12.知らぬ内にとばっちり
全力で振り抜いた一撃は、ラヴェントゥーラさんの脇腹に命中した。
だけどインパクトの瞬間、私の攻撃以外の要因でラヴェントゥーラさんの膝が砕けた様子だった。
どうやら身の丈ほどの長さを持つ杖の、装飾の一部が床に引っかかったみたい。
そのせいでこちらに殴り倒される前に、倒れかけていた体。
崩れた態勢のせいで、綺麗に一撃が入りきらなかったことに内心で舌を打つ。
それでもそこそこの威力があったのか、ラヴェントゥーラさんは脇腹を押さえて蹲っていた。
「ぐ、げふ……なんなんですか、その物干し竿は。有り得ない威力が襲い掛かってきたんですけど」
「物干し竿じゃないもん。これ竹槍だもん!」
「そこ重要で……? だが竹槍だとしても、猶更おかしい……一瞬、セムレイヤ様に蹴られたかと錯覚したんだが…………」
「あ、これセムレイヤ様の鬣入りだよ!」
「そのせいか! セムレイヤ様に蹴られたような気がしたのはそのせいか! というかセムレイヤ様の鬣入り竹槍!? 誰がそんな珍妙な組み合わせを……!? こんなにしょぼい神器が存在して良いのか! 宝の持ち腐れ感が半端ない! 素材の無駄遣い!」
「貶すなんて酷い! メイちゃんが一所懸命、せっせと作ったハンドメイド竹槍だよ!?」
「ハンドメイド竹槍!? なにその妙なインパクト。ハンドメイドじゃない竹槍が存在するとでも!? そもそも君、色々と持ち物が反則過ぎるー!?」
何故か恐れ戦いたって様子のラヴェントゥーラさん。
私が両手で握りしめる竹槍に向けられたのは、明らかな警戒の色。
竹槍の一撃、そんなに痛かったのかな。
セムレイヤ様に一撃もらったのかと錯覚したって言ってたもんね。
多分、いや、確実に竹槍に仕込んだセムレイヤ様の鬣効果だよ。
「セムレイヤ様が……私を守ってくれたんだね」
「守ったというか殴ったんでしょう。貴女が、私を」
蹲るラヴェントゥーラさんから自由を奪おうと、ここぞとばかりに踏みつける。
そのまま抜け目なく危険物(液体)をぶちまけてあげようと思ったんだけど、流石にそこまで許してくれるほど、『中ボス』は甘くない。
私が瓶を掲げるよりも早く、ラヴェントゥーラさんの影が翻る。
急にふっと足元の感触がなくなり、ラヴェントゥーラさんを踏みつけて押さえていた右足がカクンって崩れた。まるで、階段踏み外した時みたいに。
今のラヴェントゥーラさんは、肉体をどこかに置いて精神だけで出張中。
目に見えるその『体』は、実体じゃない。魔力だか神力だかで構成されている仮初のもの。
転倒対策と銘打っていただけあって、どうやらラヴェントゥーラさんの意思に応じて触れたり、擦り抜けたりするらしい。まあドジッ子の呪いもあるし、対策しようって考えるのはわかる。
その割には、私に蹴り転がされたり殴られたりやられてるけど。
ラヴェントゥーラさんがどれだけ器用かは知らないけど、状況の推移に合わせて咄嗟に物理対策のon/off出来るかって言われたら難しいみたい。だってその証拠に、さっきから不意打ちとか意表をついてみたりとか、突然の攻撃には対処が間に合わず物理で喰らってるし。
だけど考える猶予とか、間を与えたら簡単に物理の有効無効は切り替えられる。
今もそうやって、踏みつける私の足から自分を透過させて逃れたんだから。
私はラヴェントゥーラさんにとって脅威に成り得る2つの武器を持っている。
セムレイヤ様の鬣仕込みの竹槍と、ウィリー達の作った危険物。
この2つを同列に並べるのもなんだか微妙だけど。
