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14.【第1章:ボス戦】2



 問答無用の雨となって、矢が降り注ぐ。

 流れてきた矢に当たっては堪らないと後退するが、魔物と半透明の人物からは目を離さなかった。

 魔物は敵で間違いないが、あの半透明は……やはり魔物だろうか。

 人型の魔物(推定)という未知の存在に、戸惑いは大きい。

 魔物の研究をしているというスタインさんなら、何か知っているだろうか?

 視線をやれば、興味津々という顔をしていた。

 だけど俺の視線に気付くと首を横に振ったので、半透明の人物については心当たりがないんだろう。

 さて、どうする。

 あくまでも慎重に振舞うか、それとも半ば賭けで動くか。

 どうするべきか決断しないといけない。だが俺の判断は遅かったらしい。

 俺が対応策を講じるよりも、早く。

 彼らが前に出た。

 猫耳と狼耳の、獣人の2人。

 スペードと、ミヒャルト。


 知り合いではあるが仲間じゃない。

 だから咄嗟にどう動くのか、そのあたりは互いに認識が不足していた。

 どうやら彼らは、こんな時には取敢えず前に出るタイプだったらしい。

 スペードはともかく、ミヒャルトはもっと慎重派かと思ったんだけどな……。


 矢の雨が止まぬ内に走り出した2人。

 先行する相方と自分に当たりそうな矢を大ぶりのナイフで切り払うスペード。

 ミヒャルトは後ろを振り返りもしない。

 そこにあるのは相棒への絶対の信頼か……


「伯父さん、任せた」


 ……声だけが、こちらに向けられた。

 スタインさんとサラスは声を聴くより早く、2人が走り出した段階で慌てて動いていた。

 

「こ、こわいよぅ……っ」

「僕はおねーさんの方が怖いです……」


 親子が同時に、エステラにしがみつく。

 背の低いサラスが腰に取りすがり、父親の方はエステラを羽交い絞めにして。

 旅暮らしなんてしていると、どうしたって魔物と遭遇することは避けられない。

 強くなる為にも実戦はなるべく避けないことにしている。

 そうなると必然、一緒に行動しているエステラも魔物との戦闘経験を重ねざるを得ない。

 本人も弓矢での後方支援が主だが、戦闘への参加を望んでいたしな。

 結果、エステラは地味に強くなった。

 成人男性だが筋肉の付きにくい魔人で、戦闘に不慣れな学者のスタインさん。

 筋力に恵まれた獣人ではあっても神官でまだ幼いサラス。

 スタインさんやサラス、それぞれ1人の力じゃ抑えきれなかっただろう。

 だけど男の力1.5人分(ちなみにスタイン=0.5人分換算)で抑え込めば、動きも拘束できる。

 強制的に矢の雨は止んだ。

 矢筒の中にはほとんど矢が残っていなかった。

 この様子じゃ、どちらにしても遠からず矢は止まっていたと思うが。


 矢が降り注ぐ中へと飛び出すことを躊躇して、俺とアッシュはすっかり出遅れてしまった。

 謎の不調に見舞われている、なんてことは言い訳にならない。

 年下の少年2人に突撃させるだけさせて、自分は見てるだけか?

 胸の声に押されるようにして、俺も走ろうとした。

 ……走ろうとして、膝の力が抜ける。

 感覚的には、もう魔力も回復したと思う。

 体への影響はまだ抜けていなかったということか。

 がくりと膝が折れ、体が勝手に引き留められる。

 その間にもアッシュと距離が開ける。

 皆、前に出て行っているのに。

 俺だけが置き去りに。


 ミヒャルトに横手から襲い掛かろうとした蝙蝠の魔物に、アッシュの援護攻撃が命中する。

 走りながら石を蹴り上げ、それを掴んで投げつけるのは一時期アッシュが人知れず訓練を重ねたここぞという時の必殺技だ。実戦ではあまり使い道がないが。だが威嚇と牽制くらいには使える。

