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9.ボッコボコにしてやんよ

皆様、明けましておめでとうございます。

お正月の初投稿はメイちゃん達となりました。

今年もどうぞ、よろしくお願いいたします。



 私が彼らを……リューク様達を見つけたのは、博物館に侵入して速攻だったよ!

 だって明らかな戦闘音がしてたんだもん。

 まだ軍人さん達は博物館の中まで踏み込んでなかったのに、戦っている人がいる。

 別の誰かって可能性も全くゼロじゃないけど、でも流れ的にそうだと思うから。

 うん、アレだけ色々と大きな音を立ててたら、ね?

 場所がわからないとか、そんなことないよね。


 音で、リューク様達がいそうな位置に当たりをつけて。

 今はざっと……西館1階に下りたとこ、かな?

 西館は博物館の正面入り口から入って直ぐの建物。

 一般の人が順路以外の場所に入り込まないように閉鎖されているから、博物館の順路通りに進まないといけないんだよね。お陰でちょっと遠回り。

 西館1階から入って、2階に向かって、また1階に戻る。

 そこから東館に繋がる渡り廊下を駆け抜けて、東館の奥に建つ鐘楼へ。

 かつて使われていた当時を再現した鐘楼に、目的の鐘がある。

 鐘楼には東館の屋上から行けるんだけど、手前の大部屋でボスとの戦闘が待っているんだよね。ストーカーとして、ボス戦だけは見逃せない。

 できれば博物館(ダンジョン)内で起きるイベント、全部見届けたいところなんだけど……

 出遅れた過去は変えられないから。

 もう既に、幾つか見たかった光景を見逃しちゃっていてもおかしくない。

 めうぅぅ……見逃しちゃったかも、なんて思うとショックだよぅ。


 物陰に隠れて彼らを観察できるよう、見つかり難い位置を逆算する。

 潜む場所は、前以て目星をつけておいたんだよね。

 王都に来た翌日には、下見を兼ねて博物館の見学しておいたんだから。

 重要な作戦前に、現地の内部構造を把握しておくのは当然だよ!

 音の聞こえる方角、反響具合から推測して、多分リューク様達がいるのは西館と東館を繋ぐ回廊手前のロビーってところかな。あそこ吹き抜けになっていた筈だし、観察(ストーカー)するなら上の階からかな!

 そこでリューク様達の様子を確認して、問題がなければ『ゲーム』で重要なイベントの発生した場所に先回りしよう。先に潜んでおいて、イベントを一部始終見守るよ!

 リューク様達の位置がまだ西館なら、渡り廊下のあたりでそれまでただの同行者だったスタインの戦闘参入イベントが……って、あ。

 そういえば、スタイン……博物館にいるって話だけど、どうなってるんだろう。

 っていうか本当にリューク様達、ここにいるのかな。

 …………スタインだけがいて、リューク様がいなかったらどうしよう。


 胸の中に吹き荒れる、焦燥。

 人はきっとこれを不安って言うんだね。


 と、とりあえず。

 うん、取りあえず!

 博物館の中で誰かが戦っていることは、聞こえてくる音からして確かだから。

 ひとまず、戦っている人の姿だけでも確認しよ……。

 それがリューク様なら、よし。

 スタインがいれば、なおよし。

 どっちでもなかったら………………メイちゃん、寝込んでも良いかな?

 その時はショックで寝込める自信があるよ!

 まずは現状の把握、全てはそれから。

 自分に何度もそう言い聞かせながら、動揺と焦りに揺れる胸を押さえて移動した。

 ちょっとだけ、見るのが怖い。

 でも立派にストーカーをやり遂げる為には、そうも言っていられない。

 折角、博物館に突入したんだけど、私は西館2階の窓から壁伝いに移動を開始した。

 ロビーの天窓まで行って、そこから中を覗き込むよ!

