18.布教
今回はリューク様視点でお送りいたします。
知らない間に、気絶していたらしい。
目が覚めたら、何故か王宮にいた。
何が起きればそんなことになるのか。
しかも気が付いたら手の甲に、銀色の線で妙な図形が浮かんでいた。
今まで、こんなもの描かれてなかった筈だが……擦っても消えない。
アッシュのイタズラ描きかと思って問い詰めたが、返ってくるのは知らないという声だけ。
同じ部屋に収容されていたスタインさんには、落書きではなく痣だとの判定を受けた。
痣? こんな、誰かが意図して描いたようなくっきりとした形で?
納得できずにいたところで、俺達が入れられている客間に人がやって来た。
それも、この国の第一王子殿下が。
……って、どうして俺達に、わざわざ会いに来るんだ。
薄紅色のドレスを着た少女や、護衛らしい騎士や魔法使い。
それだけじゃなく、先日の闘技大会で目にした近衛騎士団長の姿まである。
大仰な同行者を連れて現れるあたりは、流石『第一王子』と言うべきなのか。
軽く混乱するが、俺よりもアッシュやエステラの狼狽の方が酷かった。
サラスは……スタインさんの背中に隠れて尻尾の毛を逆立てている。どうやら緊張や混乱を通り越して怯えているらしい。
意外に、スタインさんは平然と『王子の訪問』という異常事態を受け入れていたが。
王宮で働いているという話は聞いていたけど、王族と直接関わるほど偉いようには思えない口ぶりじゃなかったか?
「おや。ご機嫌麗しゅう、王子殿下。本日は布教ですか? それとも勝負ですか」
「どちらも違うかな。強いて言えば通達と勧誘、だろうか」
なんだか物騒な単語がスタインさんの口から出てきたんだが、どうして2人とも平然と話を続けているんだ……日常か? その単語は、日常会話の一環なのか?
王子がどんな人物かわからずに困惑していると、相手は真っ直ぐ俺の前に足を進める。
え、俺に用なのか?
「やあ、お目覚めと聞いて馳せ参じたよ。『再生の使徒』殿」
にこやかに微笑んだ『王子殿下』は、俺に告げた。
俺の手の甲に浮かんだ銀線の『紋章』こそ、予言に示された『使徒の証』。
王家に伝わる予言書の図絵と、全く同一のもの。
それが俺が意識を失っている間に、光と共に浮かび出てきたのだと――
「その紋章があれば『使徒』であることは確実だけど、『使徒の紋章』については限られた一部の者しか知らないからねぇ。大々的に君が『再生の使徒』殿なのだと周知する為に、ちょっとした演出に付き合ってもらいたいんだ」
にこやかな微笑みを崩さないまま。
そう言って王子殿下が俺に手渡したのは、真っ白で格式ばった装束……
この国で『男性用の正装』として指定されている型の、貴族階級仕様。
自分の事ながら、広げた衣装が何かを認識して顔が強張るのを自覚した。
「君達には是非、明後日の夜会に出てもらいたい。ちなみに要請の形を取っているけれど、これは決定事項だと思ってくれて構わないよ」
それはつまり、強制参加ということか。
人懐っこい王子の微笑は、なんだか物凄く押しが強かった。
しかも、その圧が更に高まる。
笑顔を深めて、一体何を言おうっていうんだ。
「それからこれは、強制じゃなくって本当の『お願い』なんだけれどね? 君達、商品化されるつもりはないかい?」
「え、俺達売られちまうのか!?」
それまで王族を前に息を潜めていたアッシュが、堪り兼ねたのか。
ぎょっとして思わずと声を上げた。
おい、アッシュ。気持ちはわかるが王族の前だぞ。
痛いほど、気持ちはわかるが。
「ふふ。君達を直接叩き売る訳じゃないよ」
叩き売るとか、口にする『王子様』。違和感凄いな。
どういうことかと困惑する俺達の前で、王子はピッと1枚の絵札を取り出して見せた。
どこかで見たことがあるような……いや、どこかどころか凄まじく見覚えがあるな。
ここ数年、師匠が趣味にしているアレだ。
「君達も、見たことくらいはあるんじゃないかな? この国の風流人の間で……否、老若男女問わず遊び心を知る者達の間で今最もトレンド商品として呼び声高い、『アメジスト・セージ商会』の『カードゲーム』さ!」
気のせいだろうか。
『カード』について語る王子の口調や声音が……なんだかテンション上がってないか?
顔が、嘘偽りのない熱意で煌めいているんだが。
さっきまでの穏やかな微笑みが嘘みたいだ。
目が、物凄くギラギラ輝いていた。
「え、ええと……俺達の師匠が、その『カード』を愛好していますので、一応は」
「そうかいそうかい! それは素敵だ! でも『師匠が』ということは、君達自身はあまりやっていないんだね。物凄く残念だよ。私に言わせれば、人生の八割がた損をしていると言っても良いくらいだ」
「そんなに!?」
待て。
待ってくれ、将来の国家権力者。
ちょっと見ただけでもわかるぞ?
