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4.伝令走る、いや跳んだ



 試合は、決勝戦を迎える筈だった。


 緊迫する周囲、固唾を呑む(わたし)達。

 いつだって、応援の為に声を出せるようスタンバってた。

 だけど、試合は開始に至らなかった。

 誰よりも試合に臨むご本人様2名が、開始線に並ぶように指示するレフェリーそっちのけで。

 パパと近衛騎士団長は、2人そろって同時に空を仰いだ。



 その視線を辿り、見つけてしまった。

 私だけじゃない。

 何人も、何人も。闘技場に押しかけていた、沢山の人達が。

 まだ遠い。まだ遠いけれど確実に近づいてくる。

 どんどん姿を大きくしていく……その、光景を。



 空を飛んで真直ぐに……こちらに向かってくる、黒い影。


 魔物の、数えきれない無数の姿を。



 わーお、どっかでお見掛けした姿。

 あの蝙蝠をデフォルメしたようなフォルムは……『ゲーム第1章』、『王都襲撃イベント』でわらわら湧いてた、飛行型モンスターじゃないですかー。

 本来は王都近郊には棲息していない筈なのに、みんなで出張ですか。

 こんなところまで出張ってご苦労様ですねー……って。

 え、どゆこと?


 どうしてそんなことになったのか、私にはわからないっていうかわかる筈もないんだけど。

 なんで、どうして、頭の中で疑問符がくるくる空回り。

 なんということでしょう。


 本編イベントが前倒しで発生してる――!!


 この前、王都に来た初日。

 私は広場で『ゲーム主人公』……リューク様のお姿を発見している。

 接触する訳にはいかなかったから、大急ぎでその場を退避したけど。

 あの時、側に幼馴染や師匠がいなかったら物陰に潜んで 尾 行 したのに……!

 王都は人が多すぎて、一度見失ったら中々見つけられない。

 これでリューク様が『救世主』としての肩書を正式に背負っていたら、高まる注目度に合わせて見つけやすくなっていただろうけど。

 今はまだ本編開始前で、リューク様は表向きは一般人に過ぎない。

 何の変哲もない一般人を見失って、見つけようとするのは骨が折れる。

 探すには本腰を入れる必要があったから、パパの試合が終わってから全力でって思ってたんだけど……お陰で私は、未だにリューク様達の動向を把握していない。


 このタイミングで、予言の年が始まる直前で、この王都にいる。

 それは確かなんだよ。

 本編の始まりは、この王都から。これも確か。

 だから今王都で目撃したってことは、当面は王都に滞在する予定なんだと思うんだよね。

 年が明けたら我こそはと思う若者を、『再生の使徒(しゅじんこう)』であるのか否か問う為に広く公募するって王様が既に布告を出しているし。

 リューク様はその募集に参加する為に、王都に来ている筈だから。

 

 物語の鍵である主人公とその初期メンバーが揃っていて、現場は本編イベントの開始地点で。

 そして今はまだ現れない筈の敵まで現れた……状況が揃い過ぎだよ。


 もしも本編イベントが始まろうとしているのなら、その場面は是非とも見たい。

 絶対に、見たい。

 

 問題は第1章のキーキャラでもある、学者のスタイン・ライトルタとリューク様がこの混乱の中で会えるかどうかなんだけど……この混乱をどうにか収めようとするリューク様は、問題解決の手段に心当たりがあるスタインと混乱の中で出会う。そうして共に行動するというのが大事な大前提。

 運命っていうのがあるなら、きっと2人は巡り合うんだろうけれど。

 ……運命って結局は不確定要素だよね。

 それが絶対のものだと言い切れない、そう思うのは本来のシナリオよりイベントが前倒しで始まっている時点で、そう(・・)だと思うから。特にメイちゃんが原因で、若干名、運命を破壊(クラッシュ)されちゃってる人に心当たりがある身としては………………あ、不安になってきた。