 私は博物館の中で戦闘中の人達を良く見ようと、激しい物音の方へと顔を向けた。


「エステラ、左の敵を狙え! 少しでもいい、牽制してくれ。アッシュ、俺達は右の敵だ!」

「左って3体いるけど、リューク、どう分けるよ!?」

「手が空いた方が3匹目!」

「おっしゃ、やったらぁ!」

「調子に乗って羽目を外すなよ! エステラも、無理しすぎないように気を付けろ。いつも俺達のフォローをしてくれている師匠は、今いないんだからな」

「う、うん! 気を付ける! だから、リュークも気を付けてね……!」

「ああ……! スタインさん、サラス、もう少し壁際に下がっていてくれ」

「はい、了解しました。サラス、私達は邪魔にならないようにしましょうね」

「僕達、何もしなくていいの、お父さん……」

「戦闘経験も中々積んでいるようですからね、彼ら。私達は私達にできることを。サラス、お前は特に戦闘後の方が活躍できると思いますよ」

「あまり大きな怪我をされないと良いんだけど……」


 そうしたら、ね。

 うん…………うん、なんて言ったら良いんだろうね?

 いや、リューク様がいたよ?

 リューク様がそこにいたのは良いんだけどね?

 良いどころか、いっそ快哉を叫びたいぐらいに大はしゃぎしたいんだけどね?

 はしゃぎたいけど、はしゃぐにはしゃげないというか。

 色々と言いたいことはあるんだけど……まずはこれだけ言っておこうか。


 あれれー? なんか見慣れたのが2人もいるよー???


「左と右、ね……正面からも来てるんだけど?」

「そっちは消去法で俺らってことだろ」

「リューク達が3匹で、エステラが2匹。それで僕達への割り振りも2、と……エステラが1人で抑えられる数を僕ら2人に回すとか舐められてない?」

「そこ深く気にするとこじゃねえだろ。信頼の深さは付き合いの長さだって言うじゃん。ちっと顔見知り程度の俺らに負担かけるような采配は出来ねーんだろ」

「僕、侮られるの嫌いなんだよね」


 ミヒャルト、スペード、君達なんでそこにいるの。


 そこには何とも見慣れた、猫耳と狼耳の2人組。

 かったるそうな顔をして、だけど油断なく武器を握って魔物を注視している。

 家族の次くらいに良く見る、幼馴染2人がそこにいた。

 っていうか本当、なんで君達そこにいるのかな。


 この時、現時点ではまだ仲間に加わってない筈のサラス君だとか。

 あるいはリューク様の故郷の村と共に姿を消した筈の、アッシュ君だとか。

 そういった『イレギュラー』と呼ぶべき、タイミング的にここにいるのがおかしい人は他にもちらほらいたんだけどね?

 圧倒的な見覚え感と共に、私の目は点になっていた。

 どんな設定……いや、いやいやそういや親戚がどうのって話をさっき聞いたような聞かなかったようないやそれにしたって何この偶然、ちょっとタイミングがおかしいよねっ!?

 どうしたって混乱してしまう頭を押さえて、私は頭痛と戦う羽目に。

 

 そうしている間にも、事態はさくさくーっと進んでしまうので。

 これもう頭が痛くなっても仕方ない感じだよね……?

 だってミヒャルトがなんかやらかした。


「脅威段階、3から4ってところかな……数は7、種類は3」

「お、おい、ミヒャルト? お前何言って……ちょい待ておいぃ!?」

 

 顔を引き攣らせるスペードの、制止するような声を意にも留めず。

 ミヒャルトは腰で固定していた鞄の中から何かを取り出す。

 彼の手が掴みだしたのは……赤くどす黒い液体が入った、試験管みたいなガラス瓶。

 それを見た瞬間、私とスペードの背筋を戦慄が駆け抜けたよ!

 ミーヤちゃん、まさか……っ!?

