5.思わぬ再会
今回はリューク様視点でお送りいたします。
王国最強。
その肩書を得るのは誰なのか?
武を磨く者の1人として、気にならないはずがない。
「強者の戦いを見るのもまた、いい修練となるだろう。今日はよく見て学べ」
「はい、師匠」
強者の戦いを見て、それを自分の動きに活かせるか。
また、自分が相対した時にはどう戦うか。
考えながら観戦することは、立派な修行の一環だ。
「リューク、あっちの方が空いてるぜ」
「待て、アッシュ。あっちは出場者の身内用だ。俺達が使っていい場所じゃない」
「チッ……なんだよ、空いてるのに。っていうかリューク、出場するおっさんの1人と知り合いなんだろ? だったら身内同然ってことにしてもらうとかさ」
「5年以上前に、一時期ご近所付き合いしたってだけの関係だ。そんな厚かましいことはできない」
今日の試合に参加する選手の一覧を見た時、1つの名前が目を引いた。
シュガーソルト・バロメッツ。
忘れられない姓だった。
ずっとその名を関した農園の、隣に住んでいたんだから。
遠目に見て、間違いないと思った。
何年も会っていなかったけど、驚くほど変わっていない。
いや、むしろ数年前よりも引き締まり、鋭くなっているようにも思えた。
もしかしたら彼の『家族』が来ているかもしれない。
ふと思いついて、さっきとは違う気持ちで身内用の席に視線をやった。
……白いふわふわした女の子は、見つからなかった。
仕方がない。記憶が確かなら、彼の住んでいる街は遠いところにある。
気軽に女性や子供が観戦に来られる距離じゃない。
ほんの少し残念だと思い、そんな自分に苦笑した。
その頃、メイちゃんは。
選手控室に突撃し、パパを驚かせている真っ最中だった。
「一般席はぎゅうぎゅうなのに、身内席にはまだ余裕があるんだぜ? あれ見てると複雑な気持ちになるから、見えない位置に座ろうぜ」
「だったら、あっちにちょうど4人分座れるだけの席が空いてるみたい」
アッシュとエステラが席を見つけて、俺達はそこから試合を観ることになった。
人見知りするエステラは、こういう時に知らない人の隣に座れない。
大体いつも、俺とアッシュの間に座ることになる。
俺は先に座っていた知らない人の隣に……座ろうとして、剣が相手の肩にこつんとぶつかった。
「あ、すみません」
「いや、気にし……」
相手と、俺。
互いの顔を見合わせて、ちょっと固まった。
見覚えのある顔だったからだ。
それも故郷を旅立ってから見知った顔じゃない。
この顔は、覚えている……故郷の村が壊滅する直前に、村にやってきた賞金稼ぎの少年だ!
「確か……スペード? そっちの彼はミヒャルトだったか」
「あんた、確か………………誰だったっけ」
……どうやら、俺は覚えてもらえてなかったらしい。
自分で言うことじゃないかもしれないが、個性的な特徴を持ってると思ってたんだが。
特にこの青い髪色、なかなか見ないと思うんだけどな?
自分の髪を思わずつまんで考え込んでしまう。
そんな俺達の様子を見て、呆れたように猫獣人の青年……ミヒャルトだったか? 彼が眉間に皺を寄せた。
「リュークにアッシュ、エステラだったよね。5年前の、あの村の」
やっぱりあの時の若手賞金稼ぎ達だった。
「よく、無事だったな。あの時は貴方達もてっきり……」
「まあ、そこはね。僕らは直前になんとか脱出できたから。そっちこそ無事だったんだ?」
「……あの時の事は、今でもよくわからないんだ。なあ、ミヒャルトとスペードは、あの時の事を……」
「悪いけど、僕らもわからない。少なくとも、君の疑問には答えられないと思う。村が変な男に襲われて、火の海で。なんとか脱出したら、次の朝には村が丸ごと跡形もなく消えていた。それ以上のことはわからない」
「そっか……」
「期待に沿えなくて悪いね」
あのどさくさで無事だったことに驚き、そして何があったかわからないと聞いて落胆した。
何よりも彼らの無事を喜ぶべきだったが、やっぱり故郷が消失したことの方が気にかかってしまう。
そんな自分を駄目だなぁと思うと、言葉が上手く繋がらない。
「君達、ミヒャルト君やスペード君のお友達かい?」
深刻な雰囲気を察された、んだろうか。
空気を変えるようにかけられたのは、穏やかにのんびりとした男の声だった。
言葉の内容から、ミヒャルト達の連れだとわかる。
今まで認識していなかったが、近くを見回せばミヒャルトの隣に座っている男性が目に入った。
声と同じくらい穏やかそうな、魔人の男。
魔人は見た目から年齢が判断しづらいが、多分、俺達の親世代くらいには年の開きがあると思う。
男は何故か膝の上に、小柄な獣人の子供を乗せていた。
子供の顔や雰囲気は、ミヒャルトと魔人の男、それぞれにどこか似ていた。
状況から推測するに……
「ミヒャルトのお父さんと、弟さん、か?」
「違う」
尋ねると、間髪入れずに否定された。
魔人の男の苦笑が深くなる。
「私はミヒャルトの伯父です、父方のね。初めまして」
出生率の高さは、種族で違う。
一番生まれやすいのが獣人で、生まれにくいのが魔人だ。
