24.ストーカーの旅立ち
前の投稿から、気づけばとても間が開いてしまいました……。
第1章はここで終了となります。
次話からは第2章、ですが……また間が開くかもしれません。
拝啓、シュガーソルト・バロメッツ様
親愛なるパパへ☆
今回の騒動で、私は自分の実力不足を痛感しました。
生き馬の目を抜くような活躍もできず、メイはお恥ずかしいばかりです。
不安な終末予言へと突入するこれからの時代、このままじゃ駄目だと強く思いました。
自己を鍛えもせず、向上心なく停滞していてはダメ。
自分を見つめなおすいい機会でもありました。
つきましては自分を納得させられる強さを獲得するため。
今のこの絶望感マシマシな時代をたくましく生き抜くため。
メイは自分を磨き、武を磨くため修行の旅に出発することといたしました。
パパが村を出て反乱軍討伐部隊に参加したのも、私と同じ年頃のことだと聞きます。
私もパパを見習って、広い世界に旅立つ時期が来たの。
納得のいくまで、存分に自分を見つめなおそうと思います。
強くなって戻ります。
熊を一撃で倒せるくらい……ううん、熊をデコピン一発で倒せるようになったら家に帰るね☆
それまで故郷のママやユウ君、エリちゃんによろしく。
パパの娘、メイファリナ・バロメッツより
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「――うん、こんなところかな」
「これは……教祖様、本当にこの手紙を残していくつもりですか」
「あれ? どこかおかしかった?」
「どこが、というより……」
いま、私はせっせと白い便箋に筆を走らせていた。
これから王都を離脱するにあたり、絶対に必要なもの……パパへの置手紙を作成するために。
うん、手紙のひとつくらい残しておかないと。
じゃないと絶対、パパが心配でぶっ倒れちゃう気がするから。
……いや、追ってくるな。
うん、絶対に追ってきそう。
手紙があっても追われそうな気がするけど、あるとないとじゃ心象も変わるよね。
追いかけられる可能性を少しでも下げる、重要なアイテムだよ! それがお手紙!
でも手紙って書いているうちに独り善がりになることあるっていうし、添削は必要だよね!
ということで現在、私の隣にはトーラス先生が所在なさげに座っている。
うん、トーラス先生なら人生経験豊富だし! 人に限定すれば私の知り合いで、いっちばん豊富だし!
経験豊かで常識もあるし、多分トーラス先生に確認してもらったなら手紙にも変なところはないはず!
だけど、なんでだろう。
私の書いた手紙に視線をやってから、どうしてかトーラス先生が黙り込んじゃったよ。
何か悩んでいるのか、かすかに唸るような声が聞こえてくるんだけど……私、何か文法間違ったかなぁ?
「メイファリナさん、頼まれていたものが用意できましたが」
「あ、ロキシーちゃん! ギリギリに本当ごめんね、ありがとう! 間に合って良かったぁ」
「いえ。メイファリナさんのお陰で得られた利益の数字を見れば、これくらいの手間はなんてことありませんわ。それにこれの発行申請は慣れたものですから」
「んふふふふー♪ これで私も気兼ねなく方々に足を向けられるよ!」
夜会翌日の、朝。
というか夜明け前なんでまだ夜会から数時間しか経っていないけど。
私は前もって用意していた荷物を抱えて旅立ちの時を迎えていた。
最後にロキシーちゃんに用意してもらったモノ……商業ギルド発行の身分証明書と通行証を受け取れば準備完了だよ!
……だけど、あれぇ?
なんか頼んでない書類が、1枚多いね?