 顔面にぶち当たった石に面喰い、蝙蝠の姿勢が崩れる。

 そこにすかさず、速度を上げてアッシュが飛び蹴りを放った。

 空を飛ぶ魔物は、体重が軽い。

 簡単に吹っ飛びはしないが、それでもアッシュに押されて後退を余儀なくされる。

 

 ミヒャルトは脇目もふらず、まっすぐに。

 あの半透明の人物へと向かっていく。

 一歩、二歩、三歩。

 歩幅は徐々に大きくなり、まるで跳ぶように猫らしい躍動感と身軽さで。

 右手に握られていた細身の剣は、吸い込まれるように半透明の肩へと突き刺さる。

 隙のない、熟達という言葉を感じさせる刺突だった。

 そこで足を止めることも無く、体は次の動作へ淀みなく続く。

 くるりと回転するような動きは、正面に立つ相手を幻惑する。

 次に何をするつもりか、一瞬わからなくさせる。

 ミヒャルトの左手に握られていたナイフが半透明の二の腕を切り裂き、体は半透明の横手を擦り抜けて更に前へ。

 入れ替わるように、半透明の正面にはスペードが迫っていた。

 手にはナイフを握って……ない!

 先程まで手にしていた筈の刃物はいつの間にか鞘に納められていた。

 武器もなくどうするつもりだ?

 疑問に思う間もなく、スペードの踏み込みが力強く床を鳴らして。

 スペードの強烈なボディブローが、半透明の腹を突き破る勢いで決まっていた。

 自然と()の字に曲がる半透明の背中に、追い打ちをかけるようにミヒャルトの斬撃が刻まれる。

 

 本当に魔物なのか、はたまた幽霊なのか。

 まだ判然としないのに、躊躇いが欠片も無いな。あの2人……。

 

 それぞれ痛烈な攻撃を見舞った2人は、同時に距離を取る。

 間に半透明を置きながら、目に入っていないかのように互いに顔を見合わせた。

 釈然としない顔で、首を傾げてみせる余裕まで。


「これ、本当にイキモノか? 殴れたってことは生きてはいるんだろーけど……感触あったし。けどなんっつうの? 手応えが軽すぎる。身が詰まってないみたいな」

「手応えが軽いだけじゃないよ。見なよ、この剣。血がついてない……あれだけ深々刺してあげたのに、一滴も血が出ないのは真っ当なイキモノじゃないと思うよ」

「どう見るよ、ミヒャルト」

「順当に考えて、物理攻撃はあまり効かない……って感じかな」


 淡々と分析を口にしながら、ミヒャルトは袖口に準備していたらしい何か……掌に握りこめるサイズの、金属製のボールみたいな何かにピンを差し込んでいる。

 あれは……さっき、同じものを使っている場面を見た。

 ピンを抜いて投げつけると、派手な音と衝撃が出るヤツだ。

 いつの間にピンを抜いていたんだ……?


「あんた方、いきなり射かけるわ、切りかかってくるわ……どこの蛮族ですか。ちょっと喧嘩上等過ぎません? 前口上すらあげない内に攻撃されるとは思いもしなかったんだが」


 肩を刺され、腕を切り付けられ、ボディブローを喰らって背中を切り付けられる。

 人間であれば、重症といっても過言じゃない。

 だけど半透明の人物は、倒れもしなかった。

 衝撃でよろめきながらも、平然と踏みとどまって顔を上げる。

 そこにはダメージの気配も、少しも残ってはいない。


「特にそこの2人……5年前と全然変わってない! なんでここに紛れ込んでるんですか」

「……? 僕らのこと? なにその口ぶり。初対面だよね。馴れ馴れしく顔見知りぶらないでくれる?」

「いや、ていうかミヒャルト? 俺の気のせいかもだけどさ。近くで見てみて思ったんだけど、この半透明の奴、なんか見覚えねえ?」

「僕は知らない顔だと思うけど?」

「あっさり人の顔を忘れてる、だと……!? 人の額にガラス瓶の残骸ぶっ刺しといて!?」←(※濡れ衣)

「そんな記憶ないし。人違いじゃない?」

「ミヒャルトはなー……どうでも良い奴の顔は案外さらっと忘れるからなー」

「流石にこんな透けてる珍しいイキモノ、見たことあれば覚えていると思うんだけど。まあ、見覚えの有無はいま重要じゃないけどね」


 なんだか、よくわからないんだが。

 あの半透明の人物と、何か因縁が……?