だから魔人と獣人が結婚すると、生まれてくる子供はほぼ獣人ばかりになる。
ミヒャルトの伯父だという男が抱えている子供は猫獣人だから、おそらく彼の妻がミヒャルトの父親の姉なんだろう。
「私はスタイン・ライトルタといいます。息子は……」
「……サラス、です」
「親子ともども、今日は此処で観戦させてもらう予定です。1日、どうぞよろしく」
魔人……スタインさんの浮かべる笑顔は意外と屈託がなく、和やかだ。
その膝には小さな子供もいる。
サラス君を怖がらせないよう、今日ばかりは物騒な話題を忘れて観戦を楽しもうと思えた。
ミヒャルト達が5年前、どうやってあの夜を切り抜けたのは気になるが……今、この場でするような話でもないことは確かだったから。
「仲が良いんですね、息子さんと」
「え? ああ」
俺達が座れたんだ。元々席は空いていた。
それなのに膝に乗せているとなると、相当に仲が良いんだろう。微笑ましい。
一瞬、養父を思い出して胸が痛んだ。だけど今日は暗いことを忘れると決めたばかりだ。
俺はそう思ったんだが……スタインさんの和やかな笑みに、悪戯気な色が混じる。
「実はですね、私達の仲が良いからって理由じゃないんですよ」
「父さん」
「この子、小さいでしょう? 魔人の血が影響したのか、発育が悪くって。身長が足りないんですよ。1人で座ると試合場が見えないので、私の膝にいるんです。本人にしてみれば苦肉の策ですね」
「父さん……っ」
「発育が悪いのはネコネネの血じゃない? うちの父さんもモヤシだし」
「も、もやし……」
「お、おいっ きっぱり言うなよ陰険猫」
「否定しないってことはスペードもそう思ってるんじゃない?」
「お、お父さん、僕、もやしなの……?」
「あー……ごめんね、サラス。否定はできないんだ。だって父さんもモヤシだから」
「結果、両親双方の血ってことだね」
「う、うぅ……否定材料がなさすぎるよ」
あっさりと息子の無情な事実を暴露した父親に、息子は涙目だ。
その光景を見て、やっぱり仲が良いなと思った。
試合に出る戦士達の間には、無情な実力差が存在した。
試合が進むうちに、それがはっきりと露呈した。
主に2人の選手と、その他とで「段違い」「群を抜いている」そう表現するに相応しい差があった。
その2人が試合に出ると、決着は一瞬と言う言葉が現実になる。
一方的過ぎて、試合は勝負になっていなかった。
驚くべき、強さ。
おかしいな……数年前、既に完成していた筈の人が更に強くなっているように見える。
周囲を圧倒する2人の内、片方は俺も知っている人。
数年前、少しの間だけど稽古をつけてもらったこともある。
……シュガーソルトさん、だ。
数年の間に、ちょっとおかしい位に強くなっている気がする。
チラリと横目で窺うと、気のせいか……? 師匠が冷や汗を流している気が…………
「あの人、あんな強かったのか……」
この5年、アッシュは俺達と一緒に師匠の手解きを受けていた。
前はただの村のガキ大将で、シュガーソルトさんのことも「おっさん」呼ばわりしていた気がする。
だけど試合を見ている内に、アッシュの声には畏敬の念が宿り始めていた。
正式に武術を習うようになったことで、強い戦士への敬意が自然と身についたんだろう。
……そう、敬意。
少しでも武の道に通じていれば、『強さ』に敬意を覚えるものだと思うんだが。
「また相手、一撃かよ」
「チッ……使えない人ばかりだね。仮にも王国最強を問おうっていう大会なのに質が悪すぎる。誰も彼も、図体と肩書ばかりじゃないの?」
「もうちょっと『実』があっても良いよなぁ? すぐさま反撃しろってまでは言わねーけど、せめて避けるなり受け止めるなり、初撃は堪えて次に繋げてほしいもんだぜ」
「これが王国最強に名乗りを上げる男達かと思うと情けないね。候補に上るからには、それが出来るくらいの技量は有って然るべきじゃない?」
「だよな。これじゃちっとも」
「そう、ちっとも」
「「打倒シュガーさんの参考になりゃしない」」
「せめて初手から次にどうつなげるのか、パターン解析の役には立ってほしかったね」
「全部一撃で潰されてちゃ、手の内が全然見えねーままじゃん」
………………どうしてこの2人は、シュガーソルトさん対策の相談をしているんだろう。
口調は軽いが、俺が見たところ目が真剣だ。
真剣に、シュガーソルトさんを倒す算段を立てようと試合を観察している。
シュガーソルトさんの強さを引き立てるように破れていった戦士達が、役に立たないと扱き下ろされるばかりで可哀想になってきた。彼らにとって期待外れだったからか、さっきから随分な言い様だ。
「2人は……シュガーソルトさんの応援に来たんじゃないのか?」
「「全然」」
2人の口ぶりや話に聞いた出身地から、どうやら知り合いらしいとわかる。
だけどそれで何故、シュガーソルトさんの勝負にならない試合に忌々しそうな顔をすることになるのか。知り合いがこんな大舞台に出るのなら、余程の因縁がある相手でもなければ応援するものじゃないのか?
