第一話「元勇者、編入す」
一人称って書きやすいですよね。
この学園は、入学してから精神を落ち着かせるための期間を一ヶ月設けており、その間は、適当な仮クラスにて過ごすこととなる。
まあ、当然なぜそんな期間を作るのかという話になるのだが、それにはまた別の事―――【イデア】という概念について少しだけ語らねばなるまい。
まず【イデア】とは、平たく言って人の心に形を持たせたものだ。使用者の精神的コンディションによりよくも悪くも変化する。
前にちょっと【イデア測定・面接試験】の事について述べたが、それを行うための措置だそうだ。
どういうことかというと、その時その時の影響を強く受けるイデアを測定するには、入学当初の浮わついた気分や興奮した状態では適さないということだ。
まあ、俺が編入する今日は、その仮クラスの終了する日なんだけどね!
そこんとこは権力を振りかざして握り潰したぜ…。
この学園に入るには形振り構ってらんねぇ! 権力ってのは使うためにあるんだよ!
そして、まあ、今。
(まだか…。まだなのか…?!)
俺は、教室前で待機していた。
今日で仮クラス解散といえども、一応、仮クラスにて俺の自己紹介は行われるらしい。
そして、編入生の俺は、どうやら紹介があるまで教室に入ってはいけない感じらしいのだ。
ドア越しでおぼろげながらも先生とおぼしき人物の声が聞こえるが。
「みなさ~ん! 今日は編入生が来ますよ~。ですから、拍手で迎えてあげてくださーい! はい、それじゃあ入ってきてね」
どうやらもう入っていいらしい。
俺はネクタイを整えるとピシッと姿勢を正し、そのまま教室への一歩を踏み出す。
ぱちぱちとまばらな拍手が聞こえる。
「失礼します。ええと…俺の名前は霧式 碧です。宜しく」
黒板に自分の名前を書き、俺は言った。
「ええと、霧式くん、それは何語ですか?」
先生がそう言う。
「え?」
ふと自分の書いた文字を見るとそれは異世界にいたの頃に散々使ったカナン語の文字だった。
「ぉおッと?! すみません、自分で創作した言語に驚くほど慣れてしまっていて…。あははは」
「そ、そうですか」
…異世界の文字とか言っても頭おかしいと思われるだけだろうし、ここは自分の趣味で創作した言語だと言うことに…。
幸い…かどうかは分からないが、とにかく、異世界にて【全言語完全理解】のスキルを手に入れてるから英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ラテン語。果ては古代シュメール語とか古代エジプト語、ルルイエ語まで喋れるので、言語オタクみたいな扱いをされてもまあ間違いではないし。
まあとにかく、誤魔化せた…筈だ…。…先生が若干引いているのは気のせいか?! いや、気のせいだ。そうだ。落ち着け。
俺は深く深呼吸すると黒板にちゃんとした日本語を書き、自己紹介を終える。
「で、では霧式くんはあちらの空席に座ってくださいね」
「了解です」
先生にそう言われ、教団から下りた俺は、教室の一番端っこに設置された、窓よりの席へ座る。
先生が「では、朝のホームルーム始めますねー」等と言っているが、知らん。
俺は、表面上は平常を装いながらも内心で叫んでいた。
(……普通さ?! ここは美少女の隣になって「あ、ヨロシク(キラリィン!」 「は、はい……(モジモジ」ってなるとこやろォ!!?)
更に愚痴は続く。
(いやね? 異世界ではチートで無双したり冒険者にギルドで絡まれたり、美少女ハーレム作ったりと、全てテンプレ通りに事が進んでいたんだよ? でも地球に戻ってきてからはそういう事がないんだよ?)
俺が内心でブツブツ言っていると、誰かが肩をツンとつついてきた。
はっと振り返ると、そこには俺の採点基準を完璧に満たした美少女がいた。
腰辺りまである濡れたような黒髪、それと対照的な陶磁器を思わせる肌理細かで真っ白な肌。
そして若干つり上がった猫のような目は深い木炭色をしている。
パーフェクト。グレイトだ。素晴らしいよ。
俺が内心でヒャッハーしていると、美少女はあ、と溜め息をつき、
「……先生の話聞いてなかったの? イデア測定。…早くいかないと遅れる。準備して」
と、言って教室から去っていった。
俺が内心でブツブツヒャッハーしてる間にそんな話をしていたのか先生……。俺、悪い子でごめんなさい…。
俺は急いで測定の準備(といっても、体操服に着替えるだけだが)をすると、教室を出る。
するとさっきの女子生徒が待ってくれていた。
(これは…!? まさか学園もののテンプレなのか…!?)
俺が戦慄していると、彼女はちらりとこちらを一瞥し、その黒髪を翻しながら俺に背を向け歩き出す。
付いてこいという事だろう。確かに俺、イデア測定の部屋とか知らないしな。
「……」
「……」
なんやこれ。お互いに何一つ言葉を発しない。
「あの、名前は?」
余りにも居た堪れない空気なので、聞いてみる。
「……柊木 雪奈…」
美少女改め雪奈はこちらを見もせずに素っ気なく答えると、そのまま歩いて行く。
(やっべぇ! 空気が気不味すぎる…!!)
なんて思いながらしばらく進んで行くと、急に雪奈が立ち止まった。
「……一応言っておくけど、貴方のことを待ってた訳じゃないから。何か貴方、ほっとけないのよ。…それだけ」
「……あ、はい……??」
行き成り立ち止まってそう言う彼女に、俺はそう答えるしかなかった。
…………もしかしてこの子クーデレなのか…?
こうして俺の学園生活が始まったのだった。