(六)高野山
(六)高野山
蝉の声がかまびすしい。
人を怠惰する暑さの中、編笠をかぶった了海が、錫杖を鳴らして苔むした石段を昇っていく。それを後追いするように、緑の虫が長い列をなしている。どのカマキリも幼虫だ。
錫杖の音が止まった。夏の日差しに灼けついた小さな墓石に合掌した老僧は、念仏を唱えて目を閉じた。
「この子らが人の姿になれるよう、出来うる限りを尽くしたい。残り少ない我が命、使い果たしても悔いがない」
墓石に向かってつぶやくと、気のせいか、健二郎の声がした。
「人の姿が幸せで、虫の姿が不幸とは、それこそ人の傲慢さ。私も咲も、最後が一番幸せだった」
了海のその後を知る者はわずかだが、風の便りの噂では、即身仏になったという。
風の便りの噂と言えば、元和二年に家康公が死んだのは、無数のカマキリが寝所に現れて鼻と口とを塞いだためと、噂する者が後を絶たない。
幕府は否定しているが、真偽のほどはわからない。
(了)
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