 ミヒャルト達の反応は薄いが、半透明はどことなくムキになっているように見える。

 こうなるとますます、どう判断してものか……

 俺と同じように困惑したのか、アッシュが顔をしかめて叫びをあげる。


「結局そいつ一体何なんだよ。攻撃して良いのか駄目なのか、どっちだよ!」

「「あ、攻撃して良いやつ」」


 白い獣人の2人組は、異口同音に言い放った。

 知り合い疑惑が浮かんだ後だっていうのに、躊躇いなく敵だと言い切ったな……?


「これ幽霊じゃないよ。聖別もしてないただの武器で切れるほど、幽霊ってしっかりした存在じゃないし」

「ついでに言うと、明らかに魔物側だろ。さっきからあの蝙蝠の魔物、ちらちらこの半透明のおっさん見ては気にしてるし。それも指示待ちっぽい感じで」

「あの蝙蝠、この半透明の配下なんじゃない?」


 魔物は人に馴れない。決して。

 奴らは人の持つ魔力に惹かれ、どんな相手でも食い殺そうとする。

 力を蓄えた個体には知性が確認されるというが、知性があっても人に敵対する性質は変わらない。

 それが、指示待ち?

 様子を気にして、ちらちら見ている?

 明らかに、それは人に対する態度と違った。


 敵だとわかれば、後は話も早い。

 敵対している魔物の群れと剣を交える時、どうするか?

 狙う相手には優先順位がある。

 知性がある相手は厄介だ。

 能力の使い方も一筋縄じゃなく、手強い相手になる。

 それも言葉が通じる程となれば、どれだけ厄介かは考えるまでもない。

 あの蝙蝠のような、強い魔物を配下に従えているとなれば猶更だ。

 蝙蝠が半透明の支持に従って戦うのであれば、危険度が跳ね上がる。

 逆にいえば、あの半透明を退ければ蝙蝠の難易度も下がる、か。


 さっき、スペード達の攻撃の様子を見ればわかる。

 物理攻撃はあまり効かない。

 だったら他の手段を取るしかない。


「スペード、ミヒャルト、離れろ」


 俺は、魔法を選んだ。


「【雷鳴よ貫け……!】」


「な……っ リューク君!? なんて無茶を……魔力の消耗でショック状態に陥ったばかりなのに!」

「魔力自体は回復している……!」

「回復って……早すぎますよ!? 消耗を補える程、時間はなかったでしょう。それに影響は体の方にも残っているじゃないですか。足にキてましたよね!?」


 さっき、いきなり謎の消耗で目減りした魔力も回復している。

 心配してかスタインが責めるように詰め寄って来るが、本当だ。魔力()足りていた。

 身体が受けたショックの影響も残ってはいたが、足にきてるくらいで魔法の行使に問題はない。多分。

 今の俺が使える中で、最も速度に優れる魔法【雷鳴】。

 俺の掲げた剣から、真っ直ぐに白い稲光が迸った。

 使い慣れた魔法だった。

 感覚的に、命中を悟る。

 避けられないタイミングだった筈だ。

 事実、半透明の人物は避けられなかった。

 ――否、避けなかった(・・・・・・)


「やはりあの方の血を引くだけあります。素晴らしい魔力ですね」


 魔法の直撃を受けて、平然と立っていられる人なんていない。

 その筈なんだが……半透明は倒れなかった。

 いや、もう『半透明』という表現は相応しくない。

 今や、奴は。

 すっかり透けなくなっていたんだから。


「お陰で回復させてもらえましたよ」

 

 そう言って、にんまりと笑う。

 その顔に、無性にイラっとした。

 どうやら俺の魔法は、奴を回復させてしまうだけの結果に終わったらしい。

 魔力を吸収して、半透明の体は一見して普通の人間と変わらなくなっていた。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




「め、めうぅ~……ラヴェントゥーラさんが復活しちゃったよう」


 折角、折角リューク様が格好いい魔法の一撃入れたのに!