 さっきも言ったけど、王都は広いから。

 そんな中で別々に行動する2人が偶然出会う確率って、どれくらいなんだろう。

 裏から手を回して偶然を装うにも、現時点で私はリューク様の居場所も、スタインの居場所もわからない。うだつの上がらない学者のスタインはともかく、リューク様達は割と目立つし、片方だけなら何とか見つけられないことも無いと思うけど……特にこんな混乱の中、逃げまどうだろう民衆とは違い、絶対に立ち向かおうとするだろうリューク様達は。流れに逆らう存在って、どうしても目立つから。

 ――うん、やっぱりまずはリューク様とその仲間達を探そう。

 後は状況を見て臨機応変に、スタインが合流できないんなら、本来のシナリオの流れになるように必要なら誘導とかしなくっちゃいけないだろうけど。

 やっぱりメイちゃんの人生の第1目標は、リューク様達の ス ト ー カ ー だから。

 ストーカーの本分は、対象をつけ回すこと。

 こんな状況の中だからこそ発揮しないとね!

 よーし、そうと決まったら――……


 …………まずは、大会会場(ここ)を抜け出さないと、なあ。


 何よりそれが、いちばん難しい。

 うん、パパが近くにいる時点で超難易度高いよ。激ダカだよ。

 

 私のパパは、アルジェント伯爵が抱える領軍の、魔物対策部隊の責任者です。

 つまりこういう場面にはとっても慣れている。

 そんな場慣れしたパパが、今更魔物の襲来で我を忘れる訳もなく。

 我を忘れる以前に、愛娘(わたし)の存在を見逃してくれるとは思えない。

 現場は、魔物の襲撃に気付いた時から阿鼻叫喚。

 特に戦う力のない一般人の皆さん……観客の多くは恐怖と怯えも顕わに出口に大殺到。

 現場はまさに暴動のような有様です。

 慌てて逃げ出す彼らを、運営と思わしき人達や裏方として参加していた騎士とか軍人さんとかが何とか落ち着かせようとしていますけど……あ、逆に縋りつかれて暴走が激化してるー。

 いやいや非難する時はパニックになるのが一番危ないんだよって言って差し上げたい。


 私達、選手の身内席でも悲鳴とか叫びとか色々上がっています。大混乱だよ!

 皆さん強い身内の方がいると、いざ頼りにする時はその人なんでしょうね。

 狼狽えながら、試合で散っていった(※死んでない)選手の名前を叫び、目はきょろきょろ探しています。

 私の隣に座るマルガレーテお姉さんもぶるぶる震えて蒼褪めながら、でも気丈に狼狽えることなく、試合場の真ん中にいる御父上を見つめています。ぎゅっと握った両手が祈るみたいで様になってる。ミレニアお姉さんの方は青褪めながらも、ぎゅっと口を引き結んだ難しいお顔で、腰に装備していた細剣を握っている。まさに騎士と姫君って感じの組み合わせでとても絵になります。両方女の人だけど。

 メイちゃんはどうしようかな。

 ちょっと魔物の襲撃そのものじゃなくって、別の方向で驚いちゃった後だし。

 今更魔物に怯えてみせるって感じでもない。

 取敢えず、パパの動向を確認してから動き方を決めないと。


 場の混乱を治める為、動き出したのはやっぱりパパだった。

 ううん、パパだけじゃない。

 決勝で戦うはずだった近衛騎士団長さんも、動き出す。

 試合場の真ん中にいるから、2人が動くととっても目立つ。

 ……まあ、今は目立つも何も、2人を気にする余裕のない人ばっかりだけど。

 でもこの混乱、一体どうやって治めるつもりなのかな。

 生半可なことじゃ治まりそうにないんだけど…………


 試合場の、真ん中の。

 戦うはずだった2人。

 その姿を見物していると(おもむろ)に、何かの相談をしながら2人そろって同じ方向へ歩き出しました。あの方向は……試合参加者の方はご自由にお使いくださいの、武器防具コーナー?