ラヴェントゥーラさんは油断できないって、無視できないって思ったはず。
だから、状況を仕切り直す為にも距離を取ろうとするかなって。
そう思ったんだけど。
実際は、逆だった。
私の持つ脅威は長柄の武器と液体(浴びるな危険)。
どちらも距離をそれなりに取らないと扱い辛い武器だ。
そしてラヴェントゥーラさんは、これらへの対処法として……距離を取るのでは、なく。
むしろ距離を詰めて、私の武器を封じる方向で動いた。
結局攻撃らしい攻撃に使われることなく。
距離を縮めて対応する為には無用の長物と判断された、ラヴェントゥーラさんの杖がカランと音を立てる。持ち主の手を離れ、床に落ちて転がって。
杖を手放したラヴェントゥーラさんの左手が、私の右手首を強く掴んでいた。
この手は絶対に放さないっていう、強い気持ちが伝わってくる。
こうなると私もラヴェントゥーラさんも、武器は無駄だ。
小さな短剣くらいなら使えなくもないけど、槍や杖はアウト。
実際にラヴェントゥーラさんは杖を放り出し、私も対応の為に竹槍を手放した。
あまりにも至近距離で、傍目には密着しているという表現が相応しく見えるんじゃないかな。実態は密着しているという言葉に宿る親密さなんか欠片もなくって、近接格闘技とか、相手の必殺技封じとか、そんな意味合いの至近距離だけど。なんだかアレだよ、微かに残る前世の記憶が、私の脳裏で『首相撲……?』って囁いた。
私を逃がすまいという気持ちで、ますます強く力が入る拘束の左手。
そして振り上げられた、ラヴェントゥーラさんの白い右手。
瞬き程の時間で、するすると鋭く歪曲した爪が伸びる。
凶器にしか成れない、鋭利で堅そうな爪が……
振り上げられてー、振り下ろされー……る、前に。
私は咄嗟に手の甲でラヴェントゥーラさんの右手を内側から弾いていた。
ぺきょっ☆
「ぐ……っ!?」
そうしたら、当たり所が悪かったのか。
それともラヴェントゥーラさんの指が変な感じになっていたのか。
ラヴェントゥーラさんが突き指した。
「よ、よくもやってくれましたね……!?」
「えっ!? いや、そこ責められるとこ!?」
一瞬、変な言いがかりつけられて「えっ!?」ってなったけど。
相手が僅かでも怯んだら押せ押せ押し込め押し通せっていうのが、我等がお師匠の教えだし。
突き指を庇うように遠ざけられた、ラヴェントゥーラさんの右腕。
その手首を、今度は逆に私がギシッと音がしそうに強く掴んで握る。
私とラヴェントゥーラさん、互いが互いの手首を握り合う不思議な体勢で。
このまま力比べが始まってしまいそうな、そんな体勢から。
私は逆上がりの要領で駆け上がった。
どこをかって?
勿論、ラヴェントゥーラさんの体をだよ!
まずは足をかけやすい太腿……をしょっぱなから無視して、鳩尾を狙った。
足をかけるというより、明確な前蹴りだった。
咄嗟だったからか、油断したのか、ちゃんとしっかり感触がある。
肉に足が食い込む、生々しい感触が。
そのまま勢いをつけて、ラヴェントゥーラさんの顔面を蹴り上げた。
本当に、逆上がりの練習をする子供が補助用に立てかけられた板を使って駆け上がるように。
反動で、私の体が跳ね上がる。
急回転、2本の腕を支点に体がくるりと弧を描く。
自然と捻りが入って、私の腕を掴んでいたラヴェントゥーラさんの手が外れた。
間を置かず、私もラヴェントゥーラさんの腕を離す。
だけどそこで終わらせる気はない。
攻撃が上手くいったのなら、そんな時こそ追撃を!