 あんなにふらっふらで、足に力が入ってないみたいで……そんなどっからどう見ても絶不調なリューク様が、それでも不調を推して、無理して、頑張って!

 冷静に考えると現時点で使えたらおかしいレベルの高威力魔法を直撃させたっていうのに!

 ちゃんと喰らうどころか吸収しちゃうなんてラヴェントゥーラさんの馬鹿馬鹿ばか!

 ここはきっちり喰らって吹っ飛ぶのがドジッ子系中ボスの面目躍如ってヤツじゃないのかなってメイちゃん思うんだけど!?

 これはメイちゃんの手落ちだよ!

 ラヴェントゥーラさんの凹り具合が足りなかったのかもしれない。

 もっと懇切丁寧に、徹底的にボコボコにしておくべきだった……。


 本来ならとっくに退場しているべきはずのラヴェントゥーラさんが長々と居座り、蝙蝠の魔物もまだまだ健在。それどころか物理も魔法もいまいち効かないラヴェントゥーラさんが出張っているせいで、リューク様達は手出ししかねる状態に陥っていた。攻撃しようにも決定打に欠ける上、味方側の戦力にも不安がある。


「お、おや……っ? 私、杖をどこに放り出して……!?」


 ラヴェントゥーラさんはラヴェントゥーラさんで現在、おたおたしてるんだけどね!

 どうやらいざ攻撃に移ろうとして、手元に武器(つえ)がないことに今更気付いた模様。

 その部屋の床には転がっていないのに、おろおろと杖を探して視線を彷徨わせている。

 そんなご主人様の様子に、蝙蝠魔物もおろおろ。おろおろ。

 ……なんだろ、このぐだぐだした感じ。

 ボス戦だよ? これ、ボス戦なんだよ?

 『ゲーム』ではまだまだ序盤の段階だけど、第1章とはいえボス戦の筈なんだよ。

 なのに色々と台無しになってない?

 あれもそれもこれも、全部、原因はラヴェントゥーラさんのせい。

 あのドジッ子神が、シナリオを無視しまくったせいで今のぐだぐだ感が顕現してます。

 だけど物理も魔法も効きにくいとなると、簡単に排除は出来そうにないし……私の場合はセムレイヤ様に貰っていた鬣(竹槍仕込み)のお陰でラヴェントゥーラさんにもそこそこ効く攻撃が出来ていたんだけど。

 リューク様の魔力が吸収されちゃうとなると、本当に打つ手がないかも……?


 ううん、そんなの駄目。

 そんなの、メイちゃんが許せない。

 やっぱりラヴェントゥーラさんはこの段階でここにいちゃ駄目だ。

 手段なんて選んでいられない。


  排 除 し な い と 。


 選択肢はたったひとつ。強制退場一択だよ!

 手傷を追わせられなくっても、力技で退場させることは出来るはず。

 文字通り、押せ押せで押し出しちゃえ。

 でも、リューク様達がいる前で私が飛び出す訳にも……

 私が出る訳にはいかない。

 だったら、どうする?

 私の代わりに……誰に、行ってもらう?