 ぎょっとする私とスペードは、きっとこの時同じことを思っていた。

 ミヒャルト、まさかだよね!? っていう、気の遠くなりそうな叫び出したくなるような思い。

 待って、やめて、ミヒャルトを止めろスペード。

 だけどスペードは、魔物と相対する為にミヒャルトよりいち早く前に飛び出していて。

 ミヒャルトのやっていることに気付いてはいても、物理的に止めるには距離が生まれていた。

 手慣れたというにも素早い手さばきで、ミヒャルトは。

 ……試験管に入っていた赤黒い液体を、手のひらよりちょっと大きい位の容器にぶちまけた。

 あの中には確か、ミヒャルトの研究によって作り出された『触媒』とかいうのが入っていたはず。

 片手でしゃこしゃこと密閉した容器を振りながら、ミヒャルトは。


「魔物と心中したくなかったら下がってくれる?」


 無造作に周囲へと不親切な声掛けを行って、『危険物』を投擲する素振りを見せる。

 ひゅっと息を呑み、顔色を青く染めたスペードがずざざざざっと凄い勢いで後退る。

 最早滑りこむ勢いで、ミヒャルトよりも後方へ一気に駆け抜けた。

 ついでに周囲へも、避難を後押しするように切羽詰まった声で叫びを上げる。


「死にたくない、ヤツはっ……後方へ退避ぃぃぃいいいいいいいいいっ!!」


 その声が、あまりにも尋常じゃない危機感に染まっていたから。

 すごく、すっごーく、本気の声だったから。

 ただ事じゃないって、ミヒャルトの事をよく知らないだろう皆にもわかったみたい。

 前に出て魔物の相手をしていたリューク様とアッシュ君も、事情がわからないなりに、避難の必要性があるんだろうなって理解して後退してくれた。

 スペードの退避の勢いが凄かったから、割と本気のダッシュで。

 恐らく安全地帯だろう、スペードのいる位置……ミヒャルトの後方に。

 それを見届けるよりも、早く。

 まだリューク様達の避難が完了しない内に。

 

 ミヒャルトは冷めた目で、『危険物』を投擲した。


 手首のスナップを効かせて、投げつけられた危険物。

 それは大きな放物線を描いて、回転しながら魔物のたむろする上空まで……

 ギラリ、ミヒャルトの猫目が鋭い光を放った。

 いつの間に手に持っていたのか、投擲用のナイフが風を切って危険物へと吸い込まれていく。

 すこん。

 軽い音を立てて、ナイフは危険物を両断した。

 途端、危険物にかかっていた回転……遠心力によって、中の液体が拡散される。

 つまり、魔物の群れに満遍なく降り注ぐよう、ぶちまけられた。


 大惨事! 大惨事だよ!

 これから何が起きるのか、私は知っている……っ!!

 

 ミヒャルトが投げつけたってだけで、危険物なのは確かだけど。

 赤黒い液体ってところに不安しか感じない。

 だってミヒャルトの用意する危険物で、赤黒い液体っていったら……アレしかないよ。 


 魔物を死に至らしめる、超ド級の『危険物』……神変鬼毒。


 5年前、強い魔物への雪辱戦を挑んだあの時。

 『雪辱』は『屈辱』だったんだろうね。

 ミヒャルトが割とヤバ気な研鑽と研究、実験を重ねて見出した邪悪な知的探求心の結晶。

 確実に魔物を殺すという、ただそれだけの目的の為に生み出された取扱厳重注意なブツ。

 魔物は、その血肉を取り込んだ生物を同種の魔物に変えてしまう特性を持つ。

 その特性を踏まえて、同等の強さを持つ、複数種類の魔物の血を組み合わせて強制的に摂取させるっていう頭のおかしい発想はトラウマ物の光景を生み出した。

 ……最終的に、溶けるんだよね。ぐずぐずに。

 肉体の主導権を奪い合って、複数の魔物が1個の肉体の内側で食潰しあって、さ。

 何もかも崩壊して、赤黒い液体のどろどろしたナニかになっちゃうの。

 どろどろの溶けた魔物だったものは周囲を汚染し、地面ごと浄化する羽目になった。

 あまりにもヤバい結果に、師匠(ヴェニくん)に使用禁止令出された筈なんだけど、なぁ。

 少なくとも、ヴェニ君の目の届かないところで使っちゃ駄目って言われてた筈なのに。

 っていうかこの場面で使うのは、本当にマズイ気がするんだけど。


「う……っ」


 かつて同じ光景を目撃しているエステラちゃんは、トラウマを刺激されたのか。

 いやまあ、トラウマものの記憶がない人でも、アレは気持ち悪いよね。

 口元を押さえて蹲り、外界の視覚的情報をシャットアウトして呻くエステラちゃん。

 偶にヴェニ君の監視下で使う場面があったから知ってたけど、ミヒャルト……また研究が一段階進んだんだね。

 前は魔物の体内に強制的に取り込ませる必要があったのに。

 今は触れただけで効果が出るんだね……経皮吸収?