あんた、そんなに娯楽品にのめり込んでいて大丈夫なのか。
「それでだね! 君達には国家の顔として、世界を救う使命を担った英雄として、そして人々の注意関心の的として! この『カード』の1枚として商品化されてみる気はないかい!?」
大丈夫じゃなかった。
主に、俺達の方が大丈夫じゃなかった。
何に巻き込むつもりだ、この王族様は。
気配で俺達の心が離れていく様に、目敏く気付いたのか。
流石は王族、敏くて空気が読めるらしい。
ハッとした顔で咳払いをすると、それまでの活き活き暴走気味の興奮を綺麗さっぱり覆い隠し、キリッと真面目な顔で真面目なことを言い出した。
「誤解のないように言わせてもらうが、これは国王陛下も承認された意味のある提案だと考えてほしい。君達を『カード化』しようという計画には、国としての狙いがある」
あ、ああ、良かった……。
どんな狙いがあれば『カード』がどうのこうのという話になるのかわからないが、一応、何かしらの意味はあるのか。
「この『カード』を販売している商会は、我が王家も目をかけていてね。今までにも王国の著名人を何名も『カード化』してもらっている。今回、王家からの指示で『使徒』を『カード化』するとなれば、王国公認の『使徒』が誰なのか告知する意味を持つ」※王国の著名人が自ら『カード』の一員にしてくれ! と依頼した結果。
「成程? つまりは甘い汁を啜ろうと湧き出る偽物の防止策、そして『使徒』の後ろに我が王国があると世に広く知らしめることで王国の権威をも高めようという狙いがある訳ですね」
「……王宮内序列13位『断罪の刃』のスタイン。瞬時にそこまで思い至る思考能力は流石だ。だが今は私が『使徒』殿に話をさせてもらっている。今は口を噤んでいてくれないか」
「ふふ。余計な口を挟むな、ということですね。仰せのままに王宮四天王『偉大なる栄光』殿下」
途中までは、何か政治的な話をされていたような気がしたんだが。
スタインが口を挟んだ途端、なんだろうか。
一瞬で、空気が妙なことになったんだが。
序列? 『断罪の刃』?
何の事だかわからないが、物凄く内輪ネタの、理解が及ばない話をされている気がする。
特に理解したいとは思わなかったが。
なんとなくディープな、そう、底なし沼のような……覗き込むことに微妙に不安を覚える気配。
なんだか深く追求したらいけない気がする。
その後、
あの王子様は、一体何をしに来たんだろうか。
色々と話はされたが、どこに主旨を置けば良いのか……果たして、本題はどれだったのか。
前置きみたいな扱いになっていた『再生の使徒』周知の計画が本題だったんじゃないだろうか。
だけど熱意が最も籠っていたのは『カード』関連の話だった。
『再生の使徒』であることを証明する儀式とやらよりもそっちに重きを置いていた気がするのは気のせいかな。
たぶん、気のせいじゃない。
その証拠という訳じゃないけど、俺やアッシュがあまり『カード』に関心を持っていないと察するや、
「誰だって最初はわからない。だけど始めてみれば世界が輝いてみえることだろう! 君にこれを進呈しようじゃないか。私が選別した、『スターターデッキ』を!」
……そんな言葉と共に、品のいい革製のケースに入った『カード』の束を押し付けられた。
俺だけじゃなくて、アッシュ達にも王子は渡そうとしたんだけど……それまで1歩引いたところに控えていた『王女殿下』が、「同じバリエーションの『カード』ばかり渡しては風情というものがありませんわ。戦術幅を広げる為にも、違いを持たせるべきだと思いませんこと、お兄様」と言い出して。
結局、王子殿下についてきていた他の強そうな人達まで我も我もと名乗り出て。
俺とアッシュとエステラ、それにサラスはそれぞれ別の人から『カード』の束を強引に受け取らさせられることになった。
リュークは『スターターデッキ:王子セレクション』を手に入れた!
エステラは『スターターデッキ:王女セレクション』を手に入れた!
アッシュは『スターターデッキ:近衛騎士団長セレクション』を手に入れた!
サラスは『スターターデッキ:魔術師団長セレクション』を手に入れた!
あの方達は、本当にいったい何をしに来たんだろう……?