応援とは程遠い態度に困惑して尋ねれば、返ってくるのは清々しいまでの否定だった。
これにはアッシュやエステラ……サラス君まで怪訝な顔をしている。
当然、俺も。
「やけにきっぱり否定するじゃん」
「僕にとっては倒すべき障害だからね」
「高すぎる壁だよなー。近い内に、絶対破ってやるけど」
力強く言い切る2人に、俺は思った。
……深くは聞くまい。
何か複雑な事情があるのなら、俺が首を突っ込みことじゃないだろうから。
シュガーソルトさんと、それからこの国の近衛騎士団長だという武人。
2人の他を圧倒する男達は、準決勝までのほとんどの試合を一撃打破で勝ち進めていた。
あまりにも短時間すぎる決着が続き、試合がさくさく進んでいく。
運営側の想定していた時間を大幅に短縮してしまったらしい。
その結果。
「予定より進行が早すぎるからって、インターバルに1時間半とか。間、空け過ぎだろ」
「決勝前に念入りに選手に調整させようって意図もあるんじゃない? 全然体力消耗してないだろうあの2人に、そんなものが必要かどうかは置いておいて」
どうやら大会の予定していた時間が大幅に余ってしまったらしい。
決勝前に、少し長い休憩が挟まれることになった。
ただそうなると……暇だな。
1時間半、ただこの場に座っておくというのも辛いものが……
「ようやく期待できる試合になりそうなのに、興ざめだね」
「ミヒャルト、ちょっと手合わせしね? 試合はあんま参考になんなかったけど、やっぱ体動かしたいし。それに他の試合はそれなりに良いのもあったからな。それなりに血が滾るわ」
「良いよ。僕も何もしないのは退屈だし。幾つか動作確認もしておきたいからね」
どうやら、ミヒャルトとスペードは外に出て体を動かすつもりのようだ。
試合が始まるまで、繰り返すが1時間半。
ここにじっと待機していられないと思ったのは彼らも同じか。
スタインさんとサラス君の親子も一緒に行くつもりか、ゆっくりと腰を上げる。
そのまま背伸びをすると、「ずっと座りっぱなしも辛いですね」と零した。
……その意見は、俺も同意かな。
周囲の、試合を観戦していた人達にも同じことを思う人は多いんだろう。
立ち上がり、試合場の外を目指す人は少なからずいた。
席を離れると、戻ってきた時に座れなくなっているかもしれないが……
それでも座り続けている辛さには、ちょっともう我慢できなくなっていた。
「ミヒャルト、スペード、俺も同行させてもらっても構わないか?」
「お? アンタも一戦交えるか? 丁度良いや、5年前も結構やってたもんな」
「そうだね。いつも同じ相手とばっかり手合わせっていうのも新鮮味がないし。この際、アンタと模擬戦っていうのも良い刺激かもね」
「あ、なんだよリューク! お前も行くの? ちょっと待てよ、俺も行く」
「え……じゃあ私も」
俺がミヒャルト達との同行の意思を示すと、アッシュやエステラも腰を上げた。
師匠に目線で確認すると、行って来いと頷いてもらえる。
どうやら、席は師匠が確保していてくれるみたいだ。
……どうやら、隣に座っていた10代くらいの少年と意気投合したらしい。
カードゲーム愛好者として。
いつの間にそんなことになっていたのか、本当にいつの間にか、だけど。
気が付いたら隣の少年と向かい合って、空いている座席の1つにカードを並べ始めていた。
あ、うん……師匠は師匠で、別の意味で今から真剣勝負、なんだな。
邪魔するのは、悪い……のか、な?
そういえば王都には『カードゲーム』の販売を一手に担う商会の支店があったか。
師匠はいつの間にか新しいカードを入手していたらしい。
それを試したくて仕方なかったんだろうが、生憎と俺やアッシュは修行と生きるのに精一杯で師匠が数年前からハマっているカードゲームには明るくない。エステラに至っては興味すら持っていない。
誰かと勝負したくてうずうずしていたんだろうなぁ……。
俺は師匠の気持ちを慮って、そっとしておくことにした。
本当はミヒャルト達との立ち合いを監督して、後からアドバイスの1つでもしてほしいところだったが。
もう俺自身もそういうのは自分で気づいて、自分で改善しなきゃいけない頃合いではある。
師匠に頼らず、自分で頑張ろう。
そんな思いで、俺達は試合場の外へ向かった。
それが、大騒動の幕開けだとは思いもせずに。