 試合場の片隅にある、様々な武器や盾とかが立てかけられた棚のある方です。

 早速辿り着いた2人は何やら物色しだしたよ?

 そうして取り上げられたのは、分厚い金属の一枚板で作られた、やたら堅そうな盾。

 うん? 一体それをどうするの……?

 メイちゃんが疑問に首を傾げる、その間に。

 パパ達に呼ばれた兵士が2人、左右から盾をしっかり持ち上げて。

 その前で、近衛騎士団長が何やら腰だめに拳を構えだしたよ?

 え? 何やるつもり?

 

 ――がぅぉおおおおおおおおんっ


 そして、盾は弾け飛びました……。

 え、ええ……っ?

 近衛騎士団長さんの正拳突きで、盾のど真ん中に風穴が!

 しかも衝撃波でも発生したのか、盾を突き破った向こうの地面がめくれあがってるんだけど!

 ああ、それで兵士さん達は左右から挟むように持ってたんだね! 真正面からあんな一撃、盾越しでも受けたら危ないもんね! 何しろ盾に穴開いてるもんね……!! 盾の意味がないよね!!

 流石のメイちゃんもちょっとビックリです。

 何がやりたかったの近衛騎士団長さん……!

 なんでいきなり立派な盾1つスクラップにするっていう暴挙に走っちゃったの!?

 っていうか近衛騎士団長さん、人間(技)じゃないでしょ!

 見た目人間に見えるし、カードゲーム作成の参考にって送られてきたプロフィールには『種族:人間』って書いてあったけど絶対違うと思う!


「近衛騎士団長さん、実は熊とか獅子とか、パワー系の獣人なんじゃ……」

「いえ、父上は人間……のはず、ですわ」


 実のお嬢さんにまで疑問視されてるよ、近衛騎士団長さん!


 あの人なにやってんの、と。

 そう思ったのは私だけじゃありませんでした。うん、そりゃそうだよね。

 いきなり何か変なことを始めた近衛騎士団長さんに、みんな唖然。

 あの盾をスクラップにした大騒音は試合場ぜんぶに満遍なく広がり、ただ事じゃない金属音に誰もが音の発生源を注視……した挙句、近衛騎士団長の暴挙に気付いて硬直しているよ!

 わあ、静か。

 さっきまでの騒乱が嘘みたい。

 そしてみんなが正気を取り戻す前に、切り込むみたいにしてうちのパパが声を上げた。


「皆さん、落ち着いて下さい。こんな時こそ感情を抑え、冷静に行動するべきです」


 冷静に考えて行動した結果がアレですか、近衛騎士団長さんは。


「魔物の接近は確かです。ですが何も考えず、外に出るのは待ってください。現在、物見が周囲の状況を確認しているところです。皆さんも王都の家族やご友人のことが心配でしょうが、この闘技場の外に、すぐ側まで魔物が迫っていたら無作為に飛び出すのは危険です」


 パパが言っていることは正論だと思う。

 うん、確かに何も考えずに飛び出すのは危険だよね。

 だって魔物が来てるんだもの。

 周辺の安全確認を先にしようっていうのは当然だと思うよ。


 だけど当然の事でも、それで感情が納得できるかなって。

 案の定、


「ふざけるな! こんなところにいつまでもいられるか……!」

「そうだ! うちには年老いたおとうとおっかあがいるんだぞ!」

「ここに留め置かれるなんて冗談じゃないわ!」


 皆さん、拳を振り上げ、口々に従えないと訴えます。

 その声は数えるのも馬鹿らしいくらいに多くて、大きい。

 パパ、これにどう対応するの?