 効果が出るまでにタイムラグが発生するって弱点を『触媒』を使うことで克服したのは知ってたよ?

 でも皮膚から浸食できるようになったとか、凶悪度が更に増してないかなー……?

 あまりの惨状に、言葉も出ないのか。

 きっちり安全距離を取っていたミヒャルトの、その後方で言葉を失くしてリューク様が立ち尽くしている。うん、棒立ちになっちゃうその気持ち、メイちゃんもわかるよ。

 あの凄惨な光景を作り出したのはメイちゃんの幼馴染だもん。

 この手の光景に直面する体験は両手の指じゃ足りないね。


「な、なんですか、これは……」


 カタカタと指先を震わせながら、スタインさんも動揺を隠せないみたい。

 サラス君はスタインさんの腰にしがみ付いて尻尾の毛を逆立てているくらいだし。

 ぷるぷるしている親子にちょっと目をやって、ミヒャルトは平然と言い放った。


「 毒 」

「どっ毒ですって……!? まさか、魔物に致死をもたらす毒物だと……! 魔物研究に従事する者にとって悲願ともいえる、魔物を殺す毒がまさか本当に!?」


 あ、あっれぇ……?

 スタインさんの反応、ちょっとズレてない?

 魔物研究をしている学者さんっていうのは知ってるけど……あるぇー?

 え、もしかして震えてたのってドン引いてたとかじゃなくって、もしかして感激……?


「まさか本当に……ミヒャルト君、これは一体何から採取した成分を使って!? もしや、独自に精製したんですか!? 魔物学者が目指す一つの境地ですよ、これは!」

「毒の構成要素は教えないからね」

「そんな!?」

「精製方法に至っては以ての外。師匠に詳細については流出させるなって厳命されてるんだよね。僕もそれについては理由がわからなくもないし。他所に漏らしたら事故が多発しそうだから、教えられないね」

「せ、せめてヒント! ヒントだけでも……っ!!」

「伯父さんも学者の端くれなら、自分でその境地に至ってみせなよ。僕みたいな若輩者に教えを乞うんじゃなくってさ。伯父さんにだって学者の矜持ってものがあるんじゃない?」

「く……っそういわれると尋ね辛いですね」

「尋ねられても教える気はないけどね」

「では、せめて残骸の成分を調b……」

「だ、だぁぁあああああっ!! やめとけ小父さん! 危ねえから! 洒落じゃなく、尋常じゃなく危ねえから!! さっき魔物が触っただけでどろって自壊してったの見ただろ!? 迂闊に近寄んな、マジで!」

「あ、スペード君なにをするんですか! 羽交い絞めにされたら動けないでしょう!?」

「っつーかミヒャルトぉ!! お前、何やってんだよ! 自分の目の届かないとこで使うんじゃねえってヴェニ君言ってただろ!?」

「スペード、知ってる?」

「な、何をだ」

「犯罪ってね、露見しなければ前科にはならないんだよ」

「思考が完璧犯罪者じゃねーか! 性質の悪い冗談は抜きにして、これどうすんだよ! バレなきゃ良いで済まないだろ。むしろ絶対にバレるだろ!? こんなに思いっきり汚染されてたら!」

「汚染されたのなら浄化すれば良い。クリス、に………………あ」

「思い出したか。そうだよ、クリスいねーんだよ。留守番でアカペラの街郊外の森に居残りしてたろーが! クリス無しで、俺らだけでここを浄化は出来ねえだろ!?」


 ああ、なんということでしょう。

 神変鬼毒使うのにやけに躊躇いないなぁと思ってはいたけれど。

 どうやらミヒャルトってば、この場にはいないクリスちゃんの浄化をあてにしていたようです。多分、無意識にそう思っちゃったんだろうね。

 だけど肝心かなめの、頼りとしていたクリスちゃんはここにはいません!