「ロキシーちゃん、これは?」
「御覧の通りですわ」
「そしてロキシーちゃん、貴女が手に抱えている大きな背嚢はなんなのかなー? 物凄く重たげ」
「これは、旅立つ貴女への餞別ですわ」
私が受け取った書類で、余分な1枚。
その1番上には、デカデカと主張も強くこう書かれていた。
――『行商許可証』と。
「……つまり、向かった方々で商会の手が及んでいない場所があったら商品を売り込んで来い、と」
「うふふ。メイファリナさんが頼りがいのある方で助かりますわ」
「否定はしないんだね、ロキシーちゃん!」
「それからこれが、行く先々で是非記入していただきたい市場調査書類です。私達の商会で、担当の部署や行商部門の者達が使っている規格ですわ。立ち寄った村や町での調査用がこちら、それから各所で行商した場合に記入する売れ筋商品の傾向調査書類がこちら」
「わあ、チェックシート形式だー……ここぞとばかりに働かせる気満々だよ」
「規格を統一することで後から情報を纏める際の効率化向上が見込めると思い、採用した形式ですわ」
「うん、この調査書の草案を誰が考えたのか知らないけど、うちの商会って有能な人材が事務方にそろってそうだねー」
「本当は、こんな夜逃げ同然に慌ただしく旅立たれるのでなければ馬車の1台もご用意できたんですけれど」
「馬車1台分行商で売りさばいて来いって!? 流石に馬車は無理だよロキシーちゃん! そもそも私、馬車の操縦できないからね!? だってやったことないもん」
「あら。賞金稼ぎの方には豊富な経験と技術が必要なのでは? 機会があれば商会の方で技術講習会をやっていますから参加します? 馬車の操縦も半日と経たずマスターできますわよ」
「どんなスパルタで叩き込むつもりなの……?」
ちなみにメイちゃんは馬車の操縦どころか、実は馬にも乗れない。
だって走った方が早いんだもん。
仕方ないよね、ないない。
馬獣人の血が良い仕事しすぎてくれて、足の速さには自信ありだよ。
しかも偶蹄類の血も抜群の働きをするので、自前の脚力でどんな悪路もへっちゃらだよ。
それを考えると長距離移動でも馬の分の世話やら餌やら考えると、馬連れより単身で行動した方がずっと経済的な気がするんだもん。馬ってそれなりにお金かかるし、お財布には大ダメージ確実だよ。
「ですが本当に、今すぐ、おひとりで旅立たれるつもりなの? メイファリナさん」
「うん、そのつもりだよ」
「あのおふたりや、お師匠さんを置いて……?」
「うん、そのつもりだよ!」
ロキシーちゃんから受け取った荷物を装備して、これで準備万端整った!と。
私が早速旅立とうと立ち上がると、ロキシーちゃんが案じる気持ちを多分に込めた眼差しで私を見る。
まるで縋るように、考え直してと気持ちを込めるように。
じっと見上げられて、私は苦笑するしかない。
この物騒なご時世だもん。
ロキシーちゃんが私を……いくら戦う術を磨いていても、年頃の女の子ひとりで旅立たせるのを不安に思う気持ちはわかる。ひとりで行かせたくないから、せめて誰か同行してもらうわけにはいかないの?って思うのも。
私だって、きっと違う立場なら。
私以外の、同じような年頃の女の子相手ならきっと同じことを思うもん。
だけどね、ロキシーちゃん。
そんな訳にはいかないんだよ。
どうしてわざわざ、こんな物騒なご時世に。
私が旅立とうとしているのか?
それも、ひとりで?
スペードやミヒャルトや、ヴェニ君を置いて……何も告げずに勝手に置いてきぼりにして。
そうまでして、どうして行こうとしているのか。
答えは考えるまでもなく、明らかなんだよ。
それは、だってね。
私が、ストーカーだからだよ!!
うん、この一言に尽きるね!
全部の説明がこれで集約できるよ!
断固として私は主張するよ。いったいどこの世に、幼馴染や師匠といった同伴者連れでストーキング行為にいそしむ犯罪者がいるのかと。
この世界にストーカー規制法的な、ストーカーを止める法律はないけれど。
それでも大っぴらに吹聴できるようなことじゃないのは確かだし、後ろ暗い行為なのは間違いない。
親に知られたら一体どこで教育を間違えたのかと盛大に嘆かれること間違いなしだね!
それでも私は行く。
親には嘆かれるかもしれないけど、そんなことで立ち止まるメイちゃんではないので!
ストーカーとして活動するのに、私の行動を止めてきそうな師匠の存在は不要!
行く先々、何故かどこまでもご一緒してこようとする幼馴染たちも不要!
最初から最後までひとりで成し遂げる。それがストーカーってもんだと思うの!
