第二話「イデア測定」
はは。何だよこりゃあ。
最早、苦笑いしか浮かんでこないぜ。
どうしてこうなったんだ?
イデア測定で色々と調べた結果だが、俺はイデアの召喚が出来ないらしい。
………ふぅ。
ヤバくね? この状況。
だって、ここさ、イデアバトルの選手を育成する学校だぜ?
それでイデア出せないとか本末転倒じゃん?!
俺はどうすればいいんだよ?!
† † †
時は少し遡る。
「……」
「……」
何だろう。滅茶苦茶気まずいんだが。
何なの? この静寂は。
いや、そりゃあ話すこともないし仕様が無いのかもしれないけどさ?
でも、やっぱり気まずいんだよ!
「あの、柊木さん? 何か無限ループしてません?」
「……」
…さっきから同じような廊下しか視界に入ってこないんだが。
無限ループって怖くね?
「……貴方、この学園の構造を知らないの?」
「…え? うんまあ」
知らんがな。たった一人の男と戦うため、そしてあわよくば他の強い奴と闘いたくて俺はこの学園に入ったのだから。
「はぁ…。そう。…説明してあげるわ」
雪奈は呆れたように溜め息をつくと、この学園の事について説明してゆく。
曰く、基本的にこの学園は滅茶苦茶広いらしい。
聞くところによると、年に何人か行方不明者が出ているようだ。……どんだけ広いんだよ敷地…。
「……ここ」
他と同じようななんの面白味もない廊下を右に曲がって、その突き当たりにイデア測定室はあった。
「「失礼します」」
そう言って、部屋に入る。
またまた雪奈曰く、イデア測定室とは名ばかりの部屋で、実際にイデアの測定は、部屋の左右隣にある第一、第二検査室でそれぞれ行われるらしい。
最早歩くナビだな。雪奈ナビ。…何故だ可愛い。
部屋を見渡してみるも、クラスメイトの面々は誰もいない。既に隣の検査室に入っているのだろう。
「……すごいな」
思わず感嘆の声を上げてしまう俺。
というのも、このイデア測定室、学校の部屋……というより最早ちょっとした研究室みたいで、触るのもヤバそうな機材がごちゃごちゃと置いてある。それでも最低限の整理・清掃はなされているのか、床や窓なんかは至って清潔だ。
「…霧式 碧、柊木 雪奈だな。遅いぞ二人とも。二分オーバーだ」
巨大な機材達を物珍しげに見ていたところ、突然に可愛らしい…けど、妙に大人っぽい口調の声が響いた。
そして俺だけハリセンでぶっ叩かれた。
「いでっ! なんだ!?」
頭を押さえ、振り向……きながら視線を下に落とすと、そこには幼女がいた。
「…………。…………え、幼女……?」
今、俺の目の前には、ゴシックロリータの服にダボダボの白衣を纏っているというふざけた容姿をした黒髪黒目の美幼女がいる。
驚きの余り、「え、幼女……?」とか、意図せずも余計なことを呟いてしまったじゃないか。
「幼女言うな! 馬鹿者めが!! 私は、上山聖岳だ。聖岳先生と呼べ、聖岳先生と!」
幼女改め聖岳ちゃ……先生は軽く(?)怒ると、然り気無く呼び方まで指定してくる。
取り敢えず俺は、「あ、はい。聖岳ちゃん……」と答える。
すると聖岳ちゃ…先生は強調するように「せ・ん・せ・いだッ!!」と言うと、その手に持ったハリセンで、俺をメッタメタにする。
「あべしひでぶッ?!」
冗談が通じねぇ…!! 滅茶苦茶叩かれた。…いてて、フルボッコだぜ…。
全く。確かに可愛い容姿で幼女の鑑のような姿をしている御仁だが、せっかくのゴシックロリータの上に白衣なんぞ着てしまってはアウトだ。
どこからともなく出現するハリセンですぐに人を叩くのもポイントが下がる。
俺がリガルヘイムドにて培った最強の“眸”――そう、【スカ○ター】がその判断を弾き出したのだ。
「で、お前らは特待生枠だったな。第二検査室で見るから私についてこい」
【スカ○ター】は置いといて、新感覚暴力系ツンデレ幼女の事について考えていると、そな暴力系ツンデレ幼女の聖岳…先生から俺達にお呼びがかかった。
「は、はい」
聖岳ちゃ…先せ…もう、聖岳ちゃんでいいや……。
……とにかく聖岳ちゃんにお呼ばれした俺達は、返事をしてさらに部屋の奥へ進んで行く。どうやら左側の第二検査室を使うようだ。
……人生の中でまだ一回もイデア出したことないんだけど…大丈夫かな。
そんな風な事を考えながらビクビクと第二検査室へ行く。
「さて、お前ら、こいつで頬の粘膜を擦れ」
第二検査室とやらに入って、綿棒を持った聖岳ちゃんにそう言われた。どうやら細胞を採取して、DNAを抽出するつもりらしい。
「…これでいいですか……?」
雪奈が言いながら綿棒(?)を差し出す。俺も何となく出来たので、綿棒っぽい何かを聖岳ちゃんに渡す。
……自分の唾液の付いた綿棒を幼女に渡すなんてっ……。色々とヤバイっ…。犯罪的だっ…(※犯罪です)。
「ふむ。これからDNAを細胞剥離用溶液に浸けた後、ゲノムポリメラーゼ特殊連鎖反応を用いた機材でお前らのDNAを培養する。二、三分かかるからその辺で待て」
「…は、はい」
返事をすると、「よろしい」みたいな感じで聖岳ちゃんは頷き、イデア測定の解説を始めた。
それによると、この機材はDNA内のイディトロンを解析する際、イデアの設計図にあたる塩基配列を数値化して専用のデータベースに保存、それから設計図として示されるイデアの形を解析する事により、端末上にてそれがどの様なイデアなのかや、能力まで分かるという話だ。