 はらはらしながら見ていると、パパは民衆の不満に応じる様に鷹揚に1つ頷いて。


「斥候の報告では既にこの闘技場の周辺にまで魔物が出没し始めているそうだが……それでもなお押して通るというのであれば止めはしない。非協力的な者がいると、周囲の者にとばっちりが出る。魔物にいつ襲われてもおかしくない状況下でも自力で切り抜け、王都の城壁内へと無事に辿り着く自信がある者はそうすると良い」


 なんか暴言吐いたよ、このひと。


 あまりの言い様に、民衆はさっき以上に唖然とした顔で固まりました。

 そりゃね、うん……この闘技場にいる兵士さんで、この観客全員を守りながら退却とか難しそうだもんね。どうしても今、帰るっていうならそうなるよね。

 

 しかし、私は見た。

 帰りたいなら帰れば良いとか何とか言って、観客を突き放し、そうすることでより一層我が家のパパが皆々様の注目を集める中。

 さりげない近衛騎士団長の目くばせを合図に、民衆が注意を逸らしているのを良いことに。

 兵士さん達が、迅速に観客席の出入り口をさっさか封鎖していく、その光景を。

 あ、鍵までかけた。


 帰れば良いとか言っていながら、いざ帰ろうと思っても勝手に闘技場から脱出できないよーに図られてますよー!?



 結局みんな、パパと近衛騎士団長の説得に諦めて従い始めました。

 やっぱり決め手は、もう魔物がすぐ側にまで来てるって事実。

 一般民の皆さんは、そんな魔物の襲撃警戒網の真っただ中を単独突破できる自信がなかったみたい。

 私もアカペラの街の学校で、「戦う力のない者は他者を救う資格はない。まずは逃げ延び、生き残ることに専念しなさい。命の危機に陥ったお友達をどうしても助けたいのなら、それが出来るくらいに強くなれ!」って道徳っぽい教科で習ったし。

 似たような教えがこの世界じゃ一般論として人々の間に根付いてるんだろうなぁ。たぶん。


 この試合場があるのは王都の外れ。

 それも城壁の外側。

 だけど王都自体は大きな城壁にぐるりと囲われている。

 その威容に対する視覚的安心感もあって、王都に残してきた家族への心配を一時封じ込めることに成功した人は、たぶん多いと思う。


 ちなみに観客の中に単独突破? 余裕余裕! って猛者な方々も混じってはいたみたいですが。

 そういった人のほとんどは、この王国最強決定戦を見物する為に各地から集まった旅行者の皆さんで……王都に気がかりの類が一切ないので、ほぼほぼ試合場に留まることを了承してくれていました


 ……というかなんで此処にいるの。

 ラムセス師匠。


 あれ? リューク様は?

 どこ見てもいない、よ……?

 え。今日の試合、1人で見に来た口ですか?

 お弟子さん達ほっぽって、何してるの。この武人。


 何気ない顔でしれっと防衛作戦への参加志願者の列に並んでいるラムセス師匠。

 そんなおじさまに、微妙な顔をしてしまうメイちゃん。

 リューク様がいないのは良いのか、悪いのか……顔を合わさずに済んだのは有難いけど。

 でもラムセス師匠がここにいるってことは、リューク様達はラムセス師匠抜きで魔物の王都襲撃っていうイベントに相対しなくちゃいけないってこと、だよね。

 ………………どうしよう。

 なんだか段々、心配になってきた。


 



 平素から兵を束ねる責任者の1人として動いていたからか、パパと近衛騎士団長の2人ともが即座に現場に合わせた判断を叩き出し始める。


「今から会場の外に出るのは、やはり危険だ。飛行型の魔物が目視できる距離に迫っているという事は、魔物からも此方が視認出来る筈……下手に動くと標的にされる。外にバラバラに逃れて、移動しているところを襲われたら……戦う力のない民衆は、ひとたまりもないだろう」

「貴君もそう思うか。貴賓席にいる方々や御前にいらっしゃる方は身に纏った装飾品や衣服の重さで満足に走れない者も多い。民衆も地の利があれど、無秩序に逃げては危険だ。やはりここは――」

