15.【第1章:ボス戦】3
そういえばバレンタインに番外編を1本投稿しました。
もう読んでくださった方もいるかもしれませんが、内容はヴェニ君とマナちゃんが付き合いだした経緯……?っぽいナニかです。
得体の知れない謎の男は、獣人師弟に足止めを喰らって動けない。
今がチャンスだった。
「スタインさん、魔物学者の貴方だから聞くが……あの魔物に心当たりは?」
「そうですね……。特徴が該当する魔物は何種類かいます。あれで火を吹くか氷の飛礫を飛ばすか酸のブレスでもしてくれれば特定できるんですが」
「う、うわぁっ こいつ火を吐きやがった!」
「……確定、か?」
「確定ですね。あれは南方の山脈に生息する種の魔物でしょう。力を蓄えた個体は魔法を使いますが、むしろ飛行能力の補助としての意味合いが強く風属性を得意とします」
「火を吹いたのに?」
「火は魔法ではなく種の固有能力です。胴体の……そうですね、ちょうど両翼の付け根と付け根を線で結んだ中心よりやや左翼側に火気を貯め込む器官が備わっているはずです。体の中に火種を詰め込んだ袋がある、と想像してもらえればわかりやすいでしょうか」
「体の中に、火か……それは危険じゃないのか?」
「当然、危険です。なのでその器官を破壊してやれば、勝手に保持していた火気が破裂して自爆します」
それは急所と紙一重じゃないだろうか……。
「結構頑丈な体をしていますが、器官のある部位を狙って大きな衝撃を与えれば……ね?」
俺の目を見つめて、スタインは微笑んで見せる。
それはつまり、そこを攻撃しろってことか。
初見の魔物はどんな特性を持っているのか、どこが弱点なのかわからないのが当たり前なんだが……知識のある人から助言を貰えれば、こんなにあっさり攻撃すべき場所がわかるものなのか。
弱点がわかっても、そこを攻撃できる技量があるかどうかは別問題だけど。
……左右の翼の付け根を線で結んで、中心よりやや左側より、だったよな?
この部屋は天井が高い。
飛んで手の届かないところに行かれると面倒だ。
高いところへ行かないようエステラに弓での牽制を頼み、俺は魔物の元へ。
一手に魔物の注意を引いて踏み留まってくれていたアッシュと並び、魔物に剣を向けた。
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期待していた展開とはちょっと違ったけれど、なんとか修正できた……の、かな?
ラヴェントゥーラさんが出張って来るし、シナリオを意図的に歪ませようとされるしで、苛々していた自覚はあるんだけどねー……極まっちゃって、つい。うん、ついだよ。
ヴェニ君、けしかけちゃった。
一応、師弟の信頼関係的に、同じネタでの脅迫は繰り返さないことにしてるんだけど。
こんなところで対ヴェニ君用の最終手段を失うことになるなんて。
メイちゃん、頭に血が上って冷静じゃなかったよ。
……うん、済んじゃったことは仕方ないよね!
過ぎ去った過去より未来を見よう! メイちゃん、前向きな羊さんだから!
ヴェニ君のこと考えなしに動かしちゃったけど、お陰でラヴェントゥーラさんの行動は封じられたし!
隠しキャラ乱入突撃っていう混沌とした事態と引き換えになったけど。
この代償が大きいのか、小さいと考えるべきか……後の影響が未知数すぎてちょっと怖いけど。
ミヒャルト達が何故かリューク様一行に合流しちゃってる時点でなんとなく今更感あるよね。
……よし、今考えても後の事なんてどうしようもないし!
一端、忘れとこ。
――だって。
今はそんなことより、何より。
もっと見過ごせない、大事なことがあるんだもん。
リューク様達の、(第1章)ボス戦っていう大事なことが!
今、ヴェニ君・スペード・ミヒャルトのイレギュラー3匹はラヴェントゥーラさんにかかりきりで。
それでもアッシュとサラス君っていう、予想外な2人が余分に加わっちゃってはいるけれど。
だけど大体は、ゲームシナリオの面子に近付いていて。
……魔物が本来よりも強いヤツだけど。でもついにとうとう、現実にこの光景を見られたっていう、そういう感動で私の胸は痛いくらいだった。
そう、そうなの。
メイちゃんはこれが見たかったの!
リューク様が走る。
さっきまで見るからに不調だったのに。
なのに今は、体調が悪そうにしていたことなんて、まるで嘘みたいに。
っていうか本当に回復早いね?
