17.華やかな催しの誘い
王子様のネタをぶっこんだら、夜会本番まで行けませんでした……
なんとかトーラスさんに話を無理やり合わせてもらって、幼馴染の追求から逃れようと試み始めて暫し。
あんまり上手くいってないかも……。
そう思いながらも頑張って足掻いていたら、新たな救世主がやって来てくれたよ!
「メイファリナさん、ここにいましたのね」
「ロキシーちゃぁん!」
た、助かったー!
多分、今の私の顔にも露骨にそう書いてあると思う。
だけど嬉しい気持ちは微塵も隠せず、私は大喜びでロキシーちゃんに駆け寄った。
壁に手をついて私を追い詰めていた幼馴染の、股の下潜ってね!
障害物がちょっと邪魔だったから、ぎゅっと握ってぽいっと退ける。
なんか「ぎゃんっ」って悲鳴が聞こえた気がするけど、きっと気のせい。うん、気のせい。
「どこから出て来てますの……」
「だってあの2人、中々開放してくれないんだもん」
「今度は何をしましたの、メイファリナさん……いえ、詳しく語らなくても結構ですわ。私には関わりのない遠い出来事にしておきましょう。今はメイファリナさんの奇行よりも、もっと重要な案件がありますもの!」
「ロキシーちゃん、その言い方酷い! まるで私が普段から奇々怪々な言動繰り返してるみたいな勘違いして無い!?」
「勘違い?」
「純粋に不思議そうな顔された……! ロキシーちゃん、私の事どんな目で見てるのー!?」
「メイファリナさんはメイファリナさんですわ。それ以上でもそれ以下でも、それ以外でもありません」
「なんだかとっても素敵なことを言われてるようで、なんだかとっても悲しいことをきっぱり言われているような気がするよ……」
呆れ顔で、困惑してますって目で見られた。
普段はもうちょっと「男性の股の下を潜るなんて年頃の女子がはしたない」って窘められるところなんだけど。
わざわざ呼びに来ただけあって、何か緊急の要件なのかな。
お説教には突入せず、無言でロキシーちゃんの執務室に連れ込まれた。
しかもついて来ようとしていたミヒャルト達の前でぴしゃりとドアを閉めてくれちゃうなんて!
「ちょっとロキシー、どういうつもり」
「女同士の大切なお話を堂々と立ち聞きするおつもりで? 紳士の振る舞いじゃありませんわ。今日はもう帰っていただける? 私とメイファリナさんは、これから夜を徹して大事なお話がありますのよ! 男性はお呼びじゃありませんので」
「そんな物言いで僕達が納得できるとでも?」
「デリカシーの無い殿方は大体の女性には嫌われますわよ」
「……わかった。今日は引き下がろうぜ、ミヒャルト」
「仕方ないね……」
商談が絡んだ時のロキシーちゃんは、良くも悪くも物怖じしない。
オマケに「これで話が滑って利益を逃したらどう責任を取ってくれるんだ」って心の声が聞こえてくるような、物凄い気迫を背負っている……ような気がする。
こういう時のロキシーちゃんに意見しても、あんまり良いことないんだよね。
今までの経験でそれを知ってるからか、どうやら今この場では幼馴染達も引き下がることにしてくれたみたい。……去り際に「次は逃がさないぞ?」って目で見られたけど、取りあえず2人が引き下がったって事実に変わりはないよね。
私的には大歓迎! やった、逃げられた!