「ああ。この試合場を砦と見立て、一時立て籠もる。皆、我々が……この試合会場で戦ってきた者達はいずれも一騎当千の(つわもの)だ。我等で皆を守る!」

「運営、急いで観衆を試合場内部に案内しろ。試合場の脇にある大型動物の搬出口から、試合場の真下に直接行ける筈だ。会場警備に参加していた兵たちも、急ぎ各班ごとに防備を整えろ。それから、観客からある程度戦える者の参戦を募れ」

 話がとっても早い2人が、さくさく現場の状況を整えていきます。

 うっわー……本当にすごく手際が良い。


 騒然となる試合場。まだ魔物の全容もわからぬうちに、不用意に外に出るのは危険だから。

 円形闘技場を砦に見立てて周囲の状況が掴めるまで立てこもり、ここで生存能力に不安のある観客の皆さんを守る構えみたい。つまりは防衛に徹することとなる。

 だけどパパのことだから、イケると判断できた時には打って出るんじゃないかな。

 パパと近衛騎士団長は大して相談に時間をかけることなく、取り決めを纏めていきます。

 2人の動じることない姿に、それを見ていた観客達も徐々に落ち着いてきていて。

 何より、さっきまで実際に2人の強さ、鋭さ、戦いっぷりを自分達自身の目で見ていたってことも大きい。実績を目にしていると、心に蓄積させた安心感が違うね。


「だが何にしても、他の場所と連絡を取りたいな。特に王宮への知らせは必須だ。予想襲撃範囲の広さを考えると援軍を派遣してもらう余力があるとは思えないが、ここには大会を見に来た来賓や貴賓が多い。政治的に重要な人物が多すぎる」


 いくら屈指の猛者がそろっていても、観客や要人といった非戦闘員を庇いながらでは王城までの撤退もままならない。守る対象が多すぎて、パパ達はこの場に釘付けです。

 幸い、大会の趣旨から戦えるものは観客含めて多くいたんだけど……それでもどのくらいの魔物が襲ってきているのか不明瞭だと、充分とは思えないから。

 他の防衛に適した場所、王都を守る機関、それらを束ねる王宮。

 連絡を取り合い、連携したい場所がある。

 パパ達は兵士の中から誰かを伝令として走らせることにしたんだけど……


 その相談を右耳で聞きながら、私は空をふと見て。

 あ、なんか発見しちゃった。


 空を蝙蝠に運ばれて移動する中ボス(ラヴェントゥーラ)さん目撃。


 この襲撃前倒し、あいつのせいかよ。


 確かに『ゲーム』でも、この襲撃はあいつの指示だったし。出てきもしたけど。

 あのひと、メイちゃんと同じく前世の……『ゲーム』の記憶があるんだよね?

 なのになんでシナリオ崩壊させるような危険な真似しちゃってるの?

 確かに立場上、私、ラヴェントゥーラさんを牢屋にぶち込みはしたけど……リューク様の村が消失した事件の、関係者として。5年前に。

 あれ? そういえば牢屋にぶち込んだ後はどうなったんだっけ?

 この5年、あの神様がどうしているのか、そういえば確認したことなかったな……

 ……今回の、この騒動。

 まさか、私への嫌がらせか何か……じゃ、ないよね?


 どういうつもりか、真剣にわかりません。

 だったら、問い詰めるっきゃないよね!


 『ゲーム』のシナリオに逆らうような真似をしているから、絶対にそうだとは言えないけど。

 でも『ゲーム』通りなら、あいつは『リューク様』と遭遇することになる。

 ってことは『リューク様』の追跡をすれば、自然とあいつにも会える筈。

 ……会えなかったら会えなかったで、後日セムレイヤ様に中継してもらってとっちめてやるんだから。


 何はともあれ、問い詰めることは確定で。

 だったらさっさと、『リューク様』を探さないと!


 だから私は、手を挙げた。

 先生に「これわかるひと~?」って促された時みたいに、勢いよく真直ぐにぴしっと。

 絶対に、誰からも目に留まるように


「はい! 私、伝令に志願します!」


 適材適所。

 メイちゃん、素早さと身軽さと足の速さには自信があるよ!