神様的な回復力の成せる業……?
私が首を傾げる間にも、蝙蝠との距離を詰めて肉迫する。
その手に握られた剣が、魔法の力を帯びて淡く輝いた。
………………あ、あれー? もう魔法剣、使えちゃうの?
思ったより、もしかしてリューク様強い? 強くなってる?
ゲームの初期レベルじゃどう足掻いても使えない技だよ、魔法剣。
ちょっとびっくりして私が目を見張る中、前衛に立つリューク様とアッシュが同時に、前後からボスの胴体をぶっ叩いた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
その日、空から、そして地中から挟撃する形で起きた魔物の襲撃事件は、王都中に恐怖を、混乱を招き……空気を裂く鐘の音によって終わりを告げた。
始まりから終わりまで、時間にすればほんの数時間。半日にも満たない最中のことではあったが……しかし今までにはなかった状況が、人々に強烈な印象を刻み込んだ。
他種とは群れない筈の魔物が複数種類で同時に侵攻してきたこと。
更には時機を合わせて違う侵入経路から攻撃を仕掛ける、計画性。
誰も聞いたことの無い状況に、得体の知れない恐怖が募る。
ああ、予言にある終末の年が始まったのだと。
誰もがそれを信じ、無力な民草は怯えに沈んだ。
その怯えが、恐怖が呼び水となり、強く、強く……それまでなど比較にならない程に、強く。
人々は、救世主を求めた。
そうして1人の青年が見出される。
再生の使徒――救世主として。
ちなみに真偽のほどは定かではないのだが。
襲撃事件との関係が目される謎の人物がいたらしい。
だが事件の終息よりも先に、その人物は指笛で呼び寄せた魔物の背に乗って姿を消したという。
それが何者で、何を目的としていたのか……ようとして知れない。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
鐘は、まるで誰かに鳴らされるのを待っていたかのように。
長い年月、忘れ去られていたとは思えぬ佇まいでそこにあった。
東館、屋上から繋がる鐘楼の内部。
青く鈍い光沢を持った、暗褐色の鐘はどれ程の年月が過ぎても変わらない。
「これ、鳴らしても良いですか? 良いですよね?」
「そりゃ、その為にここまで来たんだろ……」
「落ち着きなよ、伯父さん」
そう言いながら、ミヒャルトは鐘を突いた。
「 あ 」
鐘の音が、響く。
空に高く、広く、遮るものの無い彼方まで。
空気が、魔力が、振動する。
音の最初の響きを認識するより、先に。
リュークは頭が物理的に割れるかと思うような痛みを感じ、意識が吹っ飛んだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
ガゴォォォン
遠く、どこかから響いてきたのは耳慣れない音だった。
空気を伝播して、空の高いところで響く。
「鐘の、音か?」
妙な音だった。
音にちっとだけ遅れて、変な波動??? なんか変な感覚。
空気の振動っていうのもなんか違うんだよな。
なんなんだこれ? 音の塊っていうのか、風の塊ってのか。
ぶわぁっと吹き付けてくる。
叩き付けるってまではいかないが、それでも「あっ」って思うくらいには存在感のある見えない波。
っつうか強い風の感触?
なんつーんだろうな、強烈で派手めな春一番、みたいな。
めちゃめちゃ印象的。
それが続けて1回、2回、3回……? うん、3回鳴ったわ。
直撃した瞬間、頭が一瞬なんかくらっとした。
それこそ強過ぎる風にぶつかって、わぷって感じ……?
いけねぇ。
いま、戦闘中だっての。
戦いの最中、こんなんじゃ油断もいいとこだ。
そんな余裕見せて他所事に気を取られていられるくらい、達人とかじゃねえだろ。俺。
こんなんじゃ駄目駄目だろって、頭を軽く振って意識を切り替えた。
それこそぶつかってきた風の残滓を振り落とすくらいのつもりで、な。
けどさ、なんなんだこれ。
さーあ気持ち切り替えてスパッと魔物をはっ倒すー!って気だったのに。
見たら、なんか。
なんつうか色々微妙であんま認めたくない現実ってやつだったんだけどな?
