
緩く身震いする動きに、予測できず私は振り落とされていた。
微動だにしない、石像だったソレが。
石の質感を残しながらも動いた。
1回動き出すと、みるみる全てが動き出す。
生きていなかったものが、生きているものへと。
赤みがかった岩にしか見えなかったものが、赤く輝く鱗に覆われた『肌』へと変わっていく――
事態を認識した時には、もう遅かった。
高い所から飛び降り慣れた私の体は、咄嗟に体勢を立て直して無意識に着地する。
私の目の前には、何もかもが巨大な竜の神が1柱。
全身に傷を負っていながらも、威風堂々と。
彼にとってみればただただ小さいばかりの私を、まっすぐに見下ろしていた。
めー……え、なにこの状況。
こんな事態を予測していなかった私は、うっかり硬直して初動が遅れた。
今思えば、この時。
何も考えず、取るものもとりあえず脱兎の勢いで現場を離れていれば良かった……!
そうすれば火竜将さんにめちゃくちゃしっかりがっちり注目されて、逃げるに逃げられないこんな状況には陥らなかった(かもしれない)のに……!
ものすごく立派で見応えあるけど、こんな近くで見たかった訳じゃない。
むしろ格の違いすぎる存在を前に、生命の根源的な本能がビシバシ逃げろって叫びをあげている。
わあ、生の火竜将さんだー……見られて感激ー…………でも、もっと遠くからひっそり目撃したかったー………………思わず現実逃避しちゃうくらい、自分の置かれた境遇が信じたくない。
でもね、でもねでもねっ!
思わないと思うの! こんな状況に陥るとか!
だってメイちゃん、竜じゃないんだもん! 白羊だもん! めえっ!
竜にしか反応しないはずの火竜将さんが、まさか一介の羊獣人に反応するとは思わないよ!?
っていうか本当に、メイの一体何に反応してこの竜将軍様はお目覚めになられたのかなー!?
型破りにもほどがあるよ!?
内心、予想外過ぎた事態にちょっと驚き通り越して怒りまで湧き出始めちゃって。
ついつい頬を膨らませて、見上げる巨体の火竜将をじっとりと眺める。
メイちゃんの何が、石になって意識を閉ざしていたはずの彼を反応させたというのか。
メイちゃんには、心当たりなど、ない……!!
うん、ないつもりだったんだけどね?
『そなた、我が同胞の気配を身に纏っておるな……?』
「め?」
……クリスちゃんかな?
さっきまで、一緒にいたし。
『それに、その力、気配……っ我が主、セムレイヤ様のものか』
「めっ!」
……竹槍、かな?
セムレイヤ様の鬣入りの。
『いや、それだけではないな……強い魂の繋がりを感じる。そなた、力ある同族との繋がりを得ておるな? 心当たりのない気配だが……力のある者であることは間違いない。そなた、『誰』の巫女だ……?』
「めえっ!?」
…………魂の、繋がり? 巫女?
えっと、えっとよくわからないんだけど……えーっと、もしかしてリューク様とのアレかな?
現時点で私が世界唯一のリューク様の『信者』だから、関りが普通より深いってセムレイヤ様言ってたし。なんか魔力の供給ができるくらい、繋がりが強いって言ってた気がするし……。
うん、どうしよう。
竜の将軍様の訝し気なお言葉を聞けば聞くほど、打てば響くように心の中で返答している自分がいる。
………………メイちゃんの顎を、つうって冷や汗が伝い落ちていった。
ヤバイ。
心当たりないつもりだったけど、今は心当たりしかない……!!
っていうかこれって、一体どんな状況!?
まさかメイちゃんが……火竜将と戦う流れには……な、なってないよねぇ!?
火竜将さんは、連動イベントの1回目に遭遇する竜。
その分、彼のイベントは単純明快で。
死にかける寸前まで身を置いていた戦場の名残で混乱状態……とかなってないし、話が通じる程度には理性的だし。死に瀕した彼の望みだって、ただただ同胞に自分の力を残したいっていうもので。
他の竜将だったらただ戦うだけじゃなくって、イベントに沿った行動をしなきゃいけない場合もあるけど。特定の魔法をぶつけるとか、音楽で宥めるとか、そういうのがあったりもするんだけど。
火竜将さんの場合は、ただ殴るだけ。
シンプルに戦って、勝てば良い。
イベント1回目の試練に相応しいシンプルさだよ……ゲーム序盤のイベントボスとして相応しいともいえるけど。
だけど逆に言うと、戦う以外の道がないってことで。
そんな火竜将さんにしっかりロックオン☆とばかりに凝視されている、白羊の私。
……戦いを挑まれやしないよね、とだらだら冷や汗の止まらないメイちゃんがここにいた。