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13.【第1章:ボス戦】1



 ふみっ ふみ、ふみっ!


 カラータイマー状態からは脱したけれど、まだ薄くなったり濃くなったりを繰り返すラヴェントゥーラさん。そしてそんなラヴェントゥーラさんをここぞとばかりに踏みつける私。

 傍目に、一体どんな風に見えるのかな?

 その答えは、ヴェニ君の胡乱げな目が告げていた。

 これが残念なものを見る目ってヤツなの……!?


「お前、なにやってんの?」

「――めぅっ!? ヴェニ君もう来たの!?」

 

 いつの間にか私に追いついたヴェニ君が、私を見ていた。

 東館の中に通じる扉に寄りかかり、腕を組んだ姿勢で。

 めっちゃ呆れた目で私を見ていたよ!


「追いつくのも早いけど、どうして私がここにいるって……」

「兎獣人舐めんなや? 伊達にうさ耳なんぞ生やしてねーんだよ」


 地下から湧き出してきた魔物がそこかしこで蠢いてはいるけど、耳を済ませれば元々静かな博物館の中。どこで戦闘が起きているのかなんて、ちょっと耳が良ければすぐにわかる。

 だけどこの博物館の中で戦っているのは、メイちゃんだけじゃない。

 むしろリューク様達の方が大所帯な分、派手な音を立てながら戦っていたはず。

 だからヴェニ君も、まずそっちに行くと思ったんだけど……

 そっちに行ったが最後、そこにスペードとミヒャルトっていう、私に負けず劣らずヴェニ君的に放っておけないコンビの姿を見つけて確実に足止めを喰らうんじゃないかって思っていたのに。

 現実は無情。

 ここまでの到達速度と他に心配事を寄せている気配のない様子を見るに、どうやらほぼまっすぐメイちゃんのとこまでやって来たようです。

 しかもミヒャルト達とはすれ違ったっぽい。

 いや、戦闘中の集団に関わったら足止めになると思ってわざと避けたのかも?

 そこにミヒャルトやスペードがいると認識しているかは不明だけど、わざわざ避けてくるほどメイちゃんを優先しなくっても良いんだよ? ヴェニ君?

 

「お前の珍妙な叫び声が、なんか聞こえてきたからな」


 まっすぐメイちゃんのとこまで直行した原因は、私の声を聞き取ったから。

 ……私は、もうちょっと声に気を付けて、静かにラヴェントゥーラさんと相対すべきだったってことだね。

 こんな初歩的な失敗しちゃうなんて……隠密行動に徹せなかったなんて、ストーカーにあるまじきことだよ!

 ヴェニ君の言葉に自分の反省点を省みるけど、でもまだひとり反省会を開くには早すぎる。

 他にやるべきことがあるんだもん。


「なんか知らねーけど、やけに楽しそうだn……っ!?」

「それゆけラヴェントゥーラさーん!」


 ここで捕まってたまるかー!

 そんな言葉が胸中を駆け抜け、私はとっさに蹴り飛ばしていた。


 ラヴェントゥーラさんと。

 いい加減上司(ラヴェントゥーラさん)を救出しようと動き出していた、ボス魔物を。


 半透明に明滅する、明らかに生物としておかしいヒトっぽいラヴェントゥーラさん。

 加えて人里近くで見つかったら即討伐体が組まれるレベルの魔物。

 尋常じゃない組み合わせは、私の渾身の蹴りによって真直ぐヴェニ君へと突っ込んでいく。

 対処にどうするか、凡人ならいきなりすぎて咄嗟に何もできないタイミングだったと思う。

 だけどヴェニ君は迷わなかった。

 迷わず、私への対処を優先させようとした。

 突っ込んできた2体を、ほんの僅かな動作でいなす。

 勢いに逆らわず、だけど少しの進路をずらされて、2体はヴェニ君への直撃コースから僅かに逸れ……後方へと突っ込んでいった。

 隣の部屋……下の階へと繋がる階段がある部屋に、ラヴェントゥーラさん達は飾り窓を突き破って退場していった。

 これで、この場にはヴェニ君だけ。


 そう、ヴェニ君1人だよ。


「……あ? メイ、どこ行った!?」


 簡単にいなされちゃったけど、それでも成人男性1人に相当するラヴェントゥーラさんと、更にそれを運んで空を飛べちゃうサイズの蝙蝠型魔物はそれなりに図体が大きい。

 私の所からヴェニ君へと続く直線距離を、そんな図体の大きい2体は飛んでったから。

 つまり、ヴェニ君の視界は、一瞬より長く2体に遮られた。

 しかも軌道を逸らす為、対処の為に何秒かは彼らの動きに注目せざるを得なかった筈。


 その隙を見計らって、メイちゃんは離脱しました。


 本懐(ストーカー)を遂げる為に隠密修行は密かに、だけど物凄く熱心にやっていた。

 一瞬でも注意が他に行っていて、しかも視界を遮れていたのなら、その隙に乗じるくらいは訳ないよ。相手に注目されてさえいなければ、私の気配遮断はそれなりに仕事をしてくれる。

 素早い身のこなしも、こんな時の為に磨いたといって過言じゃない!

