表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/61

11.洒落にならない新兵器



 『ゲーム』での話、リューク様はノア様に狙われていた。


 命を、ではなく刻印を刻もうと。

 ノア様への服従紋章。


 効果は読んで字のごとく。

 具体的には以下の通り。

 ・ノア様に逆らえなくなる

 ・ノア様に危害を加えられなくなる

 ・ノア様の意見を何より尊いと感じるようになる

 ……っていう最悪の3点セット。それ洗脳じゃん。

 忠誠心を強制するとか呪い以外の何物でもないよね。


 神の力でそれを刻まれたら、誰も抗うことなんて出来ない。

 同等の力を持つ神様でもなければ、撥ね退けることは不可能なんじゃないかな。

 リューク様も神様ではあるんだけれど、自分が神だとは知らないし。

 そもそも今のリューク様は神としては無位無官。

 武士に例えたら素浪人みたいな感じ?

 素浪人と上皇がタイマン……あ、駄目だイメージするだけで勝てる気がしない。

 いくらセムレイヤ様っていう強い神様の息子でも、リューク様とノア様ではノア様の方が神様としては圧倒的に強い。神様としての力と位をパパさんから継承できたら、その限りじゃないけど。

 ノア様は落ちぶれたといっても仮にも元主神だしね。

 現時点で、リューク様に紋章の効果から逃れる術はない。

 

 小さな子供に刻めば、服従紋章の力が強過ぎて子供が歪む。

 歪んでしまえば、ノア様の計画にリューク様を使えなくなる。

 だからノア様は、リューク様が十分に育ってから紋章を刻もうと画策した。


 ノア様にとって致命的だったのは、実行犯がラヴェントゥーラ様だったって点。

 だってノア様の本体は、まだ封印の中に閉じ込められている。

 5年前、リューク様の村に現れたのは意識だけでお散歩状態だっただけで、実体じゃなかった。

 意識体だけでお散歩が出来ると言っても、封印の祠から遠くには行けないらしいし。

 他の神々は理性の無い魔物に零落しているか封印されていて、自由に使える手駒の中で複雑で難しい命令を理解し、実行できるのはどうやってもラヴェントゥーラ神だけだった。


 けどラヴェントゥーラ神は他の神々より封印が浅かった分、厄介な呪いを受けている。


 ドジッ子の呪いである。


 『ゲーム』での、リューク様に紋章を刻もうと画策したアレコレが結果どうなったのかは……アレだよね、推して知るべしってやつ。

 勿論、毎回失敗した。

 こうして思うとドジっ子の呪いって色々アレだけど、実際にはかなり凶悪な呪いなのかも。


 その、『ゲーム』では失敗した任務を。

 この現実でこそ全うしようと……間違いなく成功させようとしている。

 ラヴェントゥーラ神がドジッ子の呪いを受けてる限り、所詮は失敗しそうな気がするけど。

 だけど放っておくわけにはいかない。

 メイちゃんの期待を台無しにしてくれた報復もしないとだしね!


「先手、必勝……!」


 取敢えず、会話がまだ終わる前に。

 ラヴェントゥーラ神には『危険物』を投げつけておくことにした。

 さっき道端で、ルイ君とアドルフ君に貰ったアレ。

 ウィリーと、『アメジスト・セージ商会』の危険思考寄りな新人さんが周囲をドン引きさせながら開発したっていう……『危険物』を。 

 それがどんなものであれ、多分ミヒャルトの『神変鬼毒』よりはヤバくないと思うんだよね。

 だからきっと比較したらまだ大丈夫なはず――! たぶん!


「どうか適度に痛い目に合わせられるような効果でありますよーに! 南無三!」

「なんですその不穏な掛け声――!?」


 ルイ君とアドルフ君から受け取った『危険物(投擲用)』は、瓶詰された謎の液体と革紐でぐるぐる巻きにされた謎のカプセルの2種類。

 私は瓶詰液体(謎)の方を掴み取り、迷わずラヴェントゥーラ神に投げつけた。

 世間では魔物には毒が効かないっていう通説がある。

 魔物=零落した神ってことは、知られてないけど。

 ラヴェントゥーラ神は封印と呪いで弱体化しているけど、まだ零落はしていない。

 だから魔物とは呼べない。まだギリギリ神様の範疇だ。

 瓶の中に入っている液体が何かは知らないけど……魔物に試せって言われたから、多分毒物じゃないと思う。何だったとしても、ラヴェントゥーラ神には魔物程の効果が出ないと思う。

 ……うん、そう、思ったんだけどね?


 私が投げつけた瓶は、思いっきり直撃コース。

 そのまま何もしなければ、確実にラヴェントゥーラ神の顔面に激突する。

 避けるまでもないと思ったのか、無理に避けて隙が出来るのを嫌ったのか。

 ラヴェントゥーラ神は左腕を翳して、瓶の飛来コースを遮った。

 腕での防御を選んだのは、きっとそれだけ自分の防御力に自信があったんだと思う。

 だけどラヴェントゥーラ神は……ううん、私も、なんていうかね?