だけど諸手を挙げての喜びも、束の間。
私の顔がさっきまでとは違う意味で引き攣るような情報が、ロキシーちゃんから投げつけられた。
「メイファリナさん。魔物の王都襲撃で延期されていた夜会の開催が明日に決まりました」
「……うん?」
「ですので、簡単な作法のおさらいを致しますわよ! 徹夜で」
「ええぇぇぇっ!? なんか今、さらっと怖いこと言われたよ!? 徹夜!? 夜更かし必至の夜会前日に!?」
「仕方ありません。明日は日中から準備で忙しくなりますもの。残された時間は今夜しかありませんわ。明日の夜会は重要な場になる可能性が非常に高いのです。メイファリナさんには気合を入れていただかないとなりませんわ」
王都に来た、その日にロキシーちゃんから打診されていた夜会の出席。
本当は王国最強決定戦の夜に、優勝者のお披露目も兼ねて開催される予定だったんだけど……魔物の襲撃で、それどころじゃなくなって夜会は延期になっていた。
っていうか襲撃の事後処理が色々凄いことになってたらしいしね。
私もいつ開催できるかわからないって聞いてたから、すっかり忘れてた。
王国最強ってつまりはうちのパパだし。
パパがお披露目される夜会なんて、正体バレの危険が高すぎて出席したくないし。
……でも商会最大の支援者がメイちゃんに来いって言ってるんだよねぇ。
今までアメジスト・セージの代理で方々の夜会に顔を出していたロキシーちゃんも、今回ばかりはメイちゃんが行った方が良いって言うし。
「それからこれは王宮でも緘口令の布かれた機密事項なのですけれど」
「ん?」
「現在王宮には、魔物の襲撃戦で多大な貢献をした青年が保護されているそうなのですが……『再生の使徒』である可能性が高い、いいえ、ほぼ確実だという話です」
「えっ」
「そこで夜会では王国最強の戦士ではなく……青年が真実『再生の使徒』であるかどうかの真偽を定かにし、本物であれば大々的にお披露目をするつもりのようです」
「ほ、本当に!? っていうかロキシーちゃん、よくそんな情報掴めたね!? どっからそんな情報手に入れたの!」
ロキシーちゃんが言ったのは、十中八九リューク様の事だと思う。
そして真偽を定かにしてお披露目……っていうのは『ゲーム第1章』であったイベント、だと思う。
『ゲーム』の中では、王様の前で鏡をピカーって光らせてなんやかんやって感じのイベントだったけど、そっか……夜会の会場だったの、あれ。いや、夜会は今回のタイミングが合っただけかな?
だけどそっか、夜会に出ればあのイベントが実際に、堂々と見れる……!
それだけでテンション上がる!
その話をロキシーちゃんがどっから聞いてきたのかは知らないけど、間違いないと思う!
でも本当にロキシーちゃん、よくそんな情報掴めたね。緘口令どうした。
「情報の出所、ですか? 第一王子殿下と近衛騎士団長様と魔術師団長様、それから国王陛下ですが」
「緘口令どうした」
あれ、機密ってなんだったっけ。
機密事項って聞こえたの、メイちゃんの空耳?
っていうかロキシーちゃん、その話が本当だとして、いつの間にそんなぶっといパイプ手に入れてたの? ちょっと一商人が、それも新しい商会の人員が手にするにしてはちょっと、いや大分、太過ぎない?
……いや、よく見て私。
なんかロキシーちゃんも、ちょっと困惑気味じゃない?
「それが……王子殿下から、直接お言葉があったのですが」
「すでに直接会えてる時点でなんかおかしいよね」
「説得は自分がするし、なんだったから契約の締結までやっても構わないので、『再生の使徒』様が本物であり、また承諾が得られた際には『再生の使徒』様のカードを作ってほしい……と」
「王子……っ」
王子様、ちょっと、あのさ?
うん、うちの商会の商品を気に入ってくれてるのは嬉しいんだけどね?
なんかさ、かなり……その、傾倒しまくりじゃない?
ものすっごく、贔屓されてる気がするんだけど。私達が。
え、これ大丈夫? 他の商会さんとかに恨まれたりしない?
メイちゃんが出来心でアイデア提供して、最初はおまけのつもりで作った『カードゲーム』。
それが娯楽のあまり発展していなかったこの世界で、爆発的に大売れして。
挙句の果てに、ついには雲上人な皆さんにもご愛顧いただいていて、『アメジスト・セージ商会』の売り上げにもすっっっごい貢献してるのは知ってるけどさ。
……『ゲーム』では恵まれた地位と生まれ持った才能とが災いして、すっかり人生に退屈して享楽的な人格を形成しちゃっていた王子様が。
『ゲーム』の放蕩者だったヴェニ君とは別の意味で、悪い遊びやら刺激やらに暇潰し半分で手を出していた遊び人の王子様が。
何故か今、この世界では重度のカード愛好者として熱い日々をお過ごしらしい。
充実した生活を送ってらっしゃるようで何よりです……これもメイちゃんが、フラグクラッシュしちゃったことになるのかな………………まっっったく、こんな未来は意図してなかったんだけど。
王子様、『ゲーム』の説明書にもキャラデザインが載ってるような人なのに。
メインキャラじゃなくって、サポート役のサブキャラだけどさ。
主人公達の旅を面白がりながらも支援してくれる、若い権力者。
あの妖艶な色気たっぷりの流し目のおにーさんが、こっちの世界じゃ青春と財布を捧げた決闘者(※狭義の意味で)……か。
変われば変わるものだけど、この変化は許容して良い変化なのかな?