それぞれに『カード』を渡していたが、いつも持ち歩いているんだろうか。
色々と、疑問は尽きない。
むしろ王子殿下の訪問で混乱と疑問が微妙に増えた気はする。
取敢えず『カード』云々は、師匠とも相談した上で決めたい。
信頼できる大人に意見を聞きたかった。
何が何だかわからない内に、自分の名前と顔に関する情報が拡散されていく。
それは少し、怖いことの様にも思えた。
結果。
王都の防衛線で活躍した師匠も、王宮に招かれており、早々に合流が叶ったんだけど……
『カード化』について相談してみると、何故か師匠が随分と乗り気で。
……そういえば、師匠は『カード』を愛好していた。
結局は王子殿下の提案を受けることになったんだが、王子の熱意について行けないモノを感じていた俺やアッシュが貰った『カード』で積極的に遊ぶことはなかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
王子から渡された衣装を身に纏って。
案内された先は、想像していたような厳粛で荘厳な場所、ではなく。
なんだかとても華やかな、絢爛という言葉で表すべき場所だった。
「…………『再生の使徒』だって、証明する為の場って話だったよね?」
俺の隣で、やはり支給された晴れ着姿のエステラが首を傾げている。
予言に伝わる『使徒』の真偽を問う場所。
夜会で行うと聞いていたから、そりゃ少しは覚悟していたんだが。
何割かの人は、確実に『儀式』を余興の一環だと思っている。
そう想像させるに十分な好奇の視線が俺達に注がれていた。
夜会や貴族といった、俺にとって無縁で場違いな世界。
礼儀も作法も、俺は知らない。
そんな俺が王族と共に現れて一段高い場所にいる。
見慣れない人が王族と同じ場所に立っていたら、それは確かに気になるだろうが。
やがて招待された人達がある程度揃ったのか。
それとも決められていた時間になったのか。
俺達と同じくらい王族と近い場所に立っていた初老の男性が、張りのある声で会場に集う人達の注目を集め出した。
国王の栄光を讃え、王家の栄華と健康を寿ぎ、開会を告げる。
ダンスを始める前に、証人として皆に見守ってもらいたいことがあると言葉を重ねて。
そうして俺達が見ている中で。
成人男性が5人がかりで、大きな姿見を運び込んでくる。
あの鏡が必要なのか?
『使徒』の真偽を問うとか、儀式をするとか。
そんな風に言われていたが、肝心の儀式の内容について情報が抜けていたことに今になって気付いた。
俺は一体、何をさせられるんだろうか?
答えは多分、そう待たずに出ると思う。
国王が人々の関心が高まるように煽る素振りを見せながら。
真直ぐと俺を見て、強く言った。
「この鏡は王国に代々伝わるもの。王位継承の資格を持つ者達の選定に大きな役割を果たしてきた王家の宝。若者よ、真実そなたが神に選ばれし者であることを証明する為、鏡に手を触れ祈りを捧げてはもらえぬか」
国王陛下直々のお声がかりで、従う以外の選択肢を選べる筈もなく。
鏡に触るくらいだったら、大した労もない。
俺は国王に声をかけられるがままに、鏡面へと指を伸ばした。
そして、青く銀に金を交えて。
鏡の中から、光が弾けた。
王宮内序列
王宮内に数多く生息する『カード愛好者』達の主催で定期的に開催される『カード大会』に端を発する序列。大会開催後は、次回の結果が出るまで大会の順位が序列No.となる。
1度でも20位以内に入った者には大会の運営委員会が各人のプレイスタイルや使用頻度の高い『カード』をもとに考えた『二つ名』が与えられる。
1~4位は実力が伯仲していて、大会常連の4名で熾烈な争いが繰り広げられる。
4位までの序列も細かく変動はしながら大体同じ面子が獲得しているので、いつしかその4名は『四天王』と呼ばれるようになっていた。
序列13位『断罪の刃』
スタインさんのこと。
数年前まで身分の余りに高い人やらとバトルすることに委縮してびくびくしていたが、度重なる大会やら経験して慣れたのか、何時の間にか割と図太い精神を獲得していた。←『ゲーム』の『スタイン』とキャラが乖離している最大の原因
今では試合で王子とぶつかっても『普段通りの実力』を発揮する程である。
得意なプレイスタイルは『カウンター』。相手が仕掛けてくるのを待ち、反撃で痛い目に遭わせるのが得意。時に相手の仕掛けた罠にまで更なる罠で跳ね返す。
元々目端が利くようだが試合数を熟す内に反則やイカサマを見破る方面に才能が開花し、最近はもっぱら優秀な審判として一目置かれている。
四天王『偉大なる栄光』
第一王子のこと。
王宮内『カード愛好者』達の中心的人物にして伝道師。
そのプレイスタイルはまさに『正統派』。カードへの深い見識と飽くなき探求心、そして積み重ねた経験が安定感ある強さの秘訣である。
他の四天王
近衛騎士団長
魔術師団長
厩番のハンネス