 うん、その………………甘く見ていた。


 がしゃん。

 瓶の割れる音。

 そしてなんか「じゅっ」っていう、紙が焦げ付いたような音。


 獣人の鋭い嗅覚に、異臭が突き刺さった。


 こ、このニオイは……っ

 なんだか物凄く、本当にほんとうにすご~く……前世の記憶が刺激された。

 どう表現したら、この異臭のヤバさが伝わるかな?

 私の個人的な、感想だけど。


 サン●ールとキッチンハ▼ターとド◆ストと……塩素系・酸性に関わらず、ありとあらゆる洗剤や漂白剤を混ぜ合わせ、味噌と蓮華の蜂蜜と鯨油を混入して煮詰めたような…………いや、どんなニオイ?

 途中でなんかわかんなくなったけど、例えるならなんかそんな感じの異臭がした。

 もうその時点で危険な予感しかしない。

 一体何が起きたのか……恐る恐る、結果を確認しようと目をやると。


 液体をモロに被っただろう、ラヴェントゥーラさんの左腕が消えていた。


 うん、消えたとしか言いようがない。

 私もラヴェンダトゥーラさんも消えた左腕にぎょっとした。

 千切れたとか、抉れたとかじゃないの。消えたの。

 紙に書いた落書きを、消しゴムで消したみたいに。

 しゅわしゅわって音を立てて、蒸発したっぽい……。

 腕の切断面から血でも流れていたら、生々しい実感があったと思うんだけど。

 本当に『消えた』としか言いようがないので、見ている光景が冗談みたいに思える。


 あ、いや、よくよく目を凝らしてみたらある!

 うっすらとだけど、透け透けになった左腕の輪郭が辛うじて見えた。

 だけど液体ぶっかけられた腕がシースルーになるってこれ一体どういう状況?


「な、なんなんだ、その液体は……!」

「……なんなんだろうね!」

「おい? なんですかその曖昧な答え」

「私もよくわかんないんだもん」

「よくわかんないって……正体不明の物をあんな無造作に投げつけてきたと!?」

「ちょ、ちょっと待ってね! 説明書あったはずだから!」


 私はごそごそと鞄から『取扱説明書』を取り出して流し読みした。

 本当は使う前に読まないといけなかったんだろうけどね!


「え、ええと……『この薬剤は「魔物は血肉そのものではなく、血肉に宿る魔力こそが本体である。血肉は魔力の付随物にすぎない」という300年前に発表された学説に着目して誕生しました。本体の魔力に影響を与えることで、付随物である肉体にも効果が及ぼせるのではないか? そこで生物の魔力に反応して爆発を起こすことで知られる食肉植物チンジャ・オローチの精油を主軸とし、48の秘薬を混ぜて……(省略)……本品は生身に宿る魔力に反応して効果を発揮します。大変危険ですので、決して魔物以外には使用しないでください。人殺しになりたくなければ対人での使用はお控え下さい。正しい使用方法に従わず引き起こされたあらゆる事態において、当商会では保障致しかねるのでご了承ください』」


 私が説明書を読み上げる声を無言で聞いていたラヴェントゥーラさんが、沈鬱な顔で目頭を押さえた。

 頭痛でもしてるのかな?

 私もちょっと頭が痛いよ!

 だけど、引っかかるところがあったので頭痛を堪えてラヴェントゥーラさんを凝視した。


「ラヴェントゥーラさん、本体どこに落としてきたの?」


 この薬は、要は薬を被った対象の魔力を根こそぎ吹っ飛ばす薬ってことだと思う。

 魔力を吹っ飛ばされても、実体があれば消えるなんてことはないはず。

 腕が消えたってことは、実は腕に見えたそれ……魔力というか神力で可視化していた非実体ってことだよね?

 その証拠に、時間が経ってまた魔力が行き渡ったからだと思うけど。

 最初は消えたように見えたラヴェントゥーラさんの左腕が、元の姿を取り戻していた。

 さっき透け透けだけどうっすら見えたって状態は、回復している途中の姿だったんだね。

 魔力を再度集めることで修復された姿は、もう腕が消えていた名残もない。

 頑張ってさっきの記憶と照らし合わせないと、どこが消えてたのかももうわからないや。

 今のラヴェントゥーラさんの姿は、とても実体がないようには……精神体には見えない。 

 さっきメイちゃんの不意打ちクラッシュ(跳び蹴り)背中に喰らってたから、実体がないっていっても触れない訳じゃないんだろうけど。魔力で作った精神体を、物質化させてたってことかな。


「もう1回聞くね? ラヴェントゥーラさん、本体どこに落っことしたの?」

「……別に、落としてきた訳じゃ」

「え? 落っことしたんじゃないの?」

「いくら何でも体を落とすほど間抜けじゃない。落としたんじゃない、置いてきたんだ」

「置いてきたって、なんでまた……」

「………………転倒防止、に」


 わあ、極端な……。

 体があったらすっ転ぶこと確実だから、転ぶ体自体を置いてきたってこと?

