幕間2.捕獲する熊
今回は前半ルイ君、後半アドルフ君視点でお送りいたします。
メイちゃんの知らないところで、水面下で何をやっていたかっていう。
メイちゃんが突然走っていずこともなく去り、それを追って彼女のお師匠さんまでどこかに消えた。
2人とも、凄く俊足だね。
でもこの状況で、何の前振りもなく走って消えるのは止めてほしい。
せめてどこに消えるのかくらいは言って消えてくれないかな!
この非常時、所在と安否の確認を取りやすいよう、互いに配慮すべきだと思うんだけどね。
取敢えず、武器を持たずに外出中のメイちゃんに装備を届けるっていう第一の目標は果たした訳だけど。
「ルイ。この後、どうするよ」
「メイちゃんを追おうにも、もう見失っちゃったしね。こうなったら第二目標に移るとしようか」
「第二目標、ね……スペードとミヒャルトは装備持ってったんだよな」
「そう。だからあの2人に関しては放置で良いと思うんだよね。だから、第二目標」
「っとなりゃ……激戦区はどこかね、と」
今日、この魔物の襲撃っていう突拍子もない事態の中で。
僕とアドルフ……いいや、僕らだけじゃないね。
僕達、『アメジスト・セージ商会』の従業員には指令が下っていた。
なんとなく自発的に、誰かが言い出した案に乗っかった。そんな感じで。
本日は急遽、突発的に。
『商会』の販促キャンペーンの日、と相成った。訳だ。
僕ら『アメジスト・セージ商会』は、実はそこそこの人数、戦闘対応が可能な人材を雇用している。
僕とアドルフもその範疇だね。
この物騒なご時世、長距離移動をしようと思ったらどうしたってある程度の実力か、あるいは実力のある護衛を雇う必要がある。
長距離移動を経て商売を重ねる商会だって例外じゃない。
完全地域密着型で、他所との取引に動く必要のない人達は除くとして。
貿易で栄えたアカペラの街の中だけで商売をするなら……他の土地に商いを広げる予定がないのなら、戦闘力なんて必要ないけどさ。
現実にロキシーがイケると踏んで、僕達の商いは広がりを見せている。
そうなると、商品輸送や出店予定地の調査、人の移動と諸々兼ねて長距離移動及びその護衛の必要性が高まっていくことになる。それも単発的、短期的なものじゃない。長期に渡って定期的に、ね。
限定的なものじゃなく、恒常的にってなると他所から雇うより自前で賄う方が効率的だよね。移動の都度、その場限りで誰かを雇っても相手が信頼できるとは限らない。能力的にも、人格的にも。
雇った護衛の人格、能力のどちらかが信頼に値しない外れだったら、僕達は大損だ。
護衛の甲斐なく商隊が壊滅するかもしれないし、人格最低で商品に無断で手をつけられたりすることだって聞かない話じゃない。
信頼できるかもわからない相手を短期雇用するより、信頼と実績を重ねた相手を専属長期雇用。
あと、商会の人員を戦闘対応可能に教育。
早々にその方針で固まったのも、僕らの本拠地がアカペラの街だったことが大きいと思う。
アカペラの街は、交易の街。
人と、物と、それに付随して戦力が集まる。
何しろ商隊の護衛任務で元々戦闘力の高い人間が集まりやすい土地だからね。
それに賞金稼ぎの人数も多い。僕らの同級生……『アメジスト・セージ商会』の根幹を成す『セージ組』の面子にも、親が賞金稼ぎもしくは軍属って人が一定数存在した。
親の背中を見て育った結果、将来を視野に入れて体を鍛えていた子も多い。アドルフとかね。
そもそも世界の危機が叫ばれるご時世だし、アカペラの街でも子供に武術を推奨していた親は多い。推奨どころか、最低限護身の為に学校で武術の基礎は教えていたしね。
そう、つまりはみんな、それなりの素地は整っていたって訳。
そのことを踏まえて、現状の再確認だけど。
今、都は突然の魔物の襲撃を直前に大騒ぎだ。
こんな街丸ごと守らなきゃって時には、どうしたって人手が足りない。