幸いひとりではあっても、観察対象ご一行がいるから孤独じゃない。
だから私は、意地でも同行してきそうな幼馴染や師匠に別れも告げずに旅立った。
まだ、リューク様やそのお仲間さん達は王都にしばらく滞在するんだろうけれど。
隙を見せたら、油断したら誰よりも師匠や幼馴染を出し抜けない。
なので王都で見ようと思ったら見れるだろう、王都滞在中のリューク様やエステラちゃんやアッシュ君の私的時間やら観光風景やらの観察を泣く泣く諦めて、一足早く王都を飛び出した。
この夜会で賑やかな、人々の浮かれ騒ぐ夜。
この機を逃したら、ひとりで旅立つ機会が巡ってこない気がしたから。
これから王都の外でリューク様たちの旅立ちを監視して後をつけるのか、それとも『ゲームシナリオ』を先回りして次の町でリューク様たちの到着を待ち構えるのか。
そこはちょっと決めかねていたけれど。
何しろ、微妙に『シナリオ』が狂ってき始めていたので。
本来のシナリオ通りなら、リューク様の一行にアッシュ君はいなかった。
そして回復役のサラス君が一向に加わるタイミングも、もうちょっと後のはずだった。
その皺寄せがどうなるのか、状況を読むには判断材料が足りないから。
「やっぱり、王都の外でしばらく野宿かなー」
王都の外門が24時間監視できるポイントを急いで探そう。まずはそうしよう。
やっぱりリューク様たちの動向をある程度見定める必要があるよね。
王都を出発する瞬間を見逃さないようにしないと!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「――ですので、重ねて言いますが、メイファリナさんはもう商会にはいらっしゃいませんわ」
「………………」
「そのように睨まれてもいないものはいません。凄まれても困りますわ」
メイちゃんの出立から、数時間後。
『アメジスト・セージ商会』の王都屋敷は腹黒猫と突撃狼の襲撃を受けていた。
襲撃といっても攻撃されている訳ではない。
ただただ既に旅立ってこの場にはいない、羊娘の所在を問い詰められているだけだ。
問い詰められているとは言っても、尋問を受けているのは彼らと3年間机を並べた元級友。
相手の性格も取り扱いの注意点も最低限は承知しているので、険悪な空気を漂わせながらも決定的な対立を避けてのらりくらりと凌いでいた。
「行先? 知りませんわ。幼馴染で誰よりも深い絆で結ばれていたはずのあなた方おふたりが知らないものを、私が知っているとお思いで?」
嫌な言い方だ、とスペードは思った。
そんな言われ方をしては、問い詰めるのにも葛藤が生まれる。
ロキシーの言葉は肯定も否定も難しい。
心情的に、ロキシーが自分達よりメイちゃんと仲が良いとは認めがたかったし、だからといってロキシーがメイちゃんの行方を知らないという言を認めたら追及できなくなる。
幼馴染に比べて自分の言は立たないと知っている。
だからスペードは、ミヒャルトに交渉を任せて殆ど見守っているばかりだった。
――ミヒャルト、勝てよ。
ただただ、幼馴染であり親友であり、盟友である猫男の勝利を祈った。
いや、祈るよりもほぼ確信していた。
だが。
「行くよ、スペード」
「えっ!?」
追及は!? ロキシーは何か知ってそうなのに、口を割らせないのか!?
思わず問いかけそうになったが、寸前で思い留まる。
俺が考えるようなことは、ミヒャルトならもっと前の段階で、もっと深くまで考えている。
そのミヒャルトが、何故かロキシーとの舌戦を断念した。
どうしてだ!?
ミヒャルトが、メイちゃんの手がかりを諦めるとは到底思えないのに!
疑問に思いながらも、その場では口を挟めない。
スペードはミヒャルトの指示に従って大人しく一緒に商会を後にした。
幼馴染の顔を見ることなく、前を見たままミヒャルトは忌々し気に吐き捨てた。
「ロキシー、あれは本当にメイちゃんの行方を知らないらしい」
「そんなことってあるのか? メイちゃんはあそこで寝泊まりしてたのに」
「もしかしたらもう王都にはいないかもしれない。メイちゃんは、ロキシーに行先について言わなかったらしい。多分行先を漏らしたら、僕らに強く追及されると思ったんだろうね」
「いや、なんでそんなことがわかるんだよミヒャルト」
「僕とロキシーの会話を聞いてなかったのか、馬鹿犬」
「は……? いや、話は聞いてたが……」
「言葉の端々や行間から色々察して言外に交渉を進めるのが駆け引きなんだから、しっかりと察して読み取りなよ。会話に話題を出すことなく情報交換を成立させられることが大人の交渉術の第一歩なんだから」
「そんな離れ技的な芸当できねーよ!! 大人ならさもできて当然みてーな感じに言ってるが、そのスキル絶対に万人向けじゃねえからな!?」