 そりゃ確かに、非実体なら足が躓くこともないだろうけど……

 ……あ。


「そういえば、『ゲーム』の第1章……重要キャラっぽく登場したラヴェントゥーラさんが途中退場したのって」

「そうですよ……っ『ゲーム』の展開だと、私は瓦礫に躓いてすっ転んで真っ逆さまに窓から転落して途中退場するんですよ!」

「Oh……」


 改めて言葉にされると、酷さが際立つなー……。

 それは、うん、転倒防止対策で体を置いてきても仕方ないかも……?

 でもそれってつまり、今は体がないってことで。

 魔力むき出しの、ある意味で超無防備状態ってことだよね?

 私は、にっこりと微笑みを浮かべた。

 右手に握った瓶を、見えるように掲げて。


「さて、ここに。実は同じ液体がもう1瓶あったりするんだけどね?」


 嘘だよ。

 本当はあと7本あるんだけどね?

 1本はフェイントに使って、油断したところで6本纏めてぶっかけてやろうかな。

 魔力を散らすってのが正確にはどんな状況なのかわからないけど、ラヴェントゥーラさんだって仮にも神様なんだから。多分、きっと、死には至らないんじゃないかな。


「できればこの1本を使わないでいられる内に、降伏してくれないかなぁってメイちゃん思うよ。あ、あと5発くらい蹴らせて」

「……お断りです。むしろ私は確信しましたよ。貴女は危険だ……今後も『シナリオ』を守るため、何度だって私の前に立つでしょう。で、あれば……討てる時に葬り去ってこそ後顧の憂いを絶てるというもの。貴女がセムレイヤ様のお気に入りだとしても、今ここで……!」

「あ、なんか変な方向で覚悟決められちゃったよ!? 私と本気で殺りあうつもり!? 私、容赦しないよ!」

「むしろ今まで容赦したことがありましたか!?」


 どうしよう、向けられる殺気が本気っぽい。

 意外な展開……いや、別にそこまで意外でもないかな?

 ラヴェントゥーラさんが敵側に回るって時点でこうなってもおかしくはなかったね!

 ドジッ子の呪いなんていう不憫な追加情報についつい油断しがちだけど、『ゲーム』では中ボスに位置付けられていただけあってラヴェントゥーラさんは舐めてはかかれない相手だ。

 シャンッと涼やかな音を立てて、ラヴェントゥーラ神の手の中に1本の杖が現れる。

 飾り気のないただの棒みたいな杖じゃない。

 『ラヴェントゥーラ神』が大神ノアの伝令として持つ物だ。

 形状は錫杖に近く、握り拳よりちょっと小さい位の、ガラス玉みたいな形状の鈴が幾つもついている。その鈴が、ラヴェントゥーラ神が杖を動かす度にシャラシャランと繊細な音を立てた。

 ガチの、ラヴェントゥーラさんのマジ装備だ。

 どうやらこの場でメイちゃんを殺しておきたいっていうのは本当らしい。

 だからといって、大人しく殺される義理なんか私にはないんだけれど。

 

 相手は弱体化していても神様。

 ノア様の影響力が徐々に強まっている現状、セムレイヤ様に助けに来てもらう訳にもいかない。

 つまり助っ人なしで、自力でどうにかラヴェントゥーラさんの殺意を切り抜けないといけないってこと。

 メイちゃんに神様が倒せるかな……本当に危ないとなったら、緊急離脱も視野に入れないと。

 でも相手が本気なら本気な分だけ、リューク様が危ないって心配が高まる。

 まだ『ゲーム』序盤の時間軸だもん。

 リューク様の強さは未知数だけど、たぶんまだ人の常識範囲内の強さなんじゃないかな。私の勝手な予測だけどね。取敢えず確実に言えるのは、まだリューク様に本気になったラヴェントゥーラを押さえられるだけの実力がないってこと。

 だったらリューク様の為にも……私が少しでも、力を削いでおくべきだよね。

 遭遇の次の瞬間、一瞬で途中退場せざるを得ないところまで削る……!

 それが、今の私の精一杯の目標だ。


「いざ、尋常に勝負……!」

 

 キリッとした顔で杖を構えたラヴェントゥーラさんからは痛いほどの真剣さが伝わってくる。

 私も竹槍を構えて、じりりっと距離を詰める。

 武器を構えられるってことは、少なくとも両腕……もしかしたら上半身は触れられる状態ってことだよね。

 だったら狙っても透過されちゃいそうな足元は完全無視で、上半身、特に腕に狙いを絞ろう。


 さっきの謎の液体を警戒してか、先に攻めかかってきたのはラヴェントゥーラさんの方。

 何やら漲る鋼色のオーラが、錫杖にまとわりついている。

 あれで殴られたら、一堪りもなさそうだなぁ?

 殴られたらマズイ。だったら殴られないように工夫しないと。

 ぼんやりとそんな呑気なことを考えながら、敢えてラヴェントゥーラさんの懐を狙って滑り込む。

 長柄の獲物は、懐にもぐり込まれた時にちょっと困る。

 さあ果たしてラヴェントゥーラさんに上手く対処できるっかな☆

 

 取敢えず問答無用で腹を殴りつけておいた。

 大振りな、竹槍の一撃で。



 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