防衛力的な意味でも、それを補佐する人員的にも。
こういう時に街の防衛に協力すると、貢献度に合わせてお給金が出るんだよね。
現金じゃなくっても、何かしらの報酬は手に入る。ただ働きにはならない。
雇用手続きなんてしている暇はないから、現場の判断任せになるけど。
重要な場所には軍人さんとか、公的権力に属する人員が配置されるから、その人に「参加します」って一言申告しておけば記録してもらえるし。どれだけ貢献したかは正式に測りにくいけど。
でもどの現場に参加していたかで、ある程度は推し量れるから。
つまりは稼ぎ時、自分の実力と相談して、やれることをやっておけば臨時収入が手に入る。
どうせ自分達の命とか、生活の場とか、商会とか。
そういったものを守らなきゃいけないことに変わりはない。
だったら自分達も参加して手伝っておけば、守られる確実性は上がる。
参加して損はないから、ある程度動ける人は参加するものだよ。
弱い家族を守らなきゃって人とかはそっちに掛かり切りだけどね。
旅行者とか、本拠地は別っていう人ほど、ここで失う物の少ない人ほど派手に参加する。
だから僕達だって、参加しとこっかーっていう流れになったんだよね。
そんな時に、ウィリーが言った。
「どうせならさ、ついでだから販促キャンペーンしようよ」
うん、彼って根っからの商売人だよね。商会としては頼もしいけど。
こんな非常時でも、儲けのネタは見逃さないんだから。
僕ら、『アメジスト・セージ商会』には、戦闘補助系のアイテム部門がある。
売れ筋商品の回復魔法薬とかがその代表例だよね。
……他にも悪ノリしたミヒャルトとウィリー、あと驚異の新人が開発した魔物に直接使ってくださいなヤバいブツも諸々あるけど。
どうせだったら目立つ激戦地で、戦いながらそういう商品の実演やってみない?ってさ。
ウィリーがそう言った訳なんだ。
そうしたら調子に乗った販売員が、命を張って頑張る宣言。
「だったら僕ら、屋台出して臨時販売しますよ!」
お店は防衛の為に閉鎖して、ある程度は警護の人員を配置するけど。
それ以外の戦闘可能な人員は防衛戦に参加。
そしてちょっと離れたところで、お祭りの時なんかに使う移動販売用の台車……メイちゃん曰く『屋台』を出せるだけ出して特別特価30%引きで販売、使い切りサイズの試供品はお1人様1回限りで無償提供しようって話になった。
非常時でも完全にタダにはしない、だけど国民の義務があるから安売りだ! って言い放ったウィリーは商売人の鑑だと思う。こういう時にも商機を見逃さないんだから。ロキシーもそれに賛同して、正式にGOサインが出た。
僕達の商品を『新しい商会で品質が疑わしい』って倦厭していた人達はどうしてもいる。
命を預ける戦闘補助系のアイテムは、その傾向がより顕著だ。
だけどそれを、この機に『試して損はない使いきり試供品』を放出することで、また戦闘中の実演を通して製品の性能を今までよりも多く広く叩きつけようっていう魂胆だよね。
僕らの商品、その性能に自信あり。
だからこそ出来ることだよ。
そうして新しい顧客ゲットを狙っている、と。
『アメジスト・セージ商会』で売ってる製品はどれもこれも使い勝手がいい。
1回でも味を占めたら、リピーター確保は確実だね。
僕とアドルフ、2人だけで他国まで行けちゃう僕ら2人は戦闘実演班だ。
メイちゃんにちょっと武器を届けるっていう用事をこなして出遅れた感はあるけど。
今からでも遅くないし、都を囲う城壁に……って足を向けようとしたんだけどね?
王都は、何故か妙な騒がしさに包まれていた。
さっきまでの、避難しようとする人達の混乱じゃない。
それとは別種の騒がしさと、異様な空気を感じる。
バタバタと、お城の方から軍属の人間が駆け出してくる。
駆け回る彼らの向かう先は……防衛線の方じゃないね?