 この5年、私のストーキング修行の目安は、ヴェニ君の認識を騙せるかどうかを一区切りにしていた。

 ヴェニ君の目、耳、気配察知能力、それらを1つ1つさりげなく誤魔化せるか。

 そこを目標に、何度も何度も修行して、無意味にヴェニ君の周りをちょろちょろしたり隠れたり。

 だって私の身近で1番気配に敏いの、ヴェニ君だったんだもん。

 そういう意味でも我らがお師匠は、良い修行相手だった。うん、ヴェニ君ありがとう。


 ……その流れでうっかりヴェニ君の愛の告白シーンとか覗き見ちゃったけどね!

 見ちゃった☆なんて言ったら絶対鉄拳制裁コースだから死んでも言わないけど!

 ヴェニ君だけじゃなくって他の誰にも言わないから! 私の胸の内にだけしまっとくから!

 だから見ちゃったことは勘弁してほしい。

 今のところ殴られてないから、きっと見てたことはバレてない。

 そんでもって愛の告白なんて超プライベート目撃しちゃったのにバレてないんだから、私のかくれんぼ能力は充分通用すると思う!

 今も室内にそっと目をやれば、ヴェニ君が私を探してきょろきょろしているのが見える。


 やったね、逃亡成功しちゃったぜ☆


 私は東館の窓の外。

 壁沿いに、そろそろと移動を開始した。

 だって隣の部屋が気になる。

 ラヴェントゥーラさんが吹っ飛んで行った先……あっちは、本来の『第1章ボス戦』が繰り広げられる部屋なんだもの。

 本来ならリューク様達が部屋の半ばまで進んだところで、ラヴェントゥーラさんと第1章のボスが窓を突き破って乱入してくるはずなんだけど。

 ヴェニ君が予想より早く来ちゃったから、こっちも本来のタイミングより早く突n……


 私は、本気でどうしようかなって心配していたんだけど。

 隣の部屋を、そっと窓の外から覗いてみると。

 まあ、なんてことでしょう。


 なんか始まってました。


「――なんだ、あの魔物!」

「気を付けてください! ただの魔物じゃ……ない!」

「皆、戦闘態勢だ」


 都合のいいことに、そこにはリューク様達が!

 あー……メイちゃん、全然接近に気付いてなかったよ。

 まだまだ未熟だって痛感する。

 ヴェニ君が先に来てなかったら、下手すると鉢合わせしてたかもしんない。


 予想していたよりも早く始まったボス戦。

 私は窓の外から、食い入るように観察する。


「リューク、お前は無理すんな!」

「大丈夫だ、俺だって戦える……!」

「つっても足元覚束ねーじゃんか!」


 どうしたんだろう……リューク様が、ふらふらしている。

 え、どうしよどうしよっ? リューク様、不調なの?

 もしかしてここに来るまでに、怪我でも……?

 めうぅ……心配だよう。


「おい、中の奴らに助太刀しなくって良いのかよ。あいつ、お前のご執心だったリュークって奴じゃねえの? 5年前の、あの村のガキだろ」

「ストーカーがストーキング対象に直に接触するなんて言語道断だよ!」

「こいつ、開き直りやがった……」

「……はっ ヴェニ君!?」


 気が付けば、私の隣にうさ耳師匠。

 私と同じく、壁の装飾に足を引っかけて平然と立っている。

 呆れた眼差しが、私に真っ直ぐ注がれていた。


「お前、何度も何度もそう易々と逃げ隠れできるとは思うなよ?」

 

 ……逃亡、失敗しちゃったぜ☆




   ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆




 後、もう少しで目的の鐘楼に辿り着く。

 この階段を昇ればすぐだと、スタインが言って間を置かず……それは襲ってきた。


 謎の、痛みと苦しみが。


「ぐっ……!?」


 それ(・・)は胸に直接響いた。

 まるで胸骨の内側から、肉が心臓を絞り上げるような。

 今まで感じたことのない部類の、それも耐え難い衝撃。

 立っていられなくなって、俺は階段にかけようとしていた足を滑らせた。

 体が横倒しになりそうだったが、寸でで何とか堪える。

 それでも立っていられなくて、俺はその場に膝をついていた。


「りゅ、リューク!?」 

「おい、どうした!」

 

 顔を真っ青にしたエステラが、おろおろと俺の横に駆け寄った。

 俺の突然の不調に驚く他の誰よりも早く、俺の側に膝をつく。

 顔色を窺うように覗き込んでくる、心配そうな幼馴染。

 安心させるような言葉を何かかけるべきだと思った。

 思ったが、思考はすぐに痛みに引き裂かれて掻き消えた。

 エステラに気を遣えそうにはなかった。

 