一応、話の大筋に絡む人じゃないし、リューク様の運命には直接関与しないと思うけど。
放置しても大丈夫な気がするけど、そんな王子様とリューク様が接触するとか不安しか感じない。
もう既に接触済みかもしれないけれど。
「王子様、色々無謀って言うか……『カード』に色々捧げすぎだよ。貢献しようとしてくれるのは有難いことなんだろうけど。『カード』への出演契約とか、それ王子様のお仕事じゃないよね」
「いえ、それが……今回は、国王陛下からのお達しでもあるのです」
「めうっ!? え、王様も血迷った!?」
「メイファリナさん、不敬ですわよ……。国王陛下は純粋に、当商会の『カード』が持つ情報の拡散能力に期待されているようでしたわ」
「情報の拡散? ああ、そっか。あの『カード』……私達の予測を超えて方々に出回ってるもんね。名前と顔と、肩書の3点だけに限定すれば驚きの速度で周知されるね」
「ええ。国王陛下の公認で発行すれば、すなわち『この顔と名前の青年が再生の使途である』というお墨付きになります。従来の方法……書面による周知を図るよりよほど効果的だと仰ってくださいました」
「おおう……なんなんだろうね、その信頼」
「顔が知れ渡ることでリスクもあるでしょうが、相手は世界の命運を握ると予言された『再生の使途』様ですもの。各地で支援を受けやすくなる体制を整える、その一助として当商会の『カード』に注目していただけたことは光栄なこと、と思って納得するしかありませんわね」
そう言いつつも、なんだかロキシーちゃんも釈然としない顔をしていた。
そりゃね、うん。
売れるのは嬉しいんだけど……私達が当初想定していたより、かなり売れまくってるから。
こうなるとなんだか複雑な気分。
だけどそっか、私達の作ったカードが、リューク様の支援になる(かもしれない)んだね。
リューク様の顔と名前と肩書が拡散されて……って、待て。
それって『ゲーム』のサブイベント、『偽物騒動』が潰れることになるんじゃ……?
『再生の使途』を騙る、詐欺師グループと遭遇するっていう本編には関わらないイベントだけど。あれ結構笑えるから好きだったんだけど……偽物達の、微妙に似ているようで似てないビジュアルとか。リューク様の仲間が増える度に、どっから情報を掴んだのか偽物のメンバーも増えていくところとか。
ああ、だけどあの偽物達も妙な根性あったし。
『カード』は美化された絵だ! とか主張して懲りずに詐欺しそう。
あのイベント、どうなるんだろ。発生するのかな、しなくなるのかな……
「今回の夜会は『再生の使途』の真贋を問う儀式を行うので、その光景を『カード化』してほしいとのことです。ですので絵心のある者を連れてきてほしいということですが……ルイをエスコートにつけますので、2人で大丈夫ですわね?」
「え……ちょっと待って。ルイ君って絵心あったっけ!?」
「色彩感覚は優れていますから、着色だけは得意ですわよ」
「だけ!? 肝心の絵は誰が描くの……」
「スケッチやデッサン、お得意でしたわよね。メイファリナさん」
「め、めう? え、私?」
「はい」
にっこりと笑って、ハンドバックに忍ばせられそうなサイズの小さなスケッチブックと木炭を渡してくるロキシーちゃん。あ、これ本気で私に書かせる気だ。
私自身としては、そこまで絵が得意なつもりはないんだけどね。
前世の『義務教育』で絵の描き方の基礎を習った記憶があるせいか、デッサンやスケッチは褒められるんだよね。前世ほどお手頃に使える絵具がないから、色を付けると途端に残念な絵になるけど。
「メイファリナさんが下絵を描いて、ルイが色を付ける。その原画を元に、商会と契約しているプロがカードの原案を考える。これで完璧ですわ!」
「全然そんな気がしないのは私だけかな……下手な絵になっても責めないでね?」
そうして、私は。
夜通しロキシーちゃんからの厳しい指導で心身ともに疲弊してくたくたになった、翌日。
朝からドタバタと準備に奔走した挙句、夕方前にはルイと2人で馬車に詰め込まれて王宮に放流されるという、慌しいスケジュールに殺されかける羽目になった。
女の人の身支度は時間がかかるっていうけどさ……。
あれ身支度っていうか戦争って感じだった気がするよ……目が回りそうな半日の間に何をやって何をされて、どう支度を整えたんだったか…………目まぐるし過ぎて、記憶がはっきりしない。
女性の、それも社交界に出入りするような人の支度って、本当に大変なんだね……。
沁々そう思いながらも、やっと一息つけた馬車の中。
「食べる?」ってルイに差し出されたサンドイッチをむっしゃむっしゃ齧りながら、自分の格好を改めて見下ろして、ふと思う。
……あれ? なんか、なんかさ。
メイちゃんの格好、なんか……奇抜過ぎない?