僕の目には、どうも王都の中を駆け回っているように見える。
それも伝令じゃなく、そのまま戦闘に投入されるような小隊規模で。
……これは何か起きてるみたいだ。
「アドルフ、あっちに行こう」
「は? 城壁は向こうだぞ」
「そっちにはもう何人か実演班の人が行ってるよね。僕らはこっち。王都の内部で、何か起きてる」
なんとなく、勘が騒いだんだ。
こういう時の直感は馬鹿に出来ない。しちゃいけない。
アドルフもちょっと戸惑っていたみたいだけど。
くん、と。
風のニオイに何かを感じ取ったみたいだ。
熊の嗅覚って、意外と凄いからね。
見る見る顔が真剣みを帯びていく。
「魔物のニオイがするぜ……」
「やっぱり、そうなんだね」
僕も、体がざわざわする。
魔物の……『嫌な魔力』の、気配だ。
僕ら魔人は、『魔力』への適応力が高い。
どうしても魔力には敏感に反応してしまう。
自然界に存在する魔力には、心が安らぐんだけど……ひとつだけ、嫌に感じる魔力がある。
異質に感じてしまうんだよね、魔物の魔力って。
なんだかぐにゃぐにゃと変質して歪んだ万華鏡の中に閉じ込められたみたいな気持ち悪さがある。
だから僕ら魔人は、三種族の中でも特に魔物への嫌悪感が強い。
「さっさと排除した方が良い。街中で魔物とか、洒落にならないよ」
「おっし。そんじゃあ行くか……複数、ニオイの発生源があるけど、どれに行く」
「アドルフの判断に任せるよ。さっさと片付けた方が良いって思うものを、近場から」
「じゃ、あっちだな」
そうして僕らは、軍人さん達に混じって王都内に出没した魔物の掃討に参加することにした。
僕らの側担当の移動販売屋台もくっついてきて、順調に商い中。
参加した戦闘地帯を担当する軍人さんの説明じゃ、古い地下水道から魔物が湧き出してるって話。
そういう魔物が潜り込みそうなところって、鉄格子とかで塞いである筈なのに……ね。
いや、それより地上から襲撃かけてきた魔物の軍勢に呼応するように、地下からっていうのが問題だよね。まるで挟撃作戦を立てて、それに沿って動いているような……魔物が?
魔物は、同種の魔物同士でこそ呼応して動くこともあるけれど。
基本的に、別種の魔物同士で協調することがない筈なのに。
少なくとも、5種くらいの魔物を既に確認済みなんだけど。
他の種と足並み揃えて襲撃作戦なんて、明らかに異常事態だ。
今まで観測されてきた魔物の行動パターンとは、明らかに違いすぎる。
「でも……そういう複雑で難しいことを考えるのは学者さんの仕事だよ、ねっ」
「おい、ルイ! 戦ってる時に考え事は止めろ」
別に連携って程、大したものじゃないけど。
僕とアドルフはそこそこ一緒に戦ってきた経験がある分、息が合う。
前に出たアドルフが、跳ね上げたのはホシハナモグラと犬を掛け合わせたような外見の魔物。大きさは180cmくらいかな? 見た目の鈍重な印象とは裏腹に、かなり俊敏に動く。
空中に跳ね上げたことで、身動きの取れなくなった一瞬。
そこを見逃したら、後でアドルフに叩かれること必至だし。
僕はすかさず懐からビー玉サイズのアイテムを投げつけた。
地下から出てきた魔物は、思った程じゃなかったけれどそれでも数が多い。
まずは動きを封じる……!
トドメは動ける個体を減らしてからでも良いし、他の人がやっても良い。そこは拘らない。
僕が投げつけたのは、商会でも売っているアイテム。
そうそう、実演を忘れちゃ駄目だよね。
ウィリー謹製、拘束玉シリーズNo.12『粘着系』! ←商品名
魔物にぶつかった小さな衝撃を合図に、アイテムは発動する。
使用前に外装フィルムを剥がすことお忘れなく! (説明書より引用)
見た目は飴玉そっくりですが誤飲注意! お子様の手の届かないところに保管してください。
発動と同時にぶわっと膨らんで、弾けて広がる『粘着系』。
それはそのまま、モチの様に魔物の全身に絡んで包み込む。梱包完了ってね!