正直に言うとね。
私、ぶっちゃけ槍術より格闘戦の方が得意だよ。
「喰らっちゃえ、私の体で1番固い部位!」
くるりと回転したら、目の前にはラヴェントゥーラさんの整った顔面。
慣性の法則に逆らうように、空中で自分に急制動をかけて。
そのまま右足を振り下ろした。
一瞬だけ頭突きにしようかとも思ったけど、私の体は額より足の蹄の方が固い。
踵落としが炸裂だ。
さっきの蹴りと、今回の踵落としとでラヴェントゥーラさんの顔には蹄の刻印が……赤い花弁模様が刻まれた。
もんどり打って倒れるラヴェントゥーラさん。
弱体化している上に呪い持ちだとは言っても、相手は神。
これで終わるはずがない。
だから躊躇わずに次の手を打つ。
「これで、トドメー!」
もっと苦しい戦いになると思ったから、フェイントとか迂遠なこと考えたけど。
チャンスがあったらその限りじゃない。
相手に隙が生まれたなら、容赦なくえぐる。
それが師の教え、私達の流儀。
だから。
残りの謎の液体(×7)を一気にぶちまけた。
だけど無意識に、私も焦っていたのかな。
刻々と時間が過ぎるごとに、猶予はなくなっていく。
リューク様達がここに辿り着くまでの猶予が。
そして、私を捜索しているだろう、ヴェニ君がここまでやってきちゃうまでの猶予が。
焦りは詰めの甘さを招き、失敗を呼び寄せる。
私もその例に漏れず。
失敗した。
「ぅあ……っ!?」
もっと、冷静だったなら。
きっと、普段の私だったなら。
ちゃんとわかって行動していた。
コレ危ないって、前もってわかってたんだから。
触ったらダメージを負う液体なんだよ。
もっときちんと、安全な距離を確保して使うべきだったんだ。
だけど焦ってたからか、認識の甘さがあったのか。
ヴェニ君にも散々、戦いの時は慎重さと冷静さを忘れるなって言われてたのに。
私はうっかり近すぎる距離で危険な液体ぶちまけて。
うっかり、浴びた。
ほんのちょっぴり、手の甲にかかっただけだけど。
でも、効果はそれだけでも十分だった。
メイちゃん、まさかの自爆ーーっ!!
こんなに効くなんて思ってなかったんだけど、自分で液体が触れたと気付くより先に体が反応した。
筆舌に尽くし難いって表現がピタリとハマる。
本当に、言葉でどう表現していいのかわからないくらい。
何故か、胸に激痛が。
液体がかかったのは手の甲だよ。
なのになんで胸に痛みがずくずくとー!?
疼くって言葉じゃ足りない。
痛いって言葉じゃ言い表せない。
息が出来なくなって、頭から水を被ったみたいに脂汗が流れ落ちる。
心臓が握り潰されたかと思った。
立っていられなくなって、床にどっと倒れ込む。
あまりに痛くて、痛みの中心にある心臓を抉り出してしまいたくなる。
胸を掻きむしり、体を小さく丸めて耐えるしかない。
もうラヴェントゥーラさんを気にしている余裕もなかった。
……まあ、私なんて目じゃない量の液体を浴びたラヴェントゥーラさんも、私に構っている余裕はなかっただろうけど。
この苦しいのが、どれだけ続くんだろうって。
そもそも終わる時は来るんだろうかって。
目の前が真っ黒に塗り潰されたみたいに感じたのは、多分気を失いかけていた。
私はこのままここで倒れるの?
……まだ、本懐も遂げていないのに?
だめ。
それは、だめだ。
思い至った瞬間、私は気を持ち直していた。
それと同時に、なんか体も持ち直していた。
「……あれ?」
思わず首を傾げ、次に首を傾げる余裕が戻ってきていた自分に驚いた。
気が付いたら体はピンシャン。
もう、どこも痛くないし、異常は感じられない。
「あれ?」
足元では、半透明になったり透明になったりと点滅するカラータイマーみたいな状態に陥ったまま悶絶するラヴェントゥーラさん。こっちはまだまだ復活に時間がかかりそうな様子。
そんなラヴェントゥーラさんと比べて、いきなり痛みも苦しみもなくなったことにきょとんとしてしまう私……え? 本当に、え? なんで?
