外せない仮面
「はーい、それじゃあホームルームを始めるよー」
教卓に立つのは、去年まで別のクラスの副担任をしていた前村先生だ。やっぱり、俺が入れ替わってしまった意外に、変わったことは見受けられない。アイツの傷も、俺が原因のものだったから影響が出ていただけだろうし……。
前村先生は若い女性の先生だ。
若い女性の先生で、尚且つ容姿端麗となれば沸き立つ男も何人かは居た記憶がある。クールビューティではなく、接しやすいフレンドリーさを持つ、結構活発な印象を持たせる先生だ。
しかし、先生の左手の薬指には学校に来た時には既に、指輪が煌めいていた。既婚者である。
俺自身はそこまで気にしたことは無かったけど、何故か嘆きを聞かされ同意を求められという絡まれ方をしただけに記憶にはこびりついていた。
「あ、そうだ。瑞希ちゃん」
以前の記憶を思い返していると、ふと先生に呼ばれていることに気付いた。やはり、瑞希と呼ばれても一瞬反応に遅れてしまう。
「後で先生のところに来てね。昨日休んでた分の配布物とかがそれなりにあるから」
「えっ……あ、はい。分かりました」
まぁ、そりゃそうだよね。始業式だもん。
ホームルームが終わって、先生の立つ教卓へと足を運ぶ。
近くで見るとやっぱり、綺麗な人だなぁ……ふわふわした猫っ毛が先生の性格に似合っていると思う。
身長は女になった俺よりも少し低かった。俗に言う可愛いと言われるタイプなのかもしれない
「はい、これ一通り目を通しておいてね。これと……この書類は提出が今週末までだから。周りに聞いても分からないことがあったら、遠慮なく聞きに来てね」
「あ、ありがとうございます……」
先生に手渡された書類には、ガイダンスや時間割、その他複数のものがあり、親のサインを貰って提出しなければならない書類も中にはあった。
「まだ病み上がりみたいだし、体調が優れないならすぐに休むんだよ? それじゃ、またあとでね」
「あ、いえ……もう体調は大丈夫です。ありがとうございます」
そういえば、昨日は体調不良で休みって事にしてたんだった。
先生の背中を見送って、自分の席へと戻る。
「おかえり瑞希。書類分かんないのある?」
自分の斜め後ろに座る友梨が、書類のプリントと睨めっこしていた俺に声を掛けてくれる。
うん、特に分からないようなものは無いな。
「んー、大丈夫だと思う」
「そっか。あー、瑞希が同じクラスで良かった!」
「……ぉ、私も友梨が同じクラスでよかったよ。席も近いし」
「うんうん、そうだよねぇ。あ、今日はこの後どうする? 午前中までだけど、どっか寄って帰る?」
ポニーテールを犬の尻尾のように振りながら……どうやって動いてるのそれ。
……期待を込めた目で、友梨が言う。
「んー……考えてなかったなぁ。友梨はどこか、行きたい場所とかある?」
変わらないのであれば、友梨が他人に行きたい場所を聞く時は自分で決められないか、特に思いつかない時だ。
「勿論無い!」
さも当然の如く、胸を張って答える友梨。
知ってた。
あと、思ったより膨らみが自己主張している。
「無いかー、そっかー」
「むむ……何さその最初から期待していなかったみたいな目は」
「だって……ねぇ?」
「ねぇ? じゃないでしょ! もう!」
自然と笑みが零れる。
安心するというか、不安が少しずつ和らいでいくような。
もし、自分の中身が男だなんて知ったら友梨はどう思うんだろう。
恭弥は、どう思うだろう。
ただ、それだけが怖くて仕方がない。
だから、俺は今、全力で瑞希を演じている。