 ここ数年でめきめき大きくなってきて、始祖鳥だって誤魔化すにも限界だったし! 何よりもう私の肩には乗らないしで、普段はアカペラの街の側に広がる森へと放流している。賞金稼ぎの活動で街の外をうろつく時は一緒に行動するんだけどね。

 今回は目的地が王都っていう人の沢山いる場所なので、クリスちゃんは置いてきました。

 ……置いてきたと見せかけて、別ルートから後で合流予定ではあるんだけどね。

 なんにしても、今この場に浄化のブレスを使えるクリスちゃんがいないことは確かで。

 浄化出来ないとなると、博物館に割と広範囲で汚染された現場が残される訳で。


「………………」


 おおう、珍しくミヒャルトが目を泳がせてる……。

 珍しく迂闊だったね、ミーヤちゃん。

 

「どうするんだよ。進路方向汚染されてて通り抜けようにも通れないんだけど」

「ああ、えーと……」


 何しろ触るな危険な代物なので、なるべく近寄らない方が良さそうなもので。

 そうなると、正規の順路が潰れることに。

 ただでさえ足止めを喰らっているのに、時間のロスが重なるね……。


「あ、あの!」

「ん? サラス」


 どうしたものかと頭を抱えるスペードとミヒャルトの前に、ぴょんと手を挙げて自己主張する小さな影がひとつ。

 あ……っそういえばサラス君がいるんだった!

 猫耳神官の、サラス君が。


「その……話を聞いてたんですが、浄化が必要なんですよね」

「お、おお。その通りだが……どうしたんだ?」

「僕、浄化できます」

「マジで!?」

「まだ神殿で修行中の、未熟者だけど。一応、一通りの救術は使え……」

「じゃああの魔物の残骸とその周囲を浄化してくれ! マジで頼む!」


 皆まで言わせず拝み倒すスペードと、自分の非を認めているのかこっちも珍しく頭を下げて見せるミヒャルトと。

 2人に頼み込まれる形で、サラス君は前に進み出る。

 手に、ぎゅっと杖を握りしめて。

 清らかな光が、汚染されていた一帯に降り注ぐ。


「な、なんだか……ものすっごく頑固に穢れてるんですけれど。50年掃除もされずに放置されていた竈を、30分で新品同然にしろって言われて実行した、みたいな疲労感が……!」

「よくわからない例えだけど、取りあえず大変なのはわかりますね。サラス、大丈夫ですか」

「す、すっごく穢れてた……思った以上に。こんなの2、3回も繰り返したら力尽きて倒れる自信があるよ。僕」

「……あと3回、か」

「おい、ナチュラルに従弟使い潰そうとすんのやめろ。まだこんなちっさいのに鬼かお前は」

「何を言ってるのさ、スペード? 確かに年下ではあるけど……年端もいかないって幼さではなかった筈だよ。確か12歳だったかな」

「え゛? ……俺、8歳くらいかと」

「よく、間違えられます……。僕、年齢より小柄みたいだから」


 サラス君が神官としての本領を発揮したことで、なんとか先に進めるみたい。

 ミヒャルトに対しては、なんだか心理的・物理的両方の意味で皆との距離が一歩空いた感じ。

 不思議な距離を置いたまま、苦悩の顔つきでリューク様は厳しく言い渡しました。


「あの不気味な毒は自重してくれ」

「手っ取り早いと思うんだけどね。まあ、仕方ないか」

「アレは……俺達にとっても危険だ。それに後始末に時間を取られて余計に手間取るだろう」


 リューク様は、静かに一刻も早く急ぎたいのだと口にしました。

 彼らに課せられた使命は、魔物を払う効果があるという鐘を鳴らすこと。

 その鐘を鳴らすのが早まれば早まる程、王都が救われるのも早くなる。

 だけどその為に魔物をある程度スルーしなきゃいけない事が心苦しい。

 なんとなくそう思っていることが、言葉の端々から垣間見えました。

 