「……何それ超ハイテクじゃん」
聖岳ちゃんの何やら専門的な説明が終わり、俺はそう呟いていた。
聖岳ちゃんは「こやつ、理解しおったのか?!」みたいな表情をしている。
たしかに聖岳ちゃん、話で専門的な用語を使いまくってたな。
こっちはスキルの【無限叡智】まで使ってリアルタイムで情報収集して強制的に頭に刷り込んでやっと理解出来たんだから大変だった。
聖岳ちゃんどんだけ高レベルな会話を生徒に求めてんのさ…。
「ま、まあ、今の話を霧式が理解出来たかどうかはさておき、そろそろお前らのイデア解析が終わった頃だろう」
露骨に話をそらす聖岳ちゃん。……もしかしたら俺が話を理解してしまったことにショックを受けているのかもしれない。
そんな風に思いながらも機材に接続されたパソコン覗き込むように見る。表示されているのは半透明の3Dモデルで、どうやらこれが柊木 雪奈のイデアらしい。
「…短刀、ですか……。……やっぱり、母さんの…。……【顕現せよ】」
雪奈そう呟くと、突然イデアを召喚する。
出現した短刀型のイデアは、雪奈の右掌の上で回転しながら色付き、透き通った水色の刀身を持つ純白の短刀になった。周囲には桜の花弁の如き薄氷が舞い散るように浮いている。
聖岳ちゃんは俯き加減で沈黙する中、雪奈のイデアについて色々と解説する。
そして、俺は。
「…綺麗だ……」
その余りに美しい短刀――いや、『心象』にほうと溜め息をついてしまっていた。
ダイヤモンドダストと富士山と朝日のコラボレーションを見た時位に神秘的な気分だ。
しかし、当の本人――雪奈は涙目でキッと俺を睨むと、早口で、こう捲し立てた。
「…何よ! バカにしてるの?! イデアの形状が人を傷つける目的で創造された物って事は、その人の根本的な心のカタチもそうってことなのよ?! それを、貴方は―――」
今までクールだった雪奈が急に取り乱したのには驚いた。
思わず心を読んでしまったが、雪奈は自分の心が攻撃的で冷たくて姑息な…それこそ、氷の短刀のようなものだとでも言いたいようだ。
そして、それを『綺麗』と称した俺に対して、思わず怒気をぶつけてしまったと。
「――なあ、じゃあその左手にあるモンはなんだよ?」
それからも雪奈が聞くに耐えない理屈が並べ続けるものだから思わず聞いてしまった。
「――え…?」
一拍遅れて反応した雪奈が左手に視線を落とす。そこには半透明の結晶体によって綺麗かつ控え目な装飾のなされた、純白の鞘があった。
「……さ、や……?」
そう。鞘である。雪奈がそれを認識したのを確認すると、俺はさらに話を続ける
「鞘は刃から身を守るための物。俺はそれが君の『安易に人を傷つけない為』にある心のリミッター……強いて言うなら『優しさ』を象徴するものだと思う」
「でも……、私は…」
それでも何か言い募る雪奈に、俺は軽く溜め息をつくと、その左手に手を重ねて動かし、剣を鞘に納める。雪奈は解くに抵抗もせず、それをぼうっと眺めていた。
「これでよし……」
俺はうんうん、と満足げに頷く。それに雪奈は、
「………………」
何も言わずイデアを消し、ふらっと俺に背を向けた。そこから僅かばかりの嗚咽が聞こえる。
背中をさすってやるとか、何か出来ることがあったのかもしれないが、俺はただ黙ってそれを見つめていた。……見つめていることしかできなかった。
きっと彼女が背負っているのは、途轍もなく重いものだ。
具体的にそれがどう言ったことなのか俺には分からないが、何となく目星は付いている。
というのも、さっき俺は雪奈のイデアにスキルの【最上鑑定】をかけていたのだ。……勝手に他人の心を覗くようでいい気分ではなかったが、とにかく異世界式の鑑定は成功した。
その結果がこれだ。
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名称:雹嫁
形状:短刀
材質:J@G[2.G~j
能力:気温操作【冷】 地凍冷結 凍結 吹雪 暴走
説明:
柊木 雪奈の抱く、母親への強い反骨心とコンプレックス、それに母親からの遺伝性イデアが合わさった結果、誕生したイデア。
自分の大切なものを二度と喪わないため、いざという時は心を殺し、他人を害することもいとわない覚悟と、一方でそれに振り回されず「母のように」人を傷付けないという一見矛盾した決意の現れ。
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材質が文字化けしてたりと、気になることは幾つかある。
ただそれよりも更に気になるのが、散見される『母親』の記述と、『喪った、大切なもの』。
何か彼女の過去に、重大な事件があった事は想像に難くない。
今彼女が泣いているのはきっと、それに関係する事だ。
いつか、彼女自身の口からその事が聞ける日が来るのだろうか。
もし彼女がその重荷を分け与えてくれるのなら、俺も一緒に背負ってもいいかな、なんて。
……。
何考えてんだろ。俺…。
…うむ。まあ、分かってる。俺は……。
……俺は柊木 雪奈という人間に一目惚れしてしまったようだ。
……因みに聖岳ちゃんは、今も食い入るようにパソコン画面を見詰め、この騒ぎに気付いていない。仮にもあんた教師だろ。
何とも締まらないものだ。