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海桜に雪芒と  作者: 藤泉都理
二巻 ちに繕う野花編
23/66

ちに繕う野花 五

 買い求めた二十冊の内、十冊を自分なりに克明に描き終えた氷月は、寝ないまま朝食を取り終えて仙弥と共に雪芒の修行場に来ていた。


 大丈夫だから、きちんと寝た方がいいし、根を詰めたら視野が狭くなる。もっと肩の力を抜け。その方がいい考えが浮かぶ。好きな花だって選び放題だ。大丈夫だ。絶対に合格する。おまえなら絶対に大丈夫だから。


 発しそうになる上滑りな慰めの言葉をやわく押し留めて、ただ黙って氷月の後姿を見送った仙弥。本当に何の役にも立たないと思いながら、寂しい風景を立ったまま見下ろした。


 もしも。

 もしも、この修行に合格しなかったら。

 雪芒の能力はなくなり、天紅家から出なければいけなくなり、青嵐の許嫁ではなくなり、紅凪とは今迄のようには会えなくなり。


(だが、おばばが多分氷月を引き取ってくれるだろうから)


 少しずつ、少しずつ。

 あの温かい場所で、癒されるのではないだろうか。

 少しずつ、少しずつ。

 好きなものが見つかるのではないだろうか。

 少しずつ、少しずつ。

 生きていきたいと思えるのではないだろうか。

 少しずつ、少しずつ。

 己の名を口にして、歩いて、歩いて。


 何時の日か、紅凪の嫁になれるのではないだろうか。

 身分など、紅凪がどうにかする。

 時間など、紅凪がどうにかする。

 災厄は、俺がどうにかしてやる。


 俺が、二人を絶対に。


(俺の命を賭しても)


 知らず握りしめていた指を掌からおもむろに離す。

 短い爪にもかかわらず皮膚に痕を残しているくらいなので、相当力を込めたのだろうと苦笑を零す。


 最初からおばばが氷月を引き取っていてくれたのならば。

 否。

 駄々をこねれば良かったのだ。

 窮屈で苦痛になっていると分かった時に、あの家から氷月を引き離す為に。

 おばばに強請れば良かったのだ。

 妹として迎えたいと。

 養子の分際で何を言うのかと責める人では決してない。


(俺が雪晶さんに)


 言えば良かった。

 そうしたら。

 そうしたら、


(だが、氷月が)


 きっと首を縦に振らないだろう。

 頑固な子だから。

 本当に。

 小さい頃から今に至るまでずっと。


(本当は雪晶さんより早く氷月を見つけられていたら)


 もしも。もしも、もしも。

 何度も、何度も、何度だって。


(こればっかりはやり直せないんだけどな)


 こればっかりは。

 けれどこれからは。

 ここからは。


 後ろ向きな思考に陥っているのは。

 ここが大きな変わり目だからこそ。

 雪芒を辞めさせる、恐らく、さいごの機会だからこそ。




 ゆるされなくとも。

 まもれるならば。




 仙弥は笑った。

 この物悲しい景色に沿う乾いた風のように。

 この雄大な景色にあまねく行き届くそよ風のように。

 小さく、ちいさく、わらった。











(2021.10.20)



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