「えー、ただいま特別ご奉仕価格! 戦闘に適したアイテムを各種特別価格にて販売中でござい~!」
「お、おおっ? こんなところに販売屋台が!?」
「馬鹿な! ここは危険だろ、退避しろよ!」
「あちらで使用をご覧いただいた対魔物用拘束アイテム『粘着系』! 『粘着系』の臨時販売はこちらで実施中です! ただいま特別特価にて30%offでご提供中~!」
「それは……あれか! あの魔人のにーちゃんが使ったアレか!」
「使い勝手よさそうだな……俺にも1つ、いや3つ!」
「馬鹿が増えた! こんな時に買い物とか馬鹿じゃねえの!?」
戦闘の合間にちょこちょこアイテムを使っているせいかな。
『アメジスト・セージ商会』の屋台は、思ったより盛況だった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆彡
そいつらが目に留まったのは、なんか変だなって思ったからだった。
「ちょ、なんでイベント前倒しで始まってんだよ……! これって年が明けてから……少なくっとも王国最強決定戦が終わってからの筈だろ!?」
「わたしに聞かないでよーっ!! こっちだって意味わっかんないんだからぁ!」
「言い争ってる場合じゃないだろ、2人とも! いいから、博物館に急がなくちゃ……っ」
「主人公たちの冒険が始まっちゃう……ううん、始まってるー!!」
「っていうかなんで都ん中まで魔物がいんだよ……! 『ゲーム』ん時はそんなもんかって気にならなかったけど、冷静に考えてみっとなんかおかしくね!?」
「そんなの知る訳ないだろ、理由なんか深く考えるな! そういうものなんだろうさ、多分!」
なんか訳わかんねえこと叫びながら走ってんなって。大変そうだなって。
まあ、俺でなくってもそう思うよな。
うん。ヘンなヒト達ってヤツだ。
俺らと同じくらいの年頃なのに、難儀なこった……。
見ているだけで、なんか微妙な気分になる3人組だった。
魔人の女と、人間の男と、熊獣人の男。
よりによって俺と同じ熊獣人かー……
同じ種の獣人って『同類』扱いされることが多いんだよな。
でもアレと同類扱いされんのは、なんかヤダなぁ。
良く見ると3人ともが、なんとなく見栄え重視って感じはしているが武装している。
折しもこっちの囲みを隙間から抜けてった小型の魔物が、そいつらに襲い掛かる。
危ないかな、って思いはしたんだが。
「はあっ」
裂帛の気合。
一閃された、妙な反りのある剣。
あれ、アレだろ。あれあれ。
なんつったっけ……そうそう『刀』ってやつ。
何年か前、交易の護衛でアカペラの街に立ち寄ったオッサンにああいう剣を使ってるのがいたんだよなぁ。物珍しくって、武器を見せてもらった記憶が蘇る。
あの武器、この辺じゃマジで珍しいんだ。
けどその武器を、ちっと動きが単調で危なっかしいがそこそこ使えてなくもない。
こっちの囲みを抜けて襲い掛かった魔物は、真っ二つだった。
まあ、小物だったしなぁ。
けど少なくとも、小物を真っ二つに出来る程度の技量はある、と。
なんとなく、気が向いた。
なんかバタバタしてたけどな、そいつら。
けど今は非常時だし、急いでるっていっても命がかかってる系の切羽詰まった感じはなかったしで。
「アドルフ? どうしたの」
「ん、いやな」
本音を言うとな、人手が欲しかった。
だって魔物が次から次と地下から出てきて、途切れねぇんだもん。
キリがないなって疲れてもいたんだろーな。
俺は気が付くと、なんか様子の不審な3人組をがしっと捕まえていた。
ははははは、掴み易そうな襟首だなぁ。
「え、えっ……?」
「うわっ アンタ何するんだ!」
「……っ!」
三者三様、抗議の視線も何のその。
「よう、あんたら! なんか急いでそうだけど用事か!? 用事なんだよな!? けどな、安心しろ! なんの用事か知らねーけど、この魔物の襲撃だ! たいていの約束事は必然的にキャンセルってヤツだな! だから気兼ねなく魔物退治に参加してけよ! 遠慮はいらねーぜ!?」
「え、なんかいきなりすごい勢いで勝手な事まくしたてられた!」
「っていうか今マジで猫の手も欲しいんだよ。でも猫はいねえし、お前ら手ぇ貸してくんねえ!?」
「貸してって問いかけ口調なのに問答無用で引きずられてんだけど俺ら!?」
「やれる範囲での協力で構わねえし、報酬は出るぜ! ただ働きにはならねーから安心しろ!」
「全然安心できねえし俺達が気にしてんのソコじゃないよ!?」
多分、俺、疲れてたんだろうなぁ。
なんかよく知らない相手だし、用事ありそうな連中だったのに。
命に係わる感じじゃなさそうっていう勝手な感想で決めつけて、気が付いたら問答無用で魔物の包囲にそいつらを引きずり込んでいた。
「ルイ! 追加人員連れて来たぞ!」
「でかしたアドルフ! そろそろ第三波が下から来そうだよ、君達も構えて!」
「えっえ、え……!?」
そうして後は、ただひたすら魔物の相手をする。
訳もわからないまま混乱の中に巻き込まれた、そいつら。
目の前に魔物が押し寄せてきたら、誰だって咄嗟で相手するよな。
無我夢中で、必死で。
長く続く戦いの時間に、そいつらもいつしか身を投じていた。
まあ、俺が引き摺り込んだんだけどな!
アドルフ君はガキ大将気質。