 私はチラリと、隣に……我等がうさ耳師匠の顔を見上げた。


「……ねえ、ヴェニ君?」

「あ?」

「ちょとあそこの半透明クラゲ男にエクストリームアタックかましてきてよ」

「エクストリームアタックってなんだよ!?」

「エクストリームアタックはエクストリームなアタックだよ!」

「意味わっかんねえ。つか、なんで俺がそんなことしなきゃなんねーんだよ」


 ヴェニ君が顔を顰めて、私のお願いに異を唱えて来る。

 可愛い弟子のお願いを、すんなり聞き届けてくれる気はないみたい。

 薄情なお師匠様! でも是が非でもここはヴェニ君に行っていただきたい。

 本当は現時点で、いやいや私達が関わった時点で『ゲーム』のキャラとはかけ離れちゃったヴェニ君に、ここで乱入とか本来ならとんでもないことなんだけど。

 ……リューク様達の一行に、何故かスペードとかミヒャルトとかが混じっちゃってる時点で今更だしなぁ。

 やっぱり、ヴェニ君に行ってもらおう。

 本人は行きたくなさそうだけど、ここはひとつ、その気になってもらうとしよう。

 本当はあんまり、この手は使いたくなかったんだけど……


「ヴェニ君、私がマナちゃんと大の仲良しなのは知ってるよね……?」

「………………」

「マナちゃんに恋人(・・)が出来る、前。私とソラちゃんが随分と恋愛相談に乗ったことも、実は知ってるよね」

「……何が言いたい」


 引っ込み思案で内気なマナちゃんと、勝ち気でお姉ちゃん気質のソラちゃん。

 初級学校で同じクラスになったのが縁で仲良くなった、私のお友達。

 アカペラの街できっと今も「メイちゃん大丈夫かなぁ?」って心配してくれていると思う。

 マナちゃんはそれに加えて、「ヴェニさん、大丈夫かな……?」って思ってるだろうけど。

 内気だけど芯が強くて、きっとマナちゃんは良いお嫁さんになると思うんだよね。


 マナちゃん、ヴェニ君と付き合ってるけど。

 しかも結婚前提で。


 マナちゃんの恋愛成就に関しては、私もソラちゃんも巻き込まれてやきもきした。

 今でも恋愛相談持ちかけられて、助言することがあるよ。

 私はヴェニ君の弟子で、身近な立場にいるから色々アドバイスを求められるんだよね。

 そう、アドバイス。

 マナちゃんの恋路には、私の言葉が地味に反映されます。

 私はびしぃっとヴェニ君に人差し指を突き付け、力強く言い放った。


「私がマナちゃんの結婚初夜の下着に関して意見できる立場だってことを忘れてもらっちゃ困るよ、ヴェニ君……!」


 ヴェニ君の新婚初夜の成功は私が握っている!

 暗にそう伝えてみると、ヴェニ君の動きが止まった。

 いまだ、畳みかけろ。追い打ちだ。


「ちなみにヴェニ君は女の子の下着ってどんなのが好き!? セクシー系? かわいい系? それともネタに特化した洒落にならない地雷系!!?」


 勿論、マナちゃんは私の大事なお友達だから。

 本当に困らせるようなこととか、悲しませるようなことをする気はないよ。

 だからこっち方面で脅すのは最後の手段だったんだけど……

 状況が状況だし。

 仕方ないよね、ヴェニ君……!