気が付いたら、なんか魔物がみんな引っ繰り返ってた。
俺の周辺だけじゃなくって、ホントにみんな。
視界の届く範囲内、全部。
あっちとか、遠くの方とか、未知の向こう端で他の奴らと戦ってたのとか。
全部ひっくるめて、丸ごとみんな引っ繰り返ってんだけど。
なんだこれ。
俺には何が起きたのかさっぱりだ。
多分、ルイにもさっぱりだろーなぁ、とは思いつつ。
それでも俺よりアイツの方が知識あるし、なんか答えでも見つかるんじゃないかと。
そんな気持ちでルイのいる方に顔を向けたら、ば。
ルイも泡を吹いてぶっ倒れてた。
目が白目だ。
あれマジなやつだ。
「る、ルイ―!?」
おいどうした。
マジでしっかりしろ。
一体何がどうしてどうなったんだルイぃぃぃっ!
「お、おいっ? お前達どうしたんだよ! おいぃぃぃぃぃっ!!」
俺と同じような困惑交じりの声が近くから聞こえた。
見れば、途中で魔物討伐に引っ張り込んだ3人組もなんか俺とルイみたいな状況に陥ってやがんな……熊獣人の野郎が1人だけ立ち尽くして、おろおろしていて。客観的に見れば俺もあんな感じか?
そんで、連れらしい人間の男は頭を抱えて苦し気に呻きつつ、屈みこんでんな。
けど魔人の女は完璧に意識を失ってるっぽい。
見れば、俺やあいつらだけじゃない。
この路上にいる、みんながそうだった。
平気そうに立ったままでピンシャンしてんのは獣人ばっか。
人間はまだマシっぽいが、それでも立っていられないみたいでふらふらしゃがみこんでいて。
そんで、魔人は漏れなく皆様、混沌中だ。違う、昏倒中だ。
「一体、何が起きた……?」
何がなんだか、さっぱりだ。
俺はなんかもうよくわかんない状況の中。
まだ息があるらしい魔物がまた動き出す前に、俺は取敢えず手の届く範囲でトドメを刺しておくことにした。
王都中に鳴り響いた、古の音。
退魔の力を持つとされる、魔よけの鐘の音。
かつて偶然に偶然が重なった末に作り上げられた鐘の音には、空気と同じく『魔力』を振動させる作用があるとされている。生き物の持つ魔力だけではなく、大気中に存在するありとあらゆる種類の『魔力』を強制的に揺さぶり、振動させる作用が。
それは実際の所、目には見えない効果だったが、別の意味ではよく目に見える効果を発揮した。
『魔力適正』……『魔力を感知する』能力が高いものほど、影響を受けるという効果を。
判り易く言えば、魔力に馴染みやすい体質の者は強制的に脳みそ揺さぶられる効果があったのだ。
それはダイレクトに頭の中に鐘の音を大音声でぶつけられる衝撃にも似ていた。
結果、魔法適性がほぼ無に等しいとされている獣人の皆々様はあまり影響も受けずに平然としているのだが……人間<魔人<<<魔物の順番で影響を受けるようになった。
人間であれば自分の許容限界を超える強い酒を過ごした翌日に襲い掛かる二日酔い並みのグロッキー状態に陥り、魔人の方々は鐘の音を聞くと同時に意識を刈り取られる。
そして人類よりも遥かに強く魔力の影響を受けるらしい魔物はまな板の上の死んだ魚みたいな有様になる。耐えられても即、鐘の音が聞こえる影響圏内から全力で離脱を開始する程度には魔物にとって耐えがたい衝撃を受けるらしい。
遥か昔、魔よけの鐘は獣人だけの村で猛威を振るった。
魔物に対して、今よりも人々の抗う力が未熟だった時代の事である。
やがて魔物の被害を確実に避けることの出来る土地として知名度が上がり、獣人以外にも安全には代えられないと人間や魔人が移り住むようになり……保証された安全の中で、街の防衛設備が整えられていき。
豊かに発展し、小さな村だったこの地には国の都が築かれた。
そして鐘の音が響かなくても魔物の被害を食い止められるレベルで安全性が確保された頃、大きく発展を遂げて都と化していたこの地は、人間と魔人が行動不能状態を余儀なくされる鐘の音を封印した。
勿論、鐘の音が必要だと判断された非常時にはまた鳴らされることとなるのだが……
国の上層部に在籍する人間と魔人が問答無用で行動不能に陥らせられる鐘の音は、余程の事態が起きない限りは歴史的遺物として埃を被っていていただきたい。
人々がそう思うくらいには、この鐘の音が人々にもたらす恩恵と被害は強烈なものだったのである。
もちろん、魔物関係の学者として研究に明け暮れるスタインさんはそのことを知っていた。
盛大な自爆行為だが、自分で体験出来て本望だったそうです。
次回、舞台は王宮に……?