 だから、自分が伝令を務めると。

 例え民間人でも、非常時には『賞金稼ぎ』は傭兵扱いとなって軍事作戦に参加することがある。

 誰もが緊急とわかるこの事態で、戦う力があるとわかりきっている『賞金稼ぎ』が伝令を引き受けると言いだしたら……軍人でもある、パパはちゃんとした理由もなく撥ね退けたりは出来ないよね?

 これで私の能力が伝令向きじゃないとかだったら、却下する理由にもなるだろうけど……耐久力もそこそこにあって、速度特化型。王都の地の利がある訳じゃないけど、王都のどこからでも見える王城にまっすぐ走るだけなら誰より早く駆け抜けられる。そのことを、パパもよく知っているはず。

 公私混同ダメ、絶対。

 この状況で私情に惑わされるのは駄目だよ、パパ。

 パパには辛いことだってわかってるけど、ごめんね。パパ。


 勿論、伝令を務めるのは1人だけじゃない。

 居合わせた人員の中から、戦力を削ぎ過ぎない範囲内で何人もが各所への伝令に抜擢された。

 その中に、まんまと私の名前も連なっている。


 パパが止めても、それを公私混同だと撥ね退けました。

 この場で最適の判断をするよう迫り、自分を荒事専門の場熟れた人員として雇うように求めました。

 パパには文字通り、苦渋を呑む決断だと思う。

 それを迫るなんて酷い娘だよね、私。


「主戦力のパパはここを離れられない。だから危険でも私が行くの」


 そう言いつつ、私の内心は本編イベントの前倒し発生の気配に猛り狂っていた。

 なんとしてもこの場を円満に離脱し、本編イベントを見に行くぞー!と。

 だけど。


「待ってもらおう」


 そんな私の思惑に、冷や水ぶっかけられました。

 うぐぐっと唸りながらも、私を止められずに苦悩するパパの前。

 ひとりの、猫耳おねーさんが進み出てきました。

 ……ミレニアおねーさん?



 騎士を志す身として、年下の女の子ひとりに危険な役目は押し付けられないと。

 身軽さが条件なら、猫獣人で軍事訓練を受けている自分も十分に適用されるはずだと。

 また王都で育った自分なら、不足した地の利を補える……。

 そう言って、ミレニアお姉さんが同行者に名乗り出てしまったのだ。


 やっべ、どうしよう。

 言っている内容が、正論で。

 言っている顔が、目が、真剣で。

 この流れで突っぱねられる理由が見つからない……!


 公私混同、駄目、絶対!

 その言葉が、ブーメランで戻ってきた瞬間だったよ……。



 これから本腰入れてストーカー! って時に、同行者とか。

 しかもそれが、お友達のおねーちゃんだとか。

 うん、本気でやばいなって思うから。


 こうなればやることは1つ……急いでるからーって口実で、全力で振り切るっきゃない!!


 だから私は。

 初っ端から本気の全開で飛び出しました。

 急ぐっていうのも、本当なんだけどね。

 伝令の仕事をさささっと終わらせて、自由時間を得る為に。

 でもただ急ぐだけなら、()を通っても良かったんだけどね?

 魔物が地上から入り込まないよう、防備を固めているところだったのをこれ幸いだと。


 私は、試合場の壁を駆け上がって、飛び越えることにしました。


「「「「「ええぇーっ!?」」」」」


 なんか背後の方から驚愕のお声が聞こえた気がしたけど、気にしない気にしなーい!

 円形闘技場の分厚い壁の上に駆け上がり、猛ダッシュで駆け抜けて飛び降りる。

 それだけの簡単な作業です。

 ……ん? あれ? 背後の方から、また絶叫が……?


「待ちなさい、私も行くと言ったでしょう」

「えっ」


 やっべぇ……騎士修行中の猫さん舐めてました。

 ミレニアおねーさん、着いてきちゃったよ。




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