「え……?」
「いや、そこでそんな『心外』みたいな顔すんなよ。思いがけないこと言われたって反応されると俺が対応できてねえだけでみんな出来るの!?って焦るだろ」
今朝、早くのことだ。
昨夜のメイちゃんの様子がどうにも変だった。
それだけで、スペードとミヒャルトには理由になる。
メイちゃんの様子を確かめる為に、彼女が宿にしている商会の屋敷に乗り込んだのだが……
結果はまさかのまさか、「出ていった」という信じられないもので。
どうしてそんなことになったのかと、スペードは頭を抱えている。
一方で、ミヒャルトは何かを考え込むように額に手を当てていた。
「――うん、決めた」
「何をだよ、ミヒャルト。不特定多数への迷惑行為は控えとけよ? 王都に来てまで危険人物って認識広げたらそろそろマジでお袋さんに吊るされんぞ」
「別に不特定多数に迷惑をかける気はないよ。不特定多数には……ね?」
「なんという不穏な笑顔。お前、何する気だ」
「そうだね。まずは……リュークの場所を特定に行こうか。うん、お前の出番だ馬鹿犬。その自慢の鼻でリュークの居場所を特定しようか」
「いや、あいつがいんのは城だろ。昨日みたいな夜会のどさくさで、とかならともかく何の要件もなく俺らみたいな不審なガキがいきなり城に入れるかよ。身分証明するまでもなく追い返されるって」
「何も四六時中、ずっと城の中にいるとは限らないよ。堅苦しい城にずっといるのも息が詰まるから、機会を見て王都に出てくるはず。そこを狙って捕捉する」
「ってか、なんでいきなりあいつ探すなんてことになんだよ。俺らはメイちゃんを探してるんだぜ? なのになんでリューク?」
「決まってる。
――メイちゃんがご執心だから、だよ 」
心底忌々しい。
そう言いたげに、目を細めてミヒャルトは吐き捨てた。
「理由は知らないし、教えてくれない。忌々しいことにね。だけどメイちゃんが、あいつらにこだわってるのは確かだ。だったら、完全に放置するはずがない。今は行方をくらましたとしても、待っていればいずれ何らかの接触、あるいは痕跡を見せるはず。そこを足掛かりにするのが、今は最も確実だ」
「ミヒャルトが言うんならそうなんだろうけどな……なんか癪だなぁ、おい」
自らの推論に、根拠はないはずなのに。
それでも勘というやつが働くからか、そこに強い信頼を持っているからか。
確信があるといっても良い強さで、ミヒャルトはリューク自身がメイちゃんを追跡する上で手掛かりに成り得るのだと断言する。
そこにどれだけの勝率があるのかは、スペードにはわからない。
だけど彼は、陰険で腹黒い相棒の直感と推測力と性格の厄介さを信用していた。
だから、ミヒャルトがはっきりそうだと断言した物事に対して否やはないのだ。
何故なら確証がなくとも、高確率でそれが的中してきた過去の実績を知っているから。
何の根拠もない、自棄混じりのイチかバチかではなく、ミヒャルトなりの根拠があるのなら。
現状で何の手掛かりも手段も示せないスペードはただ付き合うだけだ。
「――リュークの場所、だったな」
「自慢の鼻の働かせ時だよ、スペード」
「それじゃちょっくら、お褒めいただいた嗅覚の力ってやつを見せてやるか」
目を見かわし、強い気持ちを込めて頷きあって。
白猫と白狼は、竜の子を探し始めた。
白羊を吊り上げるための囮とするべく……捕捉して、追跡するために。
さあ、白羊狩りだ。
肉食の血と本能を滾らせて、猫狼コンビは入念に体をほぐし始める。
死力を尽くした、本気の追いかけっこが開幕だ。
そんな弟子たちの様子を半眼で眺めていた、彼らのお師匠……ヴェニ君は、深く深~い溜息を吐いた。
イロイロな意味で、何をやらかすかわからない弟子達。
一番弟子の猪突猛進羊娘は見失ってしまったが、ある意味で彼女よりも放置するにはヤバすぎる弟子2名がそこにいる。
どうやらヴェニ君には、彼らを放って一足先に故郷に帰るという選択肢は許されていないらしい。
果たして自分はいつになったらアカペラの街に帰れるのか。
結婚式までに帰れないという事態にはなるまいか。
懸念と不安を感じながらも、見なかったふりでそれを心の片隅に追いやって。
どうしようもない疲労を感じながら仕方がないので弟子達についていく。
必要とあらば監督も……拳による説得も、時には躊躇うまい。
そんな強い決意とともに。
潤いが圧倒的に足りない、男3人の殺伐とした旅が始まった。
ストーカーどもの現在のストーキング図式
リューク様ご一行(ストーキング対象)
← 追跡するメイちゃん(ストーカー兼ストーキング対象)
← 更にそれを追跡するミヒャルト&スペード(ストーカー)
← 必要とあらば殴って止める為に同行するヴェニ君(保護監督者)