あまりに唐突で、理由の分からない快癒に戸惑ってしまう。
何が起こって、どうして自分は回復したのか。
それがわからないまま、取りあえずラヴェントゥーラさんの顔を踏みつけた。
どうせだから蹄の跡、増やしちゃえ。
ラヴェントゥーラさんの顔に、赤い花が咲いた。
これはこの王都襲撃事件の後で、情報共有の為にセムレイヤ様とお話した時のことだけど。
いつも優しくって穏やかなセムレイヤ様、に。
初めてマジなお叱りを受けた。
「生物の持つ魔力自体を散らす薬? なんて危険なものに手を出しているんですか、メイファリナ!!」
「え、え、いや、えっと、その、作ったの私じゃないよぅ!?」
「それでも使ったんですよね? しかも危険性を理解してからも、なお」
「………………え、えへ?」
「笑って誤魔化しても駄目です。貴女はその薬がどれだけ危険なのか理解していません。ましてや……自分にかけてしまうなんて」
「か、かかったっていってもほんのちょっぴりだよ! それもよくわからない内にすぐ回復したし!」
「例え量が少なくても、かかった場所が手……体の末端ではなく、頭や胴体に直接かかっていたらどうなっていたか知れませんよ。回復も、外的要因によるものでしょう。自分がどれだけ幸運なのか、貴女は理解していません」
そうしてセムレイヤ様は重々しい声で、言った。
「良いですか、メイファリナ。生き物はどんなイキモノでも魔力を持っています。そして魔力とは……生物の持つ高密度のエネルギー……所謂『魂』から溢れた、生命活動に支障をきたさない範囲の余剰エネルギーを変換したものなのですよ」
説明の導入部分で、既になんだかヤバ気な気配が漂っていた。
「魔力は『魂』から汲みだされたモノ。魔力そのものを散らす薬となれば……直に被れば、魔力どころか『魂』そのものに害を及ぼしてしまう可能性が高い。『魂』が無事だとしても、影響を受けて当然です。今回はそれほど多い量ではなかったようですが、いきなり強引な方法で魔力を損ない、『魂』が混乱してショック状態に陥ったのでしょう。特に獣人は、『魔力を消費する』という状況に不慣れですからね」
セムレイヤ様の話を聞くと、改めてあの危険物が如何に危険だったのかがわかる。
というか本気で危ないところだったんだ……
私は『魂』なんていう訳の分からない存在への悪影響で、ショック状態だった。
そこは実体験が伴う分、嫌でも理解した。
でも、どうしてあの時。
私は途中で回復したんだろう……?
「それは、リュークがいたからでしょう」
「え?」
「貴女は忘れているようですが、メイファリナ。
――貴女はリュークの、現状唯一の『信者』なのですよ……?」
信者と書いて、ストーカーと読む。
……じゃなくって、ええと、どういうことだったっけ。
セムレイヤ様の言うことを、思い出すのにちょっと時間がかかった。
そのくらい、普段の私は意識していなかったから。
信仰心の特に強い信者を神様が認識すると、両者の間には繋がりが生まれる。
その繋がりを通して、信者は『救術』っていう奇跡を使えるようになる。
『救術』を使う時に消費するのは魔力ではなく、神様との繋がりを通じて供給される天界の力。
そして私とリューク様の間には、不完全ながらその繋がりが(仮)の状態で存在している。
頑なに私が身を潜めていたせいだけど。
リューク様の私の存在に対する認識が薄いから、繋がりは(仮)が取れないらしい。
リューク様は、下界で育ったけど生物学上は立派な神様。
でもそのことを知っている人類は、今のところメイちゃんだけ。
他の人がどれだけリューク様のことを慕っていても、神様だとは知らないから『信仰』にはカウントされない。私の思い入れも『信仰』って言われると首傾げちゃうんだけど、『崇拝』って言われると何故か納得しちゃう。
他のちゃんとした神様方は、たくさんの信者に『信仰』を捧げられているもの。
だから神様と信者の関係は基本『1 対 多数』。
その繋がりも沢山の人達に分散されるから、恩恵は自然と薄くなる。
だけど信者が私しかいないリューク様とでは、『1 対 1』。
分散されるはずの繋がりが私1人に限定されてるから、恩恵は勝手に強くなる。
例え(仮)がついていたとしても……!!
つまり、結論として何が言いたいかというと。
「も、もしかして、私……リューク様との繋がりを通して、勝手に失くした分の魔力もらっちゃった、とか……」
恐る恐るとセムレイヤ様の顔を見上げると、沈鬱な顔でこっくりと頷かれた。
Oh my God……。
『ちゃんとした神様』は急激に力を消費しても、それこそ天界から供給されてすぐに回復するそうなんだけど。
神様としては無位無官のリューク様には、その供給ラインが現在通ってないらしく。
補う手段のないリューク様は、力を消費しても自然回復頼みにならざるを得ない。
そんなリューク様から、いきなり人類1匹が消費量に驚いて体がショックを受けるような魔力を無許可で強奪しちゃった、と。
知らない間にやらかしちゃったメイちゃんは1人、頭を抱えて神様に懺悔した。