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海桜に雪芒と  作者: 藤泉都理
三巻 おうぎを舞いし染の運命編
48/66

おうぎを舞いし染の運命 十




 絶滅危惧種であり薬の原材料である『ほの』。

 イネ科の多年草、山野に群生、高さ約一.五メートル、茎の頂に十数本の枝を出し黄褐色から紫褐色の大きな花穂をつける、秋の『薄』に外見は瓜二つなのだが、色が違った。

 深くて濃い青色で、夕焼けに照らされた時はラムネ水のような透き通る青色に、そして夜には、郷愁へと誘うような淡い光を放つ青色と、日に三度、色を変化させる。

 食欲不振回復薬としては元より、その不思議な性質により乱獲された結果、『ほの』が地生しているこの森は国有化されては専門家以外の立ち入りを禁止されていた。

 国の、そして、専門家の保護下にあるからだろうか。

 それとも、この土地が異常を寄せ付けない性質を孕んでいるのだろうか。

 各地で植物が原因不明で枯れたり、病や虫や動物に荒らされたり、異常気象で沈んだり飛ばされたり燃えたりする中でも、『ほの』だけは、いや、『ほの』が地生するこの森だけは、何の異常もきたしていなかった。

 今でさえも。


氷月ひづき


 幻想的だと。常ならば甘やかな雰囲気、距離を縮めるのに持って来いの場所ではあったが、今の紅凪こうしにそんな事を考える余裕は微塵もなかった。


「氷月」


 氷月がここに到着してから遅れてやって来た紅凪。立ち入り禁止と書かれている立て看板の前に佇んでいる氷月の背中を見つめながら、一歩、また一歩と歩いては、氷月との距離を縮めて行った。

 足が重たいのは、ここまでの距離を駆け走って来た事に加えて、心理的なものもあるのだろうかと紅凪は思った。

 一刻も早く氷月との距離を零にして、眩い白に塗り潰されていない氷月の顔を見たいはずなのに、もしも、と、考えると、足が重たくなる。

 もしも、氷月の顔が、いや、顔と言わず、全身が眩い白に塗り潰されていたとしたら。

 ずっと眩い白に塗り潰されたままだったとしたら。

 それが、氷月の願いだったとしたら。


(ぜんぶを拒否したいっていう、氷月の意志だとしたら。本当は。一人にしておいた方がいいのかもしれない。ずっとじゃないけど。少しの間は。何があったか知らないけどよ。一人になる時間は必要だろう。だけど)


 一人にさせたくないという自分勝手な我が儘だ。

 傍に誰かいると知っておいてほしいという、ひどく自分勝手な我が儘。


 紅凪は手を伸ばして、広げた手を強く握りしめたのち、ゆっくり開くと、氷月の肩にそっと置いた。

 氷月と紅凪の開いた距離は紅凪の腕一本分。


「氷月」

「………私はもう、氷月じゃありません」

「………おまえは氷月だ。誰が何と言おうが。おまえがいくら否定しようが、氷月だ」


 衣越しでもとても硬い肩だった。岩かと間違えてしまうほどに。骨なのか、それとも筋肉なのか。双方が鍛えられた結果なのか。

 それとも、

 それともずっとこんなに硬い肩だったのだろうか。

 ずっと、緊張して肩を僅かに押し上げ続けていたのだろうか。強く肩に力を入れ続けたのだろうか。

 『雪芒』になる為に。『天紅あまがべに』家にいる為に。雪晶ゆきあきから捨てられない為に。

 ずっとずっとずっと。幼い頃からずっと、雪晶に拾われた時からずっと、


 雪晶の所為ではない。雪晶が氷月を見つけて連れ帰ってくれたおかげで、氷月と出会えたのだ。感謝しかない。


(って。全幅の感謝を述べられねえよ。何してんだよ。あんた。氷月を、)




 良くも悪くも、氷月の感情を大きく左右するのはいつだって、




「………氷月は死にました」


 静かな声音。ではなかった。静かな声音に聞こえたが、違った。やけっぱちな声音だ。もう、どうでもいいという声音。

 紅凪は目の前が紅色に染まった。

 氷月の肩を掴んだ手を引き寄せては強引に振り向かせようとしたができなかった。もうそこまでの体力がないのは元より、そもそもの話、元気満々の状態であったとしても、紅凪が氷月を振り向かせる事はできなかっただろう。体幹の強さが違うのだ。体力の強さが違うのだ。


「氷月は死にました。もう、氷月はいません。ここにいるのは、何の名前もない、人間の形をした、人間の言葉を話せる生物です」


 目頭と、鼻の奥と、喉奥と、胸と、掌が、ひどく熱い。

 期待、していたのだ。ここに来た、ここに真っ直ぐに迷いなく来た氷月に。

 助けを求めてくれるのではないか。

 胸の奥に封じ続けていた言葉を吐き出してくれるのではないか。

 強く、期待してしまっていたのだ。


「氷月」


 紅凪は氷月にも聞こえるように、荒く深呼吸をしたのち、口を開いた。











(2024.11.6)




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