「ちょっと失礼……リューク君、意識はしっかりありますか」


 おろおろするばかりのエステラを後ろに下がらせて、スタインとサラスが側につく。

 脈拍を計る手と、問診する声。

 何かを考えることも辛いが、自分に何が起きているのか把握しなくちゃいけない。

 ほとんど尋ねられるまま、鈍った思考で反射的に正直に言葉を絞り出す。

 あまりに辛くて、声も出ない時があったが……親子は急かすこともなく、ゆっくりと俺の様子を調べていた。

 この場で最も博識な学者と、奉仕活動として医療に従事することもある神官の親子だ。

 体調不良の相手を診ることにも慣れていたんだろう。

 テキパキと俺が楽な姿勢を取れるように補助してくれて、水を渡される。


「すまない……」

「無理はなさらず、ゆっくりと口に含んでください」


 水を飲み干した時には、不思議と人心地つけることが出来ていた。

 痛いとそればかりに思考を占領されていた時には気づかなかったが、体調はさっきよりもマシになっていた。徐々に、時間と共に苦しさも回復していく。

 余裕が出来れば、一層不思議だ。

 さっきのあの突然の痛みは、苦しみは一体……

 何か変な持病でもあるんだろうか。

 そんな心当たりは一切なかったが、突然発症することもあるっていうし……


「先生、リュークは大丈夫なんですか!?」

 

 俺の右腕に縋りついたまま、涙目でエステラがスタインに問いかける。

 いつの間にか先生呼びされるようになったスタインは、顎を擦りながら神妙な顔をしていた。

 あの? 黙られると不安になるんだが……


「症状としては、1度に急激な魔力消耗を起こした時のショック症状に似ていますが……サラス、どう思います」

「僕にも、それに近いって思えた、けど……でもリュークさん、魔力を消費するようなこと何もしてなかったよね?」


 そうだな。

 俺はただ階段を昇ろうとしていただけなんだが。

 魔力をいきなり大量消費すると、ショック状態を起こすことがある。それは昔、魔法を教えてくれた先生にも聞いたことがあった。だからショック状態自体は、言われて「ああ」って感じなんだが。

 そのショック状態に陥る心当たりが皆無という、不気味な事態。

 そもそも俺は人より魔力量が多いらしく、今までどんな局面でも魔力欠乏のショック状態に陥ったことがなかったんだけどな……?

 

「スタイン、ここって何か悪質なトラップでも……」

「一般公開されている博物館に、魔力ドレイン系の罠ですか? こんな場所にそんな罠を仕掛ける人なんていませんよ」

「いやいやわっかんねーよ? 職員にミヒャルトみたいな奴がいたのかも」

「スペード? 君、僕に喧嘩売ってる? 買ってほしいんなら買うよ?」

「おい、馬鹿、その怪しい試験管しまえ」

「例え職員が悪質な性格でも、有り得ません。ドレイン系の罠は古代遺跡で散見されますが、現代に至るまで原理の解明されていない超技術のひとつですから」

「そうか……なら、違うんだな」


 結局、詳しいことは何もわからなかった。

 そもそも医療設備の整っていないここで検査できる訳でもない。

 謎の、原因不明の不調。

 時間が経つとだんだん回復してきたけれど、得体の知れない不安は残る。


 今日を切り抜けたら、1度病院で検査してもらおう。

 固く心に決めて、今はなるべく先を急ぐことにした。

 スタインの言う魔物除けの鐘を鳴らして、本当に魔物の襲撃が納まるのなら。

 この体を休めることも、それだけ早く可能になる。

 魔物の出没する館内で、俺だけ取り残される訳にもいかない。

 まだ震えの残る足を叱咤して、俺はアッシュに支えられながら東館の屋上を目指した。


 

 その、手前の部屋で。

 とても驚く事態に遭遇することになるんだが。



 俺達が階段を昇りきった、その場に。

 奥の部屋から飾り窓を突き破って……大きな何かが。

 イキモノのような物体が2つ、飛び出して来た。


 というか、転がり込んできた……?


 よくよく見れば、片方は大きな蝙蝠型の魔物だ。

 見たことのない種。

 強敵の気配がする。


 頭から窓を突き破ってきたのは異様だが。


 もう片方は人のように見えたんだが……何故か、半透明。

 あれは一体、なんなんだ?

 人型の、魔物……???

 いや、人の形をした魔物がいるなんて聞いたことも無い。

 師匠や先生からもそんな話は聞いたことがない。

 半透明という時点でおかしいことは確かだが。

 まさか、幽……


「い、いやぁぁああああああっ! こわいぃー!」


 俺と同じものを連想したのか。

 

 エステラが暴走した。


 きゃあきゃあと叫びながら、問答無用で矢の雨が降る。

 恐怖と混乱からか目は固く瞑られていて、当然のように狙いは無差別だ。

 こわくてこわくて、何かせずにはいられない。

 そんな気持ちの籠った矢の雨だった。


「たっ……退避ー!!」


 アッシュの声を引き金に、俺達は一斉に身構え。

 ……全力で後退り、距離を取った。

 勿論、エステラから。


 そのままなし崩しで、戦闘に突入した。

 

 


 

 


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