 ちなみに下着に関しては、セクシー系か、かわいい系か、清純系にするかくらいは私とソラちゃんの意見がマジで反映される可能性激高です。




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 手出しが難しく、攻めあぐねる。

 膠着しかけた状況下、俺達の眼前を。

 一陣の風が吹き抜けた。



「 えくすとりぃぃぃぃぃぃぃむあたぁぁぁああああああああっく!! 」



 誰もが。

 この場にいた、誰もが。

 目の前を右から左に駆け抜けた『彼』の姿に唖然とした。

 現実を上手く呑み込み切れずにいる中で、どこから現れたのかもよくわからない青年の姿に、いち早く正気を取り戻したのは……スペードと、ミヒャルトの2人。

 ……まあ、うん。俺達より先に反応しておかしくないよな。

 俺達の膠着状況下で風を巻き起こしたのは、2人の知っている姿だったんだから。


「……って、ヴェニくぅぅぅん!? ちょ、なにやってんのー!?」

「っていうかどこから出てきたのさ」


 頭部を庇うように、腕を前で交差させて。

 この場の全員の反応速度を上回る速さで彼は駆け抜けた。

 部屋を横切り、真っ直ぐと……半透明じゃなくなった魔物疑惑濃厚な男の元へと。


 全身全霊、問答無用の全力タックルだ。

 捨て身にも程のある勢いで、兎耳の彼は男に激突した。

 その勢いに押し出され、弾かれて吹っ飛ぶ男。

 アタックを喰らった彼はそのまま窓にぶち当たる。

 窓ガラスが細かく破砕され、男は外へと投げ出されそうになる。

 投げ出されそうにはなったが、実際に窓の外へと飛び出す前に、若干上体を泳がせながらも窓枠にしがみ付いて踏み止まった。

 敵ながら、感心したくなる凄いバランス感覚と反射神経だ。

 だけど兎耳の彼は……スペード達の師匠に当たる、ええとたしか、ヴェニくん? さん? は遠慮容赦のないところもまた師弟で通じる部分があったらしい。


「おいてめぇナニ踏み止まってやがんだよ。落ちろ! 落・ち・ろ! 落ちて消えろ!!」


 容赦のない追い打ちだ。

 即座に窓枠の男へと迫り寄り、半分落ちかけた男に息を吐く間も与えない。

 投げ出されないようしがみ付く男の腕を重点的に、ヴェニさんはげしげしと蹴り始めた。

 時々踏み躙るように捻りが入る当たり、本気具合が窺える。

 いきなり現れて、この怒涛の展開。

 よろりとふらつきながら、スペードは両手で顔面を覆っている。

 ミヒャルトの方は口を半開きにして「えぇー……?」と何とも言えない声を出している。


「ヴぇ、ヴェニ君……えくすとりーむあたっくってなに?」

「知るか! エクストリームなアタックだ!」

「知るかって言ってる時点でヴェニ君もよく知らねーんじゃん! いきなりどこからともなく湧いて出て一体何やってんの!?」

「そもそもなんでいきなりヤクザキック連発で未知の敵蹴り落とそう(物理)としてんの? ヴェニ君、頭は大丈夫? ヘンな薬とかキメてないよね」

「うるっせーな!! こちらの結婚初夜の成功と失敗がかかってんだよ! 細けぇこと気にしてられっか!」

「必死だね、ヴェニ君……」

「どんな因果関係が絡めばここでヴェニ君の結婚初夜の成否が関係してくんの!?」

「ヴェニ君の結婚って、後1年半は先って話じゃなかったっけ。話がどう繋がるのか謎過ぎて意味不明なんだけど」

 

 3人で話している間にも、ヴェニさんはガンガンと窓枠を掴む男の手を蹴り続ける。

 何と表現していいのか、ちょっと良くわからない光景だ。


「お、落ちてっ……堪るもんですかぁ……!!」

「往生際の悪い奴だな。落ちろって言ってんだろ! 落・ち・ろ! 落・ち・ろ!」

「こいつ落とそうって点には異論はないし。手伝うよヴェニ君」

「えっ……じゃあ俺は頭の方ぐりぐりするわ。ヴェニ君、こっから突き落とせば良いんだよな?」


 ……取敢えず、なんだかよくわからないんだが。

 あの男の対処については、彼らに任せて大丈夫そうだ。

 ほんの少し目を逸らしたい気持ちがあるのは否めないが。

 厄介そうなあの男の相手を一手に引き受けてくれるというのなら、助かることに違いはない。

 その分、俺達は残る蝙蝠の相手に専念できるんだから。


 不思議なことに、ヴェニさんのいきなりの登場と思いもしない暴挙に唖然として、気が抜けた……いや、体から余分な力が抜けたのが良かったのか。

 それとも意識の切り替えが、上手く出来たせいなのか。

 さっきまで体が上手く動かなくて、戦うにもままならない状態だった。

 特に、足にキていたから余計に、前に出て戦うことが出来ないことがもどかしかったんだけど。

 だけどヴェニさんの猛攻に意識を引っ張られた後、気が付いてみれば体に随分と力が入るようになっていた。力が入るというか……力が戻ってきた、そんな感じで。

 さっきまではどうしてもふらついていた足が、しゃんと立っていた。

 これなら充分だと、自分でもはっきり断言できる。


 俺も前に出て、戦える。

 あの謎の男のことはヴェニさん達に任せて、気にしなくていい。

 蝙蝠を倒し、前に進む。そうして鐘を鳴らす。

 それだけを考えろ。


 俺は自分にそう言い聞かせて、剣を握り直し。

 意識して大きく一歩、踏み出した。



 





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