今の社交界の流行とか、平民のメイちゃんが知る筈もないんだけど。
なんか思ってたのと違うよ?
更に言うなら、『ゲーム』に出てきたお姫様のドレスとも型が違いすぎるんだけど。
『ゲーム』のお姫様のキャラデザインは、「これぞお姫様!」って感じの正統派。
ピンク色の、ふんわりプリンセスラインのドレスで愛らしくって、絵本のお姫様みたいで。
どっからどう見ても、典型的なドレスだったんだけどね?
それと比べて、今のメイちゃんの格好はなんだろう。
まじまじ、自分で自分の衣装を観察しながら着衣の順序を思い起こした。
1番下に、肌が透ける程の薄絹で織られたふんわり素材のゆったりめなシャツとズボン。
その上から二の腕と手首、足首に透明な石と紫水晶があしらわれた金環を嵌めて、膨らみを持たせた。
この透明な石って何かな。ガラスかな。……ダイヤじゃないよね? きっと違うよね?
……花弁みたいな形状の、紫の濃淡がグラデーションになった布を、腰回りに何枚も重ねて縫い付けて、ふわっとした感じの花の蕾みたいなスカートを形成していった。この布も1枚1枚は透け感のある生地だったけど、何枚も重ねると本当に花の蕾みたいで。最終的に何となく足の輪郭がわかるようなわからないような感じはするけれど、全体的に透けてはいないっていう不思議な有様に。
上半身には肌にぴったりフィットするように仕立てられたボディスみたいな、紫地に金糸で刺繍のされた上着を装着。
腰に幅広の帯とふわふわした黒い大きなリボンを結んで、余った布をスカートにかかるように垂らした。
最後に細々としたアクセサリーを身に着けて、レースのショールを肩にかけて衣装は完成。
うん、衣装は。
……『アメジスト・セージ』は正体不明。
その売りを貫くって建前で、更に変装要素が首から上に及び、凄いことになっている。
まず、髪。
ロキシーちゃんの指示で、色彩チェンジが実行された。
メイちゃんご自慢の白くてふわふわの髪は、元が白いだけあって綺麗に染まったよ……この染粉、簡単に落ちるって言ってたけど本当かな。
ちなみに色はドレスに合わせて紫にされた。ちょっと派手過ぎない?
それから頭に青い布と黒いレースをそれぞれ巻いて、最終的になんかターバン巻かれたっぽくなったよ! ここまでされた時には、メイちゃんの心情も「もうどうにでもしてくれ」って感じだったよ!
それから顔の上半分を覆う羊を模した仮面と、羊の角をモチーフにした髪飾りをつけられて。
髪全体にキラキラする細かい硝子の飾りと、金粉散らされたところでやっと完成だって解放された。
なんか身近では1回も見たことの無い、特徴的で個性的な全体像が鏡に映っていた気がするよ……
最終的に、なんか『前世』で読んだ千夜一夜の絵本に出て来るお姫様みたいだった。
本当にこの格好で会場入りしても大丈夫なのかな……?
今更、不安におろおろしながらも。
ロキシーちゃんのお伴で何度も社交に参加したことがあるって言うルイが「大丈夫!」と親指立てて、言うものだから。
消せない不安を抱えながらも、大人しく馬車から脱走はしないで王宮に向かった。
そうして、私は王宮で。
夜会っていう、何をどうやっても目撃者が大量生産される現場で。
また目立つことをやらかすことになろうとは。
馬車に乗ってる段階では、夢にも思わなかったよ。本当だよ。
ちなみにロキシーちゃんの社交でのエスコート担当
体面や格式を重んじる時 → 社会的立場のある顧問相談役:トーラス先生
商談に力を入れたい時 → 抜け目ない商才の持ち主:ウィリー
余興や芸術への造詣が求められる時 → なんだかんだで芸達者:ルイ
メイちゃん達が爆誕させた『カードゲーム』……
『カード』『カード』とそうとしか呼んできませんでしたが、そろそろ商品名をつけたいところ。
ただし小林はカードゲームにあまり詳しくなく……どんな感じの名前が一般的なんでしょうね?
どなたか良い名前を付けて下さる方、募集中。