 魔物は人を襲う。

 だから、魔物を見逃すことはしたくない。

 その気持ちはメイちゃんだってわかる。

 だって見逃した魔物は、絶対に逃れた先で誰かを襲う。

 それがわかりきっていて、魔物を見過ごすのは精神的に負荷をかけてくる。


 先を急ぎたければ魔物をある程度スルーしなくっちゃいけなくって。

 魔物退治を優先すれば、その分だけ王都の危機脱出が遅くなる。

 ある程度は割り切らなきゃいけないんだろうけど、難しい問題だよね。

 淡々と吐き出された言葉の端々に、リューク様の思いが滲んでいた。

 多分、彼らは知らないんだと思う。

 この博物館が、王国の軍人さん達に包囲されていることを。

 ……いくらか魔物を見逃しても、後から軍人さんが討伐してくれる可能性高いと思うんだけどね。

 そんなことは、知らないから悩むんだ。


「……つまり、魔物を逃がさずに済めば心が晴れる。先も遠慮なく進める、ということですね」

 

 言外に滲んだ思いに結論をつけて、スタインさんが確認するように言葉を重ねる。

 つまりはそういうことだと、リューク様も否定せずに頷いた。


「だったら、私が役に立てると思います。まさかこんなことになるとは思っていませんでしたが……試合の後、少しフィールドワークに出ようと思っていましたから。道具は手元に」


 スタインさんが、ふふっと笑って。

 肩掛け鞄の中から、折り畳み式の……弩弓が出てきた。


 あ、あれー?

 戦闘参入イベントが、予想外の導入で展開されつつあるっぽいよー?


 折良く、っていって良いのかな。

 絶好のタイミングで、新たな魔物が現れた。

 それに対して、自分の利用価値を見せつけるみたいに、スタインさんが弩を構えて見せる。


「フィールドワークの一環で、時折魔物を捕獲して調査することがあるんですよね」

「えっ!?」


 そうしてスタインさんが射出した弾が、魔物に襲い掛かる。

 空中で弾けて、弾は本来の姿を顕わにした。


「って、投網かよーーーっ!!」


 思わずと言った風に、アッシュ君のツッコミがロビーに反響した。


「それだけではありませんよ! 最近、王都に出来たとある店舗が素晴らしい品揃えで……私が自作したものより、利便性と持ち運びやすさに長けたアイテムも多くて重宝しています。特に手軽に運べる軽い物が多いお陰で、1度に拘束できる魔物の数も飛躍的に多くなりましたから」

「お、それ『アメジスト・セージ商会』の拘束用アイテムじゃん。ウィリーが自信をもってお勧めするシリーズの」

「『粘着系』か……お目が高いね、伯父さん」


 ……どうやらロキシーちゃんが販売の手を広げ、王都に出店したことでスタインさんの手数がめっちゃ増えることになっていたみたいです。

 ミヒャルトとスペードが、「まいどあり」とでも言いだしそうな顔でパチパチと拍手している。

 どうやらウィリーが開発した対魔物用の補助アイテムを、あの弩使って射出しようってことみたい。

 他の種族に比べて魔人は身体能力低めだし、自分で狙いをつけて投擲するより効果的だよね。

 『ゲーム』のスタインも、同じ戦い方をしていた。

 彼の戦闘スタイルは弩を武器に状態異常や魔物の拘束、トドメは他のキャラに譲る感じで。

 使う魔法も、戦闘補助系ばっかりだった。

 『ゲーム』とこの世界では食い違う点もあるだろうし、あの面倒な戦い方をこっちでも踏襲しているのか疑問ではあったけれど……そっかー。そもそも目的からして、あの戦い方って本来魔物を捕獲する為に試行錯誤した結果だったのかー。そりゃ戦い方が偏りもするよねー。


