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海桜に雪芒と  作者: 藤泉都理
二巻 ちに繕う野花編
22/66

ちに繕う野花 四




「植物本を買い漁ったかと思えば、今度は描き写しか?」

「はい」


 雪芒修行場で枯れた植物を凝視し続けたが、花や葉、枝、茎、根の色や形、質感、温度、何一つさえ思い描く事ができなかった氷月。制限時間の午後四時を過ぎた瞬間、この場を離れて、仙弥と共に書物屋へと赴いた。

 少しでも取っ掛かりが欲しかったのだ。

 そこかしこに咲く草花の名前を調べたいので本を置いてほしいとの観光客からの要望が多いらしく、特設棚まで設けられていて、植物関連の本は充実していた。


 氷月はとりあえず置いてある植物本を全て買い求めては手早く夕飯を済ませて、今。宿泊施設の一室にて、一頁読むごとに、同じく書物屋で買い求めた真っ白な書物に草花を丁寧に描き写し続けていた。


「この白扇に描かれている灰色の枯れた植物の、枯れていなかった場合と種の正確な色形と質感、温度を想像する事が修行の課題として出されたのですが、何一つ思い描く事ができなかったので、何か参考になればいいと思い、描き写しているんです」

「ふ~ん。ならおまえの好きな花でいいんじゃないのか?」


 氷月と違い、トキと共に先日の店でゆったりと夕飯を済ませて帰ってきた杏梨は椅子に背もたれながら、瓢箪からお猪口へと酒を注いで、ゆったりと口の中へと流し、少し舌で転がしてから飲み込んだ。


「好きな花はないので」

「じゃあ、いい機会だったのかもな。好きな花を見つける。おい、本に顔を近づけ過ぎだ。目が悪くなる。つーか。私と二人きりの時くらい前髪を上げたらどうだ?」


 杏梨の指摘を受けた氷月は素直に本から顔を離して、中指で草花の形をなぞってのち、筆を持って描き続けながら、口を開いた。


「申し訳ありません。まだ、前髪は上げられません」

「まだ、ねえ」

「はい」

「今回の修行に成功したら見せてくれるのか?」

「………分かりません。ですが。成功したら、決めている事はあります。それも言えませんが」

「真っ先に言いたい人間が居るか」

「はい」


(本当に分からんなあ。何で結婚しないんだか)


 今、氷月の頭の中に居る人物を簡単に言い当てる事ができた杏梨。少しだけ首を傾げながらも、ちびりちびりと辛味の強い酒を飲み進めた。


(自分がどんだけ嬉々とした声を出してんのか、分かってないんだろうな)


 ちらと、長方形の机の上で植物本と描き写している白い頁しかない書物の傍らに置いている白扇を見ては、灰色の植物がない事を確認してのち、杏梨は氷月に話しかけた。


「おまえは将来どうしたいんだ?」

「将来、ですか?」

「そう、将来」


 顔を一度だけ上げた氷月はおもむろに顔を下げて、描き写しを再開した。

 笑っていると思った顔が思いのほか真剣な表情だったので、少しだけ緊張が増してしまった。


「私はこのまま紅凪王子に仕えたままでもいいし、またどこぞの組織に。ああ、違法者じゃないな。仕えるのもいいし。気ままな生活の中で、少しだけ暴れられて、美味い酒を飲めたらそれでいい」

「私は。雪芒になって、雪芒の任を続けられれば、いいと」


 言葉尻がどんどん小さくなっていく。

 ただ、雪晶の役に立ちたくて。紅凪と仙弥の姿を見られたら。

 けれど、明確に思い描けるわけではない。

 どうしても、靄がかかったように現実味がないのだ。

 心の奥底から望んでいるはずなのに、


『君が生きようとしていないからですよ』


 不意に青嵐の言葉が脳裏を過る。

 死んでもいいと思っているから、駄目なのだろうが。

 どうしたらそう思わなくなるのか、分からない。


「養父に、紅凪王子に、仙弥に。与えられてばっかでおぼつかないんだろうな」

「はい」

「けど、あいつらはあいつらでおまえからいっぱいもらっている」

「………申し訳ありません。集中したいので」


 肯定も否定もできなかった氷月は会話を打ち止めした。杏梨は気を悪くすることなく、すまなかったなと小さく笑って謝り、先に寝るなと隣の寝室へと向かった。


(好きな花。将来)


 襖が閉められる音を聞き届けてから白扇に手を伸ばした氷月。少しだけ顔から距離を置いて、目の高さまで上げ、灰色の枯れた植物を注視した。


 曖昧な植物だった。

 見るたび、見るたびに、姿かたちを変えて、惑わせる。

 一つに留めてくれたのならば、この植物本の中に正解があるのに。種類の違う草花を融合させながら変えてくるから、質が悪い。


(好きな花。紗世ならきっとすぐに答えられるのに)


 花だけではない。食べ物や色、動物、季節、本だって、何だってすぐに。


(私は本当に)







 ヨウヤクシネル。






 突如として頭の中に飛び込んで来た己の声に血が逆流したかのように錯覚した氷月。一瞬眠っていたのかと頭を二、三度振ってから、白扇を机の上に置いて描き写しを再開した。




(違う。私はまだ、)











(2021.9.29)



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