「こうして拘束しておけば、逃げて散り散りになるということもないでしょう。暫くは逃げられない筈ですし、鐘を鳴らしてからトドメをさしに戻るくらいの猶予はある筈です」

「そうか…………有難う、スタインさん。俺の懸念を、真剣に汲み取ってくれて」


 仄かに笑うリューク様に、スタインさんも笑顔で「いえいえ」と返して。

 懸案事項もどうにかなったので、改めて彼らは走り出す。

 博物館の奥へと……鐘を鳴らす為に。


 そんな彼らの後姿を、窓の外から見送って。

 メイちゃんは、思いっきり頭を抱えました。

 あ、なんか気が遠くなりそう……。

 本当になんで、なんで……リューク様達の行動に、危険人物(ミヒャルト)が混ざってるのかな!?

 幼馴染としてずっと一緒に育ってきたから、ミヒャルトとスペードに実力があることはわかってるよ? この状況下でリューク様達と行動を共にしても心配ない位に、ちゃんと強いのわかってる。

 わかってるけど……それとは別方向の意味で心配だよ!!

 え、どうしよう。

 リューク様達に、ミヒャルト達が変な影響与えたらどうしよう!

 どう考えても悪影響しか与えない! ←酷い

 ミヒャルトとスペードが強いのは知ってるし、信頼もしてる。

 だけどその人間性っていうか、人格っていうか……そういう意味では、いまいち信用しきれない部分があることは確かで。

 私は一緒に行動するのも慣れてるよ?

 でも一見さんっていうのかな、慣れない人が一緒に戦闘するのは無茶だと思うの!

 あの2人、何やらかすかわからないから……! 神変鬼毒が良い例だよ!


 ああ、もう。

 なんでどうして、こんなことになったの。

 まさかあの2人が、リューク様達と一緒に動くだなんて……


 多分、現実逃避したかったんだと思う。

 私は真剣に、どうしてこうなったのかって考えた。

 思考回路の中で原因を追究できるだけ追及して……そしてついに、結論に至る。


 あれもこれもそれもどれも。

 全部、ぜーんぶ! 襲撃のタイミングを前倒しにしたお馬鹿さんのせいだよ!!


 本来通りのタイミングで襲撃してたら、きっとスタインさんだけだった。

 少なくってもサラス君はいなかったと思う。

 彼は本来、平素は神殿で修行している筈の子だから。

 多分、年末年始をお父さん(スタイン)と一緒に過ごす為に帰省してたんだと思う。

 彼らがミヒャルトと一緒に行動していたのも、多分ミヒャルトが王都に出てきたばかりだったからだろうし……本当に、このタイミングじゃなければ一緒にはいなかったと思う。


 やっぱり、こうなったのも全部襲撃を前倒しにした馬鹿のせい。

 この不安と心配と恐れと焦燥と。

 なんだかごっちゃになって何とも言い難い、残念な気持ち。

 もっと……! 私はもっと、純粋な気持ちでリューク様達のストーキングしたかったのに!

 あの幼馴染たちが混ざってるせいで、ハラハラが先に立って楽しみ切れないんだよ!

 なんかもう、何もかもが残念で不安過ぎる……!


 この不安(きもち)、どこにぶつければ良いの?

 ……決まってるよね。


 A.元凶(ラヴェントゥーラ)


 これ一択だよ。

 もう、もう、もう!

 メイちゃん決めました!

 どうせ今回、ラヴェントゥーラは実際に戦わずにボス戦前に退場するキャラだし!


 リューク様達に先回りして、あいつとっちめてやるー!!


 

 勿論、とっちめた後には引き返してリューク様達の観察(ストーカー)を続行するけどね?

 その前に、この荒ぶる気持ちを鎮めないことには落ち着けないから。

 ちょっと物理的にオハナシアイしてこようと思います。


 首を洗って待っててね、ラヴェントゥーラ神!





ミヒャルトのキャラが濃すぎて、リューク様達が目立たない……。

本当に何がどうして、こんな方向に成長してしまったんだい。ミーヤちゃん。

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